黄金の神々
第二話 朱い雲雀
◆ 第一章 思惑
この日もアリストートスは柱の影から、ねっとりするような視線でイシュトヴァーンを見つめていた。
(ああっ、俺のイシュト――。カメロンにも、ましてパロから来た若造なんかにイシュトを渡してなるものか)
そんなことを右脳で考えながら左脳では別のことを考えていた。
アリストートスはやることが山のようにあったのである。
無論、悪事や陰謀がその大半ではあったが。
(まずは、せっかくまとめたクム・ユラニアの合同婚礼にイシュトを連れてゆかねば。その前に、えーと、――何かすることがあったはずだが。――はて?)
その時、アリストートスの小姓がおどおどしながら、後ろから何かを告げるとアリはあたふたと自分の参謀長室へと去っていった。
「どうしたんだ。前々から言ってあるじゃないか。お前のような恐ろしい顔をした奴が宮廷なんかにきたら目立ってしょうがないじゃないか」
アリはそう云いながらソファーに座り込んだ。
「へい、すいません」
そう答えたのは、つるつる頭にすごい傷、御存じ耳無しガフである。
(けっ。何言ってやがるんでい。てめえこそガルム顔負けのつらしているじゃねえか)
そんなことはおくびにも出さずに、ガフは誰も聞かれないようにアリのそばに寄ると耳元に口を近づけ小さな声でささやいた。
「アリの旦那。忘れちゃいねえでしょうね。例の――ほら、ダンとかいう片足の若造の居酒屋を襲うのは、予定では明日なんですが連絡がないもんで、こうして確認をしにきたんですぜ」
「あっ!」
アリは小さな叫び声をあげた。
「いやだな旦那。忘れていたんですかい」
「な、何をいっている。この私が忘れるわけ無いじゃないか」
確かにアリは忘れていたわけではなかったが、三日前にトーラスにきた若いヴァラキアの青年ヨナがいきなり副参謀に任命され、いたくイシュトヴァーンのお気に入りになったことで頭がいっぱいだったのである。
気になってしょうがないアリは翌日、参謀長としてヨナを自分の部屋に呼び出しいろいろとヨナに探りを入れたところ、アリが想像していた以上の人物であることが判ったのである。
(こいつぁ、出来る! 出来るなんてもんじゃねえ。こいつこそアレクサンドロスその人といっておかしくないくらいの頭脳をもっている。こいつあ、うかうか出来無いぞ。リーロのように始末するわけにもいくまい)
それになお驚いたことには、ヨナはトーラスに来るにあたり、自由魔道師ギルドから、魔道師を三人ほど雇い一緒に連れてきており、さらにアリストートスにアムネリス大公に国家としてモンゴール魔道師部隊を作るように進言して欲しいと頼まれたのである。
そんなこんなで、例の合同婚礼のことも重なってうっかり失念していたのである。
「今は、まずい」
「えっ! まずいって、いまさら――」
「とにかくまずいのだ」
(あのヨナが連れ来たという魔道師たち。三人だと。くそっ。こっちはオーノひとりだというのに。やはりパロから来ただけのことはある。これは、うかつには動けないぞ。オーノにもしばらくの間はイシュトヴァーンを見張らせるのをやめさせよう)
「旦那、――アリの旦那。聞いているんですかい。本当に中止なんですかい。ロンなんか、そりゃ楽しみに毎晩ナイフをといでいるんですがねえ」
「ええい、中止だと云ったら中止だ」
アリは思わず大声で叫び、はっとして誰かに聞かれはしなかったかとまわりを見回した。
「へいへい、わかりやしましたぜ」
ガフは不満そうに云うと部屋を出ていった。
アリは机の上を拳で叩くなり、少ない髪の毛をかきむしった。
(なんていうことだ、あんなガキ一人来たくらいでアリストートスとあろう者が――。このままではすまさんぞ。とにかくアルセイスだ。アルセイスでの合同婚礼にイシュトを連れて行きさえすれば――あんなガキに邪魔をさせてなるものか)
◆ 第二章 野望
