初めまして。私は5年前39歳で脳出血発症。今年6年目を迎えます。大量出血だったらしく生死の境を彷徨いましたが幸い命を取り留め、リハビリを必死に続け(現在も)社会復帰をしたもののリストラ対象となり今年3月退社しました。自分の体験を財産に「医療ジャーナリスト」をを目指して修行中。ネット利用に特化した発信をしてゆこうとネットビジネスの会社に頼み込んで最近は勉強にかよっています。 身体は足はほぼ正常にまで復帰。手は努力中。
「麻痺は急性期を過ぎたら本当に治らないのか」をメインテーマに身体と心両面からのアプローチを考えてゆこうと計画しています。
つきましては名刺代わりの簡便H・Pを作り書けています。リンクのお願いをしたいと思います。また今後も何かと情報交換のお願いも併せてお願いしたくメール致しました。以上●ながくなりますがご参考までに以下経緯などご連絡致します。
私は当時神戸の北区に住んでいました。会社は大阪です。発症当日(94、11, 16)は新神戸駅から新幹線に乗り東京出張。結局この駅に戻ることが出来るまで約 1ヶ月半かかりました。
その日の夜は東京で得意先と懇親会ということでスナックに行っていました。そこ で発症。
救急車に乗ってから何件かの病院で受け入れ拒否を受けた後日本医科大学付属病院へ 入りました。これが良かったと思います。手術が終わって3、4日後位から早期リハ ビリが始まりました。そのあまりの早さに驚いたものです。頭からはまだ血のついた 管やらなにやらついていて「こんなに早くして大丈夫ですか」とこちらが聞いたくら いです。朦朧とした頭をかかえながらも「頑張らなくては」という強烈な気力だけは ありました。担当医が出血部位からして手は回復するが足はひきずる可能性が高いと 言ったらしく、それを聞いていたものですからまず足に集中しようという気持ちがと ても高かったように思います。急性期は回復しやすいといってもその度合いはかなり 差があり私は今でもそれは気力が一番作用すると感じています。(もちろんすべての 方に当てはまるとは思いませんが・・・)
その後車椅子で新神戸の駅に降り立ち感慨無量でした。そのまま自宅ちかくの有馬 温泉病院へ入院。12月28日でした。年が明けて1週間目に理学療法士が止めるの も聞かず杖無し自力歩行を試みました。すると5Mほどでしょうかちゃんと歩けまし た。それが自信になったのかそれからはぐんぐん良くなってゆきました。やはり気力 です。手の方は激痛で触ることさえ困難でした。手を回復する手だてを見つけられな いまま阪神大震災を迎えました。病院はしばらく補修工事に入りエレベーターが使え ないなど不便もありましたが幸い怪我もありませんでした。でもそれも私にはプラス だったと思います。4階まで自力で上り下りせざるを得ずかえってリハビリになりま した。また地震のショックからかそれまでまったくぴくりとも動かなかった左手が指 先だけ少し動いたのです。発症後約2ヶ月後のことです。地球のエネルギーが入った としか思えません。担当の看護婦さんもとても喜んでくれました。それでも肩は難物 で痛みは消えませんでした。
その後神戸市立のリハビリ病院へ転院。痛みはそこで消えました。ただ動きの進歩は ありませんでした。95、7退院。でもまだ、体力は無く、頭もぼんやりした感じで した。
どこで知ったか記憶にありませんがオリエンタルバイオ社の「SOD様エキス・ラ フィーネ」を試したところ霞の掛かっていた頭がすっきりしてきました。また、そこ で「血流障害研究所」(オリエンタルバイオ社の関連機関)の情報で神戸に麻痺を回 復する治療院があると聞きすぐ行きました。
アーユルべーダ方式のオイル(リンパ)マッサージ療法でした。身体の老廃物をオ イルを使ってリンパ節へ流してやる。するとリンパに自己回復力があり麻痺が軽減し て行くと言う理屈です。ここに約1年通いかちかちだった身体に柔軟性が戻りまし た。特にあしの動きの範囲が広がったこと、左手の肩周り(肩胛骨)が弛み左腕その ものが動くようになりました。
ただこの療法は恐ろしく痛い。涙なのか汗なのかわかない位泣きました。
同時期に来ていた22歳の青年は私と同じ脳動静脈奇形による出血で右足に装具を していましたが5、6回後には装具がとれていました。リハビリ病院では「ダメなも のは早く諦めて利き手変換の訓練ばかりさせますが改善する方法はあるじゃないです か。」とその青年に付き添っていたお母さんが嬉しそうに言われたのを今も思い出し ます。
ただ私はもう既に社会復帰の最中でしたからなかなか通えないのとその治療はひど くダメージがあり何度も寝込みました。それで続けられなくなりました。そこは森カ イロと言います。(2002/4現在:078-578-2289)
