シゲささん、こんにちは。
私は、両親が脳出血と脳動静脈奇形のために障害者になった その娘です。
このたび偶然こちらのページを拝見しました。父がその奇形のために手術か死か、という選択を迫られたとき、 私は5歳、父は33歳でした。
今、その時の父の年齢と同じ年になり、 彼の無念を思いました。母がそんな父を支えながら私たち子供を学校へやるために 無理を重ねた結果の過労から倒れて、
目を開けることすらできなかった脳出血から生還したのが、 私が結婚した年でした。
彼女は私の名前を今でも言えません。
本当に童女のようになってしまいました。
私のことを自分の妹の名前で呼びながら、 本当に清らかな笑顔で私を見ています。
彼女の辛かった人生を思います。
こんなきれいな笑顔をよくぞ忘れないでいたものだと。父が退院し、 毎日家でリハビリをしていた姿は今でも忘れません。
体を自由に動かすことがこんなに大変なことだと
教えられました。
小学校に入ってすぐだった私は、 正直言って父のことでいじめられそうになったこともありましたが、 毎日涙を流しながら体を動かそうとしている 父の姿を知っていましたから、 そんな父を馬鹿にしようとする何も分かっていない同級生と、 本気で何度も喧嘩しました。負けてはいけないと思いました。
いっぱいたたいてやりました。
いっぱい蹴っ飛ばしてもやりました。
こいつらより絶対偉くなってやると、心に誓いました。
私の親は何も悪いことをしていない。
ただ、病気が人よりはやく来てしまっただけ。
大切なのはそれを乗り越えようとしている真剣さ。
だから、よく知りもしない同級生や、
その両親の無神経な言葉が許せませんでした。こちらのHPを拝見して、
25年も前の自分のことをふっと思い出し、
何か書かずにいられない気分になりました。
突然の書き込み、失礼しました。4/7
こんにちは。
シゲささんのお返事、本当に何度も肯きながら読みました。
そして、 書かせていただいたことで、 気持ちがすっきりしました。シゲささんが書かれていた言葉、 私もよく思っていました。
この病気、この症状は、
決して特殊な人間だけのものではなく、
どんなに今まで健康な生活をしていた人間にも、
突然降りかかり得るものなんですが、
そのことに気が付かずにいる人が多いようですね。
私の場合はもう25年も昔のことで、
障害者に対する認識が今ほど浸透していなかった、
そんな時代のことですが..。シゲささんにもお子さんがいらっしゃると 書いていらっしゃいましたが..
きっと、お父様の背中から、 たくさんたくさん、素晴らしいことを学んで 大人になっていかれることと思っています..。両親がからだの自由を失ってしまったことは
本当に無念なことでしたが、
子供として、そういう両親のもとで大人となったことを
私は大切にしていこうと思ってました。シゲささん、
どうぞお体、ご自愛ください。
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