ほっとレター
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寄付贈呈先からのご報告


“テレビ有難う”
デイホーム「ホープ」 代表 高谷 のぞみ


待ちにまったテレビがきました。「親切会」からのプレゼントです。
お年寄りがビデオでカラオケを楽しんだり、ボランティアの研修にビデオを使ったりするのに便利になりました。

去る5月3日のミニバザーの日にみんなで記念写真をとりました。
ぼつぼつ「ホープ」も人も増え、物も増えつつあります。
2年がかりでためたお金で、中古ですが立派な大きいテーブルも入手できました。
お茶碗類などは知らない間にちゃんと十人前以上揃っています。
Mさんが下さったホットプレートを使えばクレープ、お好み焼き、焼きそば、ホットケーキ、焼き肉、野菜炒めまで皆でかこんで楽しいひとときを過ごせます。
毎年ミニバザーは、狭い場所ながらもこの家庭的雰囲気を体験してもらおうと、無理して本拠地で行ってきました。

今年は角の丸い大きなテーブルがきたのでお茶なら十人ぐらいは平気で囲めます。
なにはなくとも人と人が初めて出会った気がしない不思議なテーブルです。

思い出したらこのミニバザーも3回目になっていました。
第一回は子どもたちとお年寄りが竹細工や染色、お手玉づくり、羊の毛で毛糸づくりに挑戦。
第2回目は羊の毛でフエルトづくり。石に毛を絡ませて洗剤をかけてごしごしこすって仕上げました。
煉瓦のかまどもあるので親子でパン焼きもしました。
薪割りはお父さんの出番でした。今年はファミリーピザづくり。
大きな大きなピザを一度に4枚焼けます。

お年寄り、とくに女性は糸や布に関係することになると元気がでます。
2人で毛糸巻きをしてもらうと呼吸が合ってあっという間に毛糸の球ができます。
それにほどきものがお上手。
むかしとった杵柄とはこのこと。衣類を大切にほどいては再生させた主婦経験がこのような場で生かされます。
今年はほどいた絹の古い黄ばんだ胴裏を草木染めで染めたのを裂いてすてきなバッグをつくりました。
何人もの手を経て完成させたバッグは本当は誰にも渡したくないほどの値打ち品です。
このような活動を通じて障害者やお年寄りが、誰がボランティアか利用者か区別なく楽しめる場所にしたいと期待しているのです。

私達のディホーム「ホープ」は1998年の春のある日、介護保険が将来始まったら、現在施設のディサービスを利用している、自立や介護度の低いお年寄りが在宅に変わらざるをえないということを予想して、居場所づくりを考えようというのがきっかけでした。
この時のメンバーは姫路のホスピス在宅ケア研究会に関わっていた人たちやその仲間でした。

その後新聞でそのことを知った人たちも加わり次第にボランティア数も増えました。
内訳はヘルパー、臨床心理士、保健婦経験者なで。2000年4月介護保険が始まると同時にボランティア団体として体制も整えました。
悩みもいろいろありますが、ボランティア団体であることの意味が大切であると信じてどこからも援助なしでがんばっています。
この様な団体を発掘して協力してくださる親切会のような団体があることは非常に有り難いことです。
今後とも宜しくお願いいたします。

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“ご支援ありがとうございます”
コーヒーハウスYUME 代表 小出 美子


この度は、「珈琲館末広」にご寄付いただきましてありがとうございました。
当店は昨年の4月7日に、精神障害者の方の作業所として喫茶店をオープンしました。

喫茶店を作業所とした理由は、精神障害者の方が働ける場所を作りたかったからです。
私は精神科に勤務する看護婦です。
入院患者さんが働きたいという思いがあるのに働く場所がないという社会の現実。
なんとか働く場所をつくりたいと思い、私費で開設しました。

少ない資金で運営していますから、必要な備品も購入できませんでした。
作業員(メンバー)にお給料を支払いたいという思いもありました。
売り上げを伸ばすために、おやつセットを始めました。
しかし、オーブンがなかったので自宅で焼いていました。
今回寄付していただいたので、さっそくオーブン電子レンジを購入させていただきました。
おかげさまで、手作りのケーキなのでとてもおいしいと好評です。
今は売り切れても営業中に焼けるので、大丈夫です。
「今日のおやつは、なに?」とお客様から尋ねられることもあって、みなさんとても楽しみにしてくださっています。

