日本共産党上原ひでき議員の一般質問要旨

2007.6月 伊丹市議会

上 原 ひ で き 議 員
6月13日(水)午後3時30分ごろ

、国民健康保険について

(一)高すぎる国民健康保険税を引き下げること

@政府の地方自治体への財政支援について

 A一般会計からの繰り入れで引き下げを

(二)被保険者資格証明書の交付について

 @資格証明書交付にいたるまで十分個別の事情を掌握しているのか

 A「特別な事情」を自治体の裁量で拡大することについて

 B資格証明書を交付されている被保険者への「特別な事情」にもとづく被保険者証交付について

(三)減免制度をさらに充実すること

、伊丹市教育ビジョンについて

(一)「確かな学力の向上」とは

(二)「教職員の資質の向上」とは

 3、自衛隊による違憲・違法な国民監視活動について市長の見解を問う

 

質問要旨

 

1、国民健康保険について

国民健康保険は、1958年の国民健康保険法によって、健康で文化的な最低限度の生活を保障する日本国憲法第25条を医療面で具体化し、国民皆保険制度を実現するものとして制度化されました。しかし国民健康保険加入者は、無職者、年金生活者など所得水準の低い人が多く、自治体に対する国庫負担削減や医療費の増加などを受け加入者の保険料負担は重くのしかかっています。

全国的にみると、加入世帯の19%が国保税(料)を滞納し、伊丹市でも2007年3月末現在で、滞納世帯が9,700世帯、約26%にもおよび全国平均を大きく上回っています。

こうした中、保険税滞納者に対する被保険者資格証明書の交付が急増しています。資格証明書では、一旦、医療機関の窓口で医療費の全額を払わなければならず、被保険者は医療機関に行くことをためらい、このことによって、ある民間医療機関の調査では、2年間で29名もの命が落とされていることが判明しています。

このように、被保険者が国保税(料)の重い負担を押し付けられ、命と健康を脅かされている原因は、政府が1984年に法律を改正し、それまでの国庫負担率49.8%を2004年度には34.5%にまで引き下げたことで、伊丹市でも、1995年の1人あたりの国保税48,190円から75,738円に急増したことにあります。

こうした事態を改め、国民健康保険法第1条に定める目的である「社会保障および国民保健の向上に寄与する」伊丹市の国民健康保険制度とするため、以下の点を質問します。

1)国民健康保険税の引き下げを求める

 前期の議会でも何度も国保税の引き下げを求めてきました。例えば、40歳を超えた夫婦と子ども1人の標準3人世帯では、生活保護基準が295万8千円となっていますが、その生保基準並みの300万円の収入における本年度の国保税は32万1千円で、9年前の同じ収入での国保税11万円の約3倍になっています。国保税を払えば生活費が生活保護基準を大きく下回り、憲法に保障する最低限の生活が維持できません。

 いままでの答弁では、国民健康保険制度は保険税と、国庫負担によって賄うことを基本とする制度であり、医療費増加の中で保険税水準を下げるためには医療費をいかに抑制するかにあるとする趣旨が述べられました。しかし、この答弁は国民健康保険法第1条に規定する「社会保障および国民保健の向上に寄与する」という国保制度の目的に沿った考えではありません。当局は政府に何度も財政支援を申し入れているそうですが、政府はなぜ市町村国保に対する財政支援を強化しないのか、むしろ逆に補助を削減する方向なのはどんな考え方なのか、当局はこの政府の考え方にどんな認識をされているのかお伺いします。また当局は、一般会計からの繰り入れに関しては国保以外の納税者の関係と本市の財政情況からきわめて困難であること等の趣旨が述べられましたが、市民の命と健康を守る自治体の責務から、過酷な保険税を引き下げるために繰り入れをおこなうべきであります。当局の見解を伺います。

