冷たい、寒い、震えが止まらない、ブルルルルルブル。ベッドに横になったままでスイッチオン。カチカチカチカチ山ボオー、スー。やっと付いたか我が親愛なるストーブよ。苦しゅう無い予は満足じゃ。時計はやや6時頃、後は1時間でも2時間でもベッドに潜ってよーっと。
毎日毎日気楽じゃわいこんな生活。喜こんどるのか悲しんどるのかハッキリしない小生だった。半分眠ったところで付けっぱなしのテレビの時計を見ると8時15分になりつつあったのでベッドに座り直して彼の有名なNHKにチャンネル修正。「あそか」ではなくて「あすか」が始まる。NHKは怪我(脳の病気ともいう)をしてからは結構目を通すのである。「脳のリハビリにNHKをみなさい!」という通達が医師の方からあった、と言うわけではなかった。
”あすか”の年齢は小生とさほど隔たりがないと推察される。御歳38,39歳か?ならば差が有るではないかと言わないで下され、それしきのこと苦しゅう無い。6,7年留学した、間違えた、留年した同級生だと考えなされ。そんなことをしている間に(何をやったのだ?)”あすか”は終わったのでおもむろにベッドから立ち上がる、前にまず装具を装着する。スーと音を出しているのがストーブで、プーというのがオン・ナン・ラ。すみません、ウソです。の音を聞きながら一人黙々と装具を履きます。
1年と半年にもなってくるとマジックテープもどこかしら切なそうで、脛部分のスチールもくたびれていそうです。これってもし壊れちゃったらリハビリ科で直してもらえると思うけど、直してもらっている間自分はどうしていればいいのかな。まさか直るまで病院にいるなんて事はないだろうし、ましてや「5階の201号室あいてますから泊まっていって下さいね」なんて言われる事はないよな、絶対に。でも結構すぐ壊れそうな華奢な作りにしては意外に頑丈に出来ている。見直したぞ、装具丸。だが年がら年中身につけているから装具の香りと言おうか芳香と言おうか独特のにおいを放出しておる。ま、いいか、気にし出すとキリがないのだ。
装具を身に着けたらばベッドからスックと立ち上がり、そのまま暫く右足を伸ばしてから、おもむろに畳みに着地させる。すぐには足の裏が畳(和室の上のベッドで、和洋折衷ともいう)に着かないのである。笑うでない、障害者とはこうして人目に付かぬところで不断の努力をしておるのじゃ、偉いのう。
早速顔を洗いに和室を出て、長旅に出かける。徒歩で30秒、洗面所の前に立ち「ニいイ〜」っと笑う。ただ笑っているとアホに見えるが目の前には鏡がデンと備わっているので安心。右側の麻痺している口の中を舌を出して嘗めたりつついたり シャブッタリ、キイ〜ロイ歯。やはりベロ右半分感覚無し。口の中右半分無感覚。べろべろバーとやってみるも無感覚にして異常なし。唯一のメリットと言っては歯に申し訳ないが虫歯になっていても無感覚異常なし、心頭滅却しなくても火又涼し状態だ。
我が黄金の左手で歯を磨き、コップに水をくみ口をゆすぎ、顔を洗い、顔を拭く。いと悲し、そっと手を見る。も一つおまけに髭を剃る。顎下部分が非常に難関で時には血を流し、否血を滲ませながら地道な努力をするのであった。丹下サセンの気持ちが少し分かる。イヤ分かって欲しいのだ、健常者の丹下サセンさんに障害者の苦労を。
「そしてそれから」食堂否リビングというか台所へ行き、「ご飯まだ?」などと言うはずはなく一人孤独に包まれて「なんか無い?」と独り言を言い放つのであった。
子供ら2人は既に日本国憲法第26条 「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。 2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」 というれっきとした教育の権利と義務を果たすべく戦場ではなく学校へ行ったのである。約一名の男子は”非国民”などとは言わずお父さんお母さんを楽にしてやろうと思い(そのウソホントかあ?)その権利を行使して高校という義務でない教育を受けに行って今は居ない。そして妻は姿をくらました。パッと。あ、間違い、パートに行きました。
なんと暇なんだろう俺ってヤツは。本当は一杯悩み抱えているのだが誰も分かっちゃくれないので一人芝居をやるのだ。それでイイのだトホホホ。 まてよ、まずいなこれは。あまり変なことを書くと「頭おかし〜んでねーの」と言われてしまう。「私は頭は良くありませんが、決して頭は変ではありまシェーん」と大声で怒鳴れば、ますます疑われるか。ここは言わせておけ。ホッ手桶。←これは間違いではありません、いいのです
