大魔道師への道
この世に三大魔道師あり。
一に三千年の長きを生きしという、《大導師》アグリッパ。
二に、ドールに魂を売り黒魔道の祖たりしという、《闇の司祭》グラチウス。
三に清浄にして枯淡なる《北の賢者》ロカンドラス。
しかし、すぐる羊の年、茶の月に、ノスフェラスで《北の賢者》ロカンドラス入寂す。
その年はパロ内乱の起こった年でもあった。
それから三年――。
ルードの森。
「よくぞ、決心し参られた、ヴァレリウス」
イェライシャは、白いあごひげをなでた。
「イェライシャ殿、本当に私などがこれから終業をさらに重ねればイェライシャ殿のような大魔道師になれるのでしょうか」
「ううむ。絶対とは言えないがそなたにはその才能があるのは確かじゃ。無論、途中で己の魔道能力の限界に達してしまうこともあり得るが、それはヤーンのみぞ知ることである。場合によっては、わしもを上回る大魔道師になり、三大魔道師の一人として名を連ねるのも夢ではないぞ。ふぉふぉふぉ」
「そうでございましょうか」
ヴァレリウスは灰色の目を輝かせた。
同じ頃、ワルド山中の奥深くのとある結界の洞窟。
「あ――ッ! つまんないよ、もうじっとしているのなんかあきちゃったよ。またどこかで騒動が起こらないかなあ」
ユリウスは股間をもぞもぞさせた。
「ええい、やかましい奴じゃ」
グラチウスはユリウスの側に近寄るとまじまじと顔を見つめた。
ユリウスはちょっと後ろに後ずさりした。
「なんだよ、じじい。人をじっと見つめたりなんかして。おいら、じじいなんかにゃ、もう興味なんか無いよ。ああ、どこかにいい男がいないかな」
ユリウスは溜息をついた。
「ところで、ユリウス。ケイロニアの小鳥とイリス――まことに仲が良いものじゃ。またもや先日、生まれた男の赤子じゃがの」
「ふん、いくらおいらだって赤ん坊なんか興味は無いよ。一息吸ったらしなびちゃうんじゃつまんないもん。それに、あのぴよぴよ鳥、見かけはよわっちいくせに、いざとなるとおいらのいうこと全然聞かないし、あいつの子供じゃ大きくなっても同じだよ」
「そうだろうて。――しかし、わしの見たところによると、あの男の子は将来、あのアルド・ナリスを思わせる美男子になることは間違いなかろう」
ユリウスの眉がピクッと動く。
「ほんとう?」
「これでも、わしは、三大魔道師の一人《闇の司祭》グラチウスじゃ、嘘は言わんよ」
「あやしいな」
「わしほどの大魔道師になると、どんな奴でも思いのままに出来、昔は随分とぶいぶい言わせたものじゃよ」
「いいなあ」
グラチウスは再び、ユリウスの顔をじっとのぞき込んだ。
「おしいかな。お前はそれほどの妖力がありながら、すべての力をあっちに使っているものじゃから――その力を魔道につぎ込めばわしのような大魔道師も夢では無いぞ。そうなったら、あの小鳥の男の赤子が大きくなる頃にはお前の意のままに出来るのにのう」
「本当かい、お師匠さま」
「現金な奴じゃ。まあ、お前の心がけ次第であるがの、伊達にお前も千年も生きてはおるまい、しかもお前はあと千年も寿命がある。これからますます楽しいぞ」
「やるやる、おいら、がんばる」
こうして、東と西でお互いのことを夢にも知らぬ二人の大魔道師を目指して過酷な修業の日々が始まったのである。
(ヤーン・ルーディア・ダン・カーン! はっ――!)
ヴァレリウスの口から聖句が発せられると巨大な青白い閃光が手の先から放たれ、百タッド先の木々を吹き飛ばした。
イェライシャは顎をなでた。
「まだまだ甘いのう」
一方、ユリウスはというと。
「お師匠さま、見てみて。完成したよ」
「どれどれ」
グラチウスがやってきてみるとユリウスの側に若い美しい女がぐったりとしていた。
「誰だ、その娘は?」
「へへえ、パロの貴族のお姫様。おいらが開発した魔道奥義、《インキュバスの超淫獣責め》でイチコロだったよ」
「ば、ば、ばかも――んっ!」
さらに、二人の血のにじむ努力と修業の日々は厳しい師匠の監視のもとで続いた。
それから、七十年の年月が流れた。
ここパロの魔道師の塔の最上階。
薄暗い中に一人の年老いた魔道師がじっと瞑想している。
「大導師さま」
クライエン導師が一人の若者を従えてやってきた。
「この度、上級魔道師に合格したライツ魔道師です」
ライツはやや緊張しながら、大導師に礼をした。
「そう固くなることはない。わしはこれでも人間じゃ」
「はっ、ただただ伝説の大導師さまにこうしてお近くにまみえることが出来、誠に恐悦至極、光栄の至りでございます」
ライツはやや、震える声で答えた。
「そうでもない。わしなど、かの三大魔道師に比べたら、大導師の地位はあっても残念だが魔道においては比ぶべくもない。」
「ヴァレリウス大導師様ほどのお方が」
「上級魔道師になり立てでは会ったこともないか、かの三大魔道師に?」
「滅相もございません、なしてこの様な若輩の身であるわたくしめが」
「わしは三人ともに会った――
一に三千年の長きを生きしという、《大導師》アグリッパ。
二に、ドールに魂を売り黒魔道の祖たりしという、《闇の司祭》グラチウス。
三に、妖しくも美しき《淫魔》ユリウス」
「《淫魔》ユリウス? 聞いたことがありませぬが」
「一年ほど前に、三大魔道師の一人に名を連ねた魔道師だ。魔道師といっても我ら人間とは異なるので知られてはおらぬ」
(くっ、わしの能力ではいかんせん、どんなにあがいてもここまでが限界であった。それは仕方があるまい。なんとしても悔しいのは、あのユリウスに負けたこと――)
ワルド山中の奥深くのとある結界の洞窟。
「お師匠さま、近頃、とんとお顔が優れませぬが」
グラチウスは深い溜息をついた。
「わしの顔色など八百年前から変わっておらぬわ、と云いたいところだが、無念じゃ。どうやら、死期が迫っているようだ。わしは、これでも三大魔道師の一人だ、それくらい解る。悔しいのう、わしより魔道の力のなく、わしより二百年もじじいのイェライシャの奴がわしよりもぴんぴんしているわ」
「それは、お師匠さまが悪いことに力を使いすぎたためでありましょう」
「だまらっしゃい! ユリウス、お前に言われたくはないわ」
グラチウスはユリウスを見た。
「本当にお前は変わらぬ、相変わらず美しいのう」
「お師匠さま、何をおからかいで。今や魔道を極め三大魔道師の一人として、もはやその様なことには興味はござりませぬ。わが望みは、この世界生成の秘密をときあかし、大宇宙の存在すべて、万物の黄金律を明らかにすること」
ユリウスは静かに答えた。
「信じられんのう、その様な言葉がお前の口からでるとは――」
グラチウスはそっと目を閉じた。
(あまり厳しく教えすぎたのか――まこと判らぬものよ)
・コメント
ああっ、こんなことがあっても良いのでしょうか。
あったら何か怖いですね(笑)