2)被保険者資格証明書の交付について

 先ほどもいいましたが、保険証の取り上げと資格証明書の交付は、市民の命と健康を脅かすものです。3月議会では、「発行することが本来の目的ではなく、滞納者との接触の機会を増やし、納税相談を行い、公正に保険税を負担していただくもの」との答弁でした。しかし交付していること事態がすでに滞納者の医療を受ける権利を侵害しており、制裁そのものです。しかも、資格証明書を交付し始めてからの収納率は上がらないだけではなく、逆に下がっています。「払いたくても払えない」国保税にする一方、払えないからといって医療を必要とする人に制裁を科すことは、社会保障の本来の姿に反し、「命はお金で買うもの」という考えを国保に持ち込むものです

 ある民間の医療機関が、2005年度に資格証明書を交付された人の受診率を調査しています。これによると、神奈川県では一般の被保険者に比べて32分の1、福岡県では113分の1でした。伊丹市においては、市立伊丹病院に限定して昨年度実績を調べると、資格証明書を交付された人の受診率は、一般被保険者の28分の1でした。保険税も払えない人が、医療費全額負担を覚悟で外来を訪れるのはよほど我慢できなくなっているからと考えられます。

 そこで伺います。一つは、伊丹市当局は、国民健康保険法第9条の3項並びに同法施行令に基づき、保険税を1年以上滞納した場合、「特別事情に関する届出書」、さらに「弁明書」の提出を求め、提出がない場合に、保険証を取り上げ、資格証明書を交付しています。しかし、2007年3月には安倍首相は、「通常滞納が発生した場合には、納付相談をおこなう中で、保険税の減免の検討、どうしても支払いが困難な場合は生活保護の申請、その事情がない場合は短期保険証を交付して納税相談の機会を確保する、それでも納付することができない場合には特別事情がないことを確認した上で資格証明書を交付する」とまで答弁しています。この答弁は資格証明書の交付までは個別の事情を十分考慮することとされていますが、伊丹市の場合、どのように事情を把握されているのでしょうか。

 二つには、「特別な事情」の判断は、法律の趣旨に則って地方自治体が判断するとの国会答弁に関してです。「特別な事情」は、法施行令第1条の3項に明記されています。それは、災害・盗難、病気、事業の廃止・休止、事業への損失、その他となっていますし、国保証を取り上げない公費負担医療に関しても法施行規則第5条の5によって、24項目があげられています。しかしいくつもの自治体では、これ以外に様々な条件を条例・規則等によって定めています。例えば、乳幼児・母子等の医療費助成対象者を交付除外に上げたり、相模原市では具体的に「悪質と思われる滞納者」を規定して、これに限定して交付したりしています。本市においてもこのような独自の条件を設定し、納税相談の中で特別に悪質と判断したものに限定することが必要ではないでしょうか。見解を伺います。

 三つには、国民健康保険法第9条の7項で規定する、資格証明書を交付している世帯が、「特別の事情」があると認めるときは被保険者証を交付するとされている問題です。この場合本人からの申請が必要とされていますが、資格証明書交付の世帯にこのことが周知されているのでしょうか。市立伊丹病院でも、資格証明書による受診が昨年度7人で、外来・入院の延べ件数が51件となっています。継続して受診されていることがわかりますが、「特別な事情」を定めた法施行令第1条の3項の2では、「生計を一にする親族が病気にかかり又は負傷したこと」がその要件とされているにもかかわらず、資格証明書で継続して受診されています。診療機関との連携で被保険者賞の交付ができる仕組みをつくる必要があると考えますが、見解を伺います。

3)減免制度の充実について

 12月、3月議会における当局の答弁どおり、「減免制度の拡充は、低所得者を多くかかえる国民健康保険の実態から見まして、制度の根幹に関わること」です。しかし12月議会で具体的に例をあげて質問しましたが、前年、先ほど例をあげた生保基準並みの300万円の収入があった人がリストラで職を失い、収入が全くなくなった場合でも、伊丹市の減免に関する規則では、10分の5以内の減免しかできず、年間約16万円の国保税を払わなければなりません。前回の議会で、この「10分の5以内」という規定の見直しをおこない、さらに減免できる割合を増やすことを求めました。

