| 民族辞典(1) |
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| 世界 |
| ◆十二の海がある(11p225)レント海、コーセア海、ノルン海、南キタイ海(外16p15) ◆キレノア大陸、キタイ大陸、南ランダーギア大陸 ◆北方諸国、東方諸国、中原、草原地方、沿海州、南方諸国からなる。 極南、極北、極東、辺境地方は未知の空白地帯とされる(外2p50) 世界のすべての地理を網羅した地図というものは事実上存在していない(外2p50) ◆周辺のルードの大森林、ナタールの大森林、ナタリ湖の湖沼地帯、氷雪の北方、大密林のある南方、七つの海、このあたりではまだまだ、人間ではなく自然がすべてを取り仕切っている(98p82) ◆万国共通の救助信号――赤無地の三角の旗 ◆万国共通の使者のしるし――白旗(13p275)(44p68) ◆中原共通の交渉希望の旗印――白赤旗(57p60) ◆万国共通の降参の合図――相手の腕を叩く(30p163) ◆万国共通の降伏の印――白旗(56p68) ◆この時代、百万都市といわれる大都市は世界にいくつもない。サイロン、クリスタル、そしてアルセイス、ルーアンといった首都クラスの都市でも、ようやく百万をこえるくらいで、タイスなどはざっとかぞえて五十万から六十万人(116p37) ◆有名な盗賊、山賊、海賊は《赤い盗賊》《海の兄弟》《山の兄弟》《山の民》(14p117) 《山の姉妹》、キタイ暗殺教団、赤い街道に巣くう『赤い盗賊』(24p172) ゾルーディアの死刑執行人は暗殺者のギルドを形成している。ホータンの暗殺者教団と、キタイの毒つかい女をのぞけば世界じゅうでいちばんすぐれた暗殺者(外2p131) 有名な暗殺集団は、キタイ暗殺団、ゾルーディア暗殺団、「海の姉妹」ロクスタ(21p50) ◆古いパピルスや羊皮紙、皮とじの古い手描きの書物がある(18p183) ◆いくつかの重大な世界創生の秘密(外4p235) ひとつは北に、ひとつは西に、ひとつは海に、そしてさいごのものは地の底にある ◆もういまは、あの伝説の乱世、戦国の世ではない(26p96) ◆いまは、すでに神話の時代ではなかった。 神と人とが、より近く相感じあっていたときはすでに、はるかな昔に去っていた。 いまは銅の時代であった(26p246) ◆世界三大謎 ノスフェラスの《グル・ヌー》、パロの古代機械、カリンクトゥム(30p53) ◆北東は世界の鬼門の方向(外10p50) ◆世界の七大秘密 グル・ヌーの超科学宇宙船、大災厄時代以前の超古代の歴史の謎、生命の根源である生命体の謎 パロの古代機械、大宇宙生成の秘密、カナンを滅亡させた超科学、遠い失われた超科学の秘密(外10p247) ◆人間の版図 この世界のなかで、人間たちの版図といっていいところなど、わずかこの世界の十分の一にもあたらない(外11p14) ◆世界のつながり 魔界から黄昏の国にはいり、黄昏の国からノーマンズランドをこえてさらに人間世界の辺境に入る(外11p14) ◆世界の教団 ヤヌス教団、ミロク教団、ドール教団、望星教団(74p39) ◆印刷技術 ごく初歩の、木版ずりの印刷技術がようやく一般化しつつある。パロ王立図書館に、おさめられている貴重な書物もその大半は、羊皮紙や雁皮紙や、パロで用いられているなめし皮で、書記が手で書き写したもの(外7p22) ◆美の基準 美の基準はキタイでも中原でも――宇宙の果てオーロールでも同じ(76p199) ◆「天下一奇景」 ダネイン大湿原、辺境のルードの森、ノスフェラスの砂漠、オロイ湖の風景、ナタールの大森林、レントの南の海の「死の藻の海」(124p190) |
| 中原 |
| ◆世界全体でいえば、よくて十分の一にもたらぬ部分をしめているにすぎない。(7p143) ◆赤い街道は、中原の文明の象徴であり、中原そのもののシンボル。 赤い街道の網の目のように広がっているところは中原である。 中原とはすなわち赤い街道が広がっている地方のこと(外2p53) ◆中原の各強国、大国それぞれの間には、かなりの広さの中立地帯がひろがり、 遊牧民族や特殊な民族のテリトリーになっている(外2p50) ◆中原の言語で、クムの方言はかなりなまりが強いが、それほど他の国の言語とは異質すぎはしない(111p51) 読む言語に関しては、中原はひとつの公式用語に統一されている(111p51) 上級ルーン語は魔道師たちが専門に使ったり、公式書類に使われる(111p51) ◆中原の北部はモンゴールとクム南部まで、オロイ湖の近いあたりまでおりてくると、もうだいぶ、ようすがかわってくる。 ワルド山脈からユラ山地、そしてモンゴーラ連山、それらのいくつかの山脈が北方のノルンからの寒風と、西のノスフェラスからの砂漠おろしに対して、ついたてとなり、ダネインのゆたかな水源とあいまって、広いパロス平野の中心部の、温暖な気候を保証している。 ◆尚武の民たるモンゴールの開拓民と、快楽の都タイスを要するほどのクム族とは、とかく気性があわぬ(27p18) ◆離宮、別邸の多い土地柄で美しいところ。 クムはバイア、パロはマルガ、ケイロニアではサルデス、ランゴバルド。 大きな国、歴史ある国はいずれも、しずかで風光明媚な保養地がある(27p35) ◆絶世の美女――中原にその名をうたわれる(32p22) パロの王女リンダ、デビ・フェリシア、モンゴールの公女アムネリス、クムの最高娼婦ジャスミン・リー ◆貴族階級の食事は一日に二回が普通(40p204) ◆デビは宮女の尊称(外7p49) ◆正規の国と国の公的な書面の形式(例:ユラニアよりケイロニア)(41p100) 紙はユラニア紋章をすかし漉きで、オル・カン大公の署名があり、印璽もある。 ◆騎士にとってもっとも神聖な《魂の騎士の誓い》(41p187) ◆百年前は王立学問所だけが唯一の学問のとりでだった(50p219) ◆中原の主食はガティ麦を粉にして作ったパンやめん(57p162) ◆この時代、上下水道がすべて完備しているのは、パロとケイロニアのサイロンを他とする大都市のいくつかだけである。 アルセイスでも、タイス、ルーアンでも、貴族のすまうあたりや豪華な一帯は上下水道がすべて完備(59p65) ◆カナン 三千年前――それは、大帝国カナンの勃興期よりもさえさらに前だ。《カナン》――それは、いわばこの文明にとっては究極の理想の王国を意味することばでもあり、そうであってみれば、この長い長い歴史のあいだに何回となく、カナンを名乗る王朝は登場したものであった。というよりも、「カナンの末裔」――「我こそは滅び去った古代帝国カナンの正当なる後継者」であると名乗りさえすれば、どのようなイカサマ師であろうとも、多少の信者は集めることができるほどに、「カナン」という王国の幻影は、この中原に根強かったのである。文明そのもの象徴であり、すべての帝国のみなもとであり――そして、すべての国家の究極の理想であった(75p17) ◆吟遊詩人の象徴の三角形の帽子、吟遊詩人の旅の服装(84p179) 三角帽子の内側に、吟遊詩人の鑑札が縫い付けてある(104p114) 吟遊詩人も旅芸人ギルドから鑑札をもらう(109p177) ◆吟遊詩人と巡礼と傭兵だけは、鑑札があって、手形を入手したり印鑑をおしてもらわずとも、国境を越えられる(109p61) ◆医師のあがめる医神カシスの象徴であるヒイラギの葉を紋様としたチェニック、医師のしるしである黄色い丸帽をかぶる(外21p259) ◆自由国境地帯(118p19) ・ケイロニアとゴーラ間の自由国境 サンガラ山地をこえねばならず、かなり辺鄙 ・ケイロニアとクムの東の自由国境 山地ではあるがサンガラほど険しくはないので、逆に山賊どもがはびこって、非常に危険とされているところ ・モンゴールとゴーラ間の国境地帯 ユラ山地で、きわめてけわしい、ほとんど人の住まぬ準辺境地帯といっていいところ ・クムとパロのあいだぼの自由国境地帯 ほぼ平地と平坦な丘陵地帯で、いくつかの山脈はあるが、街道が整備されており、ガヤからユノ砦に直通するユノ街道などは、クムとパロとを、馬で二日の距離で結んでいる ・パロとケイロニアの自由国境地帯 ワルド山地を抜ける山道であり、たいへんよく通商、交易が行われている主要な街道であった(121p50) ・パロの北側の自由国境地帯 シュク側のほうは、ケイロニアとのあいだにワルド山地という、かなり高い山地をひかえているから、あまり住まうものもいないし、自由開拓民もほとんど集落を作っていない(126p53) ユノ周辺はかなり平地になってきているので、いくつかの自由開拓民の村がユノの北に出来ていて、それは最近ではけっこう発展している。赤い街道も、ユノ街道を中心に、ゴーラ三国からのものが幾本も通じているので、貿易の往来も活発だ(126p53) |
| ゴーラ | |
| 歴史・地理 | 【歴史】 ゴーラはかつてはカナンよりもさえ古い歴史を誇る大帝国だった。――そして、その版図はカナンといくたびかきそいあい――そしてついにいったんはカナンに攻め滅ぼされてその勢力範囲にくみいれられ――そしてまた、カナンのあの大災厄の折りに、カナンの滅亡にともなって首尾よく独立した(48p145) ゴーラが大帝国なりし昔、北のケイロンはいまのモンゴールよりももっと新興の、山深い北の未開人の国としてさげすまれていた。(48p146) ゴーラといえばパロと同じほどにも古いといわれる中原随一の大国だった(40p80) カナンよりずっと、ほそぼそとながら継続してきた、パロをさえ新興国家とさげすんだ古代の大帝国ゴーラ(46p275) もともと、ゴーラ帝国はその全盛期には、げんざいのクム、ユラニア、モンゴールからレント海岸のロス、タリアまでをも含める、広大な版図を誇っていたのである。 それが、ゴーラ皇帝家の弱体化と共に、まずユラニア大公が大帝国のゴーラにとってかわる野心をみせた。しかし皇帝はそれをおさえるべく、クムを大公領とし、クム大公に頼ろうとしたので、何回かの内乱ののちに、両大公家は和解し、版図についても折れあって、旧家たるユラニアがより広大な版図をもち、また皇帝をも擁立するかわりに、クムはよりゆたかな水郷地帯とカムイ湖、オロイ湖を含むゴーラ南部をおさめる――ということになったのである(28p24) かつて、数百年前の昔には、ゴーラこそは、パロをおびやかす中原きっての強国であり、その首都アルセイスはクリスタルと並ぶ中原文化の中心であったのだった。パロよりも早く上下水道が完備したことがゴーラの誇りであり、数多くのキタイ移民をうけいれもした。そのころには、ケイロニアなど、いまのクム、ユラニアにとってのモンゴールよりもさらに、辺境の野蛮国、新興の蛮族の国とかろんじられ、下に見られていたのである(28p123) 世界の中心はパロにあり――ケイロニアにある。だがそれはかつて、ゴーラに――世界の三分の二までを占めていたといわれるほどに勢力を振るった古代王国ゴーラの上に輝いていた栄光だった(54p119) そもそもは、アルセイスこそが帝政ゴーラ王国の堂々たる首都であり、その版図はひろくレント海にまで及んでいたのだ。昔日の栄光はすでにとおく、いまのゴーラ皇帝は皇帝というは名のみの飾りものにすぎぬ(28p120) 旧家であるがゴーラ皇帝家は、中原最古の家柄の一つでもあるし、その血筋はたどってゆけば、パロ、ケイロニアとも深いゆかりがある。