過去ログ
 

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ストレッチ 投稿者:シゲ 投稿日:2002/10/25(Fri) 14:50 No.50  
この夏は殆ど毎日ウォーキングを続けた。その結果、血圧をはじめとする体調は良かったし、腸内の環境も異常なしだった。が、これからは冷たい野外の空気は少々苦手なので、家の中でストレッチ体操を主体とした運動を実践しようとおもう。

ベストセラー「脳内革命2」の著者春山茂雄氏はその本の中でこう書いている。
「ストレッチ体操は活性酸素を出さずに筋肉をつける方法である。ストレッチをやると成長ホルモンが出る。成長ホルモンが筋肉を増やす」
「筋肉が正常についていれば摂取カロリーの60%は(筋肉のなかで)燃焼する。筋肉が半分になると30%しか燃えない。残りの30%が全部脂肪に変わる」
「体重が1キロ増えると身体の毛細血管は100メートルのびる。そこへ必ず血を通さなければならないので血圧が上がる」

従ってストレッチ体操といって馬鹿にしてはいけない。老化説の一つでもある細胞を傷つける活性酸素を出さずできる運動ということで、年相応の運動です。

もっともストレッチ体操ばかりを推奨しているのではなくウォーキングにもかなり触れてはいるけれど、北国の冬は厳しいので戸外でのウォーキングというわけにはゆきません。


半側空間無視 投稿者:シゲ 投稿日:2002/10/01(Tue) 09:35 No.49  
視覚性注意機能や空間的認知に関与している右半球(右脳)損傷により、左側に意識が向かない状態をいい、例えば廊下を歩いているときに左側にある物や人に気づかずにぶつかるとか、絵を描く際に左側にあるものに気づかず右半分だけを書いて完成にするなどが具体的な例のようです。

これは右半球は右側と左側の全視野をカバー(注意)しているのに対し、左半球は全視野の右側だけしかカバーしていないからだという説からきています。これが半側空間無視の患者が右半球に損傷のある人に限られている理由だそうです。

以下のHP参照
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/3218/kurimoto.2.html



 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/09/09(Mon) 09:48 No.48  
上肢、下肢の屈曲または伸展の筋等については、次のHPが図解入でわかりやすいとおもいます。今ここの筋を伸ばしているんだな、とかがわかってリハビリテイションにも若干はりが出てくるとおもいます。


http://biking.taiiku.tsukuba.ac.jp/thesis/doguu/GR/GR.html




 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/08/30(Fri) 10:21 No.46  
発病してから今まで、朝と夕には必ず処方された通じ薬を服用している。
まじめな性格故かなかなか止めることができなかったが、その薬を飲んでいると必ず朝は下痢気味になる。
必ず通じはあるが毎日下痢気味なのには閉口し服用を止めたこともあったが、途端に便秘になる始末。
そんなわけで毎日欠かさず飲んだが、最近になってこんな事ではいけない、と再度考えを改め、朝夕の2回を1回のペースに変えてみた。

それと同時に仰臥しているときにお腹を右から左へ適当(のの字を書くように)にマッサージをするようにした。特に朝目覚めたときには念を入れてマッサージをする。
まだ実行してから日は浅いが下痢気味なのはほぼおさまり、まあまあ順調なフンイキである。

無理矢理リキムのは血圧を上昇させ非常に身体に悪いし、再発のおそれもありうる。それに対処するには充分なマッサージによって大腸から直腸までの通りをよくしてあげるのがベターだ。今は朝に1袋の酸化マグネシウムの薬だが、ときには2袋に復活するかもしれないが当面は1袋定着が目標だ。

また、健側の手でお腹のマッサージをするときにパンツのゴムが指に当たってスムーズにいかないことの防止と、何より自然体が通じには良いと判断し、ときにはパンツを脱いで寝ることにした。

ところで今服用している痙性麻痺緩解剤について調べてみた。「いまだにキチンとこれを飲んでいるの?この薬は減らせたら減らした方がいいよ」と最近になって今かかっている医者から言われたので気にはなっていたのだが、これが調べてみたら副作用はじめ良いこと無しのとんでもない薬のようだ。筋緊張と拘縮がどうなるか不安ではあるが、できればこれは全廃したい。

薬の使用上注意事項の他に、第三者機関のコメント蘭というものが登場しても良さそうだが、期待値は限りなくゼロに近いか。
とにかく馬鹿真面目にただ医者の言うことばかりを聞いているのは考えものだ。自らの防衛が必要だ。