そんなことをしているうちに「麻痺とは異常緊張が大きな原因」ということがわかっ てきました。身体を心底弛めることが出来れば麻痺は治るのではないかと思い、「気 の研究会」の門をたたきました。「心は身体を支配する」本当の緊張緩和は心からア プローチしないと実現出来ない事を知り、呼吸法、統一体による姿勢の改善、「気」 の使い方を順に教えていただき、そのおかげで正座も楽に出来るようになりました。 それまで畳の生活を諦めていましたが今ではこたつに寝転がってテレビを見たり肩肘 ついて本を読んだりも出来るようになりました。時間が経っても段々と麻痺は改善し てゆきます。ただその速度が遅いものですから諦めてしまいやすいのだと思っていま す。今もいろんな試みを実践中。別途報告予定。4/17
シゲさ様
オギノ テツヤです。読者投稿欄に載せていただきありがとうございます。これから は私が実行してきて効果が有りそうだという麻痺改善方法を順にご紹介したいと思い ます。私の回復状態はまだ100%ではありません。しかし一見で私を片麻痺と見る 方は少ないと思います。見た目だけでなく身体そのものが随分軽くなっていますので 皆さんの役に立てばと思います。本来自力で改善法を作り出すのがベストと思います が時間的にも経験的にも難しいのが現状で有効情報はどんどん交換するべきと考えま す。可能性のあることは出来る範囲で何でもやってみた方が良いと思います。
1,自宅で出来るオイルマッサージ
これはアメリカのリーディング治療家エドガー・ケイシーの脳出血後遺症患者へのア ドバイスです。湯上がりなどがよいと思いますが背骨に沿って上から下へゆっくりと マッサージするものです。オイルは100%オリーブオイル、スクワラン、馬油など 自分に合うもので良い。アロマテラピーの店などにあるマッサージオイルも良い。皮 膚に刺激を与えることは脳や神経に直接働き身体全体がリラックスし、身体全体の調 子も良くなります。
ご存じかも知れませんがエドガー・ケイシーは医師ではなく予言者として有名です。 ある日催眠を受けたときに「宇宙図書館」に行き、そこで人の病気を治療する方法を 探すことが出来るようになり、彼の友人の医師がそれを使って治療を施し驚異的な病 気改善をしたことで知られています。嘘のような話ですが詳しくは「人を癒すエド ガーケイシーの健康法・福田高規著(たま出版)」をご覧下さい。個別に健康相談 コーナーもあります。
以上4/17 シゲさ様
オギノテツヤです。調子に乗っているうちに書いておこうと思います。私は病気して からというもの「気」という見えないものに次第にひかれてゆきました。随分昔の話 ですが、私は高校生(17歳)の時進学・人生に随分悩みました。
「何故僕は生きているのだろう。生きているのは事実のようだけれど何のために生き ているのだろう。人は何故この世に生まれそして死ぬのだろう。」
田舎の純朴な青年でした。哲学とでも言いましょうか、よくもまあそんな事を考えた ものです。今思うとお恥ずかしい限りです。
「そうだ、大学に行けばきっと分かるはずだ。」
そして、大学どころか、卒業して何年も経つのにサッパリ分かりませんでした。でも5年前に病気で生死の境を右往左往し、その後も何だか今日は生きて帰られない かもなどという生活をしていると次第に「自分は生きているのではなく何者かに生か されているのだ。」とはっきり分かるようになりました。「人は気で生きている。」 というと何だか変な団体の人のように思われそうですが、大病をした方は多分似たよ うなことをお感じになったのではないでしょうか。心を強く持てと言われても以外に 心は頼りになりません。心は身体の状態に引きずられるからです。社会復帰の途上私 はどうしようもなく落ち込んで(心も身体も)しまったことがあります。このまま本 当におさらばかなと思いました。でもその時心の奥には不思議と「暖かな南風」が吹 いていることに気がついたのです。
「こんなに苦しいのにこんなに辛いのに何故南風なんだ?」
その時は良くわかりませんでした。
その後人から勧められ中村天風氏の「成功の実現(日本経営合理化協会)」という 本に出会いました。価格は12,800円。今時恐ろしく高い定価がついていまし た。清水の舞台から飛び降りるつもりで購入し読んでみると私が17歳の時考えてい た疑問もそしてあの「南風」の意味もそこには書いてあるではありませんか。
「この身体も心も自分ではない。あるのは気というガスだけだ。これが生命の正体 であり、こいつを生かしてやれば病気は自ずから消えて行く。」
中村氏はご存じの方も多いでしょうが明治9年生。自分自身悪性結核で死に直面 し、当時日本最高の名医北里博士に見放された男です。それでも自分は治るはずだと 信じて