その古い縁故に、いまさら両国がこだわるいわれはなくとも、もし三大公国――当時は――のいずれかがゴーラ王を僭称した場合には、縁戚のゆかりをおし立てて、両国が兵をおこすのは十二分にありうることである(28p120) 炎の髪と三つの頭のシメラ――ゴーラ王家の象徴(28p122) ゴーラ皇家二千年の歴史(28p138) 二千年続いてきたゴーラ皇帝の血統(64p268) ゴーラが三大公国に分裂して、ようやく中原に平和がおとずれた(55p38) ここ何世紀以来、中原の戦火というと必ず、ゴーラがその火元となっている(28p181) 身分の高いものが死んだときに六十歳以上の老婆たちが出てきて路上に灰をかぶりながらうずくまり、一晩声を放って泣き続ける〈泣き女〉たちの群が、オーオーと声をあげ続ける(45p264) ユラニア、クム、モンゴールの三大公国を支配する(現在は、名目上) サウル皇帝 ◆ゴーラ三大公国の創設(64p214) ユラニアはもともと、古代帝国カナンの末裔として中原にいっときは覇をとなえたゴーラ帝国の、最大の重臣であったオーランド公爵が建てた古い古い国である。何度も栄枯盛衰をくりかえし、中原に何回もカナンの栄光をよみがえらせたカナン帝国のさいごの末裔といわれたのが、帝政ゴーラだったが、オーランド公爵はゴーラ帝国のいしずえがゆらぎはじめた第三王朝の末期に、ゴーラ皇帝家よりもさえ巨大な勢力と実力をもつ宰相としてゴーラに君臨し、そして三代にわたるゴーラの皇帝たちを文字どおりただの傀儡とした。しかし、オーランド公爵があえてゴーラ帝国の王座を簒奪することを避け、実際にはおのれでゴーラを支配しているも同然でありながら、ユラニア大公を名乗るにとどまり、決してゴーラに第四王朝を築こうとしなかったのは、(帝王として君臨するものは必ずや簒奪されるであろう――)という、オーランド公爵の生まれた折りの予言をかたく信じたためであるといわれた。 また、ゴーラ国民もかたちばかりになりはてたゴーラ帝国の末裔にたいして、あくまでもまだ忠誠心を持っており、オーランド公爵家がかたちだけはあくまでも、忠臣たるユラニア大公としてゴーラ皇帝を助けるかたちでとどまっていたからこそ、ゴーラ帝国が存続していったのだが、もしそうでなく、オーランド公爵がユラニアをもってゴーラにとりかえよう、あるいはおのれがゴーラの帝王となろうとしていたら、おそらくはゴーラの全国民を納得させることは到底出来なかっただろう。 ことにゴーラ皇帝家は、代々キタイからの移民たちにきわめて親切にむかえいれ、手厚く歓迎し、クム一帯を移住者にひろく解放してすすんでキタイの文化を受入れるのにつとめていたため、クムを中心とするゴーラ帝国南部地方――かつての、という意味だが――において圧倒的な支持を誇っていた。もしオーランド公爵なり、その息子オルセー公爵、そしてその孫で初代のユラニア大公となったオル・ダン大公などが、あえてゴーラ皇帝をないがしろにし、あるいはほろぼそうとするそぶりさえも見せていたとしたら、ただちにゴーラ国民はクム地方を中核として決起し、ユラニア大公家のゴーラ簒奪に対する反乱ののろしをあげていたにちがいない。 そして、その間にどんどん、ゴーラ帝国の末裔はみるかげもなく昔日の繁栄を失ってゆき、ユラニアの策略によってどんどん直属の騎士団や勢力圏を失ってゆき、さいごには、そうしてバルヴィナ市城に名のみの皇帝として幽閉される末路にまでたどりつくことになったのである。 ゴーラ皇帝領がどんどんせばめられてゆき、ついにアルセイスの西のごく狭い地域を残すのみとなったとき、時のクム大公タン・ドン公爵はクム大公国の独立を宣言し、ゴーラの第九十八代皇帝ミルバヌス帝の許可を得てクム大公国を設立した。 クム大公とゴーラ皇帝とは、このようなかたちで、しだいにゴーラを席巻しつつあるユラニア大公国の野望を未然に防ぎ、クム大公国の存在をもってユラニア大公を牽制し、ゴーラ皇帝家をないがしろにしたり、あるいは隠密裡に抹殺したりすることのできぬようにと考えたのである。 このころまでにはクムはきわめてゆたかな、そしてすぐれた武力をもつ一大勢力にのしあがっていたので、クム大公国の誕生はユラニアにとってはたいへんな脅威的な出来事であった。 いわば、これによって、ゴーラ南部に位置するクムと、そしてゴーラ皇帝直轄領を内包するユラニア、というにらみあいの構図ができたのである。 ここに、新興のモンゴール大公国が第三の大公として名乗りをあげ、ゴーラ三大公国が成立することになるのは、モンゴールの若き騎士ヴラド・モンゴールが功績によって辺境の地モンゴールの開拓権を申し出てから十五年後のことであったが、したがって、ゴーラがいまのような「三大公国」として中原に知られるようになったのは、わずか二十年前からのことにすぎぬ。 それまで、何百年の期間にわたって、名のみのゴーラ皇帝のもとに、ユラニア大公国とクム大公国がひそかににらみあいつつおもてむきの平和をかろうじて維持する、という不安定な状態がずっと続いていたのだ。 |
| 通説 | 頽廃 |
| 首都 | バルヴィナ |
| 国旗 | 黒獅子旗 |
| 戦力 | 1000人 |
| モンゴール | |
