ご注意!
ネタばらしノートですので、創作派の方以外はご遠慮下さい。
| 非時の花 ときじくのはな |
| 現代を舞台にした大人向けは、これが初挑戦でした。その後も書いていません。 400字詰め91枚。 アイデア アイデアの出発点は、「幻影の継承」。つまり伝染性の幻影。人の恨みによる呪いではなく、存在そのものに不可分な呪い、というイメージです。 肉体的な疾患ではなく、精神的な疾患が伝染する...このアイデア自体は珍しいものではありません。でも、好みのタイプです。 「人の精神から精神へと、ある幻影が伝わっていく」というだけのワン・アイデアで、一本書き上げようと思いました。 アイデアを広げる段階で考えたこと。ここで構想力を働かせます。
まずはその性質から。
新聞やニュースで流れるような「無前提で客観的」とされる位相ではなく、もうちょっと危うい、曖昧なところで現実と切り結ぶ方が私の好みです。「客観的な現実」ではなく、「理解された現実」の方を扱う話になりそうです。 幻影と現実の境界が溶けていくような、耽美な幻想小説を思い浮かべます。 イメージは固まってきました。 幻影の内容を決めないと、ストーリー展開が詰められないようなので、ここでしばらくお休み。 具体的にどんな内容の幻影がいいか、次なるアイデアが浮かぶのを待ちます。 しばらく放っておきましたが、特別すばらしいアイデアは浮かびそうもありません。 仕方なく、「蝶に変化[へんげ]する花」ということで進めることにしました。植物と昆虫は運命共同体だな、と思っていたせいで、このアイデアを採用することにしました。 でも、ストーリーを組み立てるにはもう一ひねり欲しい...と頭をひねったら出て来た次のアイデア。 「蝶に変化する花」は、実は「花を喰らう蝶」だった。 これでドラマ(ある変化)が出来ました。初期の「精神疾患」「存在の呪い」という発想としても、「花を喰らう蝶」というイメージは病的で、なかなかいいでしょう(幼態がなく永遠に生き続ける)。 耽美な幻影が、病的なダメージへと変化するストーリーを組み立てていけばいいことになりました。 プロットづくり <人の心から心へと渡りをする「花を喰らう蝶」>が種明かしとなるように、ストーリーの結末から遡るようにプロットを考えます。 つまり、 実は現実の裏側に棲息する蝶だった←共有された幻影だと思ったら というのが、基本的な枠組みです。 さて、大人向けの現代物なんだから、エンターテイメントとしてはベッド・シーンを入れなきゃならないでしょう。メインのキャラは男と女にしておきましょう(同性愛まで絡めるとテーマが分散してしまうし、自分にとって切実なことでもないから)。 男女どちらを主人公にしてもいいのですが...大人向けで異性を主人公に書くと、思わぬアラが出てしまうかも知れないし、女を主人公にした方が無難かな。 次に、「植物と虫」という幻影の内容と絡められるようなモチーフはないかな...と考えます。現実サイドで、幻影の内容に対応するようなモチーフを探します。登場人物も、そのモチーフを巡って決まってくるでしょう。 特別な取材がいらず、資料が手に入りやすく、自分が興味を持てるモチーフ。 植物学や昆虫学ではストレートすぎます。現実の束縛が強くなりすぎるでしょう。 もう少し簡単なもの...和服、写真、お能などを考えてみます。 写真は自分でやっていないので、調べなきゃならない。 お能は大好きだけど、能楽師の生活は知らないし、ピッタリくる曲目を思いつかない。 ...着物なら、自分でもわりとよく着るし、好きだし、少しばかり手持ちの資料もあります。文章で描写するにも花があります。それに、和服の似合う女を登場させるのは、なかなか楽しそうです。 和服に決定です。 ここで大まかなプロットが決まります。