その他の備品では、電話にFAXの機能がなかったので、ほかの作業所から、連絡事項が送れないと苦情がでていました。
そこでFAXの機能がついた電話を購入させていただきました。
本当にありがとうございました。

多くの方に支援していただき珈琲館末広は、この春に一周年を迎えることができました。
また、小規模作業所として認定していただき、補助金を受けることができまました。

うれしいことが、もう一つありました。
店が二階のため障害者の方が利用しにくかったので、一階の店舗を探していました。
その時に、わたしの勤務する病院の近くにみつかったのです。
今回も前々からあった喫茶店を家主さんのご好意で安く借り受けることができました。
さっそく5月の末に移転しました。

屋号は夢をもって暮らしてほしかったので、「コーヒーハウスYUME」と改名しました。
ボランティアの方、ご家族の方、作業員の協力があって6月1日に開店することができました。
店内はとても明るく、広くなりました。そして、ご家族の方がお花を絶やさず持ってきてくださっているので、お花が心を和ませてくれます。

「コーヒーハウスYUME」は地域の方との交流の場所となり、精神障害者の方が夢をもって働き、共に暮らせるようにしていきたいと思います。
これからも引き続き、ご支援ご指導をよろしくお願いいたします。

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パソコンを購入しました
ぱそぼらんど京都 米田 隆


このたびは、私どもに心温まる寄付をいただき、まことにありがとうございました。
「ぱそぼらんど京都」は、昨年4月に京都市社会福祉協議会の呼びかけで発足したボランティア団体です。
パソコン技術を社会的な活動に生かしたいと思う者が集まり、高齢者や障害者の方へのパソコンのサポート、あるいは他のボランティア団体や社会福祉施設へのパソコンに関する困りごと相談等にお応えしてきました。

活動としてはまず電話とFAXによるサポート希望者の受付をします。その内容を会員間のメーリングリストで公開しサポートできる会員を募りサポートに入ります。
サポート後の報告はメーリングリスト上で行うとともに、月1回の定例会議でも行い、会員の誰もがいつでも引き継げるよう配慮しています。

電子メールを使いこなせる方についてはサポート専用のメーリングリストを設定し、可能な限り電子メールでのサポートを行っています。

また、私どもの活動を広く知ってもらうために各種イベントへの出展や京都市内の公共施設へのチラシ発送なども積極的に進めております。

ところで「パソコン」と「インターネット」というと「若い世代の道具」と思われがちですが、一人暮らしのお年寄り、障害者の方にとってもインターネットはコミュニケーションの手段として欠かせない道具となってきており、私どもも多くの方からサポート依頼を受けております。

ある80歳すぎのお年よりの方はそれまでパソコンを触ったこともなかったのに、今では遠くに住む息子さんやお孫さんと電子メールのやり取りをするまでにいたっておられます。

また、共同作業所の仲間同士で電子メールのやり取りができるようになりたいということで講習会を開いたこともありました。

このように今やインターネットは社会インフラとしてなくてはならないものになりつつあります。
しかし、一般に普及するには超えなければならないハードルがまだ多くあるのも事実です。
各自治体でも無料のIT講習会が開催されていますが「他の人についていけない」「その場ではわかるのだが帰ると忘れている」という声をよく聞きます。
私たちは少しでもそうした方のお役に立てばと頑張っております。

このたび親切会様からいただきました寄付金は、私たちのこうした活動を支援するためのパソコンを購入する資金として使用させていただきました。

発足間もない団体ですが、今後もみなさまのご支援を賜り、幅広く活動してまいりたいと思います。
このたびはほんとうにありがとうございました。

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関西いのちの電話
事務局長 八尾和彦


「いのちの電話でございます。どうされました?」
「もう、しんどうて………」
電話の向こうから、息も絶えだえにか細い声が聞こえてきます。

関西いのちの電話は、24時間体制で、365日、まさに「眠らぬダイアルとして、こころの悩みについての電話相談を受けているボランティア団体です。
現在、約400名の相談員が活動し、年間の受信件数は、約2万件(2000年1〜12月は、19540件)を数えます。