 答弁では、地方税法に定める国民健康保険税の応益割と応能割の標準割合が50対50となっていることから、所得に関わらず2分の1は負担していただく考え方に立脚している」とのことです。

 しかし、「応益割と応能割の標準割合が50対50」というのは、国保税全体の割合を指しており、個々人に関しては、一定累進課税を適応した「旧ただし書き方式」の算定方法から、所得の低い人は応益割がたかく、所得の高い人は応能割が高くなるのであり、個人が「応益割と応能割の標準割合50対50」で国保税を払っているわけではありません。全体の割合を個人の割合に当てはめて、単純に最低2分の1を払うべきとする考え方は、生活費非課税の原則、憲法が保障する生存権を無視するものといわざるを得ません。見解を伺うものです。

 

2、伊丹市教育ビジョンに関して

 いま子どもの教育をめぐる問題では、いじめや不登校、学力問題など深刻な事態が山積みしています。このなかで、伊丹市教育委員会は、伊丹市教育ビジョンを作成し、今後10年間の教育の方向性を示されました。今回の質問は、この中から、「確かな学力向上」について、「教職員の資質の向上」についてお聞きします。

1)「確かな学力向上」について

 伊丹市教育ビジョンでは、学力向上を実現していくために「子どもたちに『授業がわかる』『授業が楽しい』という気持ちを体感させ、子どもたちの学ぶ意欲を高め」、「自ら学び、自ら考える『確かな学力』の育成をめざす」とされています。このこと事態は賛同できる内容です。

 しかし問題点としての一つは、伊丹市学習到達度調査や全国学力テストを利用するとしている問題です。このことは、政府の方針と同様に教育に弱肉強食の競争原理を持ち込み、子ども、教師、学校、そして地域を「負け組」「勝ち組」にふるいわけようとするものです。

 学力テストに関して、かつての教育委員会の答弁で、教育委員会と学校の取り組みの成果を調査するといわれました。1年2年で教育の成果が出るようなものではありません。全国学力テストにしても、「学力・学習状況を把握・分析する」とか「教育委員会・学校が教育施策の成果と課題を把握する」などといっていますが、もともとの学力テストの出発点は、中山文部科学大臣が「競争教育の涵養」のためといっていた通りです。教育施策の成果などを調査するなら、OECDのPISA調査のように抽出調査で十分であります。しっかい調査をする目的は、地域・学校ごとの結果を集計するためで、結局は教育に競争原理を持ち込むことになります。

 全国学力テストに参加しないと決めた愛知県犬山市教育委員会は、子どもたちに育みたい最も大切なものを「自ら学ぶ力」としています。そしてこの「自ら学ぶ力」は、特定の教科の一部を対象にした学力テストによって測定することもできなければ高めることはできないとして、全国学力テストに参加しませんでした。

 伊丹市教育ビジョンでは、犬山市と同じようなフレーズである「自ら学び、自ら考える『確かな学力』の育成をめざす」といっていますが、犬山市と違う点は生涯にわたる学びの動議づけが、伊丹市の場合、競争原理に基づくものとなっています。

 それは、もう一つの問題としての「習熟度別指導」にも現れています。犬山市の例ですが、学びの動議づけは、競争原理によるものではなく、子どもが学ぶことが楽しいと感じ、自ら学ぼうとする内発的な動議付けが必要とし、そのためにはきめ細やかな指導ができる少人数学級であるとともに、教える・教えられるという教師と子どもの関係を脱し、子供同士、教師と子ども相互の関係による学びあいが浸透しているといいます。従って、習熟度指導は原則として取り入れず、その理由を「考え方や習熟度が違う子供が交流する中で、豊かな学習は生まれる。習熟度別指導だけでは、学びあい、支えあう態度は十分に育成されない」と言っています。

 すでに子どもも家庭も、格差と貧困の拡大のもとで心身をすり減らし、希望を失いかけています。子どもたちに必要なのは、人をばらばらにし攻撃的にする競争原理ではなく、人と人との間で生きる連帯です。国連・子どもの権利委員会から二度にわたって勧告されている「過度に競争的な教育制度」の改善にこそとりくむべきではないでしょうか。

