第13回兵庫県人権シンポジウムへの報告(趣旨)

変化する伊丹市の「同和行政」

 

同和行政を終結させる伊丹市民の会・伊丹市議会議員

上 原 秀 樹

 

1、伊丹市における同和行政

伊丹市の人口は193,420人、73,906世帯で、その内、同和事業対象地域の人口が1,496人、474世帯となっています(20048月現在)。同和対策事業として1976年から2002年まで約233億円がつぎ込まれ、「ハード面での事業は完了し」(市長答弁)ています。しかし「差別意識がある限り同和行政は継続させる」として、現在でも毎年約5億円の同和関連経費が支出され、個人施策でも、市民税、固定資産税、保育料の減免制度を存続しています(減免総額は年間約2,000万円、1974年から2002年まで約27億円、2004年度で終了)。

 伊丹市では20年前、「解同」が三菱電機差別事件、伊丹市職員差別事件、住友電工社員事件など7件の事件をデッチあげ、「確認会」「糾弾会」を繰り返し、伊丹市政も参加を強要していました。そして「解同」の一部幹部は、差別事件のデッチあげで市当局を追及しながら、当時2万人の児童・生徒の学校給食の食材を、従来の業者の納入品を排除して、その権利を獲得するなどの利権あさりをしてきたのです。また、756月には、当時の「解同」支部長と市長との間で「確約書」が交わされ、「部落解放労働事業団」の育成と団員の給与を市職員に準じた基準とすることなどを確認しています。

 

2、「解同」による「条例」制定策動

 98年の伊丹市議会6月定例会に、「人権」に名を借りて同和行政継続を意図した「人権に関する条例の制定を求める請願」が、部落解放同盟伊丹市部を中心にした「伊丹市人権条例の制定を求める市民の会」より提出されました。

 その目的は、国として同和行政を終結させる方向が打ち出されるなか、「解同」が今度はほこ先を地方自治体に向け、市の単独事業によって同和特別対策と利権の永続化を狙ったものであり、「解同」いいなりの同和行政に対する批判を封じ、「同和行政には文句は言わず協力せよ」とするものです。

 私たちは、この策動に対して「同和行政を終結させる伊丹市民の会」を結成し、「『人権条例』を制定しないことを求める請願書」を対置させ、広範な市民に「条例」の危険性を訴えて運動を展開しました。

 「市民の会」提出の請願は残念ながら日本共産党議員団のみの賛成で否決されました。しかし、「人権条例制定の会」の請願採択必至という状況から継続審議とし、その後廃案にしたことは、「市民の会」と日本共産党の大宣伝をはじめとした短期間の闘いにより、市民のなかに「人権条例」の危険性が明らかとなるとともに、同和行政終結への世論が一定高まった成果ということができます。

 

3、これら「解同」の策動と平行した伊丹市当局の動き

 伊丹市1990年に同和対策審議会を開催し「答申」を出して以降、開いていませんでした。その答申では、「今後とも同和対策事業の実施にあたっては、市民の理解、協力、参加がより一層得られるように配慮しながら事業を推進し、その事業の円滑な実施が促進できるよう協議会(仮称)を設けられたい」としています。

そして19916月、要綱によって「伊丹市同和対策協議会」を設置。メンバーは10名で、そのうち「解同」の役員が3名、同促協会長、伊同協会長などまったく「解同」の身内の組織です。そして、「人権条例」制定を求める運動と平行して、97年には「1990伊丹市同和対策協議会答申の取り扱いについて」を市長に提出。「答申は法以後も大体において妥当であり、答申で具体化されていなかった部分の補足的施策を提言する」、そのために「部落差別の実態を把握するための調査を実施」することとしました。

そして98年と99年の2年間で「部落差別の実態等を把握するための調査」を行い、その報告書を出しました。しかしその内容は部落解放同盟の理論そのものであり、同和対策事業を今以上に強化しようとするものです。

 第1の問題は、調査主体が部落解放同盟中心です。98年の当初予算で伊丹市が「協議会」に調査委託をするという形で調査が始まっています。部落解放同盟主導で調査を行うことを決め、その理論で提言を出すしくみをつくったものです。

 第2には、調査目的で「過去30年近くに及ぶ同和行政の課題を明らかにする」ためとしていますが、当局の答弁でも「基盤整備が概ね完成し、人権意識も高揚し」と述べている通り、同和行政の到達点は明確であり、新たに調査をする必要はありません。しかし、残された課題解決のため実態を把握することが必要であるとし、「差別意識解消」のための同和行政継続を導き出すものとなっています。

 第3には調査方法が全く非科学的であることです。この調査方法は聞き取り調査を行っていますが、その対象は「差別を受ける側、その集団と関係を持った人々」としていますが、全く客観性のない恣意的なものです。

 第4には、部落解放同盟から「確認会・糾弾会」を受けた人から聞き取り調査を行い、その結論として「確認会や糾弾会が部落解放運動に対する理解者をつくるのに有効である」こと、さらには「今後とも実行されることが望ましい」としている問題です。裁判で否定された部落解放同盟の特定の考え方を押し付けるものです。

 そして伊丹市は、条例で設置されている「伊丹市同和対策審議会」を10年間一度も開くことなく、この「協議会」に対して、政府の同和行政終了後における伊丹市の同和行政のあり方に関して意見を求め、20022月「伊丹市における今後の同和行政のあり方について(提言)」を市長に提出しました。

 

