ありさ 割れしのぶ

京都舞妓 純愛物語







第一章 運命の出会い

 昭和初期。小雨がそぼ降るうっとうしい梅雨の日暮れ時、ここは京都木屋町(きやまち)。
 高瀬川を渡って祇園に向うひとりの舞妓の姿があった。
 目鼻立ちの整ってスラリととしたたいそう美しい舞妓で、名前をありさ≠ニ言った。
 衣装は舞妓らしく実に華やかなもので、それでいて上品な薄紫の着物には一幅の名画を思わせる錦繍が施してあった。豊かな黒髪は割れしのぶ≠ノ結い上げられ、菖蒲の花かんざしが彩りを添えていた。
 歳は十九で舞妓としては今年が最後。年明けの成人を迎えれば、舞妓が芸妓になる儀式「襟替え(えりかえ)」が待っている。襟替えが終われば新米ではあっても立派な芸妓である。

 そんなありさに、早くも「水揚げ」(舞妓が初めての旦那を持つ儀式)の声が掛かった。
 稽古に明け暮れている時期はお座敷に上がることもなかったが、踊りや三味も上達して来ると、やがて先輩の芸妓衆に混じって何度かお座敷を勤めることとなった。
 そんな矢先、ある財界大物の目に止まり、声掛かりとなった訳である。
 だが、ありさは「水揚げ」が嫌だった。好きでもない人にむりやり添わされることなどとても耐えられないと思った。しかし芸妓や舞妓はいつかは旦那を持つのが慣わしだし、それがお世話になっているお茶屋や屋形への恩返しでもある。旦那が見初めれば、芸妓・舞妓には選択権はなく、お茶屋や屋形の女将の意向に従うのが当たり前。それが祇園の掟。
 そして今夜が、その辛い「水揚げ」の日だ。
 雨のせいもあったろうが、ありさはおこぼ(舞妓特有の履物)がいつもより数倍重いように感じた。


*「水揚げ」
 今は少なくなったが、芸・舞妓は旦那と呼ばれるスポンサーを持つのが普通とされていた。
 水揚げとは、舞妓が初めての旦那を持つ儀式の事。
 大昔は、旦那の選択権は芸・舞妓には無く、旦那が見初めれば、お茶屋や屋形の女将、
 男衆が言いくるめて、強制的に添わされた。
 水揚げには大きなお金が動くから、屋形側から少しでも条件の良い旦那にお願いをする事もあったようだ。
 ただ、現在の祇園には「水揚げ」そのものが無いので注意を。
 現在では、客がある舞妓の旦那になりたいと願っても、その舞妓が旦那を持ちたいと思わない限り、それは叶わぬ夢に終わることになる。 今の祇園では、旦那云々というよりも、普通の恋愛としてとらえている芸・舞妓が多いように聞く。事実、落籍(ひか)されて(芸・舞妓を辞めて)、そのまま結婚してしまう例も多くなった。


 ありさが高瀬川を東に渡り終えた時、急におこぼの鼻緒がプチン・・・と切れてしまった。

「あぁん、いややわぁ、鼻緒が切れてしもた・・・、どないしょぅ・・・」

 屈んで足元を眺めて見たがなすすべも無く困り果てた。
 白足袋も鼻緒が切れた拍子に足が地面に滑り落ちて、つま先が少し濡れてしまったようだ。
 途方に暮れていたら近くを通り掛かった青年が声を掛けて来た。

「どうしたのですか?」

 ありさは声がした方向をそっと見上げた。
 そこには優しそうな眼差しの鼻筋の通った背の高い青年が立っていた。
 角帽、詰襟、下駄のいでたちから見て大学生のようだ。

「はぁ、それがぁおこぼの鼻緒が切れてしもたんどすぅ・・・」
「それじゃ僕に任せなさい」

 青年はそういってポケットから白いハンカチを取出し、長身を折り曲げてありさの足元に屈み込んだ。
 そのため雨は番傘を差せない青年の背中を濡らした。

「あ、すんまへんなぁ。せやけど、お宅はん、雨に濡れますがなぁ」

 ありさは慌てて、自分の傘を青年の頭上にかざした。
 遠くから見れば、相合傘の中で芸妓と大学生がいったい何をしてるのだろう・・・と、きっと奇異に感じたことであろう。
 青年は人目も気にしないで、懸命にハンカチを鼻緒代わりに結わえ付けた。
 見ず知らずの自分のために、雨に濡れながら鼻緒を結わえてくれる青年の横顔を、ありさはじっと見詰めていた。

