| 現代語訳 永享記 |
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「永享記」の現代語訳です。「鎌倉大草紙 (前半)」の次の時代が描かれています。 上杉禅秀の乱のあと、鎌倉公方足利持氏は幕府に対する反抗を続け、諌言する関東管領の上杉憲実と対立。永享十年(1438)、ついに幕府の征討を受けて、持氏は翌年自害するに至ります(永享の乱)。 その後、永享十二年(1440)、結城氏朝・持朝父子が持氏の遺児を奉じて旗を揚げ、結城城に立て籠もる鎌倉公方恩顧の一族たちと、それを攻囲する管領・幕府方が戦いを繰り広げます。半年以上にわたる籠城戦の末、結城は落城(結城合戦)。 宝徳元年(1449)、助命された持氏の末子、足利成氏(しげうじ)が鎌倉公方に就任。これで関東に平和が訪れるかと思いきや、成氏は上杉と対立して、関東管領の上杉憲忠を殺害。 関東には、果てしない戦乱が続いていきます…。 |
| 永享記 | |
| 永享記1 | 鎌倉公方の系譜 |
| 永享記2 | 鎌倉公方と関東管領の不和・その1 |
| 永享記3 | 鎌倉公方と関東管領の不和・その2 |
| 永享記4 | 三浦介逆心 |
| 永享記5 | 箱根早川尻の合戦 |
| 永享記6 | 鎌倉の合戦・その1 |
| 永享記7 | 鎌倉の合戦・その2 |
| 永享記8 | 持氏の出家 |
| 永享記9 | 持氏・満貞の自害 |
| 永享記10 | 憲実の出家 |
| 永享記11 | 結城籠城 |
| 永享記12 | 村岡の合戦 |
| 永享記13 | 結城の籠城戦 |
| 永享記14 | 結城落城 |
| 永享記15 | 成氏のこと |
| 永享記16 | 堀越公方の下向 |
| 永享記17 | 応仁の乱 |
| 永享記18 | 古河城のこと |
| 永享記19 | 太田道灌・その1 |
| 永享記20 | 太田道灌・その2 |
| 永享記21 | 太田道灌の最期 |
| 永享記22 | 山内上杉と扇谷上杉の不和 |
| 永享記23 | 高見原の合戦 |
| 永享記24 | 北条早雲の台頭 |
結城落城後の関東については、鎌倉大草紙の後半に、もっと詳しく記述されています。