三日後にアルセイス行きをひかえて、イシュトヴァーンは自分の部屋にヨナを呼び――懐かしい昔のよもやま話やその後のヨナ自身の話を聞こうと思ってだったのだが、どうも違う方向に話がいってしまっていた。
「ヨナよ。来たばかりだってえのに、えらい固い話ばかりじゃねえか。もっと楽しい話をしようじゃねえかよ。10年ぶりなんだから」
「いいえ、今が大事な時なのです。イシュト、あなたは何を望んでいるのですか。権力ですか、王座ですか」
イシュトヴァーンはうろんそうな目でヨナを見た。
「そんなことはねえだろうが、ヨナよ。お前まさかパロから俺を探りに来た、なんてこたあねえよな」
ヨナはイシュトヴァーンの視線を真っ向から受け止めると、
「そう思いですか。私は本心からイシュトの為に自分の持てるあらゆる知識を捧げようとモンゴールに来たのです。パロで培ってきたこれまでのすべてを捨てて――」
「だよな。ヨナ公は俺のダチだからな。そんなわけねえよな。ハハハハ。わりいわりい。冗談だよ」
イシュトヴァーンは快活に笑ったが、ふと真面目な顔をするとヨナに顔を近づけささやいた。
「俺はすべてが欲しい。ありとあらゆる、この世のすべてのものを。アルド・ナリスのようにすべてを手に入れてみたい」
「クリスタル公は別にすべてを手に入れたわけではありません」
(そんなこたあねえだろう。レムスのガキんちょより人気があり、何をやっても人々の喝采をあび、その上――その上、俺のリンダっ娘まで手に入れやがった)
そんなイシュトヴァーンの思いを見すかすかのようにヨナは言い切った。
「あなたはアルド・ナリスにはなれません」
「なにっ!」
イシュトヴァーンは気色ばんだ。
「あのお方は特別です。選ばれた人間と云ってもいいでしょう。そしてイシュト――あなたもまたそうです。あなたはアルド・ナリスになる必要はありません。あなたはイシュトヴァーンであればよいのです」
「変なことを云うじゃねえか。俺さまは俺さまよ。イシュトヴァーン以外の何ものでもねえさ」
(そうです。あなたはイシュトヴァーンそのもの)
「ひとつ、わかんねえことがあるんだが……ヨナは確かミロク教だったよなあ」
「その通りです」
「ミロク教徒といえば、純血、無欲、無産、無暴力、無言が五徳なんてものを大事にして、おまけに剣を捨て、富をすて、祈りざんまいで粗末な生活をするってえ、いわば世すて人ども。しまいにゃ、何もかも捨てて巡礼の旅に出る、俺に云わせりゃ頭のおかしな連中だ。おっとヨナ公は別だぜ」
「イシュト。ミロク教徒の皆が皆、毎日、祈りだけをあげているわけではありません。人並みに働き、食事をし、もっとも肉はほとんど食しませんし、お酒も祝い事の時以外はたしなみません。多淫、姦通、そして虚言も固く禁じられています。人を殺すことはあってはなりません」
「ふーん、やっぱり変な奴らだな。生きる為は嘘もつきゃ人をも殺すのが当たり前だぜ」
ヨナは胸のミロク十字架を服の上からおさえた。
(そう――確かにミロクの教えは私が言ったとおりです。しかし、今の私は仮の姿――私はこの世に――)
「まあ、いいや。俺を助けてくれるならヨナ公がミロクを信じようがドールを信じようがかまいはしねさ」
――ここ、マルガでは、ナリスは最近、日課のようになっている釣りをリリア湖で楽しんでいた。
岸からさほど遠くない場所で、二隻の小舟がリリア湖の水面に波紋を投げ、そのうちの一艘のゆらゆらとゆれる小舟からナリスは糸を垂らしている。
その小舟には漕ぎ手を兼ねた護衛とリンダ、スニ、そしてナリスがいた。もう一艘には護衛の騎士たちが3人ほど乗っている。
岸では一個小隊がナリスたちの帰りを待っている。
日差しは午後に入ったばかりで、秋のマルガ地方では温かく心地がよい。
「私もなかなか上手いものだろう。子供の頃はよくここで釣りをしたものだよ」
ナリスは釣った魚をリリア湖に放流した。
「ええ、ナリスがこんなに釣りが上手いなんて思ってもみませんでしたわ」
リンダがそう言うと、側にいたスニが、
「どうして、サカナにがす。にがすならスニたべる」