「あのぅ…、お宅はん、学生はんどすなぁ?」
「ええ、そうですよ」
「その帽子の印からして、K都大学ちゃいます?」
「よく分かりましたね。そうですよ、今4回生なんです」
「そうどすか、えらいんやなぁ・・・」
「そんなことないですよ。それにしても可愛い足だなあ」
「えぇ?うちのおみやどすかぁ?そんなん、誉めてもろたん初めてやわぁ・・・あははは〜」
「おみやって?」
「あ、おみやゆ〜たら足のことどすぇ。京都ではそない呼ぶんどすえ」
「へえ〜、そうなんだ。それは初めて聞いたよ」

「はい、できましたよ。これで大丈夫。格好良くはないけど、暫くは持つでしょう」
「やぁ、嬉しいわぁ〜、お〜きに〜。お陰で助かりましたわ」
「それじゃ、僕はこれで」
「あ、ちょっとお待ちやす〜。あのぅ・・・もしよろしおしたらお名前、教えてくれはりません?」
「名前ですか?本村俊介っていいます。あなたは?」
「うちは、ありさどす〜。よろしゅうに〜」
「ああ、どうも」

 本村と名乗る青年は照れ笑いしながら、帽子のひさしに手を置いた。

「ほな、おおきに〜、さいなら〜」
「さようなら・・・」

 先斗町を経て祇園へ向うありさとは反対に、青年は河原町の方へ向って行った。
 ありさはふと立ち止まりもう一度振り返った。
 そして、黒い学生服の後姿をじっと熱い眼差しで見送っていた。
 ありさは胸に熱い血潮がふつふつとたぎるのを押さえることができなかった。
 お座敷に来る男たちとはあまりにも違う。いや、違い過ぎる。
 今通り過ぎて行った学生の凛々しさと清々しさは、ありさの胸に鮮烈な印象を残した。
 だがそんな感傷を振り払うかのように、ありさは再び祇園に向って歩き始めた。


高瀬舟




第二章 祇園

 今宵始まる生々しい褥(しとね)絵巻こそが、自分に与えられた宿命であると諦めざるを得なかった。

 祇園界隈に入ると花街らしく人通りも多く、いずこかのお茶屋からは三味の音も聞こえて流れて来た。
 ありさは辻を曲がって路地の一番奥のお茶屋の暖簾(のれん)をくぐった。

「おはようさんどすぅ〜、屋形(置屋と同意語)“織田錦”のありさどすぅ〜、遅うなってしもぉてすんまへんどすなぁ〜」
「あぁ、ありさはん、雨やのにご苦労はんどすなぁ〜」

 ありさに気安く声を掛けたのは、お茶屋“朝霧”の女将おみよであった。

「ありさはん、おこぼどないしたん〜?鼻緒が切れてしもたんか?」
「そうどすんや。ここへ来る途中でブッツリと切れてしもて」
「あ、そうかいな。そらぁ、歩きにくかったやろ〜?ありさはんがお座敷出てる間に、あとでうちの男衆にゆ〜て直さしとくわ、心配せんでええでぇ〜」
「おかあはん、お〜きに〜。よろしゅうに〜」
「ありさはん、それはそうと、大阪丸岩物産の社長はん、もう早ようから来て待ったはるえ〜。今晩は
待ちに待ったあんさんの水揚げやし、社長はんもえらい意気込んだはるみたいやわぁ〜」
「・・・」
「どしたん?あんまり嬉しそうやないなぁ?」
「はぁ」

