体験記 なずな様投稿

体験記 なずな様投稿

平成12年5月3日
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はじめまして、シゲささん。
私は1998年12月より、くも膜下出血で倒れた主人の介護をしました。介護といっても麻痺が残らないので事実上は自立しています。
1年4ヶ月たち、社会復帰をとげた主人でありますが、家族は毎日つらいです。
何が辛いかと言えばこの病気は 知的レベルの低下があることです。主人は生死をさまよい奇跡といってもいいほどの回復でした。しかし脳の ダメージは大きく本人が気付くところとそうでないところがあります。私が何か言うとすぐおこります。私も子供も 精神的にまいっています。でも同じ病室だった方が明るくとても前向きで自分も左側に片麻痺しているのに主人に声をかけてくれなんとか閉じこもることなく復帰までにいたりました。
率直に言って、主人は人の心の優しさをどこかに置いてきてしまったかのようです。
こんな事を聞いたらびっくり されるかもしれませんが手足が麻痺しても思考能力がもとどうりであれば幸せだと思います。
手術後の病院の大部屋で一緒だったご夫婦が頭に焼きつき、もし画家だったら絵に描きたいと思うことがありました。ご主人が脳出血でたおれて5年たった方で、ある夕食の時、ご主人が自分の食事のおかずを奥さんの口へ「アーン」と運んだときです。一瞬、病室の時間が止まりました。本当にうらやましかったし、お互いに思いやり愛し合ってこそ出きる事だと感動しました。(付き添う人も優しい言葉をかけて欲しいです。だって何があっても愛して結婚したんですから。労りあって暮らして行かないとお互いが病んでしまいます。) あとで奥さんに聞くと、この病気になってお互いに優しくなれたと話してらっしゃいました。
うちの主人はこの病気じたいに偏見があったのかと思うほど、麻痺が残らなかった分、余計に他の方とは違うという態度があらわれていて、私はとても悲しかったです。
主人は4人兄弟の末っ子ですが、近くの実家の長男の他は現在では電話も来なくなりました。以前、「障害者は変に甘える」と言っていた事を思い出しこちらからも連絡する事を止めました。
世間は冷たいです。わかっていますから、悲観的にはなりません。子供も4人いますので明るくしていると大丈夫。子供達もひねくれずに頑張っています。
これからも主人のホロをしていかなければなりません、どうも私は「なんでも屋」にならないとダメみたいです。
これが私の人生かなと少しづつ認められるようになりました。
長くなってしまいましたが、これからもメールしてよろしいですか?
主人43歳、私は40歳。
         では、よろしくお願いします。

メールが届きました。とてもうれしかったです。この病気のことは、あの入院生活を経験した人しかわかりません。
命のあることの尊さなど、本当に大切なものが何か、など色々と勉強させて頂き?ました。
所在地だけ除いていただければ、シゲささんのコーナーに載せてください。連絡をとりたい方がいらしたらアドレスを伝えてください。(実は私はパソコン初心者です。メールが無事に届いてほ〜っとしてます。)
きっと、同じ辛い気持ちの方々がいらっしゃると思います。その方々とこれからも励ましあって残りの人生を明るく 悔いのないよう生きて行きたいです。
お話が出来て無くしかけてた元気がわいてきた気がします。
がんばるぞー!


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