4、「同和対策協議会」提言とその後の変化

1)「市民の会」の運動

 「市民の会」は2001年10月、伊丹市議会で「同和行政の終結と同和教育の廃止を求める請願署名」採決をと、請願署名を集めることを決め、ビラを3万枚配布、自治会・老人会長、労働組合、各種団体など約500ヶ所に個人・団体署名を送り、協力を呼びかけました。その結果、わずか1ヶ月に満たない期間に約2000名の個人署名と51の団体署名が集まり、12月議会に請願。残念ながら、「解同」の強力な巻き返しで請願書は否決されましたが、51団体の内25団体が自治会・老人会であったことが今回の特徴であり、市民の「同和行政終結」への世論の大きさを実証しました。

(2)「提言」の内容

 「提言」は、恣意的な「調査」をもとに作られています。いままでの同和行政を総括的に述べた上で、「伊丹市においても基本的には一般対策に移行することとなる」としながらも、「特別対策で行うのか、一般対策で行うかはあくまでの手法の違いである」「部落差別がある限り地方公共団体としての責務を分担しその役割を果たすため、・・・総合的な同和・人権行政の展開に努めるべきである」としています。そして「今後の同和行政推進にあたっては、・・・その効率的かつ着実な推進を図るために「伊丹市同和行政推進プラン(仮称)を作成」すること、差別意識解消に向けた体制づくりとして、「人権情報データベースの整備」、「人権情報コーナー」、そして最終的には「人権センター」(仮称)開設へと進むことを提言しました。

 「提言」で「『総合的な同和・人権行政』とは、同和問題を基軸において、同和問題を解決するための方途として、他の諸差別問題との関連性を明らかにし、それを通して『部落』差別をなくし、『差別のない社会』へと向かうための方策を模索すること」としている通り、人権問題を差別問題に矮小化し、しかも部落差別を中心にすることで「解同」の利権を永続化するものとなっています。

(3)その後の変化

 「解同」とそれにいいなりとなった市当局の同和行政永続化の動きに対して、この間の「市民の会」と日本共産党議員団の署名の呼びかけや大量宣伝によって、「同和行政も同和教育もいらない」という世論は高まりました。さらに党議員団による学校給食食材の「解同」業者の独占や同促協への補助金、解放学級の問題などの不公正な同和行政を、議会のたびに追及し、廃止を求めてきました。その結果次の一定の変化が出てきています。

@     個人給付事業の終了・・・市県民税、固定資産・都市計画税、保育料の減免、医療助成制度については2002年から3年間の経過措置で2004年度末に終了。

A     学校給食食材の内、食肉・野菜の物資調達が「解同」業者に20数年間独占されていたが、2003年度から複数業者による比較見積もりにより納入業者を決定することに変更される。

B     「伊丹市同和対策審議会」を14年ぶりに開催・・・20046月、市長より「総合的な同和・人権行政のあり方について」同審議会に意見が求められる。審議会は2名の公募委員を含む 名(その内、伊丹民商事務局員、日本共産党市会議員各1名)。

(4)「伊丹市同和対策審議会」の「総合的な同和・人権教育のあり方について(意見具申)」の内容

《審議内容の特徴》

@     まず会長から「同対審」はもうなくなっていたと思っていたと発言。1回か2回で終わりたいとも。

A     委員から同対協で提言が出されているのに、なぜ審議会に意見を求められているのかわからないと言う意見も。一方、同和行政の総括は本来同対審で行うべきなのに、同対協で総括し、今後の方向を出したのはおかしいと言う意見も。同対協の提言の性格が明確でないため、審議会が混乱。何を審議会で審議していくのかが議論の中心になっていた。

B      同対協の提言の性格について議論。「解同」は、同和行政は特別な行政ではない、財政上の手当てだけの話、同対審答申の総論では差別をなくすための総論を出したのであり、同対協では調査も行い、具体的な方針を出したものだと。一方では、総務省が同和行政を終結する理由について述べていることを紹介しながら、今後の問題については意識の問題まで行政がかかわることの危険性を指摘する意見も。

C     部落差別が存在するかどうかの議論になり、実態的な差別はなくなっていると言う意見に対し、「解同」が結婚差別の実態について長々と報告。

D     法が執行していることから打ち切るべきであると言う意見と、差別が存在する限りその解消に向けて努力するべきと言う意見があるが、その採決を取りたいと会長。採決は早すぎると。そこからまた差別があるのかどうかと言う議論。会長が、同対審の解散にあたっては客観的な最低条件を提示して幕引きとしたい、それまで休会としたいと。会長が提言の原案を示すことに。

E     示された「意見具申」はA4版7ページ以上に及ぶもので、その大半は差別が現存することを「解同」理論で展開。同対審の発展的解消にあたっては、市民のあらゆる層から選出されること、半数は差別を受ける側の人で構成すること。会長が会議の冒頭、この意見具申は単なるメモのようなもので、無視してほしいと、意見具申というものではないと発言。委員から(案)に対し、差別が現存することを述べた部分は割愛すること、特別対策を終了して一般対策に移行すること、単独事業の見直しをすることとの意見。また、新組織のあり方をもっと具体的にすべきであり、それを外部からチェックできるようにすること、人権救済のための第3者機関が必要なことなど。再度会長が原案を提示することとなり、次回に持ち越し。

 

《今後の方向》

@        同対協の提言の方向で意見具申が出されることが予想される。すなわち、部落差別(差別意識)が現存することを前提として、それを解消することを中心とした「総合的な同和・人権行政」を推進すること。そのための機関、同対審を発展的に解消した何らかの組織をつくることである。

A        その組織のあり方には十分注意をしなければならない。「解同」中心ではなく、幅広い市民で、公募も含めて構成されなければならない。また、何をする組織なのか、何を扱うのか。憲法に基づく人権侵害について幅広く議論をし、国・県・市の行政や大企業の人権侵害を監視し、是正を求めるのかどうか。