2008年9月伊丹議会
上原ひでき議員の代表質問
日本共産党伊丹市会議員団
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1.小泉内閣以来の「構造改革」路線と地方自治体、市民の暮らしについて 福田首相の突然の政権投げ出しは、まさに自公政治の破綻がきわまったことの現われであり、元小泉内閣の「構造改革」路線に対する批判が参議院選挙で審判を受けたことで、この路線を転換することもそのまま続けることもできず、ただしがみついているだけという態度をとり続けたことに国民の怒りが高まったことにありました。 その構造改革路線によって、日本経済も国民の暮らしもずたずたにされてしまいました。自民・公明内閣による相次ぐ増税や社会保障改悪に、家計は悲鳴を上げています。大企業の人件費抑制策によって、企業の「好調さ」が家計に波及していないことは、2008年版「年次経済財政白書」も認めています。また厚生労働省の「労働経済白書」でも、労働者の満足感が「仕事のやりがい」「雇用の安定」「収入の増加」などで長期的に低迷していることを明らかにし、その原因として企業が1990年代から人件費の抑制を最優先して正社員を減らし、非正規雇用が増大したためだと分析。成果主義賃金の見直しや正社員化への支援を求めました。そして総務省が発表した労働力調査詳細集計によると、派遣労働者など非正規雇用者の割合が33.4%となり前年同期比で0.2ポイントの増加で3期連続の上昇です。さらに内閣府発表の「国民生活に関する世論調査」によると、「日常生活に悩みや不安を感じている」人は、昨年の前回調査から1.3ポイント増加の70.8%で、1981年の調査開始以来始めて7割を超えました。貧困と格差の拡大、ワーキングプア、景気の低迷。 1)市長はこれら市民の暮らしを破壊してきた「構造改革」路線に関してどのようにお考えなのか。そしてそこから伊丹市政に何が必要か。お考えをお伺いします。 2)「骨太の方針2008」では、基本的に今までの「構造改革」路線を継承しています。その中で出されている社会保障関係費の2200億円削減はさらに市民の暮らしをないがしろにし、さらに社会保障のためと称して消費税増税を明確にしたことは重大であります。消費税は社会保障の必要な弱者に対して最も重い税金であるとともに、増税によって景気を急激に冷え込ませた経験を国民は経験しています。 市長として、社会保障関係費削減や消費税増税はやめることを政府に求めるべきではないでしょうか。お考えを伺います。 3)「構造改革」路線による貧困と格差の広がり、原油の高騰による影響から市民の暮らしを守ることが求められている問題で次の2点について見解を伺います。 @2007年度事業の中では、「伊丹市行財政改善計画」で母子・障害者(児)福祉金の削減や障害者にかかわる福祉医療制度の市単独分が廃止されました。その理由は、母子・障害者の自立支援に財源を回すとのことでしたが、この間の事態はまったく逆行しています。これらの人たちの生活の実態を正面から見つめなおして復活することが求められています。 A原油・原材料・食料品の高騰が特に弱者の立場にある市民の暮らしを圧迫している。例えば、学校給食では食材の高騰で献立が困難になり、職員や栄養士による様々な工夫がなされているが限界です。さらにぎりぎりの生活を余儀なくされている生活保護受給者は、物価の高騰で最も安い店と時間帯を探すのに必死。それでも3食を2食にして息をつないでいる。また中小零細業者は原材料・ガソリンの値上げで大変です。これらに対する支援を国・県とも協力して直ちに行うべきです。 2.「財政健全化法」と伊丹市財政について 「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」すなわち「財政健全化法」が昨年6月に成立し、2008年度から実施に移されます。 今回の「財政健全化法」は、今までの「地方財政再建化法」で夕張市が対象となったように基本的には「財政破綻」下自治体への財政統制であったものを、「健全段階」からすべての自治体に財政指標の統制の網がかけられるようになったのが特徴です。 1)伊丹市では現在のところ問題はいとはいえ、「財政健全化法」に関する問題点について見解を伺います。 @「健全化」を進める目的は何か。自治体財政の役割は、住民が安全・健康で文化的な生活を送るために社会的に必要なサービスや公共施設を提供することです。