 女将に尋ねられて、ありさの表情が一瞬曇りを見せた。

「ありさはん、こんなことゆ〜のんなんやけどなぁ、あんさんは屋形“織田錦”に入ってから、どれだけお母はんのお世話になったか解かってますんか?あんさんを立派な舞妓にするために、たんとお金を掛たはるんやで?ご飯代、べべ代、お稽古代、おこずかい、ぜ〜んぶ、お母はんが出したはるんやで?」
「かんにんしておくれやす、うちが間違ごうとりました」
「解かってくれたらええんや。さぁ、社長はんが待ったはるでぇ。はよしいやぁ〜」
「あ、はぁ」

 ありさはおこぼを脱いで玄関にあがった。
 脱いだおこぼを揃えようとして、白いハンカチの鼻緒をふと見た。
 先ほど出会った青年の笑顔がふわりと浮かんだ。

 廊下を歩き掛けたありさに、女将はもう一言付け加えた。

「ありさはん、あんさんは賢い子や。あんまりしつこう言わんでも解かってるやろけど、丸岩はんゆ〜たら、関西財界でも五本の指に入るほどの大物どす。そんな旦はんに見初められたゆ〜たら、すごいことなんどすぇ〜。せやよって丸岩はんに少々何言(ゆ)われても、何されても怒ったらあかんおすぇ〜。大人しゅうしとくよ〜にな〜。ほんでな、今日、いっしょに来たはる先輩芸者はんら、あの子ら、水揚げされるあんさんにヤキモチ嫉くかも知らへんけど、気にしたらあかんおすぇ〜、よろしおすなぁ〜」
「お母はん・・・、うちのことそないにまで思てくれたはって、嬉しおす。ほんまにおおきに〜。お母はんの言わはったこと、よ〜憶えときますぅ〜」
「ほな、きばっておくれやっしゃ」

 女将おみよがありさを見てニッコリと微笑んだ。

「おおきに〜、ほな、行て参じますぅ〜」

 ありさは、女将の言葉に少し吹っ切れたのか、笑顔を取り戻し丸岩のいる部屋に向って行った。

「ありさどすぅ〜、遅うなりましてぇ〜」
「おお、ありさか。よう来た、よう来た。待っとったでぇ。はよ入りや〜」

 襖の向うからのありさの挨拶に、部屋の中から丸岩の声が返って来た。

 ありさは襖を開けて、丁寧な挨拶を述べた。
 丸岩の前には豪勢な料理や銚子、それに選りすぐりの奇麗どころの芸妓衆が三味を弾き、踊りを舞い、かなり華やいでいた。

「ありさ、かたい挨拶はもうその辺でええから、早ようこっちへおいで」

 丸岩は今年五十八才になるが、さすがに一流の事業家らしく血色も良く、体格も立派で五尺九寸を超えるほどの大男であった。髪はふさふさとしていたがかなり白髪混じりで、鼻の下のちょび髭までが銀色に輝いて見えた。眼鏡は金縁で顔全体からは好色さが滲み出ていた。

 ありさはしゃなり、しゃなりと着物の裾を艶かしく床に滑らせながらお座敷の奥へと歩み寄ると、先輩の芸妓春千代がありさを睨みながら言った。

「ありさはん、えらいおそおすなぁ〜。あんさん、いつから芸妓のうちらより、えろ(偉く)なりはったん?」
「あ、春千代はん、かんにんしておくれやす。お母はんに6時でええゆうて・・・」
「お座敷の時間はちょっと早め目に来とくのん、常識とちゃいますんかぁ〜?」
「すんまへん・・・」

