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チル 流れ星 |
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本編はフィクションです |
| 第1話〜第6話 | 第7話〜第12話 | 第13話〜第14話 |
第1話 1ヶ月後に婚礼を控えたチル姫は、落着かずそわそわしていた。 チル姫(18才)はトゥルース国の長女として生まれ現在18才であった。 各国との親善パーティーの最中、彼女を見初めた各国の王子や貴族たちからは、「ぜひとも后(きさき)に迎えたい」との話が持ちきりであった。 それほどに、チル姫は並外れた美貌と才知に溢れた女性であった。 ところがその美貌、才知にもかかわらず、気位の高さはなく、気さくに貴賓の応対もこなせる社交性も持ち合わせていたため、忽ち注目の的となった。 国王は引く手数多(あまた)のチル姫の嫁ぎ先に頭を痛めた。 やがて政治的な意図もあり近隣の大国パパスの王子に嫁がせることに決めた。 しかし姫としては、パパスの王子の大国を自負する高慢ちきな態度があまり好きになれなかった。 そうは言ってもわがままの言える世ではなく、姫は己の定められた道であると諦めざるを得なかった。 その後、婚礼の準備は両国の間で着々と整って行った。 チル姫は側近の侍女に尋ねた。 「ねぇ、モニカ。結婚式のことは内務大臣から大体聞いているけど、その夜は嫁ぎ先の王子様とどんなことをするのじゃ?」 侍女のモニカは、姫のその唐突な言葉に面食らい返事に窮した。 当然ながら姫はまだ処女であった。 誰一人として、姫に対し、男女の夜の営みの方法など、説くものなどいようはずもなかったから、知らなくても当たり前であった。 モニカは苦心のすえ、姫に曖昧な返事をした。 「チル姫さま、結婚式の夜というのは、素敵な王子さまに優しく愛してもらうためにあるのですよ。」 「優しく愛してもらう?どのようにして?」 「いえ、あの…それは私もよく知りませんのですよ。おほほ…」 モニカは言葉を濁した。 チルは言葉を続けた。 「愛してもらうってどんなことをするのだろう…?それよりね、モニカ。私はあの王子様が今ひとつ好きになれないの。」 モニカは血相を変えて姫に言った。 「チル姫様、そんなことを言ってはいけませんよ。パパス王子様は、国王様が相応しい方とお決めになられた方です。滅多なことを言うものではありませんよ。」 チルはバルコニーの手摺にもたれ、遠くに光る星を眺めていた。 「ねえ、お星さま、『愛される』ってどんなものなの?教えて…。」 星は何も答えてくれず、ただその優しい煌きをチル姫に注ぐだけであった。 チルは真っ暗闇の向うの山並を仰いだ。 第2話 「私はこの城から出たことがない。いいえ、領地内は馬で駆け巡ったけど、他の国を知らない。嫁ぐまでに少しでもいい、世の中がどんなものかこの目で見てみたい。この目で確かめてみたい。」 そんな想いが胸の中に溢れ、居ても立ってもいられなくなった。 思い立てば行動が早いのもチルの特徴であった。 とはいってもこの服装のままでは、姫であることは丸分かりである。 チルは早速、クローゼットから比較的普段着ぽいものを出した。 真っ白なワンピースであった。 それと髪に白いカチューシャをつけた。 衣裳を整えて姿見の前に立つ姫。 「うん、これなら街の女に見えるはずじゃ。よし、これで良い。」 自分の姿が少しでも目立たないようにと考えたまでは良かったのだが、その姿は誰がどう見ても高貴な子女にしか映らなかった。 そしてバルコニーから1本のロープを垂らした。 