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AE86
最終更新 2007/11/24
きょうの更新
トヨタスプリンタートレノの1983年型。
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白/赤の2色。GT APEXは白・黒、赤・黒のツートーン。
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ハチロクと呼ばれるようになったのは1990年代に入ってから。現行車種として販売当時はそう呼ぶ人はいなかった。
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GT APEX白・黒に9年乗った。流線型のスタイリング、リトラクタブルヘッドランプ、デジタルメーター・・スポーツカーに憧れて育った者にはたまらないポイントが揃っていた。
出会いは友達が持っていたこのクルマの助手席に乗った時。当時
RZ350
に乗りクルマの加速に驚いたことはなかったが、いきなり加速された時に心臓が飛び出るかと思った。
その1年後、
MR2
にも未練があったが、やはり4人乗れるのでトレノを選択。180万円だった。
確かその頃、運輸省がスポイラーを認可してスポーツパッケージ(フロント・サイド・リア)が設定されていたのでつけた。
夜になるとメータークラスタ組み込みのスイッチでライトを出すのが楽しかった。ウィンカーバーを引いてパッシングするとランプが開きざまに光って、すぐ閉まるのがいかしている。スイッチ周りのロータリー式のつまみでメーターのイルミネーション照度が変えられるのもよい。ワイパー系の操作もクラスタ組み込みのため、ふつうのクルマにはハンドル左側にあるバーがない。
車重940キロというのは今思えば軽い。今なら
2シーター
の
MR−S
でさえ1050キロだ。なぜ20年も前のクルマの方が軽いのか不思議である。
九州自動車道に乗るとデジタルの数字が180と並ぶまでにさほど時間はかからなかった。ブレーキの効きもよくて、あわや追突という場面でも気がついたら止まっている。実によく走りよく止まった。
故障もほとんどなし。晩年マフラーが劣化したこと、リアハッチの裏がさびたことくらい。水温はデジタル表示されいつも中央のコマで止まっていた。冷却水が漏れて半分から上にいったことがあったがそれも一度きり。
9年車検を通した1か月後に売るまで、全然飽きの来ないクルマだった。自動車販売会社の知人は「久しぶりにこんな状態のいい86を見た」と言ってくれた。オークション出品を頼み2度目の出品で27万円で売れ、手許には24万円が入った。直前の車検で21万円がかかっていたので残ったのは3万円。
1990年代終わり頃から「頭文字D」とかいうマンガにトレノが出てくるらしく右ドアに「藤原とうふ店(自家用)」と書いたトレノグッズがやたらと出回るようになった。その人気のお陰でMテックから43分の1トレノが発売されたので買った。乗っている頃はグッズもプラモも何も持たなかったが後にこうして色々と出るのは嬉しい。
手放した8年後、ヤフオクで当時のカタログを1000円で手に入れた。「メータークラスタ」という言葉はそこから拾った。右開きのカタログというのが今となってはおもしろい。
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