 ありさは春千代に頭を下げた。
 そこへ丸岩が口を挟んだ。

「まあまあ、春千代。もうやめとき。わしの顔に免じてもう堪忍したって」

「社長はんがそない言わはるよって、もう言いしまへんけど、次から気い(気を)つけてや」
「はぁ、すんまへん、以後気いつけますよってに堪忍しておくれやす・・・」

「よっしゃ、よっしゃ、ほな、ありさ、はよ、こっちにおいで」

 丸岩はありさを手招きし、横にはべっていた芸妓おきぬに席を空けるように指図した。
 お絹が退いたあと、ありさはそっと腰を降ろした。

「おお,待っとったで、ありさ,お前、見るたんびに(度に)ええおなごになって行くなぁ。ほな、酌してんかぁ」

 丸岩は相好を崩しながら、気安くありさの肩に手を廻した。
 ありさは頬を染めらながら徳利を手にするが、緊張のためか丸岩の持つ猪口(ちょこ)にまともに酒を注げない。
 そんなありさの初々しい様子を、丸岩は満足そうに微笑みながら話し掛ける。

「そんな緊張せんでもええで。気楽に行こ、気楽にな。わっはっはっは〜」
「はい・・・」

 ふたりの様子を見ていた芸妓の春千代が一言挟んだ。

「いややわぁ、会長はん。うちら嫉けるわぁ〜」
「ほほぅ〜、春千代ほどのべっぴんでもヤキモチ焼くんか?」
「会長はん、相変わらず口が上手どすなぁ〜」
「はっはっは〜、ばれたかいなぁ〜」
「もう、会長はん!いけずどすなぁ〜」

 そんな会話のなか、ありさを横にはべらせ満悦顔の丸岩会長に芸妓のおきぬが一献勧めた。

「会長はん、今夜はありさはんの水揚げどすなぁ。おめでとうさんどすぅ〜。ありさちゃんも良かったなぁ〜」

 おきぬはありさが今宵の水揚げを嫌がっていることを知っていたが、あえて皮肉っぽく祝辞を述べたのだった。
 だが丸岩はその言葉を額面どおりに受取り素直に喜んだ。

「おおきに、おおきに」

 おきぬは差し出された漆塗りの盃になみなみと百薬の長を注ぎ込む。


京の舞妓




第三章 水揚げの夜

 座敷には平安神宮の菖蒲の心髄にまで響くような見事な三味線の音が鳴り響き、鴨川の流れのように淀みのない扇の舞いが六月の宵に華を添えた。
 華やかに賑わった座敷も幕を閉じ、芸妓達は丸岩に丁寧な挨拶を済ませ座敷を後にした。
 座敷に残ったのは会長の丸岩とありさだけとなった。
 待ち望んでいた時の到来に、丸岩は嬉しそうに口元をほころばせた。

「ありさ、やっと二人切りになれたなぁ」
「あ・・・、はい・・・」

 虫唾が走るほど嫌な丸岩…今夜はこんな汚らわしい男に抱かれて破瓜(はか)を迎えなければならないのか。逆らうことなど微塵も許されない哀しいさだめを、ありさは呪わしくさえ思った。

「さあ、もっとこっちへ来んかいな。たんと可愛がったるさかいになぁ。ふっふっふ・・・」

 丸岩が誘ってもありさは俯いてモジモジとしているだけであった。
 そんなありさに痺れを切らしたのか、丸岩は畳を擦って自ら近寄り、ありさをググッと抱き寄せた。

「えらい震えとるやないか?何もそんな怖がらんでもええんやで。ふっふっふ・・・」
「あ、あきまへん・・・、あのぅ・・・お風呂に入って・・・あの・・・白粉落とさんと・・・」
「まあ、ええがな、そのままでも。お前のええ匂い、何も消してしまうことあらへんがな。ぐっふっふ・・・」

 丸岩は震えるありさを強引に抱きしめ、ありさの唇を奪ってしまった。

「うっ・・・ううっ・・・」

 両手で押して跳ね除けようとしたが、丸岩はさらに胸の合わせ目から、ゴツゴツとした手を入れて来た。

「あっ、あっ、会長はん、そんなことしたらあかしまへん〜」
「何言うてんねん。わしはお前を水揚げしてやったんやで。嫌とか言える思てんのんか?」

 丸岩はありさに凄みながら、再びありさの唇を奪い取り、胸に手をさらに奥に差し込んだ。
 それでも必死に抵抗しようとするありさを、丸岩は押し倒し、帯を強引に解こうとした。

