見知らぬ地方の方言を聞くような違和感を感じるとともに,「チャリンコ」という呼称を毛嫌いする人たちがいることも知った.その理由は,大雑把にいって,この呼称は自転車を軽く見ている,蔑視しているようなイメージがあるということだと思う(以下に記すように,語源とも関連している).私は特に強い主張はない気配り派なので,嫌がる人がいるのに敢えて,自分にとっても馴染みのない「チャリンコ」を使う理由はなく,自転車,バイク,MTB, ロードレーサーなどの呼称を使ってきた.日本でバイクというと普通モーターバイクのことを指すので困ってしまう.もっと困るのが,周囲では非常によく使われている「ママチャリ」を使わずに済ませられるかということである.「ママチャリ」は,「婦人用自転車」つまりママの買い物自転車を指すのだが,学生の通学用自転車なども含めて使われているようだ.仕方がないので「通学用自転車」,「普通の自転車」,「買い物自転車」,あるいは単に「自転車」などを使ったりしている.
さて,「チャリンコ」の語源であるが,これが決定版!という説を私は知らない.ここでは,私が目にしたいくつかの説を併記しておく.
ロードレースを舞台とした曽田正人の漫画「シャカリキ」(秋田書店,小学館)で,主人公は子供の頃から自転車のことを「チャリンコ」と呼んでいる.それは設定として自然なことなのだろうし,彼らがスポーツとして自転車に乗るようになったからには,そのような不適切な呼び名や止めるべきであると言うつもりもない.
自転車乗りのことを「チャリダー」と呼ぶ人たちもいるようだ.これも「チャリンコ」以上に奇妙な印象を受ける(多分慣れれば心地よいのだろうが).「サイクリスト (cyclist)」という言葉もよく使われる.こちらはちょっとかしこまったような感じもする.私はというと,気軽に使える言葉が見つからなくて,「自転車の人」とか「ロードの人」とか,そこだけ取り出すと意味不明な表現を使ったりしている.また,「サイクリング」という言葉は割と親しみやすくよい語感だと思う.
「チャリンコ」の語源(いつどこで発生したか?)や地方,世代による分布は研究の対象になりうることだろうし,既に調べた人がいるかも知れない.論文や書籍などをご存知の方は しめのまで是非教えて下さい.
と書いた後,鑓水 兼貴氏のホームページで公開されている,井上史雄 「新方言辞典稿 (インターネット版)」(1996年版) の中に,次の項目を見つけた.
チャリンコ 「自転車」;東京で1970年頃から使われ始めた言い方;大学生では全国各地で使用(永瀬1995);チャリキ,チャリ,チャーリーと縮めることもあるし,ゲンチャリ(原動機付き自転車=バイク),カマチャリ,ママチャリ,マジチャリ,チャリツウ(自転車通学)などのことばも再生産している(吉田則夫によると岡山市でも使うという);戦後まもなくはチャリンコは「こどものスリ」を指すことばだった;それが意味変化(またはことばの廃物利用)を起こしたらしい;韓国語の「自転車」によるという説(真田)もある;東海地方に広がっていないのは,以前から若者の間にケッタ/ケッターが使われているからである;伊豆半島中年以下(永瀬1990a);泉南市1991;奈良市(真田1989:18);京都北部(加藤1988);京阪2,30代以下(近畿1994);新資p.92〜,239,308〜/新日p.288,293/Q p.70; 井上1996.3:5ケッタ 「自転車」;愛知県から岐阜県にかけての若者の新方言;愛知県東部ではケッター;他にケッターマシーン,ケタクリマシーンとも;恐らくテクシーのようなふざけた言い方(スラング)のケッターマシーンが起源;この言い方が普及したおかげで「チャリンコ」はこの地方には進出が遅れていた;全国の大学生の調査では東海地方を中心に全国各地に散在,全国で各種の言い方が混在している(永瀬1995);新日p.45,165,248,250;Q p.70; 井上1996.3:5
また,次のような記事もある (直接の引用元は, 女子大生用語の基礎知識1993年度版).
「チャリンコとは『子供のすり』の隠語であったが、いつの間にか自転車をも表す語にもなってきた。その語源はどうも韓国・済州島で自転車のことを『チャルンケ』と言うのにあるらしい。/大阪の生野、東成一帯には、戦前から済州島の人たちが多数住んでいる。この人たち、中でも一、二世たちは、自転車のことを今でも『チャルンケ』と言う。その子や孫たちは、それを耳にして育ち、遊びふうにチャリンコと言っていたのが、広まったらしい。」(『朝日新聞』1993年11月17日朝刊5面「声」欄 大阪市 洪淳栄 フリーライター 58歳)(2001/05/31)
チャリダーという言葉が「自転車で旅をする者」を指して深いこだわりを持った使われ方をしていることを知った.
CHARINET 〜 自転車でゆこう♪ 〜の下のチャリダーとは?を見て下さい.認識不足であった.
(2001/06/01)
『じゃりんこチエ』(はるき悦巳,双葉社)を原作としたテレビアニメ(昭和56年) を見ていたことを思い出した. 「じゃりんこ」は子供を意味する. 「ちゃりんこ」に濁点がついただけで同じ言葉だろうと思う. ウェブで検索してみると「じゃりんこ」はボランティアサークルの名前などに使われているようだ.
自転車を指す「チャリンコ」や「チャリ」という言葉は現在では子供から大人(40代位?)まで広く定着しているようだ.
高級なロードレーサーに乗る人でも自分の自転車を「チャリ」と呼ぶ人もいれば,
自慢の自転車を人から「チャリ」と呼ばれて「その辺に放置されているような自転車と一緒にするな」と怒る人もいる.
私自身はこのページを書いているうちに,
「チャリンコ」という言葉への違和感がかなり薄らいできた.
自分では使うことはないだろうが,不適切な言葉とは思わない.
この言葉を愛着とこだわりを持って使っている人たちは,
これからも堂々と使ってもらいたい.
(2001/08/24)
2003年11月にこの頁についてメールを頂いた.昭和21年頃の横浜では, ちゃりんこは 「すり」 を意味する隠語で, ドヤ」(宿), 「ヤサ」(家),「モク」(煙草),「テッカリ」(マッチ),「スケ」(女), 「ノガミ」(上野)の一つだったとそうだ.「子供のすり」 の意味はなかったという. (子供のことを 「じゃり」 と呼ぶことから類推したのではないかとのこと.) 以下メールから引用させてもらう.
その後、これは学生だけだったのか知りませんが、これをもじって、自転車のこと を「シャリンコ」と呼ぶようになりました。これこそ、学生でも真面目な人は使わ なかったでしょうし、自転車も、まだ安くはない時代ですから、どの程度、流行った かは疑問です。「もじって」 という経緯はわからないが,井上史雄 「新方言辞典稿 (インターネット版)」(1996年版) にある 「1970年代頃から使われはじめた」 よりも古い使用例という意味で重要な指摘だろう.その後、これらのスラングは、ほとんど消えてしまったと思っていた所、きちんと した、どこかの奥さんが「チャリンコ」と言ったのを聞いて、「ギクッ」とした事 を思いだします。
(2001/05/31 作成.2001/06/01, 2001/08/24, 2003/03/26 追記.いつか整理して書き直したい.)