2000.9月議会 上原ひでき議員の個人質問

 

1、入札制度の改善に向けた提言

 

 すでに採択されました「談合の疑惑」のある工事契約案件について質疑を行ないましたが、今回の個人質問では、入札・契約制度に関する提言を行ないその見解を求めたいと思います。

 入札・契約制度についての基本的考え方は、

@     公共事業にしても、物品購入にしても、税金を納めている市民の立場からみることが重要。一部の特殊なものを除き、一般的にはよりよいものをよりやすくというのが原則。

A     入札をめぐっての不正や腐敗をなくすこと。もちろん入札制度の改善だけですべての不正・腐敗が根絶されるわけではないが、できるだけそれを排除する仕組みが必要。そのために、ガラス張りの公正で市民に開かれた入札制度をつくること。

B     弱い立場におかれている中小企業、業者の権利や営業を守り、官公需の比率を高めるための入札制度をどうするか。

 

1)予定価格の公開について

私は97年12月議会で、入札制度の改善のため、予定価格の事後公開を提案。昨年度からこの制度が導入されている。

談合の場合、予定価格に極めて近い価格で落札するのが特徴。予定価格が何らかのルートで漏洩し、それを知りえた入札業者間で談合が行われて、入札前に落札業者が決められ、入札が形骸化する。入札業者間の競争性が確保されず、価格メカニズムが有効に機能していない。

予定価格を公表することで、伊丹市の予定価格の設定水準が妥当であるかを検証でき、談合などの不正行為を防止する効果もあると思われる。予定価格の事後公開をどのように評価しているのか。その際、公開する以前と以後での予定価格に対する落札価格の割合の比較も含めて伺いたい。

さらに、いくつかの自治体で行われている予定価格の事前公開についても行なうべきであると思うが、見解を伺う。

 

2)いくつかの提案

 入札制度の改善は、業者との不断の厳しい闘いであり、談合は許さないという立場を前面に、常に大胆に様々な改善方向を試行し、真摯な具体策を実施することが必要。

@     一般競争入札の拡大。現在伊丹市では、建築工事で5億円以上、土木工事で3億円以上の工事で一般競争入札を取り入れている。もともと国の会計法でも、地方自治法でも一般競争入札が原則。神奈川県座間市では1億5千万円以上の工事で条件付一般競争入札にした。伊丹市でもその金額を引き下げて、一般競争入札を拡大することを求める。

A     談合情報があった場合に、原則として落札予定業者を排除し、入札執行の直前に抽選を行ない、入札を執行する。談合情報の徹底した調査と談合業者への罰則の強化。

B     指名競争入札の場合、指名基準の公表。

C     以上のような改善を行なうため、外部の専門化も入れた「入札制度改革委員会」を設置すること。そしてその運営状況をチェックする「入札制度運営委員会」の設置を。

以上、これらは全国の自治体で取り組まれていることを参考に提案している。ぜひ検討されることを求めるものである。

 

3)談合防止による税金のむだ使い防止

@     神奈川県の座間市では、公正取引委員会の調査結果により、95年4月から98年3月に発注された320件の公共工事中約9割の入札で、談合により落札業者が決められたことが明らかになった。さらに93年から96年の工事のうち約75%が予定価格の99%以上で落札していたこと。ところが入札制度の改善が図られていた98年度になると、206件の加重平均の落札額は76%になり、かなりのコストダウンが図られたとされている。そのうち談合情報が寄せられた21億6500万円の予定価格の工事で、当日抽選をして入札業者を絞って入札を行ったところ、12億8000万円で別の業者が落札。8億円の節約となった。また、東大阪市では、入札改善を行ったことで、約1割の税金の節約になったとの報告。

A     伊丹市に当てはめると、99年4月から2000年7月までの3千万以上の工事契約68件で、平均落札率は91.9%。そのうち95%以上が全体の63%を占めている。仮に座間市並の76%になったとしたら、約26億円の税金の節約となり、東大阪のように1割の落札率低下となると13億円の節約になる。

 

本来予定価格とは、自治体が契約する際に、契約額の上限をあらかじめ決めておく見積価格である。落札価格の上限張り付きは、市民オンブズマン連絡会議の全国大会で指摘された通り、談合の最たるものである。談合を防止する様々な取り組みによって、様々な自治体で落札率が低下していることは、談合がやりにくくなっていることの表れ。

 

伊丹市の状況を分析したうえで、この件についての当局の見解を求める。

 

 

 

2、「部落差別の実態等を把握するための調査」について

 

「部落差別の実態等を把握するための調査」に至る経過の整理

 

90.9.7 「伊丹市の同和行政のあり方について(答申)」

 「おわりに」――――『なお、今後とも同和対策事業の実施に当たっては、市民の理解、協力、参加がより一層えられるように配慮しながら事業を推進し、その事業の円滑な実施が促進できるよう協議会(仮称)を設けられたい。』

 