「あぁ、会長はん、そないなことしたらあかんえぇ・・・、べべ(衣服のこと)破れますぅ〜!あぁ、あのぅ、自分で脱ぎますよって、堪忍しておくれやすなぁ〜」
「ほう、自分で脱ぐちゅうんか?うん、それもええやろ。舞妓がべべ脱ぐ姿、見るのもええもんや。よっしゃ、ほな、隣の部屋に行こか?」

 丸岩は立ち上がり、隣の部屋との堺にある襖をさっと開いた。
 見ると、隣の部屋にはすでに豪華な夫婦布団が敷かれており、準備万端と言ったところだ。
 枕灯だけが薄っすらと灯り艶めかしく映える。
 ありさは一瞬立ちすくんだが、それも束の間、観念したのかゆっくりと寝室に入って行った。
 部屋に入ってから脱衣をためらうありさに、丸岩の催促の言葉が飛んだ。
 ありさは部屋の隅に行き、衝立て(ついたて)の向うで、しゅるりしゅるりと帯を解き始めた。

「衝立てに隠れたら、脱ぐとこ見えへんがな」
「あぁ・・・そんなん・・・、恥ずかしおすぅ・・・」

 丸岩が衝立てを無造作に横に移動させると、ありさは向こう向きで帯と着物を解き、襦袢姿になるところだった。狼狽して、肩をすくめ長襦袢の胸元を両手で押さえている。
 そんな仕種がかえって丸岩に刺激を与えてしまったようだ。
 丸岩はありさの背後から猛然と襲い掛かり、隠そうとする胸元に手を差し込んで来た。

「ああっ!会長は〜ん〜、堪忍しておくれやすぅ〜!」

 か弱い力で抵抗を試みたありさであったが、如何せん相手が五十八とは言っても大柄な男、それに何と言っても水揚げされた側という立場も弱い。ありさの乳房はあえなく丸岩のてのひらの餌食となってしまった。
 ありさの耳元に熱い息を吹きかけ、しわがれた声で囁く丸岩。

「ぐふふ・・・、ええ感触やなぁ〜。ありさ、お前、ええ乳しとるなぁ〜。ぐふふふ・・・」
「い、いとおすぅ!(痛いです!)、あ・・・ああっ・・・会長はん・・・堪忍しておくれやすぅ・・・」
「何を言うてるんや。さぁ、さぁ、寝間へ行こ。早よ、行こ」

 丸岩はありさを抱きしめながら、もつれるように布団になだれこんだ。
 ありさのか細い身体の上に丸岩は覆い被さり、乳房を揉みながら、再び唇を奪ってしまった。

「うっ・・・ううっ・・・」

 さらに粘っこい舌はありさの首筋を這いまわった。
 まるで蛭が這い回っているような不快感・・・ありさは身体をよじって微かな抵抗を示した。
 丸岩はそんな些細な抵抗を処女の恥じらいであると喜び、むしろ男の興奮を駆り立てる結果となってしまった。
 胸元は長襦袢はおろか、肌襦袢までも掻き広げられ、一点の染みも無い美しい白桃のような乳房がポロリとあらわになっていた。
 丸岩の唇は首筋から乳房へ、そして乳首へ移行した。
 ありさの唇から火の点いたような声が発せられた。

「ああっ!ああ、いやや、いやや、堪忍しておくれやすぅ〜・・・」
(チュパチュパチュパ・・・)

 丸岩はありさの声に耳を傾ける様子も無く、処女の乳頭に音を立ててしゃぶりついていた。
「ふふふ、かいらしい(可愛らしい)なあ。ええ身体しとるやないか。うふふふ・・・」

 淫靡な笑いを浮かべながら、再び乳首を吸い上げ、手は器用にありさの上半身を隈なく触りまくった。
 いつのまにか上半身から襦袢は脱がされ、腰の紐が辛うじて全開を止めていた。
 丸岩の指がその腰紐に掛かった。