| 歴史・地理 | 【歴史】 サウル皇帝の騎士長だったヴラド・モンゴールが、幸運と裏切りとで力をつかみ、最後にはサウル皇帝の無力と病をよいことに、半ば勝手にケス河の南西、まだあいていた辺境地帯の自由開拓民の土地にナワを張って、そこを三つ目の大公領にすると宣言し――すったもんだのあげくサウル皇帝にモンゴール大公国を認めさせた……それも半ばおどしまじりで(11p187) 「モンゴールはヴラド大公がまだゴーラの一騎士長であったときに、手柄をたててその見返りとして小さな開拓地を下げ渡されたことからはじまった、ごくごく若い国家で、自由開拓民たちが移民してきで作り上げた国だからね。モンゴールの国民たちには、こ の国は『自分たちが作った国だ』という気持がことのほか根強いんだよ。――それに、ヴラド大公一族への愛慕の念が強い。……黒竜戦役でモンゴールが破れ、連合軍の占領 下に入ったとき、ヴラド大公家のものたちは、あとつぎのアムネリスひとりを残して惨殺された。」(105p166) 国家と成立してわずか三十年(13p57) モンゴールでは、魔道師は参謀として重用されていた(126p61) ゴーラ三大公国のうちでも、勇猛を誇る。 【近年】 ヴラド大公の時にパロのクリスタルを急襲する第一次黒竜戦役でパロを占領するも、クリスタルの反乱でパロを失う、続くヴラド大公の急死で急速に国内の混乱に拍車がかかり、各国連合軍による第二次黒竜戦役で敗北し同じゴーラのクム国の支配下となる。 クムのルーアンに虜にされていてたモンゴール公女アムネリスがイシュトヴァーンによってを救出されると、その旗のもとに旧モンゴール勢力は結集しクムに対して独立戦争を起こし独立を果たす。 グインの呼びかけに応じたイシュトヴァーン左府将軍の第二次ユラニア戦役を足がかりに、クム三公子・ユラニア三公女合同婚礼のアルセイスの惨劇でユラニアが乱れると、クムと共同してタルー・ネリイのユラニア軍を破り、ユラニアを滅ぼす。 イシュトヴァーンはサウル皇帝の亡霊による宣言を受け、ゴーラ王国第一代の王となる(65p16) その後イシュトヴァーンに対するノスフェラスの戦いにおける疑惑のトーラス審問委員会をきっかけとして、トーラスはゴーラ軍により制圧されアムネリス以下重臣以下全員を捕虜となり、続く大粛正によりモンゴールは再び滅びゴーラの属国となる。 アムネリスの自害をきっかけとしてモンゴール各地の反乱が起こるが、アムネリスの遺児ドリアン王子をモンゴール大公にすえ、マルス伯に恩赦を与え、そのうしろだてにするとの決定のふれが出ると内乱はみごとにおさまった(123p164)(123p197) 【地理】 パロよりおよそ十日の距離にある辺境の新興国(?p?) モンゴールとパロは国境から国境までウマで十日の距離(13p57) トーラスからアルセイスまで早馬なら二日、四日あればゆるゆる着く(54p50) トーラスとクリスタルは数百モータッドの距離(72p104) オーダインからカダインにかけての平野地帯は一面に田園風景がつづき、その間にぼちぼつとたくさんの小さな集落があるものの、正真正銘「都市」といっていいのはトーラスだけ(54p48) 数少ない国民はみな尚武の気性にとんだ愛国心の強い人間(54p48) モンゴール南部はクムの影響をわりと受けているところで、文化にも、退廃的なクム文化がずいぶんと入ってきていて、とても素朴なモンゴール北部とはずいぶん気風違う。名物のヴァシャの収穫やガティ麦でお金も豊か(104p274) スタフォロス城の全滅した後は国境を撤退して、アルヴォン砦を北限と定める(67p279) スタフォロス城はセム族の奇襲で焼け落ちた後は廃城となり、アルヴォン砦とタロス砦は国内壊滅状態の後は維持できなくなり廃城となっている(99p163) 【気候】 雨は滅多に降らない(9p108) タリア伯爵領は属国(14p32) 《モンゴールの人間破城槌》(13p133) ゴーラ三国中では、新興モンゴールがいちばん、魔道士に重い地位をあたえてめしかかえていた(29p107) 【人口】 モンゴール百万の民(31p17)(33p36) (注)ここでの「モンゴール百万の民」は全モンゴール国民という意味で使用している。 トーラスの五、六十万の人口(31p276) トーラス百万市民(32p67) サイロンに比べたら人口も十分の一(62p109) トーラスは世界最大の都市サイロンにくらべたら人口は十分の一、クリスタルにくらべても五分の一(67p86) 全人口の90%までは、トーラスと、南部のカダイン、オーダインの平野地帯に集中している(33p260) モンゴールはもともとあまり人口の多い国ではない上に、その人口の過半数がトーラスと、それにつづく大きな都市であるタノムやオーダイン、ハイファあたりに集中している(54p48) 【軍事】 左府将軍の白に金の竜の旗(38p259) イシュトヴァーンに鍛えられ、白騎士団と黒騎士団、それに青騎士団くらいは世界でよりぬきの精鋭軍(56p138) 【国民性】 単純、単細胞のモンゴール人種(35p97) こまごまと几帳面なことがらに不向きな国民性(35p108) 【特産品・名物】 特産品は、ヴァシャ酒、ヴァシャの果実(40p105) カダイン地方の名物はつけものまんじゅう(67p34) 壺焼きパイのシチューはトーラスの味わいといわれる(35p109) トーラス名物のつぼ煮のシチュー(47p129) トーラスでもっとも繁華されていて大きな商店がたちならぶイラナ大通り、アレナ通りは一応盛り場のうちにははいるが、下町(67p85) |
| 通説 | 田舎者 |
| 首都 | トーラス |
| 国旗 | 金蠍旗。黒獅子旗(31p158)(38p259)黒蠍旗(63p225) |
| 金蠍宮 | トーラスの中央にそそり立つ金蠍宮−きらびやかな、ごてごてと豪奢を誇る、金づくめ、大理石づくめ、宝石づくめの宮殿(6p25) |
| 戦力 | 40万人 |
| 店 | 《サリアの家》、竜とバルバス亭、クム料理『ドー・ヴァン』、《煙とパイプ》亭、《青い花》旅館(9p32) 《煙とパイプ》亭:つぼ入りシチューが名物(9p32)オリーおばさんご自慢の肉まんじゅう(47p152) |
| ユラニア | |