「手段としての財政」の目的が住民の幸せであることを忘れた「財政健全化至上主義」であってはなりません。国による財政・社会保障費削減のもとで住民サービスを維持する「名誉な赤字」もありえます。伊丹市も母子・障害者福金削減等やっているが。 A自治体が「健全」でない状況にあるという判断を誰が行うのか。国がきめたルールに従い、財政の健全性については画一的な物差しによって統制されるのであれば、数値のみが重要となり、個々の自治体の事情や国の制度・政策との関連性は考慮されないのではないか。それぞれの自治体と議会、住民が健全性を分析し、判断するという地方自治体の精神が阻害されないか。 B自治体財政が「健全」でない状態になった原因は何か。それは、個々の自治体の行財政の歴史的・個別的事情、経過に即して分析されるべきもの。同時に、伊丹市でもこの間地方交付税が約20億円近く削減された「三位一体の改革」に見られるように、国の政策や財政削減は今日では自治体財政危機の主要因であるといってよい。したがって、財政悪化に対する自治体やその住民の自己責任に無条件に同意することはできないのではないか。以上3点について見解を伺います。 2)下水道会計の公営企業会計への移行と財政健全化法について 当局は来年度予算から下水道会計を公営企業会計に移行されるとされていますが、下水道会計の公営企業会計一部適用に関して基本的な問題について伺います。 特別会計の場合は、資金ベースに基づく単年度予算主義によって、基本的には黒字の場合は翌年度に繰り越し、赤字の場合は繰り上げ充用金として翌年度の収入から繰り入れされたり、他会計からの繰り入れや借入金などによって補填されたりしています。一方企業会計の場合は、期間損益計算がされるため、赤字は前年度からの利益剰余金があればその利益で埋め、埋め合わせのできない損失は繰越されて累積欠損金となります。このため公営企業会計のほうが赤字を顕在化させやすいといえますが、それは損益計算による損失だけでなく資金不足にも反映します。総務省作成の資料によりますと、全国の法適用事業と非適用の事業を比べると、法適用の不良債務の割合は、非適用の実質収支赤字の割合の約4倍となっています。これは他会計繰越金の状況に左右されているものと思われます。これは同じ資料によると、収益的収入への繰入率はほぼ同じなのに、資本的収入では2倍の開きがあることに現れています。 財政健全化法との関係で見ると、実質的資金不足額が連結実質赤字額の一部を構成すること、「連結」の意図が普通会計としての負担額を会計情報として明確にすることにあること、そこから公営企業への繰り出し金が抑制される可能性があること、解消可能資金不足額は独立採算制の枠内における繰り延べ措置であり、これにより独立採算制に取り込むものであることなどから考えると、下水道事業の普通会計の財政負担を軽減するために、一層の独立採算経営を求めていくことに目的があり、そのことが市民負担の増額に結びつくものであると危惧するものです。見解を伺います。 3.地方公務員のあり方について いま全国的に、自治体職場ではうつ病などの「心の病」を抱える職員が増大し、メンタルヘルスが大きな問題となっています。一方、人件費は安ければ言いとばかりに、アウトソーシング・民営化が進められ、「官製ワーキングプア」が生み出されています。このように急速に進む国・地方における「小さな政府」。そのことは地方自治体の役割、住民の暮らしと人権擁護という観点から見てどうなのか。次の点いついて見解を伺います。 1)「職員定数適正化計画」による職員削減で市民要求に応えることができるのか 「行財政運営改善計画」における人件費総額の削減計画によって、職員を2010年度末までに121名削減するとし、2008年度では、定員適正化計画人数2,077名に対して実績が1,989名と、計画より88名上回る削減となりました。 このことが職員と市民にどんな影響が出ているのか。例えば、いま貧困と格差を広げ、ワーキングプアといわれる人たちを増大させる政治が行われているもとで、生きる上での最後の砦といわれる生活保護を扱う職場ではここ数年大変な事態が進行していると見受けられます。2007年度では月平均費保護世帯は1,273世帯、今年度には1,280世帯を超えています。職員数は国の基準どおり80名に1名で、17名。伊丹市では面接担当とケースに分けられ、一人のケースで180名を超える非保護世帯を担当。うつ病等のケースが増える中で十分ケアできるかどうか不安を抱えたままです。