短編/もえ カッペリーニ


本編はフィクションです





第1話


土曜日の昼前。
今日は特に授業もないのでゆっくりと買物に行こう。
時間があるので近くのストアではなく、洋物がそろう少し高級指向の店へと足を伸ばすつもりだ。
昼食の買物にわざわざ行くのも珍しいぐらい最近は就職活動で忙しかった。

エレベータを降り、マンションのオートロックドアを抜け外に出る。
10月だと言うのに意外と暑く光が眩しい。
でも、通りに出て歩き始めると、秋らしく澄んだ青空が木陰からのぞき、直射日光を避けてくれる木々達もいつもより瑞々しい。
通りを10分西へと歩きその店に入る。

入口のドアを抜けると店内はまだ人影が疎らなせいか、ひんやりとした空気が漂っていた。
買物かごを取り、野菜のコーナーに行き、まず、完熟トマトを取る。
熟した状態で運ばれてきたそれはずっしりと重い。
次は、ニンニク。
青森産のをひとつ。
少し歩いてパスタのコーナーへ。
この店に来るのはここで売っているスパゲティを買うためだ。
日本の大手メーカーのスパゲティも値段を考えると悪くないのだが、たまたま、行き当ったこのパスタは私が作るパスタに良く合うようだ。
有名なイタリア・レストランチェーンが本国から輸入するそれは、パスタの色が深い小麦色で、上手に茹であがった時にはその歯ざわりが微妙に嬉しくなる。
友達の話では1.6mm〜1.9mmがスパゲティで、それ以下はスパゲティーニだと言っていた。
極細のカッペリーニは冷製パスタで使うことがあるから分けて呼ぶが、それ以上はスパゲティで良いじゃないかと友人には話したことがある。
ちなみに、その友達は料理を作らない。
それから、イタリア産の細長いトマトを使ったカットトマトの缶詰をひとつ。
昼食の材料としてはそれぐらいでいいだろう。

買物を済ませ部屋へと戻る。
東へ歩くとやがてマンションが見えてくる。
このマンションの14Fの部屋に越して足掛け2年になる。
部屋はマンションの東妻側でバルコニーが南面に面していて、眺望、採光、通風いずれをとっても申し分ない。
学生の私としては贅沢過ぎるほどだ。
部屋に入りリビングの窓を開ける。
秋だと言うのにかなり湿度が高い。
少し汗もかいた。
シャワーを浴びようか。
いや、料理が先だ。
大き目のパスタ鍋にたっぷり水を入れ、湯を沸かしだす。
湯が沸くまでの間にニンニクを半分に切り押しつぶす。
トマトは下手を取り皮に軽く十字に切れ目を入れておく。
準備はここまで、湯が沸くまでしばらくは休憩。

朝室内に干した下着の乾き具合を確かめてみる。
まだだめだ。湿っている。
14階ということもあるしベランダに干せばいいのだけど、やはり抵抗がある。
どこかから眺められている気がするのだ。
だから私は下着をいつも室内に干すことにしている。





第2話


栄養学を専攻する私はやはり調理が好きだ。
そういえば大学に入った頃、たまねぎとマッシュルームを入れたパスタばかり作っていた。
最近は時間がない時にトマトだけのパスタを作って味を覚えて以来、昼食にはホールトマトの缶詰だけのものを作るようになった。
そう、題するとしたら、「トマトだけのトマトスパゲティ」とでも呼べばいいのかな?
今日は、ちょっとアラカルトで生トマトとカットトマトにしてみた。
湯が沸く間にソースの準備にお気に入りの片手鍋を取り出す。
使い込んだこの鍋は、底が淡く金色に見えて来るようになった。
この片手鍋は現在の一人暮しを始める時に真っ先に準備したものだった。 鍋全体が分厚くて、取っ手が金属でできたしっかりしたものだ。 わざわざ数件の店を巡り、やっと見つけたそれはどっしりとしていて、美しく光を反射して輝いていた。
予算よりだいぶオーバーしたが、結局気に入って買ってしまった。