92.6.3 「伊丹市同和対策協議会設置要綱」

第1条   同和問題の解決を目指し、人権尊重の基本理念をもとに共生社会の具体化に向け、同和対策事業を推進するため、伊丹市同和対策協議会を設置する。

第2条   協議会は、共生社会の具現化を図るため、同和対策事業の実施に当たって、その効果が十分発揮できるように討議し、提言を行なう

 

97.2.25 1990年伊丹市同和対策審議会答申の取り扱いについて」(伊丹市同和対策協議会)

 「本協議会は答申が6年余を経過した現在において法期限以後をも含み、大体に置いて妥当であり、その具体的事業の実施にあたって答申で必ずしも具体化されていなかった部分の補足的施策を提言する、との結論に達しました。」

 「その際、審議の基礎資料を得るため、当市における部落差別の実態を把握するための調査を実施し、当該調査結果に基づいて具体策を提言することが妥当である、との意見が本協議会満場一致で承認された」

 

98.3  98年度予算案 同和対策事業で、「差別実態等把握調査委託料」が計上される

 「差別実態等把握調査につきましては、先ほど申し上げました課題について実態に即した整理を行ない、同和問題の解決を図る諸条件を工夫するために実施するものであり、主に、同和地区関係住民を対象とした聞き取りや関係機関の資料等により調査を行なおうとするもの」(3月議会予算委員会答弁)

 

98.499.1 調査

(1)     調査目的(主目的)――――「過去30年近くに及ぶ同和行政の課題(残された課題、見落とされた課題、新たに必要とする課題)を明らかにするために、伊丹市の同和対策事業の取り組みと部落差別の実態を把握する。」

(2)     調査目的(副目的)――――「今回の調査を契機にして、資料の収集とデータベース化の準備を行ない、将来的に資料収集、教育、研究を行なう人権教育の総合的な機関を、伊丹市の行政機構に設置するための方向性を明確にしていく。」

 

 

1)伊丹市同和対策協議会が実態調査を行ったことについて

 90年9月の同対審答申で事業の円滑な実施を促進するために協議会を設けるよう答申がなされたが、協議会の設置要綱では「提言を行なう」ものとなり、さらに協議会で決議が行なわれて、調査を実施して具体的提言をするとなった。

@     当局はなぜ伊丹市同和対策協議会の設置において、「提言を行なう」ものとしたのか。すなわち、執行機関の付属機関に関する条例では「伊丹市同和対策審議会」が設置されており、その担任事項には「市長の諮問に応じ、市の同和問題に関する事項を調査審議することおよび重要事項に関し市長に意見の具申をすること」とかかれている。市長が諮問することなしに提言を行なう権限を与えたのはなぜか。

A     伊丹市同和対策協議会がなぜ独自に決議をし、調査をすることになったのか。

同協議会が調査することを決議したのは、97年2月25日。伊丹市が同協議会に実態調査を委託したのはその1年後の98年当初予算。本来ならば、伊丹市が答申の意向を受けて設置した協議会が、事業実施促進のために提言を行なうことが必要になり、そのために調査が必要と判断したならば、市長にその旨の提案し、市長がその趣旨を受けて調査が必要と判断したとき初めて実態調査の委託を行なうものではないか。

 

2)「部落差別の実態等を把握するための調査報告書」が出されたが、その編集が「伊丹市同和対策協議会」で、発行が「伊丹市」となっていることについて。

 本来伊丹市が予算を伴って実態調査を委託した場合、調査を報告する主体は伊丹市ではないか。主体が明確ではない。委託を受けて伊丹市に調査の報告をする文書ならば、報告する主体は協議会。この報告書は、単に調査したことを編集し、そのものを発行したことに過ぎない。一方、報告書の「概要」には調査主体は「伊丹市同和対策協議会」とかかれている。入り口が不明瞭ならば出口も不明瞭。いったいこの報告書をどのように位置付けたらよいのか。伊丹市としてははどのような位置付けなのか。

 

3)調査目的について

@     主目的では、「過去30年近くに及ぶ同和行政の課題(残された課題、見落とされた課題、新たに必要とする課題)を明らかにするために、伊丹市の同和対策事業の取り組みと部落差別の実態を把握する」となっている。

    1969年に同和対策事業特別措置法が施行されて以来、同和行政が大きく前進し、同和地区住民自身の努力とも相俟って、同和地区の住宅・居住環境や生活実態などに見られた較差もすでに多くの分野で解消された。同和対策を継続実施しなければならない根拠は同和地区の現実の中には存在しなくなっている。伊丹市においても例外ではない。このことは、1993年に総務庁が全国的な規模で行った「同和地区実態把握等調査」の結果でもすでに明らかに示されている通りである。

    しかしこの調査目的では、「30年近くに及ぶ同和行政の課題を明らかにするため」としているが、このようなこれまでの伊丹市の同和行政、同和地区住民による部落問題解決の到達点をどのように評価しているのか明確になっていない。すなわち、現在までの同和行政の到達点に立って、なぜこの調査が必要なのかが明確ではないということ。