幻影の花を「ときじくの花」と名付けたのは思いつきです。日本神話の非時の実の話は、小説やマンガでも繰り返し取り上げられる有名な話ですから、それだけではありきたりです。 そこで、このお話の構想の中心に絡めるよう掘り下げる必要がありました。 「ときじく=非・時」というところで、時間性の否定という発想が出ます。時間性と永遠性、存在と非存在、この辺のタームを利用しながら、現実を揺るがせていくことにしましょう。 ついでに、日本以外の神話のことも調べて、永遠性−永遠の生命というモチーフを明確化しましょう。 ストーリーの枠組みが決まってから、登場人物を考えました。
でも、二人ともそれぞれに変人系なので、扱いやすいキャラクターをもう一人、男の友人として配置する(女にはたぶん、友達がいない)。二人を結びつけたり、ストーリーの狂言回し的な役割。性格は軽薄な俗物、でもちょっと気のいい奴。主役二人と対照的に、現実的な普通の人間。 ここまで決まったら、ストーリー展開は、すでに殆ど自動的に固まってきます。 起: 出会う。 承: 関係が深まる。幻影と現実の境界が曖昧になる。 転: 男が死に至るきっかけとなるできごと。男の死。 結: 種明かし(花を喰う蝶、伝染性の死に至る幻影)。 あとは二人の関係が破滅に向かうきっかけを決めるだけです。先に破滅するのが男の子の方ですから、彼の作品(蝶に変わる花の絵)が、社会的に認められる...分かり易くするために、賞に入選することにすればいいでしょう。世間的には目出度いことだけれど、伝染性の幻影を世界にまき散らすことにもなりかねない。社会を拒んできた彼が、社会に認められるということのジレンマも生じる。 二人の関係は、愛し合う恋人同士にするよりは、愛せない者同士の方が、ちょっとはヒネリが利いて現代的かな、と思って、そうします。 で、彼らの名前を決め、実際に書き始めます。細かいプロットや分量配分などは決めずに書き始めました。ですから、以下で<起><承>...などと書いてあるのは、後から読み返してこういう構成かなと思っただけで、実際に構成を考えながら書いたわけではありません。 1.<導入部> 素直に二人の出会いのシーンから書くのは、短編には向きません。 最初に読者に謎を掛けるような、思わせぶりな工夫が必要です。 また、大人向きであるからには、ちょっとした蘊蓄でハッタリを利かすのも効果的でしょう。 2番目のシーン以降で時間的に遡行させることにして、すべてが終わったあとの彼女が、すべての始まりとなった着物を着付けているところから始めます。<起>以前の導入部という感じです。 蘊蓄話として、具体的な数字を出しながら蚕と絹のことに触れます。ついでに、「動物と植物の境界が曖昧になる」感覚を書き込み、「蝶と花」の伏線にします。 「それは孝彦と出会う前から感じていたことだし...」以下で、これが萠香と孝彦の物語なのだと先の展開を匂わせる思わせぶりな文章をちりばめ、「非存在の蝶」「非時の花」というキーワードを出します。読者はこれらのキーワードを手掛かりに続きを読んでいくことになります。 そして、「孝彦の死」という事実レヴェルでの話の結末を告げて、ファースト・シーンを終え、以下、「孝彦の死」に対する<アト説>の形で、時系列に二人の出会いから破綻までを書いていきます。 2.<起>出会い 幻想半分に生きている萠香と孝彦を、椙田を仲介にして出会わせ、(二人の関係を発展させる小道具として)展覧会のチケットを手渡させます。そして孝彦のつぶやきとして、再び「非時の花」というキーワードを印象付け、読者を引っ張ります。 二人を直接図書館で出会わせると、再会までに手順が必要になるので、椙田くんを仲介にすることで再会のお膳立てまでを1シーンに詰め込みました。 3.<承の起>展覧会 萠香は孝彦たちの展覧会に向かいます。キーワードを手掛かりに神話関係の話題を振り、雰囲気を出します(チケットを受け取ってから迷ったり考えたりするのを省略し、会場へ移動中のシーンに情報を集中させました)。 