でも、この鍋の底には花びら状の焼け焦げた後がある。
いつものようにちょっとだけ見つめてしまってからコンロにかける。
そう、この鍋の底に焦げを作った彼を思い出すからだ。
パスタ鍋の湯が沸くと、まず、生トマトをさっと茹でる。
トマトは切れ目から少し皮がはがれた状態で引き上げ冷たい水に入れる。
次に、おおめの塩と軽くオリーブオイルを入れ、続いてスパゲティを入れる。
くっつかないように軽く2、3回かき回しておく。
もうひとつのコンロにオリーブオイルとニンニクを入れ火にかける。
軽くニンニクが色づいたらカットトマトの缶詰を入れる。
それと、コップ一杯分の水。
フレッシュトマトっぽい感じを出すために蒸発する分を考えて少し多めに水を入れておく。
一煮立ちしたら、塩を入れ味付けをする。
後で、生トマトをひとつ入れスパゲティに合わせることを考えて塩はやや多めが良い。
塩味が決まったら、皮をむいたトマトを掌で包丁を入れざく切りにしてそのまま鍋に入れる。
スープっぽいのが好きだから、トマトはタネのところまで丸ごと入れる。
そこで、本当は生のバジルと言いたいところだが、乾燥バジルで我慢して、同じく、香りのシナモンと色づけのパプリカを入れる。
そして、最後に辛さを出すために、荒引胡椒振り入れ、赤トウガラシを適当な大きさにはさみで切り入れてソースは完成だ。
このソースは火を入れ過ぎない方がいいから直に火を止める。
味が決まった頃、ちょうどスパゲティが茹で上がる頃合だ。
何度か食べてみて固さを決める。
ソースはかけるから、その時点でアルデンテになっていればいい。





第3話


ちょうどいい。
パスタ鍋は中に穴の開いた内鍋がついているから、そのまま引き上げればいい。
湯を切り、直に皿に入れ。
上からソースをかける。
ぴりりと辛みの効いた「生トマトのトマトスパゲティ」の完成だ。
熱くて辛いパスタを、汗をたっぷりかきながら食べる。
何も考えない。
ただ、無心に食べる。
最後に冷たく冷やしたビッテルを一杯飲んで今日の昼食は終りだ。

あの時も、今日と同じでたっぷり料理を食べたものだ。
そう、彼が尋ねてきた時。
あれは、引越をしたすぐの終末に彼と友達の4人が尋ねてきた時だった。
鍋も片手鍋しかなく、皿もそう多くなかったなかで、彼ともう一人の友達は手早くたっぷりと数種類の料理を作ってくれた。
その時だった。

「ごめん・・・」

突然、あやまる彼に理由を尋ねた私に見せたのは、なべ底が黒くこげついた鍋だった。

「ごめんね」
「いいよ」
「新しい鍋なのに」

しょげる彼にもう一度言った。

「きっと、使っているうちに消えてしまうから、だいじょうぶ」

その後は、ビールで乾杯をし、それらの料理を食べながらわいわいと騒いだ。
きっと、その後、彼は焦げた鍋のことは記憶の奥にしまったに違いない。

あれから、彼はその頃付き合い始めた彼女との交際が本格的に始まり、淡く熟し始めていた私の思いはこの鍋の底にそのまま焦げついたままとなった。

さっと、水を流してから皿とフォークを洗う。
残ったソースをパスタに入れて冷凍庫へうつす。
そして、鍋を洗う。
パスタ鍋を洗い、次に片手鍋だ。

鍋底をごしごしとあらうが、焦げはしっかりとこびりついたままだ。
もう、あれから何回トマトソースを作っては洗っただろう。
でも、焦げはそのままそこにあった。
最後に水を流して、良く水をきる。

「うん?」

いつもより、焦げが薄くなったように思えた。
どうやら、すこしづつは落ちているみたいだ。
日々薄らいで行く彼への淡い思いと同じように、この思い出も消えてしまう日が来るのかもしれない。
そう、いつの日か・・・。





(完)













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