東京の新名所六本木ヒルズ森タワー53階の森美術館で現代アート作家の杉本博司の回顧展が開催されています。
彼は人間の記憶の古層にある"時間"を写真で表現した作品で世界的に高い評価を得ています。
森ビルの53階に行くだけで非日常体験です。現代アートを体験するには格好の場所です。
コンセプト重視の現代アートは鑑賞者に考えることを求めます。見ただけだと理解できないので一般の方はどうしても遠慮しがちです。しかし杉本の世界には、小難しいコンセプトを意識しなくて入っていける間口の広さを持っています。多くのコンセプチュアルなシリーズが展示されていますが、まず彼の代表作である海景が展示されている第3展示室とその空間を体験することから始めましょう。
展示室内には絶海の孤島に見立てられた能舞台が構築されています。それを取り囲んで水平線で隔てられた空と海の超シンプルな構図のモノクロ作品である海景シリーズが展示されています。世界中の海で撮影されたものの個別作品からは場所の特定はできません。海は膨大な地球上の時間の流れの中で変化していません。人が見ることができる時間を超越した普遍的風景なのです。
ライトが長方形の作品をサイズ丁度に照らしだしており、闇の中に海原が浮かび出ている感じです。そして約120X150cmもある作品サイズが良いのです。ちょうど自らが作品の中に入り込め、瞑想感、一体感を感じることができます。作家の意図を知らなくてもヴィジュアル体験するだけで作家との無言のコミュニケーションが体験できる空間がそこにあります。そして、古代人の視点になって海景の作品を鑑賞している自分が発見できます。自我が行き詰っている欧米社会で本シリーズが圧倒的に支持されている理由が一瞬のうちに理解できます。
もし興味が持てそうなシリーズがみつかれば作家のコンセプトを考えてみればよいのです。色々な情報が頭に入ると作品の見え方がかわります。数学者が考えた数理模型、機械模型を撮影した「観念の形」シリーズ、博物館の自然史模型を撮影した「ジオラマ」シリーズ、米国の劇場内部をスクリーンに投影された映画1本分の光で撮影した「劇場」シリーズ、
有名なモダニズム建築を撮影した「建築」シリーズ、蝋人形を肖像画のように撮影した「ポートレート」シリーズなどがあります。
美術館の膨大なスペースの中で展開されるのは作品ごとに交互に訪れる無意識と意識との感覚の行き来です。人間の観念の歴史が様々なシリーズで表現されていますが、海景シリーズが他の全てのシリーズと対比している印象があります。
永遠と続く時間の流れを作品に取り込んでいる杉本作品はコンセプトとヴィジュアルの両面から私たち現代人の生き方を揺さぶります。
資料によると、杉本はアメリカ留学がきっかけで日本文化や仏教を学んだそうです。欧米の強い自律性を持った自我とその限界を意識したことがやがて一連の作品のきっかけになったであろうことは容易に想像できます。
禅の悟りを描いたのが水墨画の一種の禅機画だそうです。これがやがて山水画に発展します。杉本の写真は自らの心を落とし込んだ写真による現代の水墨画なのでしょう。中世日本で開花した禅の精神と私たちの意識の古層でつながっていることを強く意識させられます。
展覧会のタイトルは“時間の終わり”、様々な解釈ができる杉本博司氏の禅問答です。たぶん時間を意識した作品を通して時間を意識しなくなることを目指したという意味ではないでしょうか。
会場を出ると東京の空景が眼下に広がり、作品の余韻が続きます。エレベーターを降りていくと心洗われた気分で日常の自分に戻っていきます。自然光が入る展示もありますが、人も少なく闇で街が抽象化される夜時間に訪れるのがお勧めです。
作家略歴
杉本博司は1948年東京生まれ。
立教大学経済学部卒業。世界を放浪後、1970年にカリフォルニアに居を構え、ロスアンゼルス・デザインアート・センター・デザイン・カレッジで写真を学びます。1974年にニューヨークに移り、写真を使用して現代美術の活動を開始しています。作品制作の傍ら古美術商を営んでいた時期もあります。
90年代に入り日米のギャラリーで人気がブレイク。現在では彼の作品は世界中の主要美術館でコレクションされています。オークションでは現代美術のカテゴリーで扱われており、コレクター人気も高く値段も上昇傾向にあります。
2001年にはハッセルブラッド国際写真賞受賞した世界に誇れる現代アートの日本人作家です。
展覧会情報
杉本博司“時間の終わり”
森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
2006年1月9日まで開催
開館時間 10:00〜22:00、 火10:00〜17:00 (入館は閉館時間の30分前まで)
10月19日(水)休館、10月20日(木)、1月4日(木)は17:00閉館
入館料:一般1500円(同チケットで展望台にも入館できます)
問い合わせ先:Tel:03-5777-8600(ハローダイヤル)