相談員は、ボランティアですが、2年間の養成講座を受け、認定された人たちが相談員として活動しています。
相談員の職業は様々です。医師、看護婦、教師、そして会社員、公務員、自営業、専業主婦、福祉関係などいろいろな人が活動に参加しています。

以前は、不平、不満のレベルの相談も少なくなかったのですが、この数年は内容が大変重たくなってきているのが特徴です。電話内容は、おおまかには、次のようになります。

例えば、性的虐待を受けたと言って訴えてくる10代の女子がいます。
20歳前後の若者は、将来の進路を見出すことが出来ないで、悶々として悩みを訴えてきます。
社会の入口の処で立ち止まっているのです。

最近、顕著に増えているのが、シングルの若い人たち、特に女性です。
自立して生きていこうとがんばる、自立して生きていると思っている。

しかし、その一方では、精神的な不安に襲われ、心の悩みを訴えてきます。
リストラに会い、家族に相談できないまま、うつ状態になっている男性からの電話もあります。
そうかと思えば、平穏無事な家庭にありながら、いいしれない孤独感にさいなまれ、苦しんでいる女性もいます。
そして、身よりのない、文字通り孤独な老人からの電話もあります。
これらは、言うなれば、社会や家庭で自分自身を受け入れてもらえない、まさに孤独な人たちではないかと思います。

いのちの電話では、そのような人たちに寄り添い、話を傾聴し、共感することに努めています。
人間は、悲しみや孤独の中にある自分自身を人に受け入れてもらったと感じた時、再び希望を見出し、生きる力が涌いてくることがあります。

ところで、関西いのちの電話は、第2種社会福祉法人で、行政からの助成金は、皆無に等しいような状態です。
そのため、チャリティコンサートやバザーなどのイベントを行い、少しは収益をあげていますが、大半は、皆様からのご寄付に依存して活動しております。

ドイツでは、助成金が充実していると聞きますが、日本は、まだまだ貧しいと言いますか、発想が貧素だと言わざるをえません。
その意味におきまして、「親切会」様からは、いのちの電話にご寄付をいただき、本当に有難く感謝いたしております。

このような温かいお支えがあってこそ、いのちの電話のボランティア活動が継続できているものと思います。
親切会の会員の皆様、本当にありがとうございます。今や現代社会の中でなくてはならない社会資源のひとつである「いのちの電話」を、これからもご支援くださいますよう、心よりお願い申し上げます。

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ほっとひといき ぬくもりの家
代表 高木 玲子



昨年度、兵庫県社会福祉協議会様のご推薦により、寄付させて戴きました「ほっとひといき ぬくもりの家」から下記の報告を頂きました。ここに掲載致します。

「おはようございまーす。」
とても85〜90歳代とは、思えない程元気な声で,ぬくもりの家の一日が始まる。

「あなた、いつからお出でになってるの?」(いつも一緒なのに、…)
「どなたさんも、おはようございます。本日もどうぞよろしく。」…とひとしきり朝の挨拶と,コミュニケーションの時間が始まる。

ぬくもりの家は平成10年9月に街角に「福祉のコンビニ」を目指し、いつでも誰でも、どんな時でも下駄ばきで利用できるデイホームとして発足。
長い年月のボランティア活動の集大成を、これから私がお世話になるであろうこの地域で、障害者や高齢者と共に生きる老いがまえと、今までのノウハウを地域にお返し出来たらとの思いで開設しました。

現在3年目を迎え、利用者も一日平均20人弱になり5月の利用人数178名とうれしい悲鳴をあげています。
開設当時は2人、3ヶ月後4人と、口こみで利用者が来所される様になりました。

充分に心づもりはしていたのですが、お年寄り一人一人の違いに戸惑う事の多い毎日でした。
こんなに虚弱や病的な方々を、お預かりして大丈夫だろうかかと、又、周りの住民からの厳しい言葉…等々、今思い出せばそんな小さな事で悩んでいた自分が恥ずかしくなりました。

介護保険制度が始まってそのご家族の利用目的、本人の利用目的と、ニーズは、色々と考えさせられる事もたくさんあります。

要介護認定の方や、認定外の方々、本当はどちらが家の中で大変なのかなーと矛盾点もあります。

でもご利用されている方は、皆一緒です。
高齢になって共に生きる事の大切さを、このぬくもりをの家でほっとひといきつける喜びを、味わっていただき家族の方へ、笑顔で帰っていただく事が、私達スタッフの願いでもあり、目的でもあります。

