天平の甍ならぬ天平の森とは何処に、っていうかそれはつまり此処なのだ。此処って何処なのだっていわれてもここなのだ。此処は山下平(架空名)を一望に見下ろす事の出来るN峰山の頂上であるのだ。
山下平って聞いたこと無い?遅れてるぅ〜と言うか案外進んでいるかも知れないけれど、NHKの朝ドラで山下平を舞台にした「水色の時」っていうのやっていたじゃあない。知らないって、あ、そう、ウソでしょう、ホントだって、まあそういう事って良くあることだけど残念だなあ。実は僕も二十何年か前に2,3度テレビで見たことがあるだけですがね。大竹しのぶって大女優の誉れの高かった彼女が主演していたんですね。昨夜もテレビ映画の学校パートVとか何とかで良い役やってました。僕個人としては、菅井きんのファンで菅井きん今昔物語が面白そうだけど大竹しのぶ大竹まことの姉だった、とは誰も信じない物語もなかなか面白い。そんな映画はないって、天平の森のお話ね。天平の森って言うのはとあるA町と言う何にもないことでつとに有名なN峰山というところに位置しておりますじゃあ。何もないことで有名になるとは大変に難しい事なのですが所詮私一人の内輪の話なので気になさらないでください。そのA町JR駅の裏手、標高900メーター位かな、車で上って行けるので障害者の方でも大丈夫。でも山道は狭く、対向車とのすれ違いもゆっくりと安全運転でなければどんな危険があなたを待ち受けているかも知れません。と驚かせておきます。でも本当です。 そのほぼ頂上にN峰山の天平の森という休憩所があり、ソバをご馳走になれます。え〜と、詳しくは知りませんので、役場か何かで聞いてください。くれぐれも都庁なんて所では聞かないこと、人をオチョクッテはいけません。
下から見上げる山下平(実在しますがあくまでも架空の名前ですから山下平を探さないでください、ま、徒労覚悟で探してもいいですが)も良いですが上から見下ろす風景は格別で、山々が6月の微風を運んでくるのが見えます。初夏の涼風が一斉にスタートラインを飛び立ちH三山を始めK岳、Y岳、G岳、g岳、R岳、そして山下平たるA山とJ岳を巡り実に爽快な気分にさせてくれるではありませんか。一望できる場所まで杖を突き突き歩いて来ると急に目の前に左様な眺望が開け、傍らで弁当を開いている人もいて美味しそうな風景が色とりどりに並びます。
人の背丈ほどの鳶がクルリと輪を描いて目通りを悠然と滑空する。こんなに近くを平然と我が物顔でスロウモウション風に飛ぶ鳶なんて珍しい。翼を広げ、まるで鳶グライダーのように羽ばたきもせず音も波立たせぬ。 鷹なんてタカが知れてるぜ、とタカをくくっているかの様に悠然と構える。N峰山では孤高の鳥である。その立ち居振る舞いは崇高ささえ漂う。 だが鳶の僕も居ずまいから鷹に見えるかも知れない。鷹を生むかも知れないし油揚げをかっさらうかも知れない。あまり権威がない。
「鷹鷹っていつも鷹と比較して鷹の下にばかり人を見てグスン、人並みに扱ってくれなくちゃ僕泣いちゃうからヨ、ピーヒョロロ」
「油揚げなんか返さないからヨ、ピーヒョロロ」
鳶は人間じゃないってのに聞き分けのない、と私。それにしても鳶よ、そうやって女子供を苛めちゃいけないぜよ。遠足の子らが驚いて泣いちゃったじゃない、ここんとこ評判悪いぜよ、そこんとこ宜しく。港のヨーコヨコハマ〜と何故かあんたあの娘の何なのさ。それから支離滅裂のついでに鳶と蔦という字、よく似ている。とびとつた。若い家族連れがハンググライダーの飛び立つ板の間に腰を下ろしてラジコン飛行機を操っている。「ぶい〜ぶい〜〜ん」と軽いエンジン音を立てながら上昇して行く。この兄さんには空の中のテッペンが判るらしく下からは見えない位の高さまで上昇してからエンジンを止めた。後は少しづつ下降しながら再度上昇気流に乗り、いつまで経っても降りてこない。
あ〜あ、つまんね〜の。勝手にやっていれば。ふんっ、だ。
僕はガキにされてしまった。雄大な自然というものは人の心まで自由に大らかに、っていうかガキにしてしまうらしい。牡蛎は時期じゃあないし柿も花卉も書き違いで、餓鬼。何だか分からないが感謝。
鳶は相変わらず低空を飛行しつつ油揚げを物色している、なんか無いかな、なんか無いかな、って。