そういうスニの尻尾は小舟の縁から水面近くに出され、その先には釣り糸が結びつけられている。
「スニ釣ったサカナ、奥様に食べてもらう」
岸近くの林の木陰からそれを見つめる視線があった。
国王の命を受け魔道師ギルドがナリスの監視につけた魔道師ギールとその配下の者たちである。
「ギールさま。本当にクリスタル公は何か――その、パロ国に対して良からぬ事を企てているのでしょうか。こうしてもうひと月近くも、昼間はああして釣りにいそしんだり、野駆けをして、夜ともなれば読書やなにやら論文を書いているご様子。とてもそのようには見えませぬが」
「お前たちはそのようなことを詮索する必要はない。ただ命令に従いクリスタル公を見張っていればよい。一瞬でもクリスタル公を侮ることは、やがて己自身で償うことになるぞ」
「はっ、失礼いたしました」
そんなことを知ってか知らずか、アルド・ナリスは小舟からのんびりと糸を垂れている。
(今こうしている時でも、どこからか魔道士どもが私を見張っていることだろう。やれやれ――)
(それにしてもこうも年がら年中見張られていてはどうしようもない。せめてロルカがいれば、彼なら上級魔道師だからギールたちの目をかすめることも出来ようが――最近、あいつはどうも私から離れたがっているように見受けられる。ディランとアルノーではギールと同じ一級魔道師、ギールの目を誤魔化すのは難しいだろうな。こうなっては、やはり――を使うしかないか)
◆ 第三章 婚礼
イシュトヴァーン一行は四日前にトーラスを発ち、ゆるゆるとボルボロスを経由しユラニアに入り、タス、ガンビア、ミシアと通過し、昼過ぎにはアルセイスに入った。
白騎士隊を中心に総勢四千名のモンゴール軍がアルセイス通りを行軍し、間もなく紅玉宮かというところまで近づいた時だった。
「アリストートス! モンゴールのガルムっ! ユラニアを貴様の思いどうりにはさせまいぞ! 天誅――ッ!」
バラバラっと槍や剣で武装した十数人の男たちがアリのまわりに群がった。
「あっ」
アリは目をひん剥いたまま、凍りつくして固まってしまった。
「死ねッ!」
「ひっ――」
アリは辛うじて自分に突き出された槍の矛先をかわしたが、その勢いで馬から転げ落ちてしまった。
「ぐぅ」
アリは落ちた衝撃の痛さに、がまカエルのようにはいつくばってしまった。
そこに、それっとばかりに剣が襲う。
「ぎゃあっ」
その叫びはアリではなく襲撃者の声だった。
「てめえら、何者だッ」
剣を右手にしたイシュトヴァーンが襲撃者とアリストートスの間に割って入った。
「旗本隊、何をしている。こいつらをかたずけろ」
そう叫びながらイシュトヴァーンは返す刀でまた一人をバッサリ切り捨てる。
「アリ公っ! てめえもそんなところでいつまでももたもたしてんじゃねえ。さっさと向こうに逃げねえか」
あっと云う間に白騎士旗本隊が襲撃者たちを次々に切り伏せてゆく。
あらかた片づいた、と思ったその瞬間、1本の矢がイシュトヴァーンの斜め横の背後からイシュトヴァーンの脇腹に突き刺さった。
「……ッ!」
イシュトヴァーンは歯を噛みしめながらはやて号の首にしがみついたまま動かなくなってしまった。
「将軍!」
旗本隊の白騎士たちがイシュトヴァーンのまわりに群がる。
やっとの思いで白騎士隊へ逃れてイシュトヴァーンたちを見ていたアリはそれこそ目の玉が飛び出さんばかり驚愕し、その場から一タールほど飛び上がってしまった。
「イシュトッ!」
先ほどの恐怖もどこへやら、アリはイシュトヴァーンの元へ駆け寄った
「ああっ。イシュト――。死なないでおくれ。俺を庇ったために、お前がこんな目にあうなんて――。俺は――」
イシュトヴァーンは、脂汗をにじませながら白騎士たちにはやて号から降ろされた。
「ばかやろ……」
イシュトヴァーンは弱々しく云った。
「こんな傷ぐらいで俺さまが死ぬわけねだろう。誰がてめえを庇ったって――。あぅ――」
「イシュト!」
「将軍!」
