ジャイアント馬場
最終更新 2004/1/23
人物事典(音楽・芸能・スポーツ・ホビー)
元プロレスラー 本名:馬場正平 巨人−大洋−プロレスラー 好物は大福と珈琲。
【 略歴 】
- 1938年
- 1月23日、新潟県三条市生まれ。
- 1955年
- 1月、巨人入団(投手)。
- 1960年
- 4月、力道山にスカウトされ日本プロレス入り。猪木と共にエースとして活躍。
→BI砲
- 1972年
- 7月、日本プロレス脱退、全日本プロレス設立。
- 1974年
- 12月2日、ジャック・ブリスコを破り(ジャンピング・ネックブリーカー・ドロップからの体固め)日本人で初めてNWA世界ヘビー級王座に就く。
全日本プロレスに定期的に来日したミル・マスカラスとはシングルで一度も対戦しなかった。
- 1979年
- 8月26日、プロレスオールスター戦。馬場、猪木共にマッチメークを一任。最初で最後の直接対決のチャンスだったが、プロモーターは馬場、猪木対ブッチャー、シンのタッグマッチを組みファンをがっかりさせた。
- 1984年
- 4月25日、試合で首を負傷。デビュー以来の連続試合が3764で止まる。
- 1994年
- 7月、著書「16文の闘魂人生」東京新聞出版局 出版。
- 1997年
- ニュース・ステーション「最後の晩餐」に出演。
「最後の晩餐」集英社 1999年〜に番組で放送されなかった部分も含めて掲載されている。
- 1999年
- 1月31日、現役レスラーのまま61歳で逝去。プロレス5,759試合に出場(5,759戦は自らの追悼試合)。
5月15日「ジャイアント馬場永久保存版写真集」市瀬英俊編集 ベースボールマガジン社 出版。
- 2001年度
- 小学5年生の道徳の副読本(学校図書)に「やさしく強き巨人」の題名で登場。
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