何にも無いんだよ、ちょっと意地汚いぜよ。あ、其処の姉さんたら気を付けなよ、男とベタベタ歩いていると鳶に襲われるよ、あやつは嫉妬心が強いからね。見た通り僕なら大丈夫だからね君を必ず守ってやるから、いや、もっと放任主義でありますが見守ってやるからね。暴力反対、無抵抗賛成、ガンジーインド人、鑑真唐の人。するってぇと鑑真和尚がやって来た。大きな荷物を背負い鑑真和尚が加え煙草でやって来た。仲間5,6人徒党を組んでそこら辺に荷物を放り出した。こんにちは、スキンヘッドの鑑真です。そのように彼の威厳に満ちた頭は発言していた。後光が射して眩しく光り輝いているその頭は忙しく立ち回り始め、物見遊山の人々は足を止め傍らに集まりスキンヘッド一行を畏れおののきながらも興味深げに見つめている。リュックの中からコッペパンをとりだし口の中に放り込みながら、荷物を横に長く伸ばしていく。仲間もそれぞれ同じように荷物を広げ伸ばしていく。一行の到着からものの15分乃至は20分で準備が出来たようだ。
「皆様、お待たせしました」スキンヘッドが一言宣った。皆が見つめているので何か親しみのある言霊を発しなければいけないと思ったに違いない。良好なる意志疎通というものを企てたようであるがどうも一方通行であった。調子悪そうに少しく照れている。と、その瞬間あちらを向いてドシドシと音を立てながら坂道を走り下って行く。とても格好良いとは言えないが、ウーやっぱり言えないが勇気だけは認めよう。しかし地に足がついていないじゃないか、って当たり前なこと言うなよ。パラグライダーはハンググライダーとは似ていてバイアグラの弟ですって、ウソ言うなよなあ。瞬く間に鳥人となり風を操り山下平の上空を散策するスキンヘッド。「羨ましいだろ少年よ、お前もこうして大空を飛んでみたいだろう、へへへ、それにはまずスキンヘッドから真似なくちゃな、年季入ってんのさ、年季が」
「畜生、何時かオイラだって、オイラだってあの大空を、太陽に向かって羽ばたいてやる」
少年の小さく握った拳がわなわなと悔しさに打ち震えていた。大粒の憎っくき涙が頬を伝わり口の中で舌に絡みついた。そのショッパ辛さがお前を一人前の男にするんだ。少年よ、挫けるな、そして立つんだ、立って立って立ち止まらず歩くんだ。
「あのオッサン何一人で騒いどるんかいな。アホくさ」
「あ、そんな冷たいこと言わないで、一人にしないで、ネー」
大空に向かって飛ぶのも悪くはないが地面の石ころさえ蹴飛ばせない我が身が切なくも切ない、悲しくも悲しいかな、かな、かなりである。 切なくも悲しくもかは知らないが地面から両足を蹴飛ばして軽くジャンプくらいしてみたいし。こうしてボケッとしていると竜ライタが先生役のデッカイ青春の不良学生にもなってみたいのだが親父の役がピッタリの俺もそういう歳になったかとつくづく人生感慨無量。そして竜宮城で貰った禁断の玉手箱を開けてしまったのが2年前の6月、思えば遠くにきたもんだと鉄也がしみじみ語り、来し方を是認しながらも行く末を案じる私であり想いは錯綜するのだった。
パラグライダーの下には山下平ののどかな田園風景が広がっている。風にそよぐ緑の稲と大空を四角に映しとった水色の田圃、そこに同化してしまった人々と甍、それと山々から送り届けられた6月いっぱいの涼風。
富士には月見草がよく似合い、A山には山葵田がよく似合い、J岳には初夏がよく似合い、N峰山には天空の城がよく似合う、ッうかまあ何が似合うかな。
〜さわやかな日曜〜ビュウティフルサンディ〜と田中セイジが歌って踊って子供達と供に手を取り合って今にも山野を駆け巡り出しそうな雰囲気である。いい歳して大変な目に遭う。なあセイジよ君の子供は大きくなったかい、などと心より同情してしまう今日この頃ではある。あの山を飛び越えて山の向こうに行ってみたい。時には吉田拓郎を歌いながら下界を見下ろす仙人の心境にも浸りたい。そして時にはパラグライダーに翼を借りるのも良いだろう。時には鳶のピーヒョロロになるのも良い。時には母のない子のようにカルメンマキを懐かしむのも良いだろう。が、時にはスキンヘッドのようになりたくはない。
シゲさはこうして山野を駆け巡りながら(勿論車で)血圧低下とリハビリに尽力しているのであった。
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シゲさ