一歩一歩、ゆっくりと降りる。 細い腕に力がこもる。 やっとの思いで地上に降立ったチルは、すでに自由を得た歓びに溢れていた。 だがすでに陽は暮れている。 漆黒の闇の中を歩き始めたチルは、不安を隠し切れない。 木々のざわめきすらも何か魔物の出現に思えて、サッシュベルトに結わえた短刀に手を添える。 チルは満天の星空を見上げてささやいた。 「ねぇ、お星さま、私は一体どこにいけばいいのでしょうか。どうぞお導きください。」 チルは星に祈りを捧げた。 その時であった。 東の空から西の空に流れていく一閃の煌きがあった。 それは流れ星であった。 「あっ!流れ星だ。婆やが私の幼い頃によく話してくれたわ。流れ星の落ちるところに幸せが住むという…。私の行く道は決まったわ。」 たしかトゥルース城のずっと西にはラ・ムーという街があるはず。 チルは西の方向に歩を進めた。 暗い夜道をひたすら歩いた。 かれこれ2時間は歩いただろうか。 ふだん乗馬などの運動をしてはいるが、これほどの距離を歩くのは初めてであった。 足が痛む。 しかし暗くて不気味な夜道を早く抜けて、明るい所にたどり着きたい。 そんな一途な気持ちが姫の休息を許さなかった。 やがて、ラ・ムーの街の灯りが遠くに見えて来た時、チルはほっと安堵のため息をついた。 途中、山賊に襲われなかったことは、よほど運が良かったと言える。 最近、婦女を狙った物取りが出没するという噂は、街の者なら誰でも知っている。 第3話 城外のことは何も聞かされていない、言い換えるならば世間知らずであったことが、結果、吉と出たわけである。 本来ならば腕の立つ剣士を2、3人は従えていても丁度いいくらいであったのだ。 ラ・ムーはとても賑やかな街であった。 もうすでに夜更けだというのに人の往来も多く、店屋もまだかなり開いていた。 チルは喉が渇いていた。 また、着の身着のままで出て来たため空腹感に襲われていた。 閉店間際のくだもの屋の親父が、並べてあった商品を片付けていた。 チルは、店頭のリンゴをひとつ手にとって、親父に一言いった。 「そなた、これをひとつ貰うぞ。」 「これはこれはきれいな娘さんだね、いらっしゃい。もう店を閉めるからまけとくよ。1個、1フランにしておくよ。」 「え…?1フラン?もしかしたら金のことか?そんなものはない。」 「ないって〜?そんな馬鹿な〜。からかっちゃいけないよ〜、いくらきれいな娘さんでもさ〜。さあ、早く払ってくれよ〜。」 「いや、本当にないのだ。」 「なけりゃ、悪いがそのリンゴは売れないな〜。」 「そうか…。ダメか。仕方がない。」 チルは手に持ったリンゴを親父に返そうとした。 親父は怪訝な顔付きでチルに言った。 「ところであんた、相当高貴な方のようだね。その服装といい、言葉づかいといい。どこかの貴族の娘さんだろう?何か訳があって、家を飛び出したんだね。」 「いや、そんな者では…。」 「うん、言わなくてもいいよ。何か深い訳があるんだろう。このリンゴやるよ。持って行きな。」 親父はそういって、チルにリンゴを二つ手渡した。 「くれるのか?それはすまない。礼を言うぞ。」 「それはそうとあんたそんな目立つ格好で街を歩いていると、性質の悪い奴に狙われるぞ。気を付けた方がいいよ。」 「この服装はそんなに目立つか?」 「はっはっは!街の娘はそんな良い服を持ってないよ。」 「そうか。目立つか…。気を付けよう。ありがとう。」 チルは礼を述べて店を後にした。 チルは歩きながらリンゴをかじろうとしたが、あまりのも行儀が悪いと思い、狭い路地を曲がり、置いてあった空き箱に腰を掛けた。 そして空腹を満たすため、早速親父に貰ったリンゴをかじった。 口の中に甘酸っぱさが広がった。 