音楽療法と、作業療法を取り入れ、お年寄りが現状維持出来る時間を一年でも、2年でも続けられる様、人生の達人に生き方を見聞させていただきながら一日一日をありがとうの感謝の気持ちと笑顔を作り出す事を、天性の私たちの仕事としていきたいと思います。

「いのちの大切さ、生きることの大切さ、共に生きることの大切さ」を、3つの柱として地域ケアーの原点として住民の皆様と、手をたずさえて住みよい暮らしやすい、安心して生きる事の出来る社会をつくり上げたいと思います。

 ぬくもりの家のことば…
   あなたが
   そこにただいるだけで
   みんなの心がやすらぐ
        相田みつお 作

この度は、親切会の皆様の温かいご厚志をいただき、ありがとうございました。
音楽療法は、障害をもった方、高齢のお年寄りは云うに及ばず、幼児から高齢者まで、人にとって一層すばらしく生きる療法ではないかとおもっています。

音楽は心の友達、楽しさ、悲しさ、苦しさ、つらさ、どんなときでも人をやさしくつつんでくれる…それが音楽療法です。

いただいた御厚志で、療法に利用するトーンチャイム他を購入させていただきました。ありがとうございました。

利用者家族一同
スタッフ一同

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介護サービス選びのお手伝い ガイドブックを提供
兵庫県社会福祉協議会


これまでの福祉制度は、ホームヘルプサービスやデイサービスを利用したり、また特別養護老人ホームに入居したい場合は、居住している市町の福祉窓口に申請し、利用については市町が「措置」という形で決定していました。
しかし介護保険制度が導入されてからは契約による利用制度となり、どの訪問介護事業者に依頼するのか、どこの介護老人福祉施設で生活したいのかを利用者自身が選べるようになりました。

一方、介護サービスを利用する高齢者やその家族の方々からは、「どんな資格や経験を持ったヘルパーさんがいるのか、ヘルパーさんはいつでもきてくれるのか」「老人ホームは何時ごろ夕食なのか、仏壇も一緒に持っていけるのか」などといったサービスを選ぶための情報がほとんどないといった意見や、「事業者の住所や電話番号だけでなく、サービス提供の理念や方針、心がけていることなどがわかるようなガイドブックが欲しい」といった多くの要望が寄せられました。

本会ではこのようなご意見やご要望にお応えすべく、介護を経験された方や家族会、ボランティア、研究者の方々とともに、サービスを選ぶための指標や内容について検討を行い、介護保険事業者のご協力をいただいて、高齢者やその家族の方々がサービスを選ぶ時の参考になるようなガイドブックを作成しました。

このガイドブックは、市町域を超えてサービスを提供する事業者が集中している阪神地域の情報をまとめたもので、内容としては、事業所の住所や電話番号の他に、利用時間や職員体制、苦情の窓口や体制、経営上心がけていることなどがひとめでわかるようになっています。
全部で5,000冊を作り、各市町行政や社協を通じて、地域の高齢者やその家族の方、民生委員の方々に持っていただき、サービスを選ぶ際のひとつの情報源として活用していただいております。

また、各新聞社(読売、日経、神戸)にも好意的に取り上げられ、一般の方からも大きな反響が寄せられました。今後はこうしたガイドブックが各地域で作成され、より利用者の選択に役立つ情報が多くなるように願っています。

このガイドブックの作成にあたり親切会様にご協力いただきました。親切会会員の皆様へこころより厚く御礼申し上げます。

また、一方介護サービスの一環として、在宅介護されている方へも、兵庫県社協として、次の様な支援事業を行っています。

在宅介護者支援事業について

この事業は、在宅で寝たきりの方や痴呆の方を日夜介護されている方々に、ほんのひと時でも介護から離れて気分転換をしていただこうという事を目的とした事業です。

事業内容は、まず寝たきり等のお年寄りと介護人を送迎し、保健婦・ヘルパー・ボランティアの皆さんが責任をもってお年寄りだけを町民センターの老人娯楽室にお預かりします。
その間、介護人の皆さんには外出してもらい、食事をしたり温泉にでかけたり、ときには介護研修を受けたりと、一日をゆっくり過ごし、心からリフレッシュしていただくというものです。