面接担当職員も、数年来増え続ける相談者に昼食も取れない、保護の申請があれば生活保護法により14日以内に決定の通知をしなければならないのに間に合わない、間に合わそうとすれば連日の残業と、神経の休まる間がありません。昭和30年代にきめられた職員一人当たり80ケースという基準が、まったく様相が変わっているのに代えようとしない国の棄民政策とも言える政治が大本にはありますが、伊丹市としてはこの基準に対する加配が必要であります。 これは一例でありますが、市民の行政に対する需要が高まるとともに、地方分権といって仕事は地方に回っていくるのに、その仕事をする職員を減らすこと自体、逆立ちした考え方であります。定数削減計画の見直しを求めるものです。 2)人事評価制度について 伊丹市においては従来からの勤務評価制度を発展させ、昨年11月より課長級、次長級を対象とした人事評価制度の施行をされています。 試行段階では給与、勤勉手当には反映させないとしていますが、給与の能力実績主義へとシフトしていくものと思われます。民間のシステムを模倣したものですが、民間ではこのようなシステムによってかえってモチベーションが下がり、実績を追い求められてうつ病等の病気が増大して自殺者が増え、見直しや廃止が行われるようになっています。先に紹介したように厚生労働省さえ、成果主義賃金の見直しを求めるほどです。 このような民間でも問題となっている制度を公務員にも適用しようとすることは様々な問題を生じます。その成果主義賃金制度の問題点として、@公務の目的である人権保障に成果主義を導入すること事態が困難であること、A目標以外に力が入らなくなり、公務追行に不可欠なチームワークに支障をきたすこと、B目先の成果に目を奪われるあまり長期的視野にかけることになること、C競争が強化されることで長時間労働、メンタルヘルスなどにつながること、D勝ち組・負け組みの固定化により士気の低下を引き起こすことなど、民間で実際に起こっている以上にとんでもない事態になる恐れがあると思いますが、見解を伺います。 3)行政が進めるアウトソーシングについて いま公務業務においては、徹底した公共規制の緩和・撤廃により「官から民へ」の掛け声の下に民営化、民間委託、指定管理者制度などアウトソーシングが進められています。その根拠とされているのが、各種業務の公営型は民営型に比較して効率に劣るという点に求められています。しかし公営型は民営型に比較して業務自体の効率性に劣るかといえば明確な根拠はありません。ではその効率性の違いは何かというと、結局は人件費の違いということになります。アウトソーシングによって安い人件費と不安定雇用の民間に公務をゆだねた結果は、建築確認申請における耐震偽装事件やふじみ野市のプール事故といった痛ましい事故に現れています。 @問題の一つは、官製ワーキングプアを生み出していすことです。アウトソーシングにかかる契約には期間が定められます。指定管理者もそうですが、多くは3年から5年となっています。したがって受託企業は、パート、アルバイト、契約社員、派遣労働者といった有期・不安定雇用の労働者が中心的な担い手とならざるを得ません。 A二つには、従ってこのようなことが公務の専門性を変質・破壊してしまうことです。この専門性というのは、公務の遂行に必要な知的熟練をさしています。では知的熟練というのはどのようにして成し遂げられるかということですが、そもそも公務労働は地方自治の本旨である住民自治と団体自治に根ざしていることから、地域・住民の要求・ニーズとの了解と合意を前提としてすすめなければならないこと、さらには自治体内部の職場においても了解・合意を前提にしていることになります。それは地域・住民、自治体内部のコミュニケーションに基づく労働ということになります。その積み重ねが知的熟練につながるものであり、このような労働は、方程式に当てはめたようなマニュアルでは対応できるものではありません。しいてはこの公務労働が憲法に規定する住民の人権を保障することにつながるものです。したがってアウトソーシングの進行は、公務労働の人権擁護の役割を放棄することになると思います。 以上2点についての見解を伺います。 B次に、関連して指定管理者制度について伺います。 来年度が指定管理者の再指定の年になることから、当局はすでに前回と同じ9施設に関して公募を始めています。公募に関しては、やめるように求めていましたが、残念ながら前回同様となりました。