「ああ!いやどすっ!」

(パラリ・・・)
 丸岩の慣れた手付きに、ありさの腰紐はいとも簡単に解けてしまい、肌襦袢は無造作に左右に肌けてしまった。そのため、ありさの下半身を覆う白地の湯文字(腰巻き)があらわになった。
 柳腰に巻かれた純白の湯文字が男の情欲を一層かき立てる材料になってしまった。
 丸岩は走り出した汽車のようにもうどうにも止まらない。鼻息荒く湯文字の中に手を差し込もうと伸ばした。しかし、ありさは脚をじたばたさせて、両手で丸岩を払い除けようと懸命にもがいた。

「ありさ、そんな嫌がらんでもええやないか。今からええこと教えたるさかいな〜。ぐっひっひっひ・・・」

 そう言いつつ丸岩のねっとりと湿気を帯びた手は、湯文字を割り内股を撫でながら、女の秘境にまで忍び込んだ。

「ひやあ〜!」

 いまだ他人に指一本触れられたことのない女の恥部に、丸岩の指はたやすく到達してしまったのだ。
(クリュ・・・)

「堪忍え〜、堪忍しておくれやす!」
「うへへ、うへへ、ええ感触やな〜。ぐへへ、ぐへへ・・・」」
(クニュクニュクニュ・・・)
「いやや!いやや!堪忍どすぅ〜!」

 いまだかつて開かれたことのない美しい桃色の亀裂は、野卑な男の指で開かれ、擦られ、こね回され、散々なぶりものにされてしまった。
 だがそれはありさにとって、まだ地獄草子の序章にしか過ぎなかった。
 丸岩は湯文字をざばっと開いて唇を近づけた。

「ほな、ぼちぼち、ここ舐(ねぶ)らせてもらおか〜。どんな味しとるかいな?ぐひひひ・・・」
「いやっ!いやどすっ!会長はん、堪忍してぇ・・・」

 ありさはしくしく泣き始めたが、丸岩は気にも留めずさらに卑猥な言葉で追討ちを掛けた。

「おい、ありさ。『うちのおそそ、ねぶってください』て言い」
「そんなぁ・・・そんな恥ずかしいこと言えまへん・・・」
「ほな、ちょっとおいど(尻のこと)痛い目させたろか?」

 丸岩はありさの尻を思い切りつねった。

「い、いたっ!やめてやめて、いいますぅ、いいますよってに堪忍しておくれやすなぁ・・・」
「ほな、言い」
「うちの・・・お・・・おそそ・・・ねぶってください・・・いやぁ・・・恥ずかしい・・・」
「よっしゃよっしゃ、よう言えたがな。ほたら、ねぶるで、ぐひひひ・・・」

 ありさはまもなく襲い来るであろう蹂躙の嵐に備え、眼を閉じ、唇をグッと噛み締めて耐え忍ぼうとした。

(ベチョ…)
「ひい〜!」
(ベチョベチョベチョ・・・)
「いやあ〜!、いやや、いやや、堪忍どすぅ〜!」
(ベチョベチョベチョ・・・)

 まるでなめくじが秘所を這うようなおぞましい感触に、ありさは虫唾(むしず)が走る思いがした。
 丸岩の愛撫はとどまるところを知らず、舌は割れ目からやや上に移動し、栗の実を襲った。

「ひぃ〜〜!」

 指で丁寧に実(さね=クリトリスの意)の皮を広げ、舌先をあてがった。
 男を知らない身とは言っても、実は女の最も敏感な部分である。
 ありさはたちまち火が点いたように泣き叫んだ。

「あぁあぁあぁ・・・、嫌ぁ、なんかけったいやわぁ・・・、あああ、あかん、会長はん、そこねぶったらあかんっ、そんなことしたらあきまへん〜!」
(ベロベロベロ・・・、レロレロレロ・・・)
「ひぇ〜〜!あかん、あかんっ!」
(ベロベロベロ・・・、レロレロレロ・・・)
「はふ〜っ〜〜!」
「へっへっへ、だいぶ気持ちようなって来たみたいやなぁ。ほなら、もっと美味しいもんやるわ。へっへっへ・・・」

