黄金の神々
第一話 碧い煌めき
◆ 第一章 雌伏
クリスタル大公はかろやかに、しかし颯爽と白馬にまたがった。
すでに大公騎士団200名とカレニア衛兵隊300名は整然と並びクリスタル大公の命令を待っている。
さらにクリスタル大公と旗本隊と大公妃の馬車の反対側にはルナン聖騎士候とリギア聖騎士伯、聖騎士団500名が秋の陽光をあびて白銀の鎧がきらきらと輝いてまばゆいばかりだ。
それに反するかのようにルナン聖騎士候の表情は何を思ってか冴えない。
パロに、いや中原にその人ありと知られ《美の裁決者》《典雅の判定者》と呼ばれて久しいアルド・ナリス――時に二十九歳。
明晰なる頭脳と学識豊かな知識、物事を見通す先見の冴え、国内はもとより国際政治にも辣腕をふるうパロ宰相にして、マルガ伯、カレニア王の称号もふさわしい大クリスタル市の統治者であるアルド・ナリスはアムブラ騒動とカル=ファン導師によるパロ国王への大逆の疑惑――もちろんカル=ファン一派の陰謀と判明しその疑いははれてはいる――その責任をとり、みずからパロ宰相を辞任しマルガへ隠遁することを申し出た。
驚き慌てたレムス一世やマール公をはじめ、ベック公、ランズベール候、ネルヴァ候たちは日夜、カリナエ宮に赴いて翻意するように迫ったが――もっとも、レムスはそれほどつよく引き留めることはしなかった――アルド・ナリスの意志は固く変わることはなかった。
新たな宰相にはリーナス伯爵と副宰相としてヴァレリウスが任命されていた。
「それでは義兄上、行くのか」
レムスはさも残念であるという表情をして言った。
「はい。――パロ聖王レムス一世陛下みずからのお見送り誠にいたみいります。先にも申し出ましたように二年ほどマルガでさらに人徳を鍛え上げるよう努めます。どうもわたしは、天才だ、ルアーの子だと言われて舞い上がっていたようです。もちろん、パロに災難が襲ってきたときには、このクリスタル大公アルド・ナリス、マルガよりいち早く駆けつける所存でございますればご安心いただきたくお願いいたします。陛下の御ためにこの身を捧げ、パロ聖騎士団の先頭にたちましょう。そのような時に働かなくてはクリスタル大公の名折れとルナン聖騎士候殿に叱られてしまいます」
ナリスはかすかにに笑うと、
「それでは、レムス一世陛下、馬上にて失礼つかまつります」
アルド・ナリスは右手を上げると、旗本隊の一人の「出発」というよく透き通った声が高らかに響きわたる。
カレニア衛兵隊を先頭にして、アルド・ナリス一行は――小姓や侍女や荷馬隊をも含めると、千五百人にもたっする――はしずしずとクリスタル・パレスの離れ、北大門へ向かった。
アルド・ナリスはこの後、ジェニュアに寄り、それからマルガに向かう予定である。
ナリスのすぐ横の馬車にはリンダとアウグスタ女官長とスニが乗っている。
前日にリンダはナリスがクリスタルを離れるさいには馬車に乗らず馬で行くと聞き驚いたが、ナリスに敢えて馬車に乗ることを勧めはしなかった。
進み行く馬上からアルド・ナリス後ろをちらっと振り返った。
まだ、レムス一世をはじめとして全員がアルド・ナリス一行を見送っている。
もっとも一行の列のまだ半分ほどしか動き出してはいなかったから立ち去るわけにもいかなかった。
(私は負けてクリスタルを出ていくのではない)
その見送る人たちを見据えるアルド・ナリスの目が妖しく光ったが彼らには判るべくもない。
(二年後に戻るだと――フフフ、わたしの思惑通りリーナスのかぼちゃ頭を宰相にすえるとは。ヴァレリウスとて私の相手としては少し役不足だな。――レムスよ、私は一年後にはクリスタルに戻って見せるよ。――パロ聖王として)
北大門をくぐると多くの市民たちがクリスタル大公を見送りに来ていて、口々に「クリスタル大公さま」「リンダ大公妃さま」と叫んでいる。
(次ぎにこの北大門をくぐるときは、『パロ聖王アルド・ナリス陛下』に変わっていることだろう――。この中原を動かす者はレムスでもイシュトヴァーンでもない。この――アルド・ナリスが神として――そこまでは自惚れてはいけないな――中原を、世界を動かすのは、神に選ばれたアルド・ナリスでなければならない)
◆ 第二章 仕官
アルド・ナリスがクリスタルを去る十日ほど前、レムス一世よりアルド・ナリスにヤヌスの塔の地下深く眠る古代機械についての研究結果をすべて差し出すようにとの命令が下った。
アルド・ナリスはヨナを呼び出すと、適当に――レムス一世が納得する範囲で――研究成果をまとめて提出するように命じた。