参加者は、食事を楽しみながら、さまざまな体験談や介護の愚痴などを和やかな雰囲気のなかで和気あいあいと話し合っており、「私は主人の介護を始めて1年になりますが、30年介護されている方の話を聞いて、とても励みになり、今日から元気を出して世話をしようとおもいました」「この会を主人と一緒に参加するのを楽しみにしています」「同じ悩みを抱えているので、どんな話をしても理解してもらえるのがとてもうれしいです」など喜びの感想をいただいております。

この事業を本当に心待ちにされている方々がおられることを知り、この事業の重大さを感じております。

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「共歩共生」の社会をめざして
日本ライトハウス盲人情報文化センター 西事業所長  盤井 哲男


大阪市西区にある社会福祉法人日本ライトハウス盲人情報文化センターは、視覚に障害のある人たちのための情報提供施設(点字図書館)として、数多くのボランティアや支援・協力者に支えられて活動しています。

社会に溢れる活字の本や資料は、そのままの形では視覚障害者が読むことはできません。
そこで、それらを点字や音声に変換し、地域社会で自立した生活を送るために、情報を必要としている方々に提供しているのです。

日本ライトハウスは1922(大正11)年、自らも途中で視覚障害となった岩橋武夫によって創設された視覚障害者の総合福祉施設です。
本部は大阪市鶴見区にあり、2002(平成14)年には、創立八十周年を迎えます。

事業所は大阪府下に分散していますが、事故や病気で失明した人たちのための生活訓練(白杖歩行や点字、視覚障害者用ワープロ教育など)や、職業訓練(電話交換、コンピュータプログラミング、事務処理など)をするリハビリテーションセンター、盲導犬歩行訓練センター(名称は行動訓練所)、盲学校の教科書や自治体の広報などを点字出版し、公共施設などの点字表示する点字情報技術センター、そして私の勤務する盲人情報文化センターなど、視覚障害者に対するリハビリテーションと情報提供サービス事業を広範に行っています。

今回は、親切会様から長年にわたり録音図書の製作機材の提供をいただいている盲人情報文化センターの事業を、Q&A方式で紹介させていただきます。


Q:ここは地下鉄四つ橋線肥後橋駅から歩いて一分ほどの大変、地の利のいい場所ですね。

A:もともとは、いまの法人本部のある鶴見区放出にあったのですが、1979(昭和54)年に現地へ移転してきました。


Q:主な仕事の中身を教えてください。

A:私たちは、視覚障害者の方々に対するよりよい「情報の自由」を求めて、大阪市・府の地域社会はもとより、全国の利用者へサービスを行っています。
仕事としては、まずは点字・録音図書の貸出です。現在、センターには二万種類以上の蔵書があり、希望に応じて全国からも取り寄せて無料で郵送貸出をしています。

次にセンターに来館される視覚障害者が持参された資料を、目の前で読む対面リーディングサービスがあります。だれでも読みたいときに本や日常の情報が読めること、これが大切です。

ほかには、視覚障害者からのさまざまな質問にお答えするレファレンス・サービスや、全国の点字図書館、公共図書館とのネットワークづくりも大きな仕事のひとつになっています。

点字や録音図書の製作には、専門技術を習得したボランティアの協力を得ています。たとえば、点字には漢字がなく、すべて仮名文字と記号からできているため、独自のルールを習得する必要があります。また、録音図書も大阪弁でなく共通語のアクセントを習得しなければならず、一年以上かけて勉強していただいています。

一方、世の中はIT一色の時代ですが、当センターにおいては1988(昭和63)年から、点字図書の製作は紙に直接打つ点字器やタイプライターからパソコン点訳へ代わり、点訳ボランティアは全員キーボードに向かって点字図書づくりをしています。また、完成したデータは、インターネットを使った視覚障害者のための情報ネットワーク「ないーぶネット」 に蓄積され、必要なデータは全国どこからでもダウンロードして、視覚障害者が利用することができます。

また、録音図書も目下、従来のカセットテープからCD(国際規格による視覚障害者向けのデジタル録音)へと急ピッチで移行を進めています。
たった一枚のCDに一冊の本(数十時間分)が収録され、音の劣化もなく、自由に検索することができます。

このパソコンを使った新システムは世界共通の規格ですので、アメリカやヨーロッパで作られた図書データもそのまま利用できます。

今後は、インターネットでこのデジタル録音データを配信することにより、よりスピーディーに情報提供・利用ができるようになるでしょう。


Q:視覚障害者もパソコンを利用できるのですか?