| 歴史・地理 | 【歴史・地理】 ゴーラ三大公国の文化の中心地とされ、サウル皇帝領をその中にもつ。 二千年の古き歴史を誇るユラニア大公国(62p283) ユラニアは中原でもっとも古い歴史を誇る、カナン帝国の末裔の誇りを持つ国で、文明の程度はきわめて高い、商業国である(64p21) ケイロニア−ユラニア国境は、その間に、茫々と広がるナタール大森林、青く冷たいナタリ湖、けわしい山々をあわせもつ、中原三国の自由地帯の中でもかなりに地勢のけわしいところである。 ケス河を北辺として、ノスフェラス大砂漠とヴァーラス湖沼地帯へかけてぐっと辺境にせり出している、中原三国中いちばん辺境に近い――それと北の国境をわかちあっているモンゴール北部はむろん別として――国である。が、公都アルセイス、そのアルセイスを含むサウル皇帝領は、そのユラニアの版図のもっとも南西の部分に位置している。(26p242) ユラニア平野が広がり、全体にたいらで大きな山脈のまったくないところで、アルセイスのもっとも高い塔に立って見渡せば、ユラニアの国土のほぼ三分の二はみえる(43p158) もともとユラニアはそれほど雨の多いところではなく、なかなか気持ちのよい乾いた陽気がずっとつづく季節があり、それによってガティ麦は豊かに実る(54p117) ユラニア一帯は基本的になだらかなユラニア平野であり、中原でも屈指の農業地帯であり、そのいたるところがよく耕された麦畑、果樹園になっている。森林は切り開かれ、それゆえにいっそう見晴らしはひろびろと感じられる(55p165) ゴーラ三大公領のなかではもっとも古い国であり、その中に旧ゴーラ帝国の正統たる、サウル皇帝領を含んでいることからも、自他共に認めるゴーラ三大公国の盟主国である。 国土の面積ももっとも広く、人口も、都市の数ももっとも多い。 しかし、その版図は、ナタール大森林地帯とケス河、北モンゴールの辺境地帯とにかこまれていて、決してとても恵まれた条件をそなえているとは云いがたい。もとより、好き好んでそのような場所を領土とさだめたわけではない。(28p24) ユラニアはもともとが、中原のなかでも――ということは世界のすべてのなかでも、ということだ――きわめて肥沃だからこそ、カナン帝国の中心部となり、それからさらに新興のゴーラ帝国の首都としてゴーラ皇帝のお膝元としての繁栄をほしいままにしたゆたかなめぐまれた地方(56p136) ユラニアでは、もとは魔道師も存在していたし、そのはたらきを政治むきに使うことも普通だったが、いつのころからか、何代か前のユラニア大公が、お家争いの結果黒魔道師によって暗殺される、というような事件が起きてから、魔道師の登用が禁止されている、また、魔道師そのものが、その事件のあおりをくらって迫害されたり、虐殺されたりすることがあって、ユラニアを逃げ出してパロに魔道師ギルドを頼って集結していった、というような過去もあって、現在のユラニアでは、殆ど魔道師は活躍していない(126p61) 【近年】 ケイロニアとの第一次ユラニア戦役、続くケイロニア-モンゴール連合軍との第二次ユラニア戦役で国内は荒廃し国力は疲弊する。 クム三公子・ユラニア三公女合同婚礼のアルセイスの惨劇において国王、王妃、多くの王族貴族を失い、唯一生き延びたネリイ公女がユラニア大公を僭称すると、クムと共同したモンゴールとの間に戦争が起こり、タルー・ネリイのユラニア軍は破れ、ネリイ大公も負死しユラニアは滅び、その後のイシュトヴァーンのゴーラ王国の基盤となる。 【人口】 紅都アルセイス。 人口百万を数える大都市(28p46) ユラニア何百万の人間(42p179) アルセイスの人口何十万(43p218) アルセイスの人口はようやく百万に達するくらい(64p248) アルセイスは紅玉の都といわれ、その宮殿は紅玉をはりめぐらしたがゆえに紅玉宮と呼ばれるほどにゆたかで物資が多いところ(44p61) カナン以来中原最古とさえいわれる都市(55p83) 【軍事】 アルセイス衛兵隊なら、いいとこ五万(28p66) 禁軍十万(28p87) 首都防衛正規軍は公称十万(44p39) 三光の陣、中央に本陣とし、さらに両側に陣を張る。守りの陣形(28p284) ユラニア特有の白銀のかぶと(26p252) 特産品は、油、酒(40p105) ユラニア正規軍の黄色みがかった制服(55p85) ザンダロスの塔:紅玉宮の物見の塔(44p209)地上数百タール(44p202) 【ユラニア人の特徴】 ユラニア人はわりと小さい(45p123) ユラニアの正装は古式ゆたかなカナン式の大仰なもの(54p218) ユラニア民族はパロ民族よりもそれほどきわだって大柄だったり、武辺だったり、ということもなかった、同じように頽廃的で文化的な古い民族であることを誇る、遊び好きでなよやかな人々であった(126p55) 【文化】 ヤヌス神殿が多い(45p264) 聡明、勇敢、率直、誠実がかつてはユラニアの美徳(46p15) ユラニアが尚武の国であったのはすでに何百年も昔(55p270) めでたい大典のときにうちならされる、特別な鐘うちかたは、ユラニアに伝えられるカナン帝国の文化の名残のひとつ。 リーン、ゴーン、リーン、ゴーン、リーン、ゴーン 高く低くうちならされる鐘の音は風にのり、アルセイスからかなり遠い郊外まで響く。 波のように、潮のみちるようにうちよせ、ひろがってゆく鐘の音の響き。 その妙なるひびきがかさなりあい、からみあい、ひびきあっていっそうふしぎな美しいひびきあいを生み、そしてまた風にとばされて消え去ってゆくいとまもなく、次の鐘の音がうちならされて次のハーモニーを作り出す(54p201) |
| 通説 | 典雅 |