    またこの調査は、「部落差別の実態等」を明らかにするとしているが、部落差別とは何かが非常に不明確である。

もともと行政が行なってきた「部落差別実態」とは、住環境、結婚、就職、自由な交流などの分野においてのものあり、このことから部落差別とはこれらの分野において現れる格差のことを言っていた。しかし今回この調査で言われているのは部落差別は「差別する側」と「差別される側」の関係としてとらえられ、人間の意識の問題にしてしまっている。なぜか。

 

A     副目的では、「今回の調査を契機にして、資料の収集とデータベース化の準備を行

い、将来的に資料収集、教育、研究を行なう人権教育の総合的な機関を、伊丹市の行政機構に設置するための方向性を明確にしていく」となっている。これはいったいどんなことを意図しているのか。

 この調査が、部落差別を「差別する側」と「差別される側」の関係としてとらえ、そしてこの関係が「『部落民ではない』と思い込んでいる人」と「『部落民』と思われている人」の関係となっており、それを聞き取り調査によってそれを実証させることになっている。この調査を契機として今後の人権教育が構築されていくならば、部落差別は永遠に続くものとして人権教育に位置付けられてしまうことになる。部落差別を解消するために行なってきた行政が、解消しつつある部落差別を固定化することになるのではないか。

   

4)調査方法について

 この調査は、聞き取り調査と分布図、写真の計変化、統計などの分析による視覚化を中心とするもの。聞き取り調査の場合、差別する側と差別される側という、差別被差別関係そのものに遭遇する人々から情報を提供してもらう。調査対象者のリストアップの方法では、リストアップ責任者が決定する。――――となっている。

 しかし聞き取り調査において、その対象をどのように選択するのかが重要なポイント。この調査の場合、調査の主体が恣意的に対象者を選択しているもの。さらに聞き取った内容が恣意的に解釈される恐れがある。まったく資料の客観性が疑われるもの。特に聞き取り調査の対象として、「差別を受ける側、その集団と関係を持った人々」などは、全く科学的ではない。

 93年の総務庁の調査でも、差別されたことがないという部落住民が70%近くある。

 なぜこんな非科学的な調査を行なったのか、きわめて疑問。

 

5)調査の内容について

 @「『調査』の内容について」の中でいわれている「差別の重層性」について

この考え方は、同和地区内にすむ女性や障害者、外国人に関しては、「部落」差別だけではなくそれぞれの差別との「重層化」された差別の中に置かれると言うもの。

このことは、「重層」によって差別を強調する手法をとり、「部落差別」の厳しさを他の差別よりも際立たせようとしているのではないか。部落差別は基本的に解消の方向に向かっており、「重層」などという問題はないし、仮にあったとしても性格の違う問題であり、解決の方向もおのずと違っている。「重層」という考え方は、部落問題の理解と解決に混乱をもたらすだけである。

見解を伺いたい。

 

 A「糾弾」について

 「報告書」の第2章「差別の現状と課題」では、事件・事象の分析として解放同盟により「確認会・糾弾会」を受けた人から聞き取り調査を行ない、その結論として、「確認会や糾弾会が部落解放運動に対する理解者をつくるのに有効である」こと、さらには「今後とも実行されることが望ましい」としている。とんでもないこと。

 部落解放同盟が「確認会・糾弾会」のもとに様々な暴力事件をおこし、そのすべてに有罪判決が下されたことは詳しく述べるまでもない。もっとも有名な事件、74年11月22日の八鹿高校事件では、同校教職員70名を帰宅途中の商店街で襲撃し、内50名を校内に拉致して監禁の上、「差別教育糾弾」と称する凶悪・陰湿極まりない集団リンチを加えた挙句、瀕死の重傷を含む傷害を与えて入院治療者も29に達した事件。この事件は、90年11月28日、最高裁において被告「解放同盟」側の上告を棄却し、全被告人の有罪が確定した。この裁判で解放同盟は、「差別者を糾弾するのは水平社以来の権利」の行使であり、可罰的違法性はないと主張。しかし検察側は、事件を「『差別』に対する糾弾の名の下に敢行された組織的、かつ大規模な集団犯罪」であり、「いかなる可罰的違法性論が適用される余地は全くなく」と、厳しく指弾した。そして解放同盟らが主張する「糾弾権」なるものについては全事件を有罪とした。もともと解放同盟が「糾弾権」を主張して争った事例は、いずれの場合にも被害者の意しに反した「有形力の行使」すなわち監禁や暴力行為についてであることをみれば、この判決は少なくとも「有形力の行使」による相手方の意しに反する自由の拘束や制約があれば、すべて「犯罪」に該当すると判断したものであり、解放同盟の言う「糾弾権」は事実上否定されたことになる。

 このように、最高裁の判決で否定された部落解放同盟の「糾弾」がなぜこの報告書に出てくるのか。この報告書そのものが問われる。見解を伺う。