「ヨナ。これからあなたはどうします? この後も古代機械の研究を続けますか? もちろん、その場合には何か重要なことが判明した場合は私にだけ教えるのだよ」
「いえ、私はナリスさまの下で古代機械を研究しナリスさまとそれについて語り合うが好きでした。この様な状況で古代機械の研究を続けても私に以外に理解できる人間がいなくては虚しいだけです。私はこれまで培ってきた自分の才能を生かしたいと思います」
「たとえば? あなたはリーナスの後ろ盾があるから、いずれは科学ギルド長も間違いないでしょう」
ヨナは落ち着いた口調で話した。
「リーナスさまには多大なるご恩がありますが、このままパロにいても――」
ナリスはオヤっという表情をした。
「ヴァラキアにでも戻るとでも?」
「いえ、モンゴールへ行って仕えてみようと思います」
かすかにナリスの眉がうごいた。
「よりによってモンゴールとは――。あなたが一番似合いそうもない国ですね。ということは――。あなたのその知識、無論、あなたは学問全般、宗教学から兵法まで優れている。天才といって良いでしょう」
ヨナはじっとしている。
「モンゴールにはイシュトヴァーン将軍がいますね。あなたは彼を知っているの」
「はい。ずいぶんと昔のことではありますが少々縁がありまして」
「同国人ですから知っていても不思議ではありませんね。それで――イシュトヴァーン将軍の元で参謀を?」
「さようでございます」
「しかし、イシュトヴァーン将軍には軍師として既にアリストートス卿がいますよ」
「はばかりながら、アリストートス卿ではイシュトヴァーン将軍をゴーラ王にすることはできないでしょう」
ヨナは当たり前のように答えた。
「私の前でそれは随分と穏やかな話ではないですね」
「それがナリスさまのお考えであるかと――」
「私の? おやおや、何を言い出すかと思えば――。今でこそゴーラは三大公国に別れているからそれぞれが綱引き合って均衡がとれているのです。もし、ゴーラが誰かの――例えば、イシュトヴァーン将軍によってひとつになることは強大なゴーラ帝国の誕生となるでしょう。それはパロ、ひいては中原に風雲を呼び起こすこととなります。私がそのようなことを望むはずがありません」
ナリスはヨナの目を見つめながら話を続けた
「それに、仮にあなたがいなくとも、イシュトヴァーン将軍がその気になれば、いずれは――ゴーラは彼のものになと思うね」
「確かにそう思います。しかし、私がこれまでナリスさまからお聞きしたお話、そしてすべての情報から導かれる答えでは、アリストートス卿ではダメなのです」
「アリストートス卿にはその才能がないと? 聞くところでは、かのアレクサンドロスの再来と云われているとか」
ヨナはかすかに笑った。
「ナリスさまも、ご冗談がお好きで。私に云わせればアリストートス卿の策略には並の戦術しかありません。アリストートス卿の方法ではイシュトヴァーン将軍はゴーラ王になってもいづれゴーラを滅ぼします。今の世にあって、一国を奪取するためには高度な戦略が不可欠です。そしてその後の国のあり方にも――」
「そうさせないためにも、あなたがイシュトヴァーン将軍に仕えると?」
「はい」
「それを聞いてはますますあなたをイシュトヴァーン将軍の元にやるのは危険きわまりない。それにイシュトヴァーン将軍にはカメロン将軍がついている」
「それも、イシュトヴァーン将軍の性格からするとこのままでは危ういです――」
ナリスは目をしばらくとじて考えていたがやがて静かに目を開いた。
「あなたの人生だ、あなたの好きにしたらいい。私は遠くマルガよりあなたの活躍が届くのを待っているよ」
「お許しをいただき、ありがとうございます。わたしこそナリスさまの遠からぬ、パロの――」
ナリスは片手をあげると話をせいした。
「私はマルガには、修業にいくのだよ。マルガで日々、退屈な時を送ることになるだろうよ」
それが、二十日前のことであった。
ヨナは、それから急いで研究成果をまとめ提出すると身をまとめクリスタルを発つ準備取りかかり、リーナスにその旨を伝えた。
リーナス伯は驚いて懸命に引き留めたがヨナの決意が変わらないと知ると餞別とモンゴール宮廷への推薦状を与えてヨナを送り出した。
ヨナは、既にクリスタル大公の推薦状もあったが有り難く受け取った。
それが三日前のことであった。
今、ヨナはパロス街道を東へと向かっている。
トーラスへと。
◆ 第三章 三様
ある日、レムスはその後の古代機械の研究報告を知るために、小姓にヨナを呼び出すように命じた、が戻った小姓の話を聞き急遽、リーナス宰相とヴァレリウス副宰相を呼び寄せた。