| 首都 | アルセイス 古代カナンのおもかげを今に伝える伝統の都という意味では、パロの首都クリスタルよりも、古い伝統ある大都市(63p277) |
| 国旗 | 金獅子旗(63p225) |
| 戦力 | 禁軍十万(28p87) |
| クム | |
| 歴史・地理 | 【歴史】 東方のふしぎな頽廃的な文化を色濃く受け継ぐ(9p12)中原の中の東方(57p157)中原のなかのキタイ(110p55) クムの都ルーアンは、人々の云う「水の都」である。 蜘蛛の巣のようにめぐらされた運河と川、それはリーラ河からオロイ湖へと流れこみ、ルーアンからタイス、またオロイ湖沿岸の各都市への、小舟での交通の便に役立っている。 また、ルーアンは、人々の云うところの「中原の中の東方」でもあった。 クム創国の人々は、はるばると東方のキタイから、当時のゴーラの王に征服されて、この中原へとうつり住んで来たのだ、という。それはたしかにいわれのないことでもなく、クムは中原、むろんゴーラのなかでも、明らかにひとつきわだつ異質さでもって知られている地方であった。 たとえば、住む人々の、顔かたちが違う。中原に土着の人々は、基本的に――むろん地方によって各々の特性はあるにせよ――金髪や茶、赤の髪と、青やグレイや緑系の瞳をもち、白い肌と、すらりとした体つきをもっている。しかし、クムの人々は、黒い髪、黒い目に、つりあがり気味の細く小さい目と頬骨の高い、むしろ草原や沿海州の人々に近い顔つきをもち、肌の色も何となく黄色みを帯びている。 名前の系統も、草原の方にはるかに近いし、もっている文化や伝統そのものも、中原の中にあって、どことなく異質であった。(27p13) かれらは有名な、ルーアンの水上生活者たちであった。一生、その大半を、船に住み、船から船へゆききし、ルーアンの水路を船ですばやくかけめぐり、たなごころをさすようにこの迷路を知りつくしている船の民で、多くグーバの船頭はこの階層の出身である。きくところによれば、かれらこそははるかなキタイからつれてこられたたんみんの直系の子孫であり、さいしょに征服されてはるばるこの中原へつれて来られたとき、故郷とよく似た湖水と川と小川の多いこのへんをみて、なつかしさにたえず、征服者たるゴーラ皇帝にねがい出てこの一帯をすまいとした、という。(27p129) はるかな昔、東方のキタイから船にのってタリアへ流れ着いた移民達が、そのままどんどん内陸へやってきて、このあたりにきてそこがなつかしい故郷とあまりにも風景が共通しているのに涙し、そしてここを第二の祖国として新天地を建設することを決めた――クムの建国神話はそう伝える(57p157) クムはもとより、キタイ系の移民たちが中心となって作り上げた国である(57p27) クムは、キタイからの移民たちが、たまたまキタイとよく気象条件や風物の似ていた中原のこのあたりにまとまって移住して作り上げた国家。それゆえ、クムの風物だけが、中原のなかでもきわだってキタイふう、東方ふうで、パロともケイロニアともゴーラとも――むろん沿海州とも草原とも、中原のどことも似通ったものがない(109p283) 【近年】 クム三公子・ユラニア三公女合同婚礼のアルセイスの惨劇において、タル・サン公子とタリク公子が死亡、怒ったタリオ大公がユラニアに戦争を起こすが、ユラニア・モンゴール連合に敗退しタリオ大公も戦死する。 その後、アルセイスの惨劇を落ち延びていたタリク公子がクム大公となる。 【地理】 オロイ湖は、クムの全領土の八分の一くらいの広さを占領している(57p178) クムの領土は四分の一は湖に占められている(57p191) クムの中心部はすべて、オロイ湖の北半分に集中している。南はあんまり発展しなかった(109p191) クムという国は、全体として見ればパロとそれほどまさりおとらない人口も有しているが、その大半はオロイ湖より北側よ東側――ルーアンとタイス中心――に集中しており、ヘリム以南の森林・山岳地帯にはあまりひろがっていない(118p64) 【特徴】 快楽の都、剣闘士の国(16p80)剣闘が盛ん(109p221)尚武と頽廃の奇妙な混淆した気風(109p224) クムでは、女神サリュトヴァーナを最高神とする、クム独自の多神教ヴァーナ教の教徒がまだ一番数が多い(112p114) 水上宮の別棟、通称「赤の塔」 バイア離宮、通称「アムネリア宮」、後に焼き払われるが《花蝶宮》としてある(60p30) 快楽の国、タイスには男色専門の廓もあり、他の国とちがって、ルブリウスが好きだからといって公職追放になったりひんしゅくや差別の目で見られることは無い(54p184) クムは通行税を国の運営の大きな基盤としている(57p172) クムは商業国家でもある(109p285) オロイ湖渡りの大型船はすべてクム国家が運航させている(109p111)大型の、三十人乗り、四十人乗りは定期便で国営(109p112) 相当に早くこげる伝令専用の、数人で漕ぐグバオという、グーバよりは大きく、普通の客船よりは小さい船を使う(115p251) ルーアンの市門のあたりには、まったく河も水路もないし、広場も市場もある。――それらはみな、黄色っぽい砂岩を切り出した石畳でつくられていて、その向こうに、不思議な曲線をもつルーアンのいくつもの尖塔が見える。