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えひめ丸沈没事故
最終更新 2004/11/16
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2001年2月10日(現地時間9日)、ハワイダイヤモンドヘッド沖18kmの地点(潜水艦訓練海域外)で
愛媛県
立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」に
米国
原潜「グリーンビル」が衝突、えひめ丸が沈没した。この事故でえひめ丸に乗っていた乗組員、実習生合わせて9人が行方不明となったまま。グリーンビルは事故の際、民間人2人が操舵席に座りソナー室にも民間人が入っていた。
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休暇でゴルフ中だった
森喜朗
首相が、第一報を受けた後もプレーを続けたことが非難の的となり退陣の大きな要因となった。
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30分ルール
という言葉が話題に上った。
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ワドル艦長が事故後しばらくの間、謝罪しなかったことが反感を買った。
米国原潜が日本船を沈めたのはこれが2例め。1981年5月、ジョージワシントンが日昇丸に当て逃げ2人が死亡している。
3月5日 海軍の査問委員会開始。日米専門家会合が船体引き上げで合意
3月8日 ワドル前艦長が査問会議を傍聴していた被害者の家族3人に会場で直接謝罪
10月16日 船内で初めての遺体発見
10月25日 行方不明者9人中8人めの遺体発見
11月25日 ホノルル沖20キロ 2,000mの深海にえひめ丸は沈められた。お一人の遺体は発見できなかったが、ご両親は了承したうえでこの現場に立ち会った。
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は現地時間表記で統一している。
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