体験記 りょうこ様投稿

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平成12年 3月21日
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3月20日

初めまして。
私は19歳の りょうこ と申します。
私も一昨年の9月に脳出血になり、入院しました。
左脳の視床下部にゴルフボール大の出血でした。
アンギオ(脳血管撮影)を2回しましたが、原因がわからず、今に至っています。
19という年で脳出血になるのはとても珍しく、脳動静脈奇形という ものの可能性があったのですが、結局見つからずじまいでした。
右半盲でしたが、今では治りました。
貴方のホームページをみて、同じ時期に同じ病気になった ことを知って、とても驚きました。
今は、たまに脳が異常に傷む程度で、病院にはたまに脳ドック に行きます。
私は一体なんだったのかと不安でしかたなくなる時もあります。
頭痛がすると、またなったのではと思います。
これから、将来結婚して、子供をうむ時に、何か不便でもあったら どうしようと心配です。
てんかんになりやすいと聞いたのですが、よくわかりません。
痙攣止めを飲むと、妊娠した時困るとか医者に言われました。
今のところ痙攣はありません。
頭が痛くて痛くて眠れない日もたまにありますが、これは 後遺症なんでしょうか?
わたしは、出血した日に、受験勉強をしていました。
クラゲのようなちかちかした物体が目の前に現れて、右半盲になったので 母にいってバファリンをのんで寝てました。
気ままなもんで、次の日も、マンガを読むこともありましたが、 またちかちかクラゲが出てきたので病院にいきました。
吐きそうになったのですが、タクシーに酔ったのかとも思えたので そのまま内科にいきました。
すると、目の前が真っ白になりました。意識はありました。
頭がぐるんぐるんと回る感じでたっていられませんでした。
即入院になり、私はナースステーションの隣の部屋に入れられました。
熱がでて、頭が割れそうで、おでこがずきずきして、寝られませんでした。
自分は死ぬのかなと思いました。
色んな人の顔を思い出して、涙がでました。
でも、生きていられるのなら、どんなに痛いことも頑張るから元気になろうと 思いました。
私は人一倍臆病者で注射がこわい子だったのですべての検査が 最高に苦痛でした。
アンギオ(脳血管撮影)の検査は、あまりに恐ろしくて眠らせてもらいました。
先生がとてもやさしい方で、お兄さんみたいに頼れる方でした。
だから私はいっぱいわがままを言って困らせてしまいました。
脳外科なので、病室には高齢者の方でいっぱいでした。
でも、色んな出会いがありました。
ひとりのおじいさんと仲良くなって、夜眠れない時は二人でロビーで話したり 一緒にご飯を食べたりしました。
そのおじいさんも、退院したので、何度かおうちに遊びに行きました。
一人暮らしのおじいさんは、私が行くととてもうれしそうにしてくれました。
他にも、隣のベットのおばあさんと、話をしたり、普段お年寄りとの 接触がない私にとってとても刺激的な毎日でした。

私は、入院生活でいろいろな事を学びました。
病気になったからこそ見えてきたもの。
健康であることの大切さは健康である時以上にわかりました。

脳出血になった方々のことを聞くと、自分の事のように思えて仕方ありません。
私は今、こうやって、元気にくらしています。
脳出血になった皆さんへ・・・病気になんて負けないで頑張りましょう。

私は、病気の為に自分の夢(行きたい大学)を捨ててしまいましたが、
また、これから別の夢を探していこうと思っています。

それでは、また。

3月21日

私のでよければ、どうぞ使って頂きたいです。
そして、これからも、しげささんのホームページに遊びに行きたいと思ってます。
私の場合、この病気になってからは両親に「健康でいればそれでいい」 と言われ、気楽な人生を勧められてきました。
だから、今楽しく生きようと思います。
先のことを考えていくよりも、今どう楽しもうか考えている方がいいです。
サイモンバーチという映画に出てくる障害者の男の子がこういっていました。
「神様は何か計画があって僕をこんな体にしたに違いない」 私も、病気になってからは他人の痛みがわかるようになりました。
きっと、私に足りないものをきずかせてくれるために、神様が仕組んだ 計画だったのかなとも思いました。
とにかく、暗い気持ちでいるよりも、笑っていた方が楽しいです。
それに、入院中ずっとベットから動けずにバルーンをいれたまま
トイレにもいけなかったあの頃思ったのは
「普段何気なくしているトイレとか、お風呂とか、とっても幸せな事なんだな」
と言う事でした。
ずっと何日も入れなかったお風呂に入ったとき、なんて気持ちがいいんだろうと 思いました。
バルーンが取れて、車椅子でトイレに行ったとき、やっぱり自分の力で排泄する のはいいなと思いました。
こんなことで喜びを感じれるんですから、人間何が不幸かわかりません。
病気になってから学んだことはいっぱいいっぱいあるので
書けば書くほど書ききれないのですが・・・。
同じ病気になった皆さんにも、明るく頑張って欲しいです。
私は今行きたかった大学とは別の大学に行っています。
受験はしないで推薦で入りました。
それまで医者になりたかったのですが、自分には精神的にも
体力的にも無理と言う事がわかってあきらめました。
でも、今別の夢を探そうと頑張るつもりです。
欲張らないで行きます。
しげささんは私の両親に近い年齢であられるのですね。
親の立場と子の立場。
私はこれ以上親不孝はしないようにしたいです。
頑張りましょう!

  それではまた・・・。

   りょうこ

 


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