党議員団は指定管理者制度そのものついては、「公の施設」の社会的役割と機能を低下させることになること、また自治体の仕事を通して非正規雇用やワーキングプアなどの雇用問題を引き起こすことにもなることなどから、基本的にこの制度に反対をしてきました。しかし実際の条例に対しては柔軟に対応もしてきたところです。改めて再指定が行われることに対して次の点を求めるものです。 一つは、再指定に当たっては、正規職員を基本とし、賃金・労働条件は公務員準拠とし、非常勤職員の場合は均等待遇とすることを募集要項と指定管理者との契約に明記すること。二つには、公募以外の施設は特定指定となることから、住民・利用者の立場から見て施設の設置目的に沿って適切に運営している団体は継続指定とし、指定期間をできるだけ長期に設定すること。三つには、今以上に指定管理者制度の適用拡大はやめること。四つには、利用料金制度が導入されることになりましたが、委員会でも指摘したとおり、利用料金のために委託費用を切り縮め委託先の財政を圧迫することのないようにするとともに、利用料金が計画に比べて増額した場合には施設の目的を効果的に達成するための費用に充当する仕組みをつくること。以上4点に対する見解を伺います。 4.国民健康保険事業について 2007年度決算では、赤字7億円。しかしこれ以上被保険者の負担(国保税)を引き上げることになりません。国民皆保険制度を守ること。そのためには国の補助金を攻めて改悪前に戻すことを国に求めるとともに、伊丹市独自の対策が必要です。 1)高すぎる国保税の引き下げについて 高すぎる国保税に悲鳴が上がっています。滞納が増える原因は、当局の説明でも、失業を理由として国保に加入する世帯が増加していること、所得150万円以下の世帯が6割を占めることなどにあるとされています。小泉内閣の構造改革以来格差と貧困が広がり、払うに払えない世帯が広がっており、その結果、加入世帯37,145世帯のうち、滞納世帯が7,285世帯。全体の19.6%にもなります。伊丹市において、年間給与収入300万円で、一人の子どものいる40歳代の夫婦の3人家族の場合、国民健康保険税が年間32万1千円。国民年金が二人で年間34万円、所得税が5,950、住民税が24,100で、これら全部払った残りが約230万円。まさに行政によって「ワーキングプア」が作り出されます。憲法第25条は国民の生存権と社会保障義務を明記していますが、まったく保障されていない事態であります。 これ以上の国保税値上げはどうみても考えられません。では7億円の赤字を抱えてどうするのか。基本的には国に対して国庫負担を増額することや財政調整交付金への収納率による制裁措置をやめさせることを求めることが肝心ですが、国は2200億円の社会保障費削減で、国民の願いに逆行し続けています。伊丹市にできることといえば、赤字をそのままにしておくということ、もしくは一般会計からの繰り入れを増額することです。繰り入れに関しては社会保険や組合健保との関係に言及されますが、いまやその健康保険も同様の危機に面しています。大事なことは、憲法に規定された国民の最低限の生活を保障するのは国であり、自治体であることです。繰り入れに関しては、例えば国保税未収部分の繰り入れを2分の1から全額繰り入れにすること、また決算剰余金の財政調整基金への積み立て分を次年度に一部取り崩すことなどによって行うことです。土地開発公社の赤字分への補助をしていますが、国保のほうが前向きの補助となります。 市長はどのようにお考えか、見解を伺います。 A)国保証の取り上げは中止せよ 5月のNHKスペシャルで紹介していましたが、全国2,000の救急告示病院へのアンケート調査への半数近い病院の回答で、475人の手遅れ死亡例が確認されたとのことです。保険証の取り上げ等経済的理由で医療の保障から排除され、命を失う事態が深刻な形で広がっています。 伊丹市での国保証の取り上げはといいますと、今年5月現在で短期保険証の交付は1,188世帯(2,291人)、資格証明書は419世帯(544人)となっています。そのうち、中学生以下の子どもへの交付は、短期保険証328名、資格証明書は41名です。義務教育以下の子どものいる世帯には発行しないとしている自治体もありますが、伊丹市では規定がありません。子どもに国保証がない。修学旅行にまともな保険証持たせることができない。これが子育て支援に力を入れている伊丹市の実態です。厚生労働省も「無保険の子」の調査に乗り出すことにしています。国保証取り上げは中止すべきですが、せめて子どものいる世帯は国保証を取り上げないという措置をとるべきです。 