 丸岩はそういうなり、ありさを湯文字のまま脚を大きく開脚させ、腰をグググッと突き込んだ。
(グググッ・・・)

「ひゃあ〜〜!い、いたっ!痛いっ!!」
「最初はな、誰でも痛いもんなんや。がまんしい。そのうち、気持ちようなるさかいな。ぐっひっひっひ・・・」

 丸岩はそんな言葉を吐きながら、怒張したものをさらに深く押し込み、出し入れを始めた。

「あっ、あっ、痛い、痛い・・・堪忍やぁ、堪忍しておくれやすぅ〜・・・」

(グチョグチョグチョ・・・)

 丹念な愛撫の末の挿入と言っても、ありさはまだ男を知らない身体、痛くない訳が無かった。
 丸岩はありさの真上に乗って突きまくったあと、さらに後背位にし、尻をしっかりと抱きかかえ後方から抉り始めた。

「ひゃあ〜、ふわぁ〜、あ、あ、堪忍やぁ・・・」
「えへへ、ありさ、ええおそそやないかぁ〜。締りも最高や。ほへ〜、こんな気持ちええおなごちゅうのんも珍しいわ!わしは、もっぺん(もう一度)お前を惚れ直したでぇ〜。でへへ・・・」
「ああ、痛い、痛い、痛い!」
「おお、おお、おお、わし、もうあかん、もうあかん、イキそうやがな・・・、ほへ〜!うぉうぉうぉ〜〜〜!!」

 ありさの背後から挿し込んだまま、丸岩はついに果ててしまった。
 そのまま抜きもしないで、褥に手折れ込むふたり。
 丸岩はありさの乳房を優しく揉みながら、小声で囁いた。

「ありさ、わしはなぁ、お前をほんまに好きになってしもたで。
これからもかいがったる(可愛がってあげる)さかいなぁ。安心しいや」

 丸岩のその言葉に、ありさは形ばかりの愛想を返した。

「おおきにぃ・・・」

 ありさは下半身にぬめりを感じ、ふと見ると、真っ赤なものが白い敷布団を染めていた。


京紅




第四章 再会

 その後も丸岩は週に1度ぐらい、ありさを座敷に呼び夜を共にした。
 逆らってもどうしようもないさだめなら、いっそ従順に努めてみようと、ありさは決心したのだった。
 だが、そんな矢先、ひとつの出来事が起こった。

 ありさは女将の使いで、四条烏丸(からすま)の知人の屋敷へ届け物をした帰りのことだった。
 届け物も無事に済ませた安堵感もあり、ありさは小間物屋の店頭に飾ってあった貝紅を眺めていた。

「やぁ、きれいやわぁ〜・・・」

 ありさは色とりどりの貝紅に目を爛々と輝かせていた。

 その時、何処ともなくありさを呼ぶ声が聞こえて来た。

「ありささん」

 若い男性の声である。
(だれやろか・・・?)
 ありさが声のする方を振り向くと、そこには少し前におこぼの鼻緒をなおしてくれた学生本村俊介の姿があった。

「あれぇ〜、お宅はんは、あの時の〜。その節は鼻緒をなおしてくれはってありがとさんどしたなぁ〜」
「いいえ、とんでもないです」
「あのぅ・・・」
「はい、何か?」
「今、確か『ありさ』ゆ〜て呼んでくれはりましたなぁ〜?」
「ええ、そうですが。違ってましたか?」
「いいえ、そやおへんのや〜、おおてた(合ってた)よってに嬉しかったどすぅ〜。
 よう憶えてくれたはったなぁ〜思て。お宅はんは確か『本村俊介』ゆ〜お名前どしたなぁ〜?」
「そんな〜ん〜、そんなん当たり前どすがなぁ〜。そやかて、
 困った時に助けてくれはったお方はんのお名前忘れたら、バチ当たりますがなぁ〜」
「いやあ、困ったなあ。僕は当然のことをしたまでですよ」