A:パソコンは視覚障害者にも福音となっています。
画面の文字が合成音声で確認できるようになり、目が見えなくなって失った文字を再び書けるようになったり、インターネットやEメールの利用、さらには視覚障害者の永年の夢であった活字文書をスキャナーに取り込むだけで読ませることのできるシステムも実用化しました。

今まで人の目を借りなければできなかったことが、完璧ではありませんが自力でできるようになってきたのです。

当センターではパソコン室を設け、これらのシステムの紹介と使い方の指導に当たっています。
また、トラブルが起きた場合自宅まで出張し、トラブルを解決するボランティアを養成し、活発に訪問サポート活動を展開しています。
機器が高価であることや、操作が難しいことなど解決すべき問題が残されていますが、視覚障害者が自力でできる部分を持ち、自ら情報を発信できることは大変意義があると思います。


Q:ボランティア活動について教えてください。

A:当センターのもう一つの大きな役割に、ボランティアの養成があり、現在、約540人の方々が活動しておられます。

そのうち点訳・音訳(朗読)ボランティアが約300人、対面リーディングが110人、あとは点字印刷やワープロ入力、事務、図書の発送・返却作業、録音図書の編集・コピーなどをお手伝いいただいている館内ボランティア、そしてパソコンサポート、拡大写本に当たる方々がおられます。

これらの方々が、毎日50名以上センターに来館し活動されています。
これに対して職員は16人ですから、この事業がボランティアの皆さんの支えなしでは成り立たないことがお分かりいただけるかと思います。

たとえば、対面リーディングの一ヵ月間の利用者は約120件で、日本一です。
また、図書の利用者は月に1,500人、カセットの貸出が月に15,000本、点字図書は1,500冊。
こうした実績は、540人のボランティアの方々の支えがあってこそ達成できているのです。


Q:募集はどうされているのですか。

A:毎月発行している広報誌「ONE BOOK ONE LIFE」で募集したり、新聞やマスコミでも呼びかけをしています。
また、「オープンデー」(見学会)を毎月一回第三土曜日に開き、そこで点字を勉強したい人や、ボランティアの活動を希望する人たちを受け入れています。


Q:ボランティアを始めてみたいという人たちになにかメッセージはありますか。

A:視覚障害者のために「してあげる」という姿勢では長続きしません。
まずは肩の力を抜いて、自分でできることから始められてはどうでしょう。

いまや情報環境はコンピュータなしでは語れません。私たちの仕事でも不可欠となっています。
しかし、コンピュータ機器は手段にすぎません。
本の点訳や録音はあくまでそれらの技術を習得したボランティアの方々の手によるものです。こうしたサービスにパソコンが取って代わることはありません。

この世の中は健常者だけでなく、高齢者や障害者も一緒に生活する社会です。
ボランティアを志す人たちには、活動を通じて視覚障害者も一人の人間であること、決して特別な人間ではないということを理解していただきたいと思います。
日本ライトハウス二代目理事長、岩橋英行(故人)の掲げた「共歩共生」という理念こそ私たちの目指す道なのです。

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親切会様からのご援助は
ボランティア活動と父子家庭への支援に活用しています

京都府社会福祉協議会


親切会会員の皆様には、毎年心温まるご厚志を賜わり、ありがたく感謝申し上げます。
本会では、皆様の厚いご意志を、以下の事業等に有効活用させていただいております。

(1) 京都府下ボランティア活動に対する支援

平成7年1月17日に突然襲ったあの阪神・淡路大震災、あれから5年余の歳月が流れましたが、その間の被災地の復旧、復興には目を見張るものがあります。

被災された方々の深い悲しみと幾多の苦難を乗り越えられた不屈の精神があったればこそ、今日の活力ある街づくりが成し得られたものでありますが、この間被災された方々と一体となって献身的に奮闘されたボランティアの方々の存在を忘れることはできません。
あの震災をきっかけとして、全国的にも地域住民とボランティアとのかかわりに大きな関心が寄せられるようになりました。