幻想的な雰囲気とバランスを取るために、展覧会場の描写は現実らしさを心がけます。 展覧会がつまらないので萠香が落胆したところで、孝彦の作品と出会わせます。ここで初めて、「蝶に変化する花」の全貌を書きます。萠香にとって、自分一人の幻想だったはずのものが他人にも共有されていたと知って、激しく感情が動くので、ここが最初の<見せ場>でしょう。萠香は孝彦に否応なく魅かれていきます。 4.<承の承1>幻影の共有 ここまで情報量の多い場面が続きましたので、4.ではテンポに緩急をつけるため、初デートをかねてゆっくり二人を話し込ませます。<流し>です。 会話の内容が幻想的なので、店の描写は現実らしく細部まで書きます。幻影の共有をどう理解すればいいのか、読者が知りたがっているタイミングをとらえて孝彦の解釈(もう一つの存在の仕方)を紹介します。 <流し>だけでは終われないので<見せ場>がわりにベッド・シーンをサービスします(でもこれは、無くてもストーリー展開に支障を来すことはありません)。 5.<承の承2>閉ざされた関係 二人の関係が深みにはまっていくにつれて、萠香がどんどん現実感覚を失い、非時の花が咲くもう一つの世界への思いが強まっていく様子を、場面を特定せずに孝彦の言葉の断片など挿入しながら叙述しています(ここ全体が<流し>ですね)。文章力で読ませてしまうことが出来ないなら、ここも具体的なエピソードとして組み立てた方がいいでしょう(幻影に浸る萠香が現実との軋轢にさらされそうになるところへ、孝彦が現れて幻影の世界が守られる...というような)。 場面をベッドに移して(←閉鎖的な関係を表す)、二人が不死や永遠性について会話をします(人間の精神の始まりと非時の花の関係を暗示)。また、幻影のことを他人に話しても理解されない、という二人の会話は、二人の排他的関係を表現する振りをして、実は次の展開への準備です。孝彦の作品が世間の注目を集めることになるのに対して、ギャップをつくりたかったのです。ここまで<見せ場>がないので、次こそ何かが起こる、というテンポができあがります。 6.<承の転>破滅のきっかけ−孝彦の受賞 そろそろクライマックスに向けて急展開をさせる潮時です。 時間経過を省略し、孝彦の受賞をいきなり告げます(こんな時も椙田君は便利なキャラです)。 あの幻影が二人だけの絆であるように感じていた萠香は、孝彦が外の世界に向けて彼の作品を発表しようとすることに、割り切れなさを感じます。 死に至る病への伏線となる、火のついた煙草を目に近づけるという、孝彦の奇妙な行動をはさんで、萠香の疑問を孝彦にぶつけさせます。「なぜあの絵を世間に発表する?」という彼女の疑問は、「来週パーティーだってね」などの包むセリフで表現します。これに対し、孝彦は涙を流し、初めて弱みを見せます。まだ語られていない秘密があることを読者に知らせ、「いつか、幻視にとり殺される」というセリフで緊張感を高めます。登場人物の感情が動く<見せ場>です。 7.<転の起・承>絵の焼失、孝彦の失踪 既にパーティーが始まっています(ここも時間経過を省略して入る)。 前のシーンで孝彦を泣かせたので、今度はやたらとはしゃいだ様子で登場させます(ギャップ)。パーティーそのものには展開上意味はないので省略し、お開きになったあと、孝彦の作品が焼失した報せが入ります(孝彦の遅刻が、彼が犯人だと示していますが、明示はしていません)。このすぐ後に失踪させるので、「僕はまだここにいたい」と逆のことを言わせておきます(ギャップ)。 場面変わり、椙田からの電話で孝彦の失踪が告げられます(時間経過の省略)。孝彦はどうなったのか...「幻視に取り殺される」という伏線が実現することを読者は予想します。 8.<転の転・結>破滅 何らかの事件が起こることを期待する読者をサラリと裏切って、孝彦から電話が来ます。会いに行くと、彼の様子はやはり変ですが、それが何なのかを明かすまでに、少々もったいを付けて行数を費やします。