それは初めて出会った街人の優しさと、生きていくためには金というものがいるという教訓。 まさに甘さと酸っぱさとを同時に味わった思いであった。 第4話 「おい、姉ちゃん。きれいなベベ着て、こんな所でリンゴをかじって。どうしたんだい?家から追い出されたのか?オイラに付合えよ。いっぱい美味いものをご馳走してやるぜ。」 急に人相の悪い男が二人、チルの前に現われた。 世間知らずのチルとはいっても、彼らの人相を見れば、まともな男たちではないことが一目で判った。 チルは冷たく言い放った。 「いらぬ。私はこのリンゴが気に言っておる。」 彼らを無視してリンゴを食べ続けた。 その時、1人に男がチルの食べかけのリンゴを手で払い除けた。 リンゴは石畳に叩き付けられ、グシャリと潰れてしまった。 「何をする!この、無礼もの!」 「ふひょ〜!無礼者だってさぁ?おい、聞いたか?俺たちが無礼者だって〜。ははあ、こりゃ、可笑しいや〜。」 「ふん、何を気取ってやがるんだ!どこの高貴なお嬢さんか知らねえが、この街では通用しねえぜ〜!おい、相棒、この可愛い娘にちょっと思い知らせてやろうじゃないか〜。」 「そうだな〜。そりゃあ、面白いぜ!そのきれいなオベベをひん剥いてやるぜ!」 「キャア〜!何をする〜〜〜!」 二人の男たちはチルを押え込み、スカートの裾を捲り上げた。 真っ白なペチコートがひらりと彼らの目に飛び込む。 「おい、ペチコートの奥を見たか!?ドロワース(ズロース)を穿いていやがるぜ!この娘、間違いなく高貴なお方の娘だぜ。こんなラッキー滅多とないや。絶対に抱かなきゃ損だぜ〜!おい、早く脱がせてしまえ!」 1人の男はチルのスカートとペチコートを捲り上げ、もう1人の男はチルのドロワースをひっぱりに掛かった。 だが、コルセットを着用し、ドロワースも紐で結わえてあったから簡単には脱がせられない。 彼らがもたついている間に、真後ろから一喝する声が聞こえた。 「おい、貴様ら、か弱いご婦人に何をしているのだ。」 彼らは振り返った。 そこに1人の黒服を着た精悍な人相の男が立っていた。 グレーの髪が風になびいている。 「何者だ?てめえは。じゃまをするな!」 悪漢の1人は言うが早いか、小刀を振りかざし、黒服の男に襲い掛かった。 その瞬間、黒服の男は剣を鞘から抜かないで、男の鳩尾(みぞおち)を一突きした。 「うっ!」 男はそのまま地面に倒れこんだ。苦しくて声が出ないようである。 もう1人の男は、これは敵わないと見たのか、相棒を肩にかかえて一目散で逃げていった。 第5話 「くっ、くそ〜!憶えてろよ〜!」 「今度、また悪事を働くと真っ二つに、たたっ切るぞ。」 黒服の男は一目散に逃げ去る悪漢の背中に言葉を浴びせた。 「お嬢さん、怪我は無かったかい?」 「大丈夫じゃ。すまぬ、助かったぞ。礼を言う。」 「こんな夜更けにひとり街の中を歩くというのはちょっと無茶というもの。宿はとっているのか?」 「宿…?ない。」 「ない?それはいけない。まさか野宿というわけにもいくまい。良かったら僕の家の来なさい。妹もいるし。」 チルは黒服の男の目を見つめた。 鳶色の瞳をしている。そして澄んでいた。 襲われたショックはまだ残っていたが、目の前に救世主のように現われた男の瞳に吸い込まれそうな何かを感じたのであった。 チルは少し考えてから、黒服の男に言った。 「では、言葉に甘えるぞ。」 黒服の男の名前はシャロックと言った。 歳は25才。年の離れた13才の妹と二人暮らしをしていた。 彼らの両親は、すでに他界していたので、シャロックが父親代わりになり妹の面倒を見ていた。 およそ10年前に家に暴漢が押し入り、抵抗した父親とともに母親も殺害されたのであった。 