平成9年1月にロシアタンカーによる重油流出事故が発生した際に、京都では震災時に培われた知識・経験・ノウハウを活かしたボランティアの方々のめざましい働きにより、早期に美しい丹後の海を、とりもどすことができました。
本会としても、愛とふれあいの地域づくりのため、ボランティア活動の振興を図ることを本会事業の大きな目的の一つとして位置づけ、精力的に取り組んでいます。

現在京都府下におけるボランティア登録者数は個人約3,500人、団体では900グループ(約16,000人)となっています。
本会としてはボランティア活動に際しての保険助成・移送サービス等ボランティアグループの活動に対する助成等を行っていますが、活動者が増える中、贈呈いただいたご寄付を有効活用させていただいています。

(2) 父子家庭への支援の輪を広げるために

京都府下には約1,000所帯の父子家庭があり、お父さんたちは仕事・家事・育児にと忙しい毎日を送っておられます。
府内には現在5つの父子会がありますが、本会ではその組織化の拡大を支援するとともに父子家庭のこども達の健やかな育成のために、種々の協力活動を行っています。

末筆ながら、親切会様が会員の皆様のご理解のもと、今後ますます拡充・発展されますことを心からご期待申し上げまして、お礼のご報告とさせていただきます。

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特別養護老人ホーム「国見苑」開苑20周年を迎えて
特別養護老人ホーム「国見苑」施設長 南 徳子


国見苑も本年6月1日をもって満20年を迎えることになりました。
皆様の御理解と御協力のお陰と、感謝の気持ちで一杯でございます。

昭和54年に県下で10番目の施設としてオープン致しました。
姉妹施設として病院があることで、当時特異な行動で問題になっていた痴呆性老人の最重度の方達をお引受けしての出発になりました。

この様な皆さん達との出会いの中から色々な事を学ばせて頂く機会に恵まれ、その事が地域社会での社会財産となり、利用施設としての役割を果すことになりました。

平成元年には御所市も高齢化社会突入で在宅福祉の必要性が高まり、住民の皆さんの高齢者福祉に対する意識の変革が望まれる様になって来ました。
国見苑も当時10周年を迎え、10年間に介護のノウハウを蓄積しており、在宅介護の取り組みを考えていた処、共に生きる視点に立ってボランティア活動をされていた「まどかグループ」に、警察・消防・民生児童委員を始め高齢者にかかわる機関、団体とが相呼応して「元気で長生き根っこの会」を発足することになりました。

福祉に対する偏見をなくす啓蒙・啓発や講演活動を行い、さらに各大学毎に出前の介護体験講座や、専門家に学ぶイキイキ家庭介護講座を開講しました。
この講座では受講者の中からホームヘルパーや登録ヘルパーの誕生を見、より高度な知識の習得や体験を積みたいとの希望も多くあったため2級ホームヘルパーの開講につながりました。

又、より多くの市民の方々に参加頂き、共に生きる連帯意識の醸成や市民会館や橿原文館での、寝たきりや痴呆にならない為の啓発事業を活発に行いました。
そうした中、A型デイサービスや、ショートステイ30床の増床等、福祉ニーズの高まりに応え、地域高齢者共同住宅の整備を図ってきました。

これらは、85回にも及ぶ「根っこの会」専門委員のニーズ掘り起こしや、各職種の連携プレイが背景となっておりますが、さらに住民の意識変革にもつながり、市の福祉サービスのメニューが出揃う様になりました。

この様な事から、住民の皆さんの意識が在宅福祉にシフトされ、在宅介護支援センターの相談業務が盛んになり、ショートステイにデイサービス、入浴、配食サービスも大変忙しい状況になって参りました。

ミレニアム2000の始まりと福祉ビックバン、介護保険導入も重なり「元気で長生き根っこの会」10年の取り組みの成果により住民のみなさんが自ら選んで利用する意識が芽生え、介護保険導入の下準備が出来上がったのではないかとおもわれます。
施設の長として、この活動の旗振りをさせて頂きました。