海外に密航するのです。欧米に人を訪ねても治してくれる医者は見つからず、結局ス エズ運河を渡る際インドのヨガの聖人に出会うのです。ヒマラヤ山麓で彼の指導の元 修行するうち、やがて生命の本質を会得し身体が完治し92歳まで生き抜きました。 病を得た私には彼の一言一句が胸に響き今も苦しい事があるとこの本のページをゆっ くりとめくるのです。12,800円がこんなに安いものだとは思いませんでした。 麻痺改善とは直接は関係ないでしょうが生命を輝かすことがその前提であるならこれ は最も大切な改善のハウツーだと思います。
以上4/22
シゲさ様
オギノテツヤです。私の方も来週あたりやっとH・Pの立ち上げが出来そうです。ア ドレス決め次第ご連絡致します。本来私がこれまで書いてきたことは自身のH・P上 でするべき内容でした。このコーナーをお借りできたことを本当に嬉しく思います。 今後自己H・Pで実施する事を重複して投稿と言う形で継続させて頂けるならこんな うれしいことはありません。さて昨日家内と話していてこの5年間一体我々はいく つの麻痺改善治療を試みてきたのだろうと数えてみました。すると20件ありまし た。もちろん麻痺改善だけでなく基本的体調改善というものも含んでいます。私は麻 痺の本質を「異常緊張」と以前書きましたが もう一つ「命令系統の混乱」も重大な難問です。つまり「どこに力を入れたら良いか わからない。」「自分が思ったところと違うところに力が入ってしまう。」というヤ ツです。麻痺された方は大抵同じ思いをされているのではないでしょうか。昨年 「気」の先生から紹介されたのですが「動作法」という運動能力改善アプローチがあ ることを知りました。現在のリハビリの手法は基本的には欧米特にアメリカからの輸 入ものが主体です。日本において独自の麻痺改善アプローチをしている例を私は知り ません。(不勉強なのかも知れませんが)
日本では医師会が異常な権力を持っており極めて保守的な治療現場となっています。 リハビリの手法も一旦輸入したものは多少の研究会くらいですぐ実地訓練で試されそ れ以降本腰を入れて改革してゆく姿勢は弱いように思います。「動作法」も医学のな かまいりはさせて貰っていません。麻痺患者と同じ立場なのが小児麻痺の人たちで す。「動作法」は現在そうした人や家族に対してボランティア的な活動として実施さ れています。窓口は九州大学です。「動作法」で検索出来るはずです。中心的人物は 成瀬悟策先生です。
彼の書いた「姿勢のふしぎ(講談社・ブルーバックス)」をご一読されることをお奨 めいたします。発端は脳性麻痺の患者に催眠法を試みていたところ動かないはずの手 が動いたことがきっかけだったようです。当初脳・神経系から生理的に身体を弛めて 行く方針でしたが、これには限界を感じ心理的アプローチへ方向転換してから治療効 果が現れ始めた そして最近は身体の体軸を整えてやることが最大の効果をもたらすことまで分かって きたようです。私の場合元々斜頚があった上に左片麻痺が追い打ちをかけ身体がかな りゆがんでいたようです。従ってリハビリ訓練効果が上がりにくいという問題がある ようです。
ですから今はその土台から修復する(体軸調整)訓練を続けています。最近、いろん な人から左右の肩の高さが揃ってきたと言われるようになりました。確かに身体も楽 なような気がします。麻痺の方は自身では気づきませんが大抵体軸が歪んでいます。 それは写真を撮ってみれば一目瞭然です。発症前の姿とくらべてみてください。 「動作法」は全国1600人の会員のいる学会組織もあり指導者も増えつつありま す。
九州大学の窓口へお問い合わせになってみるのも良いのでは無いでしょうか。 成瀬先生によれば、小児麻痺に比べ脳障害麻痺は改善しやすいと言っています。何故 なら小児麻痺患者は大抵過去身体を自由に動かした経験が無く、それに比べ脳卒中患 者は発症までは随分長い間自由に身体を動かしてきた歴史が脳に染み込んでいるか ら。 と述べています。
でも日本医師会はこんな事でよいのでしょうか。「動作法」を支えているのは養護 教員を中心にしたボランティア活動です。小児麻痺のお子さんを抱えたお母さん達は 医師達からは見放され藁をもつかむ気持ちでそうした活動に参加されて家で自主訓練 をしているのです。そうした子供を産んでしまったという罪悪感にも似た気持ちで 黙々と訓練に参加するお母さん方をを見ると何とかこの「動作法」をもっと解放し医 学の分野として保険適用 等の問題も検討して行かねばならないと思います。
「ボバース法」も今では病院で扱われますがこれも元々イギリスの体操教師が小児 麻痺の子供のために考え出した体操法がスタートでした。これは皆さんご存じですよ ね?