「ということだが、ヴァレリウスはいかに思う」
「はい。陛下」
ヴァレリウスはうっそりと答えた。
「何はともあれ、古代機械はクリスタルにあります。そして、こう云っては何ですがモンゴールではヨナからその話を聞きだしても理解する者はいないと心得ます。また、ヨナが古代機械の話をするとも思えず、また話したとしても、その存在自体は既にモンゴールの知るところとなっておれば、問題ないかと」
「うむ」
「それより、惜しむらくはヨナ殿の頭脳の流出です。近年では百年に一人出るか出ないかの天才との呼び声も高まっている人間でございますれば」
「ええっ! ヨナがそれほどまでの――」
そんなことに、とんと疎いリーナスは驚いた。
「ヨナ殿がモンゴールに行ったことで、どうモンゴールが変わるか。――そして、現在、マルガにいるクリスタル大公がこのまま大人しくしているか」
「ははは。ヴァレリウス何を言っているんだ。ヨナ一人くらいで、あの中原のド田舎と云われるモンゴールが変わるものか」
リーナスはこの世の春が訪れたかのように笑った。
「それに、クリスタル大公がどうしたって? クリスタル大公は過日のアムブラ事件とカル=ファン事件でひどく反省し、大人しくマルガで魚でも釣っているさ。それに、クリスタルでは忙しく新婚生活もままならなかったから――それを取り返そうと励むに、――おおっ、そうだ、そうに違いありません陛下」
「ああ、そうかもね」
レムスは気のなさそうな返事をした。
それをひっそりとヴァレリウスは見ていた。
(若さまは、お気楽でよろしい)
リリア湖に月が映し出される。
(イシュトヴァーンはカメロンという存在以外に、その手に二人の軍師を得ることになったか。もっとも、ひとりは、さほどでもないようだが――。ヨナが、さらに二、三年して、そして実践を経験したとなると――これは少々手こずるかな。もっとも、その方がこちらも楽しみが増すというものだ)
(当面の問題はクリスタル――ヴァレリウスかあれでなかなか、こちらの手の内も読めるようになってきただろうし――はてさて、いかがしたものだろうか)
トーラス宮廷の朝の謁見――。
多くの重臣や貴族が参列している。
「そなたが、ヨナ卿であらせるか」
「はい。ヴァラキアのヨナにございます。中原に二人とはいないとたたえられる美しきアムネリスさまのご尊顔を拝謁し、誠に恐悦至極、光栄の限りこの上ありません」
アムネリスは微笑むと、
「ヨナ卿はことのほか学問には造詣が深いと伺っておりますが――」
「はい。天文学、地理学、科学、数学、魔道学、兵法、政治学、言語学、およそ学問と名の付くものはオー・タン・フェイ塾とパロ王立学問所で修めております」
アムネリスの隣にいるイシュトヴァーンはアムネリスをつついた。
「今さら何いってるんだ。ヨナ公、おっと、ヨナ卿は天才なんだ。ちょっとそこいらのてんさいじゃねえんだ。アレクサンドロスの生まれ変わりだぜ。なあ、ヨナ公。アリ公とは――むにゃむにゃ」
うしろに控えていたカメロンがイシュトヴァーンの右足を蹴っ飛ばした。
アムネリスは何事かと横を見たが、イシュトヴァーンが皆に判らぬようにウィンクをしたので、あわてて正面を向いた。
「ところで、ヨナ卿。わがモンゴールはそなたを、心より歓迎します。パロからのクリスタル大公、及びパロ宰相の推薦状もあり、また右府将軍イシュトヴァーン将軍の要望もあり、本日ただいまをもってエイム男爵とし、モンゴール副参謀に任命します」
「有り難き幸せにございます」
ヨナは深々と頭をさげた。
「当たり前だ。本当ならツーリード伯爵にして――」
反対側にいたマルス伯が目を大きくしてイシュトヴァーンを見た。
「あっ、悪い、あそこはマルス伯の領地だったな。まあ、ヨナはそんなもん、ほしかねえだろうからな。それより、副参謀より早く参謀長――むにゃむにゃ」
うしろに控えていたカメロンがイシュトヴァーンの左足を蹴っ飛ばした。
マルス伯の隣にいたアリストートス参謀長が真っ青な顔で、情けない声を出した。
「イ、イ、イシュト〜〜」
―― 第二話につづく ――
・コメント
グイン・パラレル・ワールドです。
本編ではあり得ない、組み合わせでのぎっこんばったんです。
イシュトヴァーンに仕える二人の軍師、ヨナとアリストートス(妄執半減モード)のコンビ、
レムス&ヴァレリウスのコンビ、
そして、五体満足の孤高のアルド・ナリス。
あっ! ――グインは何処にいったのでしょうか(笑)