今後も皆様に満足して頂ける施設運営を心掛けてまいります。開苑20周年を迎え、職員一同も初心に返り、介護保険指導施設として新たな出発をしたいと思っております。
今後とも宜しくお願い申し上げます。



以上は昨年の機関紙「国見」より抜粋致しました。
国見苑も、20年の経過の中で、地域になくてはならない施設としての位置づけをさせて頂きました。
これも地域社会の人達の御理解と御協力、そして御会の様な時宣に応じた御協力が私共の施設運営に大きな力を与えて頂いたからです。

前述の様にバックに病院があると言う事で、痴呆のある方を積極的受け入れる中、特異な行動をされる皆さんを理解する手立てとして、生存の基本的な要求という面からまず、口を喜ばせる事と、トイレ誘導という事が重要だと気付きました。

職員より意見を聴く中で、クッキーやアイスクリーム、バナナ、おむすび等を出す提案があり、詰所毎に冷蔵庫の設置が必要になりました。

昭和60年代の初頭に日立に籍を置かれていた、奈良市在住の鈴鹿さんの紹介で、御会と御縁を頂き、待望の冷蔵庫を頂戴しました。
当時は詰所毎に冷蔵庫を置くのがしんどい時代でしたが、お蔭様で何人かの人達が落ち着かれる等、一つのきっかけを頂きました。
それ以後毎年、電子レンジ、テレビに掃除機と日立の製品を頂いて居りますが、新しい製品の改良が次々となされ、掃除機も何台か頂戴して居ります。

国見苑も今では、あらゆる在宅メニューも揃い、職員やボランティアさん、研修生等を含め一日に300人近い人の動きがあり、中でも日立の掃除機は気持ちの良い働きをしてくれて、快適な生活空間を作り上げてくれて居ります。
本当に有難い毎日でございます。

親切会全国津々浦々の皆様のご好意を感謝しつつ、共に生きる喜びを大切にしながら、皆様の利用施設としての役割を果たして参りたいと思って居ります。有難うございました。

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障害者の「どこにも行くところあらへん!」を解消したくて
豊能障害者労働センター 田岡ひろみ


毎年、私たちの活動に対し、ご寄付をいただき、本当に有難うございます。
1981年、ひとりの少年が養護学校の卒業を前に「どこにも行くところあらへん!」という絶望の淵に立ちすくんでいました。

翌年4月、この少年の叫びをきっかけに豊能障害者労働センターが誕生しました。
小さな古い民家を事務所にし、障害者2人を含む6人での出発でした。

障害のある人もない人も運営を担って所得をつくり出し、地域での自立生活をすすめようと事業を始めました。現在では障害者22人を含む47名が活動を続けています。

その間、ひとりでも多くの障害者を雇用するために事業を拡大する一方、市の行政に障害者の働く場づくりのための要求をしてきました。
わたしたちの活動は、一般企業でもなく福祉施設でもない「障害者事業所」として箕面市においてのみ公的に認められ、1986年より障害者雇用助成金を受けられるようになりました。
そしてついに1990年、障害者を雇用するためだけの事業をする財団法人「箕面市障害者事業団」の設立が実現したのでした。

また、1995年の阪神大震災直後、被災障害者の救援ターミナルとなり救援物資の仕分け等のお手伝いを広く呼びかけたところ、たくさんの方が応えてくださり、物資の提供やお手伝いに協力してくださいました。
以来、地域の方々が機関紙の発送作業等をお手伝いしてくださっています。

将来的には、障害のある人、高齢の方が気軽に集い、お互いが助けあって活動できるような場づくりもできればと思っています。

ただ、人数の増加に伴い、事務所は手狭になる一方で、新しい障害者を迎えいれるためには事務所を拡大しなければならない状態になってきました。
そこで、1997年より、事務所拡大の為の基金を少しずつ積み立てています。

親切会様からのご寄付は、この基金や日常の運営費に使わせていただいています。

この春、何年かぶりに給料の見直しをし、障害のある人の給料は月9万円になりました。
生活基盤がなくなっても、地域であたりまえに暮らせるには、まだまだいろんな壁があります。
日々の活動を通して、ひとつひとつ壁をとり除いていきたいと思っています。これまでのご支援に心から感謝すると共に、今後共よろしくお願いいたします。

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