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ヴァリュー・フォー・マネーを検討する
第9回 年賀状について

年末に私たちを悩ませるのは年賀状の準備です。 欧米人もクリスマスカードを送り合う習慣がありますが、仕事関係と親しい間に限定されます。 年賀状の方がはるかに膨大な数が送られています。

親戚には本人が死亡するまで、仕事関係も転勤、退職などで関係がなくなるまで出し続けます。 友人関係では、疎遠なのに年賀状を交換するだけの関係もあります。 私たちはどうしてこうも膨大な年賀状を交換し合うのでしょうか?

日本人は民族的に不安を感じやすいと言われています。 孤立して不安になるのを回避するためにできる 限り多くの集団に属したいという無意識の心理が働きます。 年賀状はそんな日本人社会で自分が何処の集団に属しているかの確認行為になっているのです。 同時に、年賀状の送り合う枚数で自分の人間関係の幅広さを確認し、満足する面もあるようです。 また日本人は他人に借りを作るのを嫌う傾向が強いようです。 年賀状をもらったら返事をだすことで負担に感じる気持ちをイコールにしようとするのかもしれません。

今年の正月にE−メールを利用した年賀あいさつをすすめるテレビコマーシャルを多くの方がご覧になったと思います。 膨大な時間とお金をかけることへの疑問を提起をしたそのコピーに思わず納得してしまいました。
年賀状を出すかどうかは本人の気持ち次第です。出すことが楽しみで負担を感じない方は 続けられれば良いと思います。それでも、出したのに相手からは来ないと、悩んだり、怒ったり するのは止めたいものです。
もし、年賀状を負担に感じ、無駄と思うのなら、本当にお世話になった方や 心から出したい相手以外には思い切って止めてみてはいかがでしょうか。 社交辞令で、もらったから出す様な関係なら、 その後も深く付き合う可能性はあまり高くないと思います。
今年気づいたのは、E−メールアドレス付きの年賀状が増えたことです。 来年からは世紀が変わったからと理由をつけていっそE−メールで新年の挨拶を行なうのも 良いのではないでしょうか。
皆様は年賀状についていかがお考えですか?日本の伝統習慣なのでいろいろなご意見があると思います。 是非ユニークなご意見をお聞かせ下さい。

ご意見の受付は終了しました。


さとう  (2004.2.18掲載)
“麗しき文化と思うが、私のポリシーに合ってない”
年賀状は、麗しき日本の文化だと思います。 今後もなくなることはないでしょう。
しかし、「義理」や「惰性」やはたまた「営業」で書かれた年賀状も、それはそれは多いものです。 この手のものはもらうと哀しいですね。印刷済みの賀状もいいけれど、 一言ぐらい自筆でメッセージ書けよ、と思いますね。 そういう惰性で書かれた賀状には、一切返信をしません。 心が伝わってこないからです。
また、私は、秀麗な字を書けないこともあり、 「賀状のやり取りしているぐらいなら会えばいいじゃん」と思うほうで、 また、それが可能な状況にあるため、親しい人に「も」賀状を出していません。
そんな私が、あえて賀状を出すとすると、遠くに住んでいてなかなか会えない人、 ということになりますが、遠くに住んでいて、会えないとなると、 私との接点がない、つまり、「今の私」にマッチしない人物、ということで、 無理してまで関係を維持しようとは思わないんです。 縁があれば、また、関係が復活するでしょうし。
そういうわけで、毎年賀状は出していません。

HR  (2001.1.12掲載) “年賀状について”
私は個人的に年賀状を送る習慣はいいと思います。 たとえそれが「年賀状を送るだけの関係」であっても、 1年の終わりに「あの人はどうしているだろう・・・」って考える時間があってもいいのではないでしょうか。。
逆に、いつも会ってるのに、年始にすぐ会うのにという人にはわざわざ出さなくても、年始の挨拶をすればそれでいいと思うのですが。。
年賀状って書くのは大変でも、貰うとうれしいですよね。特に手書きの年賀状はやぱっりいいです。印刷された年賀状でも手書きの文が少しあるだけでも相手の気持ちの伝わり方が全然ちがいます。その「少しの文章」も書けないような相手には送らなくてもいいのではないでしょうか。

インスパイア  (2001.1.12掲載)
“メッセージ型年賀状”
ここ数年、メッセージ型の年賀状が増えています。 地縁、血縁、職縁、好縁、人にはいろんな「縁」があります。 「志縁」系のネットワークが自分のまわりでできたからかもしれませんが、 長文のメッセージのものやシンプルライフを紹介するものなど儀礼的なものは少なくなっていると感じています。 今年、僕は「人生で叶えたい夢を8つ書いてください」というワークシート型(空欄あり)にしました。 また自分の夢をホームページで公開していますと年賀状にそえました。メッセージ型年賀状は時代を変えるかもしれません。

kiyomi  (2001.1.10掲載)
“年賀状に思うこと”
読んでいて考えさせられました。
年賀状を出しさえしたら、それで
なにかごまかし、済ましてしまおうとしている自分を
チョット考えて見ないと。。。
頭と心のシンプルの為に。。。

GOK  (2001.1.10掲載)
“年賀状について”
私は”年賀状”を出すのが大好きです。
もらった人が喜んでもらえるように毎年ひと味違う注目を浴びる年賀状を心掛けています。(自己満足ですけど)
以前は全部手作業でしたので大変でしたが今ではパソコンやプリンターがありますので、さほど時間に拘束されることはなくなりました。でも郵便料金がバカにならないし社交辞令に時間をとられるのはやはり苦になります。ですから3段階に分けています。親しい人には自筆入りでちゃんと切手を貼ったもの、どうでもいい人(社交辞令)でインターネットのできる人はE-mailで、そうでない人は自筆無しの料金別納というふうにしています。
年賀状は日本の文化と私は思いますので、あからさまに否定するのはいかがなモノでしょうか?

Aimee  (2001.1.6掲載)
“年賀メールについて”
年賀状は毎年負担を感じていますが、なかなか止められないんですよね。でもメールでというのは、現在のインフラから考えて疑問です。あちこちでサーバーがダウンするのではないでしょうか?数年前までは年賀メールはチェーンメールと同じ扱いで厳禁でした。今はどうなのでしょうか?

河合  (2001.1.6掲載)
“年賀状”
年賀状は続けたいと個人的には思います。メールの年賀はやはり事務的な感じがしますし、それこそ社交辞令な感じがします。 出す相手を本当に親しい間柄に絞って、心のこもった年賀状を心がけていますが、それほど負担にはなりません。




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