ドーナツの穴









19才の頃、大学が神戸にあったため、バイトは三宮の某ドーナツ店に通ってた。
夜も10時を廻るとさすがに店で食べる客より持ち帰り客の方が多かった。
その頃、僕は1人の女子大生を見つけた。
その子は週に1度は1人でやって来る。
注文はいつもオールドファッションとコーヒー。
いつも店内で食べる。
たいていはパンツ系のファッション。
細身の姿によく似合っている。
切れ長の瞳のきれいな女性だと僕は思った。
化粧っけのないさっぱりした姿を初々しいと感じた。
たいてい本を数冊持っている。
本を読みにここにに来るのだ。
彼女はコーヒーを片手に黙々と本を読む。
雑誌だったり、専門書だったり。
2時間くらいはずっといる。
他の客の雑談を無視するように本の世界に入っている。

最近は彼女も僕の顔を憶えているようだ。
店に彼女が来て、顔を見ると一瞬目が合う。
でも余計な会話は交さない。
ただ心の中で(またいらっしゃいましたね)と呟いた。


頼む物も分かっていた。
でも「何になさいますか?」と他の客と同じように声を掛ける。
彼女も同じように「オールドファッションとコーヒーお願いします」と丁寧に答える。
釣り銭の要らないぴったりの額を彼女はレジーの取りやすい位置にそっと置く。
カウンターの決まった席へ彼女はトレイを持ってゆっくり歩いていく。

今日はしとしと振る雨のためか、彼女以外に客が来ない。
僕は手持ちぶさたでレジの奥で彼女を見ていた。
彼女がずっと活字を追っている。
その横顔の美しさを見つめていた。
ふと彼女が顔を上げた。
僕の方を見る。
目が合った。
見つめていた自分が恥ずかしくて視線を逸らす。

「コーヒーのお代わりを戴けますか?」

彼女は丁寧に言うと、また視線を本に戻した。
「はい、少しお待ち下さい」マニュアル通りの答え。
僕はコーヒーメーカーにたくさん余っていたコーヒーを全部捨てた。
彼女のためにだけ入れ立てを作り直した。


会話らしい会話も無いのに、寝床に着くと彼女を思い浮かべた。
(彼女のことが好きだ。よし次こそタイミングを見て誘おう)
とある夜、決心をした。

その翌日は僕の定休日、スポーツ用品を買うために電車に乗る機会があった。
車内は空いていた。
車両の向かい側に仲良く話し合っているカップルを何気なく見つめた。
その時、僕の頭は一瞬であったが真っ白になってしまった。
そのカップルの女性は紛れもなく「オールドファッション」好きの彼女であった。
彼女は僕があまりにも見つめていたため、その視線に気がつき僕の方を見た。
僅かな驚きがあったようだが、すぐ様彼氏との会話に戻っていた。
彼女たちは僕よりも先に電車を降りた。
一瞬ではあったが、彼女は僕の方に視線を向けてくれた。

ふたりが電車から降りた後、僕の胸の奥には、ポッカリと穴が開いていた。
まるでオールドファッションの穴のように。



(終)







ESSAY TOP
MENU
TOP