一方、広島市では、国保証の取り上げに関して、いままでの方針を切り替えて本人との面談を通じて生活状況や病気などの事情を正確につかんで行うとし、6月1日現在で資格証の発行はゼロになりました。このことは、保険証がないために病院にかかれず、手遅れで死亡する事故が広島市で相次いでおきていることがNHKの放映で明らかになり、批判が高まっていたことによります。伊丹市でもこのような事故が起こってからでは遅すぎます。同様の措置をとることを求めますが、見解を伺うものです。 5.介護保険事業について 2007年度決算では3億2千万円の黒字。昨年度の2億4千万円と合わせて第3期分で借金も順調に返して5億6千万円が浮きました。一方介護保険計画における目標数値から大きく後退しており、介護の現場では介護保険制度の本来の趣旨はなんだったのかと怒りが起こっているとおり、介護難民といわれる事態が発生しています。1)2007年度決算で介護保険計画の目標を達成していないのはなぜか。 2007年度の介護給付では、計画に対して地域支援事業における「包括及び地域支援事業」で目標を達成している以外は、ほとんどのき並み2年連続の計画未達成です。居宅サービス利用にしても、目標を達成できたのは通所介護だけで、訪問介護は目標の55.6%等他はみんな極めて低い水準です。 介護の必要な人に介護が行われているのか、介護はがしの結果ではないのかと疑うものですが、その原因について伺うものです。 2)必要な人が必要な介護を受けることができる制度にするためには。 第3期事業計画期間は残り少なくなりました。この間私たちのところにも多くの介護を受けておられる人や家族から相談がありました。「要介護から要支援に変わり、訪問介護が減らされてしまった。これでは自分の体がもたない」と高齢者が高齢者を介護している人から。また、両親ともに特別養護老人ホームに入居している病気を抱えたご子息からも相談がありました。 これらの相談を受けるにつけ、いったい公的介護の目的はなんだったのか、それは高齢者の人権を保障し、人間らしい生活や発達を支援し、保障することではなかったのかと怒りを感じざるを得ません。もちろんこの大本には、国の「給付適正化」の名による給付非抑制の旗振りがあることは言うまでもありません。 市長はこのような介護現場の実態を見てどう感じられるのでしょうか。国の法律等で決まっているから仕方がないと、淡々と事務をすすめるのでしょうか。それとも、どこをどのように改善しなければならないとお考えなのか伺っておきます。 3)第4次計画に向けて 来年度からの第4次介護保険事業計画の策定が始まっています。この件に関して次の点での見解を伺います。 @介護報酬を引き上げ、労働条件の改善と人材不足の解消を図ることです。政府は来年4月に介護報酬を改定します。過去2回の改定はいずれもマイナス改定で、このことによって介護分野の人材不足は重大な事態であり、報酬引き上げは待ったなしの課題です。その際、報酬の引き上げが保険料の値上げや利用者負担増につながらないように、国庫負担の引き上げを行わなければなりません。強く国に求めるべきです。 A「介護の取り上げ」をやめ、高齢者の生活を支える介護を行うことです。国は今回の「見直し」にあたって、「介護予防」の取り組みを「費用対効果」を踏まえて見直しをすることになっています。介護の現場では新予防給付が給付抑制の手段に過ぎなかったことが明白になっているとおり、本当の意味での予防介護を行うためにも、高齢者の生活を破壊している改悪介護保険法に基づく「介護取り上げ」はやめるよう、国に求めるべきです。 同時に、伊丹市においても、画一的な「介護取り上げ」はやめなければなりません。5月20日の参議院構成労働委員会で、日本共産党の小池議員が自治体の「介護取り上げ」の調査と改善を求めたところ、老健局長が「法令で定める基準以上の内容を指導しておるとすれば問題」と答弁した上、舛添大臣も「介護保険の目的は、介護される人ないしその家族、そういう方が快適な状況になること」「柔軟な発想をもってやる必要があって、何でもかんでもお金の計算だけでやるというのはどうなのか」と答弁しています。見解を伺うものです。 B高い利用料や要介護ごとに低く設定された利用限度額、さらに最近の「介護取り上げ」が加わり、介護を必要とする高齢者が在宅で生活を送ることがますます困難になっています。一方、特別老人ホームの入居は全国で38万5千人の順番待ち、伊丹市でも100人の順番待ちです。