− 大内義弘の討死 −
義弘は、なおも尾張守(畠山満家)を討ち取ろうとして、ますます先へ進んだ。尾張守も大内入道(義弘)を討ち取ろうとして、百騎あまりで義弘を取り囲んでさんざんに攻め戦った。
大内に従う者は十人あまりいたが、あるいは討たれ、あるいは深手を負って引き退いていた。残りとどまっていたのは森民部丞ひとりだけであった。
民部は、「今日の合戦はいつもとは違って、これまで大将に常に付き添っていた者どもが思い思いに討死した。弓矢取りは、千度の高名をしたとしても、最後の死にざまが悪ければ名を失うことがある。我においては、一番に進み出て一命を捨て、名を後代にとどめよう。」と思い、向かう敵を切り払い、大将の前に馳せ出て敵に立ち向かった。
大内は、「民部丞を討たすまい」と、向かう敵を切り払い刺し殺して民部を後ろにまわそうとし、民部は、「大将を討たすまい」と、向かう兵(つわもの)を討ち退けて、互いに我先に討死しようと戦った。主(あるじ)は郎党を討たすまいとし、郎党は主を討たすまいとして、馳せ合わせ馳せ合わせさんざんに戦った。
これを見て尾張守を初めとする数百騎あまりは、「弓矢取る身は、誰もがこうありたいものだ」と、みな鎧の袖を濡らした。
やがて、民部丞が涙を流しながら、
「御内の者どもは五六千人もいますのに、それがし一人が、ただ今御前で討死つかまつります。主従の契りは我に勝る者がいないのが、生前死後の面目でございます。」
と言った。頼もしく思い、
「少しも違わず同じところで討死して、冥途まで一緒に行こうという契りが嬉しい。」
と言って、たがいに手に手を取って敵の中へ切り入った。
向かう敵を三人討ち取り、民部はそこで討死した。
大内は、「今はこの世に思い残すことはない」と、死に狂いというもので、大勢の中へ討って入った。向かう敵七八人を切って落とし、なおも尾張守を目懸けて付けまわる様子は、樊
張良もこれには勝るまいと思われた。
なおも尾張守に馳せ合わせて攻め戦ったが、義弘入道はさすがに深手を負ったうえに、一日じゅう合戦して力が尽きたので、「今はこれまで」と思い、大音声で、「天下無双の名将、大内左京権大夫義弘入道ぞ。我と思わん者ども、討ち取って相公(足利義満)の御目にかけよ」と、名乗り懸けながら戦い、ついに尾張守のところにたどり着いて討死した。
こうして尾張守は、彼の頚を取った。