 伊丹市においては、「確かな学力」を子どもたちが身につける上で、学力テスト、習熟度別指導について見直しをする必要があると考えますが、見解を伺います。

2)「教職員の資質の向上」について

 教員の力量向上はきわめて大切な課題です。しかし、いま教職員は、残業月全国平均81時間という国の過労死ラインを上回る労働時間で働き、かつ、授業準備や子どもと触れ合う時間が取れずに悩んでいます。教職員への様々な負担がかかりすぎて、ストレスをかかえ、いろんな病気を抱えている教職員が増えています。こんな「多忙化」を放置することは子どもの教育にとっても絶対に許されません。「多忙化」の解消をふくめ、子どもたちにゆきとどいた教育をすすめる手立てが必要です。そのためにも教職員を増やす定数改善や少人数学級が強く求められています。しかし教育ビジョンでは教職員が置かれているこのような現状を打開する計画はありません。どのようにお考えでしょうか。

 また、教育ビジョンに示されている、教職員の資質向上のための様々な研修制度をつくることは否定するものではありませんが、上から資質を向上させるというやり方ではなく、教える喜びを感じるという内発的な動議づけにささえられた教師集団の形成を目指し、教師集団としての力の高まりを個々の教師の資質・能力の向上へと導くことが大切です。

この点では、教育ビジョンの中に、「各学校園の研修・発表の活性化を図り、教員が積極的に授業公開を行うことにより、授業力・指導力の向上に努める」とされていることに関して、上からの管理ではなく、自主性を認め、教師が互いに授業を見合い、批評しあうことでお互いに切磋琢磨して教師の力量を高める方法・環境が必要と考えます。また、学校現場や他の場所でじっくり研修する時間的・金銭的保障も必要と考えます。見解を伺います。

さらに、ビジョンでは、「教職員人事評価・育成システム」の運用についてかかれていますが、教員の力量向上に役立つ教員評価というなら、行政が管理職を通して行なうのではなく、子ども、保護者、同僚、専門家などの関与のもとで、教員が納得し、教員の努力を励ます、教育活動へのていねいな評価であるべきです。あわせて見解を伺います。

 

3、自衛隊による違憲・違法な国民監視行動について市長の見解を問う

 日本共産党が入手した陸上自衛隊情報保全隊の内部文書が大きな問題となっています。この文書により、自衛隊が日常的に国民の様々な動向を監視し、その情報を系統的に収集しているという驚くべき事態が明らかになりました。中には映画監督や新聞記者の動向も監視の対象とされています。この活動が、憲法21条に保障された集会、結社および言論、出版などの表現の自由を根底から脅かす憲法違反の行為であることは明らかです。

 この内部文書の中で、伊丹の市民団体である「平和と民主主義を守る伊丹連絡会」が、情報保全隊による恒常的な調査・監視活動の対象とされている事実も明らかとなりました。この「連絡会」の街頭宣伝活動の様子も、日時、参加者数、ビラや宣伝の内容まで記載されています。さらに集会などでは写真の隠し撮りもされていました。このことは憲法第13条が保障する個人のプライバシーに対する侵害行為です。

 明らかとなった内部文書の時期が、伊丹の自衛隊がイラクに派兵される時期であり、市民の関心を呼んでいるときです。いろんな考え方の人たちがこれに類する行動をしていました。そんな市民の行動を監視・記録することは、市民への人権侵害そのものです。

市民の動向を自衛隊が日常的に監視していることは、市民が自由に声を上げられない社会になってきていることであり、まさに戦前・戦中の「憲兵政治」への復活につながるものとして断じて許せません。

 日本共産党は、自衛隊による違憲・違法の国民監視活動に強く抗議するとともに、情報保全隊の活動の全容を明らかにし、ただちに監視活動を中止することを求めています。

 そこで市長は、このような違憲・違法な市民に対する人権侵害行動をどのように認識されているのでしょうか。見解を伺います。