「在宅はムリ、施設もダメ」では「介護難民」が生まれるのも無理がありません。 今回の見直しにあたって、国の施設抑制方針に従うのではなく、伊丹市で、どのような施設が必要なのか、真剣に検討していただきたいと思います。その際、宅老所や生活支援ハウスなど、介護保険の基準の枠外の施設も含めて、高齢者を支える施設を整備することも必要かと思います。 C介護保険料の引き下げ、さらなる減免制度の充実を求めるものです。まず何よりも保険料が高いのは国庫負担が少ないことが原因です。介護に占める国庫負担の割合は、それまでの50%から25%に引き下げられました。計画的に50%に向けて国庫負担の割合を引き上げるよう求めるべきであります。 伊丹市においても、基金を取り崩して、保険料の引き下げに使うべきであります。 以上4点に対して見解を伺うものです。 6.教育問題について 新学習指導要領、「教育振興計画」と相次いで国の施策が出される。子どもや市民の教育に関する要求にどう応えていくのかが大きな課題です。 1)学力について…全国学力テスト、市独自のテストは学力向上に必要か 文部科学省は8月29日、今年4月に実施した全国いっせい学力テストの結果を発表しました。様々な議論を呼んでいますが、党議員団はいままで、全国テストは子どもの競争を激化させるためのものであり、全国調査の中止を求めるとともに、伊丹市教育委員会にも参加する必要はないと主張してきました。もともと全国学力テストはPISAショックから、学力向上のために「競争意識の涵養」が必要としたことから導入が図られました。その弊害は全国からあがっています。大阪府知事の問題発言、東京・足立区で成績の悪い子どもの答案を採点からはずすという不正もありました。全国1番の秋田県は、ある新聞では「少人数学級、地域に学校開放、細やかな指導が成果」と書きましたが、別の報道では、テストの成績によって学校がランク付けされ、成績の悪い学校は校長が教育委員会に呼び出されて怒鳴られ、レポートを書かされるそうです。子どもたちは「一年間、学力テストのための補修を受けて大変だった」「先生が怒りやすくなった」といっています。 一方自民党内議論でも、「全国いっせい学力テストは、税金の無駄遣いであり、いまのままなら不要」「サンプル調査にしてコスト削減すべき」という声が上がっています。 全国テストは、毎年60億円も使って実施することも、参加することも必要はありません。また、伊丹市独自の悉皆学力調査も必要ありません。必要ならサンプル調査で十分です。見解を伺います。 学力とは何か、といえば様々な見解がありますが、社会についても自然についても、基本的な事実、基本的な法則を正しく知り、真に自主的、批判的にものを考え、社会の主人公として行動できる能力を身につけるようにすることであると思います。あるベテランの先生は「短期間でテストの平均点を数点挙げることはできる。ドリルづけにすればいい。でも物事の仕組みが分かるようにならないし、勉強嫌いになる」と。またある研究者は「点数化でき、目に見えるものは学力を1本の木にたとえれば葉の部分。普段は見えづらい力がある。幹・枝は思考力、判断力。根はその子らしさ、意欲、関心、自尊感情など。根こそ子どもたちの力を支えるもので大切にしたい部分」といいます。 昨年の決算特別委員会で、前教育長が「教育というのは、本音と建前がこれほど乖離するものはない。保護者と教職員の言う学力には非常に乖離がある」と発言されました。しかし、将来を担う子どもたちの学力観に乖離があってはならないと思います。その乖離はどこから来るのでしょうか。いまの教育は、若い世代の成長期に本当の学力を身につけたり、豊かな人間関係をつくったりしなければならないのに、競争に駆り立てられ、連帯する力も押し込まれていっています。こういう社会だからこそ、未来を担う子どもたちのために、学力観について、それぞれの見解の相違、乖離を認めながら議論をしていく必要があると思います。見解を伺います。 2)市立高校全定分離と定時制の兵庫県高校改革における多部制単位制高校への移管要望について 伊丹市教育委員会は、市立高校の全定分離の方法として、兵庫県教育委員会に対し、県立高校改革第二次実施計画で示された「阪神地域多部制単位制高等学校新設にかかる定時制高校の再編」による定時制高校の県立移管を要望しています。 市立高校の全定分離に関しては長年の懸案事項であることは周知のとおりです。