中編/くノ一さち 密書 |
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第1〜3話 第4〜6話 第7〜9話 第10話 |
第1話 黒雲城に潜入し敵方の密書を無事手中に収めることのできたくのいち“さち”は、林の中をまるで疾風のように駆けていた。 「はぁはぁはぁ・・・これだけ敵城から遠ざかれば、もう大丈夫だわ・・・私に追いつける者なんていやしないんだから」 さちは敵城から脱出後初めて休息をとり、水の入った竹筒を傾けて喉を潤した。 (ゴクリ・・・) 「ああ、美味しい・・・」 伊賀の里で忍者の一員として幼い頃から鍛えられ、13歳頃からめきめきと頭角を現し、18才になった今、『伊賀に疾風のさちあり』と恐れられるほど有名なくのいちに成長していた。 1日に30里を駆けることの出来る健脚を誇り、剣を使わず手裏剣とくない(忍者用の短剣)だけで剣士と対等に渡り合える技は非凡なものがあり、その強さには男忍者も一目を置いていた。 一方、さちははっとするほどの美貌の持ち主であったが、日頃は任務遂行と訓練に没頭し、恋愛のひとつもしないまま今日まで過ごしてきた。 そんなさちにも伊賀の里で「シュン」という憧れの忍びがいたが、忍び同士の恋愛はご法度という厳しい掟があったため、色恋話に及ぶこともなかった。 わずかな休息をとったさちは、水筒を背中の物入れに仕舞い込んだ。 そして着物の帯をキュッと締め直した。 くのいちの場合、男の忍びのように黒装束ではなく、法被(はっぴ)のような短めの着物を身につけるのが慣わしだ。 また着物の下は『胸素網』と呼ばれる網状の防具を着用する。 『胸素網』は万が一刀で切られても、深手を負わないようにするための長袖の防具である。 また乳房が揺れないようにとの配慮から胸にはさらしの布を巻き込み、下半身は男と同じようにふんどしを締めるといういでたちであった。 「さあて、それじゃぼちぼち行こうか。この密書を殿の元へ早く届けなくては」 さちは下半身に手を伸ばし、そっとふんどしに触れた。 和紙の感触が伝わってきた。 疾走中に大事な密書を落とさないようにと、ふんどしの内側に縫い付けておいたのだ。 さちは再び林道を走り始めた。 「ん・・・?」 さちはふと藪の中に何やら微かな気配を感じた。 その気配は人間ではなく何か別の生き物のように思えた。 さちは手裏剣を握った。 第2話 さちは林の中に注意を払いながら再び駆け出した。 さちの使命は、ここに立ち止まって敵と交戦し無駄に時を費やすことではなく、一刻も早く依頼主に密書を届けることにある。 そのためには臆病と言われようとも構わない。避けられるものなら余分な摩擦は避けて逃げのびる方が忍びとしては優秀なのだ。 ましてや相手が獣であれば尚更だ。 さちは自慢の足で大地を蹴り猛烈な速さでひた走った。 (・・・!?) ところが先ほどから漂う殺気は一向に消えようとしない。 いくら速く走ってもぴったりと着いてくる。 速さでは忍び随一と呼ばれている自分と同等の者がいるというのか。 それともやはり獣なのか。 見えない敵にさちは苛立ちを覚えた。 (むむっ、私を襲うつもりだね。そうは行かないわ) さちは咄嗟に立ち止まり握っていた手裏剣を林の中へ放った。 (ぎぁっ!!) その声は人のものではなく明らかに獣のそれだった。 「仕留めたわ!」 さちは草を分け、林の中へ入っていった。 木立の少し奥に一匹の獣が血を流し、横たわっていた。 それは狼だった。 (ピクピク・・・) 手裏剣は狼の眉間を捉えたようだ。 致命傷になったのか狼は既に虫の息だ。 「ふん・・・狼だったんだ・・・可哀想なことをしたけど、これで私も安心できるわ」 ほっと一息を着いたその時だった。 (シュルシュルシュルシュルシュル〜〜〜!) 「きゃっ!!」 次の瞬間、さちの足首に何かが巻きついてきた。 それは土色をした蛇であった。 さちは態勢を崩し前のめりに倒れ込んでしまった。 「な、なんなの!?この蛇!」 さちは腰のくないを抜き、蛇を切りつけようとした時、腕にも別の蛇が巻き付いてきた。 「な、なんで!?」 腕をグイグイと締め上げてきて、さちはとうとうくないを落としてしまった。 さらに一段と太い蛇がさちの胴体にまで巻き付いてきて、身動きが取れなくなってしまった。 「や、やめてよ!く、苦しい!!」 「ふふふ、疾風のさちもこうなると哀れなものだな」 いずこともなく男の声が聞こえてきた。 しわがれた年季の入った声だ。 さちは辺りを見回したが人影は見えない。 「足の速さではお前に敵うものは先ずいないだろうな。だがお前は油断した。お前は狼に気を取られ、無駄に時を費やしたのだ。その間にお前よりも足の遅いこの私でも追いつけたわけだ。ふふふ」 「むむむ、謀ったね!!お前はいったい誰なの!?どこにいるの!?」 第3話 「ふふふ、見えないのか。無理もないな。ふふふ・・・ 可愛い蛇達よ。このくノ一をもっと締め上げろ」 (グイ、グイ、グイ) 「うぐぐっ・・・く、苦しい・・・」 「ふふふ、どうだ?蛇に巻かれて身動きできない気分は」 「うううっ・・・く、くそ!これでも喰らえ!」 さちはやっとの思いで腰に手を伸ばし、巾着から手裏剣を取り出した。 閃光が走った。 手裏剣を投げずに、手にしたままで短剣代わりに使ったのだった。 胴体に巻きついた緑色の蛇が手裏剣に引き裂かれ苦しみに悶えた。 ところが不思議なことに蛇は切られても血を一滴も流さなかった。 (ドタリ) さちの胴体から大きな蛇は放れていった。 さらに、さちは腰を屈ませ足首に巻きついた蛇にも攻撃を加えた。 (スパッ!) 蛇はいとも簡単に倒されてしまった。 「ふう〜、出ておいで!今度はお前と勝負だよ!」 「ふふふ、威勢の良い女だな。ではこれはどうかな?」 「・・・?」 声はするが姿は相変らず見えない。 なんと不気味な男だろうか。 さちはもう手裏剣をもう1枚取り出し身構えた。 どこから襲ってこようとも、直ぐに戦える態勢だ。 「・・・・・・」 沈黙が続く。 男は現われない。 声も聞こえてこない。 どこに潜んでいるのか。 気を窺うがまったく気配がない。 気を完全に殺している。 相当手慣れた忍者のようだ。 さちは気を引き締めて次の襲来に備えた。 「・・・ん?」 辺りが急に暗くなった。 林の中だと言ってもこれほど暗いはずがない。 まるで夜の帳(とばり)が下りたように。 沈黙が続く。 気配はしないが敵はどこかでさちを狙っている。 「・・・・・・」 (シュルルルルルル〜〜〜!) 透明の糸のようなものが飛んで来た。 あっという間に左右両手に巻きついてきた。 「な、なに!?」 さちは手裏剣を振るい、糸を切ろうとした。 だが糸はねばねばとしたものでできており、まったく切れない。 「こ、これは、もしかしたら蜘蛛の糸!?」 「ふふふふふ、その通りだ。蛇達はお前の敵ではなかったようだな。蜘蛛はどうかな?」 ねばねばしたものがどんどんと腕に巻きついてくる。 (つづく) 第1〜3話 第4〜6話 第7〜9話 第10話 |