それから孝彦の独白ベースで、彼に降りかかった異常を一気に語らせます。 ちなみにこの異常は、人づてに聞いた話ですが、現実のモデルがあります。ものすごく切れる学者さんで、研究会に現れないと思ったら、ずっと電車でグルグルしてたとか、言葉が頭に張り付いて、車に飛び込んだり窓から飛び降りそうになったというのも、実話だそうです。 二人を繋いでいたはずの共有された幻影が、孝彦の精神を蝕んでいたことがはっきりしますが、どうすることも出来ない萠香は、肉体の結びつきを求めます(これは萠香の矛盾ですね)。この夜が、冒頭で萠香が回想した「あの夜」ということになります。 そして、やはり冒頭で伏線にした「萠香サンはまだ知らないんだよね」というセリフから入って、孝彦の最後の告白が始まります。ちょっと急ぎ過ぎた感はありますね。でも幻想・ファンタジー系の最大の敵は<説明しすぎ>です。説明しすぎて興ざめしないように、少々急ぎすぎでも、種明かしは速やかに終わらせようと思いました。非時の花に関する萠香の理解の変化は、波の音だと思っていたものが蝶が花を喰らう音に変化することで表現しました。 そして、「人が人としての精神を獲得したときから」蝶が渡りを続けてきたのではないか...と暗示することで、二人の閉ざされた関係で語ってきたストーリーの仕掛け自体を、少しだけスケール・アップしようと試みています。 ここが一応ストーリーのクライマックスですが、探偵が事件の謎解きを独白でやるのと似て、工夫はありません。むしろ不親切に書いてあり、「あとはご自由に深読みしてください」という感じです。ストーリーテリングのやり方としては、工夫もないし、あまり成功していません。 9.<結> 時間経過としては1.の続きです。 孝彦が死んだことは既に1.で明かしてありますから省略し、「孝彦の最後の場所は見ておきたい」という椙田くんのセリフに包みます。 萠香と椙田君は、孝彦の死を間にはさんで言葉を交わしますが、現実的に生きる椙田に対して、萠香はまっとうな受け答えが出来ていません。椙田君が仕方なさそうに笑い、速やかにENDです。 1.と9.は別枠として、2.から3.で萠香の感情が動き、4.と5.では二人の感情はまったりとして動かず(流し)、6.でそのバランスが崩れて再び感情が動き出してクライマックスへ向かう、という起伏の作り方をしています。 初稿では、萠香が紅い花を断崖から投げて、花びらが蝶のように舞うというラストにしていましたが、仲間内で回覧したときに「何というか、ちょっと青臭いラスト」だという感想が付いたので、現行のかたちに変えました。 また、初稿からの主な変更はもう一つあります。 幻影と現実の境界が解け合っていくのを、初稿では「リアル」「リアリティ」という言葉を使って語っていましたが、やはり回覧したときに「言葉自体に手垢がついている」という指摘を受け、<知っている>という言い方に書き換えました。 萠香の単視点で語ったので、孝彦が自分の作品に火を点ける場面などは書けませんでした。孝彦の葛藤を中心に据えれば、まったく別の仕上がりになったでしょう。(小説の「視点」についてはどんな小説入門書にも解説がありますから、分からないときは調べてね) 萠香視点で語った利点は、常に孝彦の不可解な言動で、読者の興味を引っ張れるという点です。 また、同じアイデアを長編に構想し直すことも出来るかも知れません。 その場合、もう少し歴史的な軸を取り入れてスケールを広げたいですね。歴史の中でときおり姿を垣間見せる、ある一つの幻視。 謎の言葉を残して死んだ恋人の足跡を追ううち、はるか昔にも同じような事件が起きていたことがわかる...というようなプロットになるでしょう。私の好みとしては、中世の修道院など、宗教がらみ。 当面、自分で書くつもりはありませんけども。 以上、初めてのラララ♪でしたが、どんなもんでしょう? やっぱり役に立たない? ...ま、いっか。 |