この要望で想定されるのは、おそらく伊丹の定時制と川西高校、宝塚の良元分校であると思います。しかしこの方向が本当に生徒にとって最良の方法なのか疑問が生じます。 教職員組合との面談で、宝塚でも川西でもそれぞれの教育委員会は、地域に根づいた定時制高校として存続を求めています。特に川西では隣接する小学校の見守り隊としての役割も果たすなど地域のとつながりが深いと聞いています。伊丹では交通の便がよく他市からの生徒も学んでいることは周知のとおりです。県の計画が定時制の統廃合を前提としているだけに、これらの統廃合による新たな高校の新設要望は、あまりにも全定分離を優先して、それぞれの学校で学んでいる生徒のことをないがしろにするものではないかと思います。見解を伺います。 7.「人権教育のための国連10年伊丹市行動計画」の見直し・延長はやめるべき 「伊丹市教育ビジョン」では、「人権教育のための国連10年伊丹市行動計画」が2010年度に終了年限を迎えることから、今日的視点による見直しをするとしています。次の点に関して見解を伺いたいと思います。 1)この「国連10年」伊丹市行動計画がどんな役割を果たしたのか。 一つには、「人権教育」の定義が「すべての人が人権を自分ごとと捕らえ、自他の人権を尊重する生き方を身につける」こととし、さらにその目的を「差別や偏見を許さず、自他の権利を尊重」「する社会を構築することを目的」とするとあるとおり、人権の概念を個々人の問題として矮小化する役割を果たしたことです。 二つには、「伊丹市行動計画」で同和問題に多くを費やし、同和教育を継続する役割を果たしたことです。ここでは「差別意識」「心理的差別」をなくすことを目標とするなど、憲法に保障する内心の自由まで踏み込む内容となっているとともに、これら同和問題の解決に向けた取り組みが人権問題全体を底上げするために大きな役割を果たしたとして人権教育の基本におく考えが示されており、問題があると考えます。以上について見解を伺います。 2)見直しをして継続させる必要はどこにあるのか。 一つは、「国内行動計画」は、96年の地域改善対策協議会「意見具申」において、同和問題に関する差別意識解消に向けた新たな法律をつくるために策定された経過があるということです。96年の「閣議決定」で「同和問題に関する差別意識解消に向けた教育及び啓発に関する…事業については、『人権教育のための国連10年』との関連において…推進する」とされているとおりです。したがってその役割は終了し、国内行動計画は2006年に終了しています。 二つには、「伊丹市行動計画」の果たした役割について先に述べましたが、人権教育の定義を改めてするならば、「人権としての教育」と「人権についての教育」に区分して捕らえることだと思います。「人権としての教育」は、教育それ自体が人権としての性格を持っていることであり、逆に言えば基本的人権にふさわしい教育をすることであり、「人権についての教育」は、人権についての理解を深める教育のことです。このように人権教育を捕らえるならば、改めて「伊丹市行動計画」のようなものは必要ありません。学校教育ではどのこどもにも等しく教育を受ける権利が制度上も内容上も保障されることであり、生涯学習では市民の学習する権利が保障されることです。女性も子どもも高齢者も障害者も、それぞれ憲法やこどもの権利条約等に従って基本的人権が尊重される行政を行うこと以外にありません。以上のことから、継続する必要ないと考えますが、見解を伺います。 8.病院事業について 「公立病院改革ガイドライン」に基づいて、本来強制ではありませんが、市立伊丹病院では「改革プラン」を作成されています。もともと「ガイドライン」は社会保障関係費2200億円削減の社会保障改革に端を発しており、その問題点については、「改革」を通じて病院数、病床数を減らすといった財政収支面だけの観点で計画を立てさせるものであることや、財政健全化法の関係では独立行政法人化へ道を開く可能性があるなど、本会議でも指摘をしてきたところです。 「ガイドライン」が強制されるものでない以上、作成中の「改革プラン」は財政上の収支に偏重することなく、自治体病院の役割、すなわち憲法や医療法に基づいた住民の医療を受ける権利を保障することをしっかり踏まえ、地域の医療と福祉の実情を把握し、伊丹病院が果たさなければならない役割、自治体病院としての責務を明らかにして、地域医療に不足する医療を提供するためには何が必要なのかを打ち出すことをまず基本としなければなりません。見解を伺います。 |