皇帝の「願望充足独断大(激情かもしンない)劇場」

第1回 ヤマト→大和→やまと
(その1)

戦艦大和

と、いう次第にて、こちらの方まで首を突っ込む小生であった。と、申すより、「文芸サイト」復活を口喧しくまくし立てたるは小生。だって、映画なんかの話、したかったんだモン。キーワードは「願望充足」。こいつを回転軸となし、映画に止まらず、よろず気持ちの赴くまま、如何なるコードも踏み躙り、美辞麗句、罵詈雑言、いずれにおいてもその極北まで彷徨し倒す所存。よって、不快な向きが多数発生すること必定。「戻る」を押すなら今の内。以上、先ずは御挨拶まで。御覚悟はよろしきや(笑)?

然からば本題。斯程に「願望充足」たるネタのそうあろうハズはなし。不遇を託いしかの大戦艦、帝國海軍が満を持したる「決戦兵器」。されど、「決戦兵器」が意図されたる通りに用いられたる例等、世に如何程あろうことか!悪例の見本の如きモノ、その名は大和、戦艦大和。無念、鬱憤、エトセトラ、「死んだ子の歳を数え」たい向きに正しくうってつけの物語であった。
始めてその姿を見たるは本放送開始前。「テレビランド」誌がカラーグラビアペ−ジ。見開きであった(と思う)。「宇宙征く艦」となろうとも、その艦首に十六花弁の菊花御紋章を戴かずとも、そは紛うことなき戦艦大和であった。当時既におかしなヤツであった小生(どれ程おかしいかと言わば、KKベストセラーズの写真集「戦艦・巡洋戦艦」8000円也が出版されるや否や、貯金を下ろしてまで当時小学校4年生が購ったという位おかしい)の脳天は一撃必殺、弾火薬庫直撃で轟沈を食らってしまった。
が、電波状態の加減にて当時の我が家はよみうり/NTV系は受信能わず(岐阜、名古屋辺りは系列局の中京テレビがUHFなのよお!)、話を通しで見ること叶いしは遙か後年、劇場再編集版になってからのこと。されど、それにて充分であった。想像通りヤマトは間違いなく大和であったが故に。
冒頭の冥王星海戦に赴く地球艦隊、その中に「ゆきかぜ=雪風」を名乗る艦があり、主力艦=戦艦と思しきは沖田艦ただ1隻。その陣容は、史実における天一号作戦=大和の沖縄特攻そのもの。沖田艦もまた大和であった。そして生き残りこそするものの、作戦の失敗=敗北という事実を余さずトレース。史実の大和が「回天の決戦兵器」たり得なかったことがここに改めて確認された後、戦艦大和が宇宙戦艦へと姿を変えることが重要。宇宙戦艦に「生まれ変わる」とは、「今度こそは回天の決戦兵器たるを全うし得る」ことの保証に他ならない。
本放送時、偶然親戚宅にて視聴が叶ったTVシリーズ第2話は、その点における白眉といって良いエピソード。従来の地球製兵器で歯が立たず、欲しいままに遊弋を許した敵空母を、大和を大和たらしむる源、46サンチ主砲=ショックカノンの一撃で粉砕するシーンは、大和の再生という点で実に象徴的であった。
かくてヤマトは遙か14万8千里彼方の天竺大雷音寺、もとい、イスカンダルへと有り難い有り難いコスモクリーナーDを頂戴に旅立ち、任務を完遂し帰還する。大和が沖縄沖に辿り着き米艦隊を壊滅せしめ、沖縄を敵の手より救い出した後、無事本土に帰還するのと同義に解して構うまい。劇場の椅子に、照明が入った後もなお座したまま余韻を噛みしめた当時中学2年生の頭の中で、二つは見事に重なり合っていた。それが今以て寸毫の変化も来してはいない。無責任、非常識、何とでも言うが良かろう、小生の場合、それがたまたま、戦闘とそれに供される兵器というモノを触媒としたに過ぎぬ。願望充足という点では、「マッチ売りの少女」のマッチを残らず買い浚え、のしまで付けてやりたいと願い、想像を逞しゅうするのと何がどう違うのか?(そういえば、旧「ミンキーモモ」で直撃この話をやられてしまって、凄く嬉しかったよなァ・・・・・。)少なくとも、小生の中では同一次元で考えられている。こは、よろしからざることなりや?
叶わぬこと等、元より承知。なればこそ遊ぶに非ざるや?問題を指摘するとせば、「無理を承知」の「承知」の度合いであろう。思うに、皆、自覚の低さが
大和型艦橋
目に余る。現実とフィクション=想像の区別が己の思うほどには出来ていない。また、出来ていないこと自体にも無自覚なのだ。この状態を前提とするならば、確かに我が言辞は危険極まりなかろう。「現状は然り」と言うならば、この口、一先ず閉じるにやぶさかならず。
されど、現状に対処すべき「前提」条件とは、絶対不変のドグマに非ず。常に肯定もしくは容認すべきや否や?とりあえずの手当てとしてその場限り認めら れるモノに過ぎず、不適切なれば、時間の経過と共に見直し並びに改訂が施されて然るべきであろう。その約定なくば、この口、常に全開におき続ける心算にて候。お覚悟召されよ、各々方。現実生活にフィクションの干渉を許し続ける最大の元凶は、己が無自覚に他ならぬのだ。身から出た錆、それ以下ではあっても、決してそれ以上の理由などあろうハズなし。
閑話休題。ヤマトの話に戻って、締めくくりとせん。ただ、それでも、余韻を噛みしめつつも小生の内なる御都合主義は、少なからぬ不満をも同時に燻らせていた。我が大和は古今無双、無敵のフネ。如何なる敵も鎧袖一触でなければ気が済まぬ。大和はピンチに陥り過ぎた。「ピンチにすら陥らぬ」出れば話が終わってしまう「最終兵器」(まあ、原作の「鬼平犯科帳」における長谷川平蔵その人みたいなモノか)こそ理想の姿。ヤマトはそれからひたすら乖離していってしまったのが無念であった。次回は「大和」で、それに応えてくれた物語の話を致したく存ずる。然からば、今回の講釈はこれにて。