「イシュトヴァーンさまっ!」
「衛生兵っ! 衛生兵っ! 医療班はどこだっ――!」
あたりは騒然としていた。
イシュトヴァーンの傷はそれほど深くはなかったが身体を動かすことの出来る状態ではなかった
当然、その日の晩餐会にも出席することは不可能であり、明日の合同婚礼にも出ることは無理だと医師は告げた。
イシュトヴァーンは紅玉宮の豪華な一室を与えられ、その一帯は厳重なモンゴール軍の警備で張りつめた空気がただよっている。
部屋のまん中の大きなベッドでイシュトヴァーンは横たわっていた。
側にはアリストートス、アリオン伯、そしてオル・カン大公夫妻、タリム宰相、マックス・リン公爵、ネリイ公女、クム三公子ら見舞いにきていた。
オル・カン大公をはじめ、タリム宰相、マックス・リン公爵たちは、アルセイス、しかも紅玉宮の間近で起こったこの事件に慌てふためき、モンゴール公国に対してどの様な償いをすればよいのかわからずただオロオロしていた。
イシュトヴァーンは横たわりながら、不機嫌そうな顔をしている。
無論、痛みもあるがこの様な無様な姿を見せることが気にくわなかった。
(このバカ共ひとを見おろしているんじゃねえ、俺はイシュトヴァーンさまだぞ――ああっ、くそっ。本当にイテえや)
ふんっ、と鼻を鳴らしながら、ネリイがさも心配そうに、――しかし決して目はそうではなくいい気味だといわんばかりの目で、イシュトヴァーンにねめつけるように声をかけた。
「あーら、おほほほほ……。軍神といわれ、白い悪魔と恐れられたイシュトヴァーン殿でもかように血がでるところを見ると人間でございましたのですね。おほほほ……」
「これ、ネリイ」
ルーエラ大公妃がたしなめる。
タルーはニヤついて何も云わない。
とにもかくも、合同婚礼は明日に決まっていたので主賓のイシュトヴァーンが出れないからと云っていまさら中止するわけにもいかず、盛大にとりおこなわれた。
その間、アリストートス、タルー、ネリイの三人はむすっとしていた。
モンゴール軍の旗本隊の白騎士たちはイシュトヴァーンの警護に回ってしまい、逆に昨日の襲撃事件でユラニア兵がそれこそアリの出る隙間もないくらいに紅玉宮の内外をがっちり警護されたのでは、アリたちが企んだ陰謀を実行すれば、逆に自分たちの命が危なくどうしようもなかった。
それでも、華やかな婚礼が進むにつれタルーとネリイはお互いの顔を見ながら上機嫌になり、タル・サンとエイミアは黙ったまま、将来の算段を考えていた。
そして、――片隅ではタリクが泣いていた。
その横で、歩くガトゥー、生けるウィレン山脈ことルビニアがチュパチュパとキャンディをなめている。
「ガァッ――!」
突然ルビニアがキャンディが虫歯にしみたのか、うなり声をあげる。
そのまわりではルビニアが倒れないようにおさえている6人の侍女たち――懸命に力を振り絞って支えているのだろうか、顔は真っ赤になり頬がピクピク痙攣している。
厳かにおこなわれたサリアの誓いで、タルーとネリイ、タル・サンとエイミアは誓いの言葉を交わしたが、ルビニアは祭司の問いに「ううっ――」と唸ったきりであった、それも果たしてその意味が通じて答えたのかも定かでない。
(こいつ、言葉も話せないのか!)
タリクはその時、驚愕の眼差しで呆然としていた。
(ひっく……おとうさま……。ひどいよぉ。こんなの人間じゃないよ〜)
後の世に、人々はこれを『タリク公子の紅玉宮の惨劇』として語り継いだ。
―― 第三話につづく ――
・コメント
グイン・パラレル・ワールドです。
こうして、ゴダロ一家襲撃事件とイシュトヴァーン毒殺未遂事件と紅玉宮の惨劇は未然に防がれたのです。
可哀想なのは、タリク公子おひとりということですが仕方がありません。
これもヤーンの思し召しでしょうか、やんぬるかなやんぬるかな。
次はレムスとナリスがメインかな?
あっ! ――グインは何処にいったのでしょうか――まだ、シルヴィア姫の救出に向かったままです。