顔を洗い朝食(と言うほどのものは無い)が終わり、又長旅をして部屋に戻ることもあれば戻らないこともある。しかし「戻れない」ことはないのだった。片道30秒の道程を惜しんでも仕方がないのだが、そのまま台所でニュースペイパーと地元広告紙××タイムス(記事もある。記事が主体か?うーん、そうだよなあ、そうにきまってるよ。)に目を通す。
これは昨日(イエスタデイin English)何が我が日本国において勃発否起こったのかつぶさに観察する目的、で、は、なくて、失語症を克服するための教材として目を通すことにしている。克服の可能性は失語症のみ「可」であり、後は「不可」であり、「優」、「良」はない。入院当初、そして転院後暫くは「不可」であったがいまは「可」との中間に位置していよう、と思う、自分では、自分だけ、自分だった。
「普通じゃねーかい」と言われても「イヤ、そんなことねーせー」と言いながらも内心嬉しいのだが、得てして人の言うことは当てにならないということは身に沁みている。あまりイイ気になっていると留年の可能性もあるので要注意。コーヒーをすすりながら新聞を読むと言えば優雅な生活だ。が、すすりながらでは新聞を声を出しては読めない。すするか読むかのどちらかにしなければならない。仕方がないので声を出して読むことに専念して、冷めて冷たくなりしコーヒーは後の楽しみに取っておくのが常。
フツーに喋れることはフツーなのにフツーに喋れないことがフツーじゃないなんて。アレおかしいか? とにかく一人喋りをすることが日課です。STの先生が「ちゃんと毎日一人喋りをしなさいね!」と小生に厳しく命令を下した、なんて事はいまだ嘗て一度もなく、「どうやったらシャベれんだあ」といつも黙っていました。でも声を出すことも最高に重要だと考えています。
又失語症と構音障害の違いがよく分かりませんが、あの〜、字が違うってのはアチキにも分かりやすでガンス。 大脳の言語中枢は正常なのに単に口や舌の麻痺で喋れないのが構音障害というらしいが、するってーとナニカイ?大脳言語中枢が正常じゃーネーっツウことカイ〜。つづく
もうちょっと書かねばならぬか
起きて「あそか」でなく「あすか」を見る。というところはやったので着替えである。これって退院したての時の方がこまめにやっていましたが、次第に面倒になり、今ではパジャマんま。どこにも出かけない、出かけろと言う命令も下らない、誰も来ない、来るのは集金人だけであるからますますパジャマんまのいで立ちが役に立つ。
「あ、すみません。今誰もいないもので。」とパジャマ姿で玄関に出ると集金人は小生の姿を見るや否や「そうですか〜」と言って帰っていく、と思ったが甘い。集金して行くのであった。役に立たない。装具を着けたままズボンを履くのか装具を外したまま履くのかは決まっていない。装具を外したままズボンを履く方が履きやすいと言えるが、それを決めてもどうせ順番なんてすぐ忘れるからどちらでも良いのだ。ズボンが履ければ。
まずベッドに座ってパジャマをちょいと下げおもむろに立ち上がりてパジャマを膝まで降ろす。勿論黄金の左手一本で。その後座りて膝からパジャマを脱ぎ捨ててベッドの上にキチンと置く。自分で片付ける羽目になるから最初からキチンとしておくのだ。あーあ メンドウくせーベッドに腰を掛けたまままず右足をズボンに通すのだが、タイミングが悪いとせっかく膝まで上げたズボンが足首まで下がってしまい、その度に又膝まで上げる。ここで手際よくこなさねば多大なる時間のロスとなるのは分かっているのだが、やめられない、とまらない、カッパえびせんなのであった。
左はオッケー、次にズボンが膝上に来るようにしながらそこから立ち上がり開始、ウエスト部分に黄金の左手を当てながらズボンがずり落ちないようにして立ち上がり終了。立ち上がり時、「シュウワッチ」とかけ声を掛けるとなおさら良い。せっかく上まで上げたズボンが落ちないようにしながら今度はベルトを掛ける、と言うか穴に通すのだがこれが又超難関。超難関を突破すれば輝く栄光が君を待っているのだ。そう、キャリアのへの道が!そして図書券を賭けたと偽った?(図書券ってどこでゲンナマと両替してんだ?)接待麻雀が君の人生のささやかな蹉跌となるのだ。アーメン。
ざっと振り返ってみれば長い長い道のりではあったけれど(どこが長いッツウの)約10分、上半身を入れれば15分乃至20分というタイムは普通にかかる。それで良いのだ。着替えに徹すれば自ずと道は開ける・・きっと開けると思う、開けるはずだ、開くだろうな・・開けゴマー・・と頼りなくなる小生だった。 さわやかな朝の中で、そこはかとなく惨めであった。
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