シャロックは15才から働きに出、貧しいながらも生計を立てていた。 だが、シャロックの犯人への恨みは消えることはなかった。 いつの日か、必ず復讐すると心に誓った。 そのためには強くならないくてはならない。 シャロックは近所に住む剣士に剣の扱い方を学び、めきめきと腕を上げていった。 ある日、城下の御前試合に出場し、19才で見事優勝を果たしたのであった。 当然、城からは王を守る近衛兵に抜擢したいとの誘いがあった。 しかし、シャロックはその光栄なる誘いをきっぱりと断った。 近衛兵になれば、復讐という勝手な振る舞いはできなくなるからであった。 だがトゥルース国はあれだけの腕を持ちながら、埋もれさせるのは惜しいと考え、彼に兵士への剣の指南役を依頼した。 この依頼は、シャロックも快く引き受けることにした。 あくまで非常勤嘱託のような立場であったからである。 チルはシャロックの家を訪れた。 町屋の家庭を見るのは初めてである。 見るものすべてが珍しい、城と比べれば何もかもが粗末なものではあったが、何故かしらチルは暖かい何かを感じ取ったのであった。 妹は、マリアンヌという名前であった。 チルと同じブロンドの美しい娘であった。 第6話 チルの気品漂う美しさと身につけていた高価な衣裳に、多いに感動したようですぐに懐いて来た。 「うわ〜!きれいな人だぁ〜!まるでお城のお姫様みたい〜。ねえ、名前はなんて言うの?私はマリアンヌよ♪」 「はじめまして。私は、え〜と、チル…いや、チルチルというの。よろしくね。」 「ねえ、お姉ちゃんって、お兄ちゃんの恋人なの?」 「ええ?うふふ…違うわ。」 そこへシャロックが口を挟み、さきほどの経緯を妹に語って聞かせた。 マリアンヌはそれに聞いて、 「そうだったんだ。危ないところだったんだね。助かって良かったね、お姉ちゃん。お兄ちゃんがいたら、安心だよ〜。いっそ、お兄ちゃんのお嫁さんになったらいいのに〜。」 「バカ、余計なことを言うな。」 シャロックはマリアンヌを叱った。 「しかしマリアンヌちゃんの言うとおりだわ。お兄様はとても強い方だから安心だね。」 シャロックはチルがまだ食事を済ませていないことを知り、急いで残っていたシチューを暖めた。 チルは嬉しかった。 城から出て来て、初めて味わう家庭の味。 それは城の贅を尽くした料理とは比べようもなかったが、心から美味しいと思ったのであった。 チルは空き部屋を一部屋与えられた。 寝床について、激動の1日に相当疲れたのであろう、深い眠りに落ちて行った。 チルが目を覚まし、台所に行くと、マリアンヌがせっせとデコレーションケーキを作っていた。 「まあ、美味しそうなケーキだこと。今日は誰かのお祝いなの?」 「うん、そうなの!今日10月21日はお兄ちゃんの誕生日なの〜!」 「ええっ〜!?」 チルは驚いて大声をあげた。 「どうしたの?お姉ちゃん?」 「あのね、10月21日は私も誕生日なのよ。すっかり忘れてたわ。19才になるの。」 「え〜っ!そうなんだ。チルチルはお兄ちゃんと同じ誕生日なんだぁ〜。それじゃ、今日はいっしょにお祝いをしなくては〜。」 「ありがとう〜。嬉しいわ。いっしょに祝ってもらえるなんて。」 チルは昨年の自分の誕生日を思い出していた。 多くの来賓を招き、盛大に舞踏会が開かれ、話題の中心であった。 その時に招かれていたパパス王子に、知らない間に見初められたのだった。 チルは当時のことを振り返り、今ここにいることを不思議に思った。 (つづく) 第7話へ |
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