それはなかなか、神秘の東方を思わせるながめではあった(27p15) クム第一の大都市ルーアン、第二の大都市タイス(115p251) 「美と快楽の都」タイスの世にも名高いサリア遊郭(27p81) 世界中が悪徳と快楽とを求めておしよせる悪徳と快楽と頽廃の都タイス(109p115) ルーアンの『イリア・マドレス』とよばれる、悪徳と快楽と頽廃の一角は、タイスもかくやという淫売宿(109p115) クリスタルが文化の王たる都市なら、タイスは快楽の女王たる都(110p59) 【大公家】 クム大公家は多くゴーラ皇帝や、ユラニア大公の家系から妻を迎えている(27p34) タリオ大公は御用魔道師はおいているが、魔道師に国政を左右されることをおそれて決して魔道師を重用しない(46p134) クムでは、占い、魔道のたぐいは盛ん(126p61) 象徴は竜の図柄(65p62) 【軍事】 《クムの楔》戦法−先頭に騎士団、その後ろに歩兵がてい鉄型にとりこみ、さらに弓、弩隊が追い打ちをかける(32p130) 【国民性】 クムの言語はなまりはあるものの、中原に共通のキレノア言語であったが、もともとはキタイ語が中心であった(109p284) クムはまなりが強いとはいえ中原のことばはおおむねひとつの言語をもとにしている。そのなかではクムがキタイからの移民たちがキタイのことばを流入したので、一番中原諸国のなかでもわかりにくいとされている(114p232) パロと並ぶ、中原の美人の産地(27p21) 一部のクム美人というものは非常に評価が高かったが、クム男はあまり見られたものではないという評価がたかかった。全体にずんぐりしていて、どちらかというと東方系の血の濃い、目のつりあがって小さく、あごのいかつい顔をしていたからである(54p163) クムの住人は東方系が入っているから、目がつりあがり、わりとひらたい顔をしている。身なりも相当東方っぽく、中原のなかではかなり異色といえる(108p255) クムの男は、頬骨が高く、目がかなり落ち窪んでいて、顎が割れていて、ちょっとえらが張り出しているのが特徴(114p68) クムの子供たちは、髪の毛をあたまのてっぺんにもちあげて一本にまとめ、それを三つ編みを出せるようになっている色とりどりのまんまるい帽子をかぶっている(109p182) 昔ふうに頭を弁髪にしている(109p184) クムでは、死者の魂を、いかにその死者が生前愛されていたかを死者に知らせて慰藉するために、亡骸の前で盛大に泣き声をあげ、その死をいたんで悲しみの叫びをあげ、その声を天に届かせようとする風習があり、そのために『泣き女』『泣き男』などという、専門的に泣き声をあげながら葬式にくっついて歩く職業もある(60p188) クムではキタイの風習にならい、黄泉の大王はドールでなく《白骨大王》という愉快な巨人が死者の国をおさめている、という民間信仰が一般的(60p189) クムの国民は迷信深い、「夢魔には三通りの夢魔はいる」(102p102) タイスの市民は、なんでも、縁起ものがやたらと好きな人々(115p65) 【特産品・名物】 特産品は、絹、鉄器(40p105)クム名産のはちみつ酒(109p273)クムはレースの最大の名産地(110p72) クムの絹は名高い(110p72) クムの名物の黒茶(111p44)《クムの名物の黒茶》、うすら甘い、奇妙な味のする、苦くて甘い、不思議なお茶で、飲むと口中がひどくさわやかになる(111p53) クム音楽といえば名高いのは竹笛のショームと、二本弦を張ったクム琴、それにジャランボンと呼ばれる騒々しい金属の打楽器(57p158) 米を主食にしている。米を粉にしてひいて作るミーフンという麺や、米の粉のパンなど(57p162) クムの家々も、竹と木をおもな材料にして作られている(57p176) クムふうの部屋は、調度は全部籐の家具で出来ており、テーブルは竹細工(109p187) クムによくある石づくりの、四角っぽい都(110p60) 【タイスの水神祭り】 ◆タイスの水神祭りに行われる大闘技大会の種目、何百もの競技(114p134) 弓術、いしゆみ術、砲丸投げ、石投げ、やり投げ、馬術、馬車、一人乗り戦車、十人乗り戦車、競泳、競艇(114p134) ポッカの選手権、すごろくの選手権、カルタとりの選手権、舞踊、動物使い、歌(114p134) 剣闘技(114p134) 戦車競走、馬上射的、馬上剣技(115p167) 詩、楽器の腕前をきそう競技会、さまざまな服飾作品や菓子などの品評会(115p268) くさりがま競技、投げやり競技、大平剣の部の競技(115p273) 大平剣、細剣、くさりがま、大斧、十字弓、素手での拳闘(116p14) 早駆け競技、大食い競争、荷物運び競争、荷馬車競技、荷グーバ競技(116p14) 「タイス第一の美女」、「今季水神祭り第一の美女」、「今年一番の美少年」、「今年一番の美男子」、「今年の祭りの一等賞の美人」コンテスト(116p14) レイピア、投げ槍、刀子投げ、特殊武器、戦車競走、競馬、グーバ競争、弓術、円盤投げ(116p119) 刺繍、レース、『名物料理の人気投票』、『有名杜氏の醸した酒』、「今年の水神祭り一番の美女」、「一番の美女」、「一番の美男子」、「一番の美童」、「一番の美少女」(116p185) レース編み、一番巨大な魚をとった漁師、一番素晴らしい踊りを披露した踊り子、ボッカの選手権(116p188) もっともすぐれたマイヨーナの歌い手、踊り子、踊り子のチーム、笛の奏者、太鼓の奏者(116p198) |
| 通説 | なまめかしい。「竹の国」(57p176) |
| 首都 | ルーアン |
| 戦力 | 10万(27p233) |
| ゴーラ王国 | |