 ありさは俊介と言葉を交すうちに惹かれて行くものを感じずにはいられなかった。
 花街で大金を使い遊興する男たちのようなどす黒い欲得など微塵も見られない。
 彼の持つ実直で清廉な態度は、ありさに強い衝撃と印象を与えた。

「ところで今お忙しいですか?もし時間があればお茶でもいかがですか?
ちょっと行ったところに甘味処があるのですが、甘いものはお嫌いですか?」
「甘いもん?だ〜い好きどすぅ〜!」
「ははは〜、じゃあ決まった」

「おこしやす〜」

 ふたりは甘味処ののれんをくぐり、向い合って座った。

「ありささんは何がいいですか?」
「そうどすなぁ〜、暑おすさかいに〜かき氷いただきまひょかなぁ〜?」
「僕もそうしよう。氷ぜんざいにしようかな」
「ほな、うち、宇治金時にしますわぁ〜」

 かすりの着物を着て襷(たすき)をした娘が注文を取りに来た。

「おこしやす〜、注文お決まりやすか?」
「宇治金時と氷ぜんざいをもらおうか」

 本村が答えた。
 店の娘は注文をすぐに反復し、去り際、本村に声を掛けた。

「ほんま、きれいな舞妓はんどすなぁ〜」

 本村はどう言葉を返したものやら狼狽した様子だったが、咄嗟に口をついて出た言葉は・・・。

「そうでしょ?僕もそう思ってます」

 俊介の言葉に、ありさはポッと頬を赤らめた。

「そんなこと言わはったら照れますがなぁ〜」

 店の娘は俊介に言葉を続けた。

「こんなきれいな舞妓はんが彼女どしたら、鼻高々どすやろなぁ〜?」

「ええ、もう天狗ほど鼻が高いです。ははは〜」
「本村はん、ようそんなこと・・・。うち恥ずかしおすがなぁ・・・」

 ありさは先ほど以上に頬が真っ赤に染まっていた。

 先程からそんなやりとりを伺っていた店主らしき男がやって来て、店の娘を叱り始めた。

「これ、お客はんに失礼なことゆ〜たらあきまへんがな。早よ、謝り」

 そして店主はふたりにぺこぺこと頭を下げて、

「うちの娘、失礼なことゆ〜てすまんどすなぁ」
「いいえ、気にしてませんよ。ねえ?ありささん?」
「はぁ・・・、そのとおりどす・・・」

 そんな些細な会話であったが、ありさはとても嬉しかった。
(本村はん、うちのこときれいて思たはるんや。鼻高々やゆ〜てくれはったし・・・)

 俊介はありさに尋ねた。

「舞妓さんって、とても華やかだけど、結構大変なんでしょう?」
「はぁ、そうどすなぁ〜、踊り、三味線、お琴、お茶その他、お稽古事ばっかりの毎日どすぅ・・・」
「座敷にも上がったりするんですか?」
「はぁ・・・、一応芸妓はんが主やけど、舞妓のうちらもお座敷にはたまにあがりますぇ」
「そうなんですか」

 お座敷の話に移るとありさの口は重くなった。
 俊介はありさの心情を敏感に察し、すぐに話題を転じた。
 そして再び話は弾んだ。

「本村はんは大学で何勉強したはりますのん?」
「法律です」
「へ〜ぇ、そうどすんかぁ〜、ほな、将来は政治家にならはるんどすか?」
「大望は抱いてはおりますが、夢のような話ですよ」
「本村はんは、どこに住んだはるんどす?」
「ええ、堀川・蛸薬師(たこやくし)で下宿をしています。汚い所ですが良かったらいつでも遊びに来てくださいね」
「やぁ、嬉しいわぁ〜、ほんまに行ってもよろしおすんかぁ〜?」
「休みの日にでもぜひ来てくださいね」
「ほな、今度の日曜日行ってもよろしおすかぁ?」
「ええ、もちろんです。待ってますよ」


(第五章へつづく)


主人公のモチーフとなったありさちゃん








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