ちょっと脱線気味でしたが今回はこれくらいということにしておきます。
以上シゲさ様
オギノテツヤです。体軸を整えて麻痺を改善してゆくという療法に礒谷(いそがい) 療法があります。これも発端は主に小児麻痺児の麻痺改善からスタートしています。 人間は大抵誰でも左右の足の長さが違うようです。その結果として骨盤に傾斜が出来 ます。人間は重力の中で生きる以上何とか真っ直ぐ立とうとします。でも骨盤が傾斜 すると必然的に脊椎を曲げることで自動調整努力を始めます。最終的に脊椎の湾曲が 出来、そのために身体全体への神経伝達に支障をきたし不具合が出てくるのです。
実は私の娘は側わん症(脊柱がS字型に湾曲する病気)になりました。今この病気 で悩む人は非常に多いと聞きます。
ほっておくと将来身体のあちこちに不調が出てくる大変な病気です。整形外科に行っ ても絶対治らないと言われます。医師がすることはレントゲンを撮ること。装具を作 れということ。体操を教えること。の3点です。その医師は学会では有名で時に大新 聞にも掲載される大御所らしいのですが、彼は娘に「骨が曲がってしまったものは治 しようがない。これから身長が伸びるに従い更に曲がる可能性が高い。」と言いまし た。でも娘はほぼ治りました。当時礒谷療法を知らなかったのですがこの療法の考え 方を知っていた「気の研究会」の先生に診て頂きほぼ1年で完治しました。この先生 の話は大御所のご意見と正反対でした。「背骨は本来真っ直ぐなのです。ただ骨は筋 肉が引っ張っておりその筋肉の付き方のアンバランスが背骨を歪めるのです。身長が 伸びるということはまだ身体は柔軟性があるわけですから必ず真っ直ぐなります。今 までの悪い癖を取り常に姿勢に気を付け自分が真っ直ぐなっている強いイメージを持 つことが何より大切です。」
医学の権威とは一体何なんでしょうか。私たちが先進医学と信じているものは実は とんでもない代物なのではないかという疑念がこの時強くわいてきました。
麻痺患者にとって本当に最善の処置はこれまで受けてきたものなのか。私は麻痺改 善に最も真剣に取り組んでいるのはもちろん患者自身ですが本来仕事として取り組ん でいる理学療法士、作業療法士の方達はもっともっと悩み抜いて頂きたいと切に願う ものです。
礒谷療法も創始者(礒谷公良氏)は医師ではなく薬剤師です。常に医療現場にいる 本家本元は麻痺患者の前で立ちつくしているイメージしかないのは私だけでしょう か。
言い忘れましたが私は礒谷式を始めてまだ3ヶ月ですが先に言いました「動作法」 との相乗効果からか身体の線は非常にきれいになり「動作法」の先生が驚いていま す。
自覚症状としては更に麻痺側の緊張が弛んで来たように思います。同時に悩み続けて きた右がわの首の凝りが解消してきました。
●礒谷式力学療法・連絡先
〒164 東京都中野区中野2−11−2 サン中野マンション6F
03−3384−1549(治療所)
03−3229−1549(学院)
☆全国各地に指定治療院があります。上記にお問い合わせ頂くのが良いと思います。
以上
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