| 歴史・地理 | 【歴史】 モンゴールのイシュトヴァーン右府将軍がユラニアを滅ぼし、ゴーラ皇帝サウルの亡霊の指名によりゴーラ王国として建国する。 パロ内乱が勃発するとイシュトヴァーン王はゴーラ軍を率いてこれに介入する。 モンゴールでアムネリスの死をきっかけで起こった反乱を鎮圧するためモンゴールに出兵する。 カメロン宰相は、ゴーラ政府の組織の整備をすすめ、かなりの改革を断行して、旧ユラニアである程度地位のあった貴族や武将、文官などを相当に登用し、きびしく条件づけ、だが厚遇して、旧ユラニア側の不満をも封じた(107p43) アムネリスの自害をきっかけとして起こったモンゴール各地の反乱や不満をしずめるために、イシュトヴァーンによりアムネリスの遺児ドリアン王子をモンゴール大公にすえ、マルス伯をそのうしろだてにするとの決定(123p164)との、ふれを出すとモンゴールの内乱はみごとにおさまった(123p197) 中原各国からは正式に国家として見られていなかったが、ケイロニアからの正式に和平通商条約を求める書簡が、ケイロニア宰相ランゴバルド候ハゾスの名による、さまざまな条件を探るための最初の簡単な打診の書簡が届く(123p166) いまのゴーラは、かろうじてなんとかかんとかあちこちから押し寄せてくる危機をカメロン宰相の手腕だけで、綱渡り的に回避しているだけで、じっさいには、まったく立ち直る余地を与えられていない。何か、突発事態があれば、一瞬にしてまたゴーラは経済的にも、外交的にも、また軍事的にも、内政的にも追いつめられてしまう(124p56) |
| 通説 | |
| 首都 | アルセイス イシュタール(イシュトヴァーンに名にちなんで名づけられた新都、もとはバルヴィナ)(77p156)新しいゴーラの首都(103p27) |
| 国旗 | 旧ゴーラ帝国の象徴となっていた、翼ある蛇神アルトゥールのデザインを少し変え、巨大な翼を広げた人面の蛇が六芒星の水晶にまきついている絵柄をまん中にぬいとり、華やかな黄金色(65p53) |
| イシュタール | 旧ユラニアの民は「希望の都」と呼ぶ(77p166) 旧バルヴィナ城は「イシュトヴァーン・パレス」と名づけられている(77p168) イシュトヴァーン・パレスの奥まったところに、「帝王宮」がある(77p170) 「帝王宮」の中央に巨大な塔(アムネリアの塔)が牢獄としてたてられている(77p165) 《暁星宮》には執務室とイシュトヴァーンの居住区域がある(124p41) イシュトヴァーン・パレスの奥まった一画に、噴水もしつらえさせた大きな池「ニンフの池」があり、いろいろな淡水魚、ことに鱗の美しい虹色をしている、観賞用でもあればなかなかにうまくもあるカリラ魚がたくさんいる(123p160) 「イシュトヴァーン・パレス」と呼ばれるいくつもの宮殿の群れは、機能的で、それほどごてごてと過度に金ぴかなところはない。きわめて簡素でむしろ質素でさえある。白と灰色を基調にして、統一感をもたせて作られたその宮殿は、紅玉宮と呼ばれるアルセイスの旧王宮とは著しい対比の妙をなしている(103p26) どこもかしこも、使えるかぎり白亜と大理石を使って作られている。様式も統一されている(107p262) イシュタールを建設するにあたり、基調をすべて白と灰色の濃淡にするように建築家に要望したので、ことにイシュトヴァーン・パレスの周辺はどこもかしこも白く、いかにも「白亜の殿堂」といったおもむきをあたえる(123p159) いまだ工事中の現在では、王の居城やその周辺、おもだった建物などはみな美しくそれなりに豪華な白亜のすがたを見せてはいたものの、その外側、ことに都市の市門の外などには、びっしりといつのまにか貧民たちの小さな小屋がけが出来、あちこちから食い詰めて流れ込んできた零細労働者たちが日々の暮らしをおこなうようになり、もともとバルヴィナに住んでいたものたちはいったんは立ち退かされたものの、またひそやかに舞い戻りはじめ、イシュトヴァーンの期待していた「超未来都市」のかわりに、どちらかといえばありふれた、そのかわり住み心地のよいごたごたと猥雑な平凡な小都市の様相を呈しはじめていた。いずれイシュタール全都がりそうどおりのかたちで完成したあかつきには、《理想の都》をけがす不届きなゴミとして、すべて取り払って、場合によっては焼き尽くしてしまってやると考えているが、いまのところは、それらに貧民たちが働き手となっているため我慢している(123p156) |
| 戦力 | |
| タリア | |
| 歴史・地理 | レント海より中原へのきわめて重要なかなめに位置し、コーセア、レント、中原、沿海州、ノルン、そのほとんどの交易の中間点で、ゆたかで美しい、白亜で作られたみやびやかな都市。 背後にはラダウン山地をひかえているので陸路うしろをつかれることからも守られ、みごとな湾と入江を擁する天然の要害である。 人口はおよそ二十万。 おさめるのは代々、ドルフュス家。(32p17) ゴーラ三大公国が覇権を奪おうとたくらむことも過去にはあったが、市民の抵抗ではねのける(32p20) |
| 通説 | 自由の都 |
| 首都 | |
| 国旗 | |
| 旗艦 | 竜の騎士 |
| 戦力 | |
| リラリウム | |
| 歴史・地理 | 長年鎖国を続け世界情勢に背をむけている謎めいた森林国家(65p80) |
| 通説 | 謎の国家 |
| 首都 | |
| 国旗 | |
| 戦力 | |
| 自由都市国家 |
| ◆ |
| ロス | |
| 歴史・地理 | ケス河河口。モンゴール国境から5日の距離(7p197)ケス河の河口の港町(123p252) モンゴールの領土といっていい、半自治都市(123p252) レントの海が広がっている(123p252) |
| 通説 | 自由の都 |
| 首都 | |
| 国旗 | |
| 戦力 | |
| アルムト | |
| 歴史・地理 | |
| 通説 | 街道都市 |
| 首都 | |
| 国旗 | |
| 戦力 | |
| ガラ | |
| 歴史・地理 | |
| 通説 | 自由の都 |
| 首都 | |
| 国旗 | |
| 戦力 | |