| 現代語訳 唐沢城老談記 |
「新田老談記」の姉妹編ともいえる「唐沢城老談記」の現代語訳です。
「唐沢城老談記」は「新田老談記」の主役の三家(新田由良、足利長尾、小俣渋川)と対立していた佐野氏の立場で書かれたものなので、両者を読み比べると、戦国時代の上野国と下野国の国境地帯の様子がよりよく理解できます。
「唐沢城老談記」には、太田金山城に関して、ひとつ特記しておくべき記述があります。
「新田老談記」には、「由良国繁を人質に取られて金山城を攻撃されたにもかかわらず、留守を守る城兵が北条勢を撃退し、国繁も城に戻ることができた」という痛快なできごとが書いてありますが、「唐沢城老談記」によれば、「その翌年、再び北条氏が金山城を攻めて、間もなく両家(新田由良と足利長尾)は滅んだ」というのです。
原文は次のとおり。
(前略)「其以後無程御免にて人質を御取上新田足利に両城主帰城なれとも又翌年小田原より被攻終に無程両家なから亡ひし事也」
このことは「新田老談記」ではまったく触れられていないのですが、実際は、由良国繁が秀吉の小田原攻め以前に新田領を失って桐生に退去していたことがわかっています(新田領で北条氏による検地が行われている)。おそらく、由良氏にとって不名誉なことなので、金山城を退去したことは「新田老談記」では省かれてしまったのでしょう。
「新田老談記」では佐野宗綱のことを茶化した書き方がしてありましたが、「唐沢城老談記」を読むと佐野一族はなかなかの武辺の一族だったようです。ただ、「唐沢城老談記」は、「新田老談記」に比べて書きぶりがつたないので、現代語訳も「新田老談記」に比べると若干読みにくいかもしれません。
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唐沢城老談記 |
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| 唐沢城老談記1 | 新田・足利・小俣と佐野・桐生の対立 |
| 唐沢城老談記2 | 謙信との手切れ |
| 唐沢城老談記3 | 藤岡榎本の合戦 |
| 唐沢城老談記4 | 小田原勢の来襲 |
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唐沢城老談記5 |
境七在郷の取り合い |
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唐沢城老談記6 |
免鳥の合戦 |
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唐沢城老談記7 |
免鳥攻め |
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唐沢城老談記8 |
小野兵部、討たれる |
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唐沢城老談記9 |
足利攻め・その1 |
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唐沢城老談記10 |
足利攻め・その2 |
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唐沢城老談記11 |
足利攻め・その3 |
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唐沢城老談記12 |
佐野宗綱の討死・その1 |
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唐沢城老談記13 |
佐野宗綱の討死・その2 |
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唐沢城老談記14 |
大秡越中守の自害 |
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唐沢城老談記15 |
小曾根筑前の諌言 |
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唐沢城老談記16 |
足利・新田の没落 |
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唐沢城老談記17 |
小田原からの使者・その1 |
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唐沢城老談記18 |
小田原からの使者・その2 |
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唐沢城老談記19 |
秀吉と天徳寺、山上道及・その1 |
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唐沢城老談記20 |
秀吉と天徳寺、山上道及・その2 |
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唐沢城老談記21 |
小田原の合戦 |
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唐沢城老談記22 |
佐野家再興・その1 |
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唐沢城老談記23 |
佐野家再興・その2 |
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唐沢城老談記24 |
佐野家再興・その3 |
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唐沢城老談記25 |
佐野信宣のわがまま・その1 |
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唐沢城老談記26 |
佐野信宣のわがまま・その2 |
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唐沢城老談記27 |
改易・その1 |
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唐沢城老談記28 |
改易・その2 |
| 唐沢城老談記29 | 改易・その3 |
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