Re: 薬 シゲさ - 2002/09/05(Thu) 09:54 No.47  

1週間程度、筋の異常緊張を和らげる薬の服用をやめてみましたが、患側の上肢、下肢ともに動きがきつくなり、スムースに動作しなくなりました。
リバウンド(薬の投与を中止した後に、病状の悪化がみられること)があるから、急に止めてはいけないらしく、薬を減らすことで対処することにしました。
当面、痙性麻痺を弛めるには薬に頼らざるを得ないのかもしれません。


オウム返し 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/08/22(Thu) 13:49 No.44  
本や新聞等に目を通しながらその内容を理解することについてはさほどの困難はない。またテレビ・ラジオから聞こえてくる人の会話なども患側の聞こえが悪い点をのぞけば、病気になる以前とその理解力において何ら変わるところはない。

一方、本などを音読するとろれつが回らなかったり等するが、突っかかりながらも声に出して読むことが出来る。当然スピードは遅く、声帯からの声もかすれ、聞いている人にとってはもどかしく思うはず。
それは仕方がないが、それよりも活字を通さず(見ず)に人の喋った言葉のすぐ後からその真似をして繰り返すことが、残念ながらうまくできない。

例えば、ラジオから聞こえてくるアナウンサーの声に続いて同じ事を言おうとしてもうまく言えないのである。黙って聞いていれば80%理解(後の20%は耳の聞こえが悪かったり、内容が高尚すぎるためか)できるのに。

今までこうした症状を余り気にかけないできたが、聞いた言葉をそのまま口答で再生することが出来ないという、復唱の障害というものがやはり存在するらしい。
その原因について私はよくは解らないが、第一にそもそも発語自体がスムースに出来ないと言うこと、つまりブローカ失語(運動性失語)だからではないか。このブローカ失語は右片麻痺特有の合併症として存在し、非流暢な喋り方になる。従って非流暢だから後についていけない(スピードについていけない)から復唱出来ない、とおもうのは当然だろう。

第2に、語音の認知の障害がある。言葉を聞き分ける能力(語音明瞭度)の障害である。音としては聞こえるが言葉としてははっきりと聞き取れないと言うことに関係があるのではないか?
つまり聴覚の問題だ。それも外耳、中耳ではなく、内耳から聴覚中枢の障害(感音難聴)ではないか。
 ーー患側の耳というのか頭(脳)というのか、何かがかぶさったように重いのが常だ。それに実際健側の耳をふさげば患側の耳の悪さが自分でもわかるがーー

つまり耳に聞こえた音を、言葉(意味あるもの)として理解できるまでの時間が想像以上にかかりすぎ、発語しようとしてもその正常な連続的直感感覚が阻害され復唱できないのではないだろうか?

ともあれ失語症のある右片麻痺者にとっては、簡単そうでいてなかなか出来ないものの一つが復唱だといえはしないだろうか。


Re: オウム返し シゲさ - 2002/08/24(Sat) 19:48 No.45  

復唱・・命令を確認するために、それを繰り返して唱えること。

国語辞典を開いてみましたら、上記の意味でした。
ということは、私の言っている復唱の意味が少々おかしいと思いました。と同時に4年前のSTとのリハをおもいだしました。それはSTが短い文章を読み上げてから、私はそれを間違いがないように口に出して言う事、つまり唱える訓練でした。
実はそれはできるのです。できないのは人が喋っている言葉を聞きながら同じ言葉を唱えること、なのです。それができるようになるにはこのボカンとした頭の右側が正常な状態にならないとだめだと思います。当然喋りも普通にできないと無理でしょうが。


あすなろ 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/08/11(Sun) 17:52 No.43  
片麻痺になったことをいくら悔やんでも麻痺は改善されない。
悔やむよりリハビリを続けた方がいい。発病当時は満足にできなかったADL(着替え、トイレ等の日常生活動作)もできるようになり、さらにリハビリすることによって装具、杖を手段として歩行ができるようにもなるだろう。さらには装具なしでも歩けるようになるだろうし、そして走ることも可能となるかもしれない。
言語障害などについても少しでも流暢に話せるようになろう。
それは果てしのない道のりかもしれないが、常に目標を持って生きることにもつながるだろう。

昨日散歩の途中「あすなろ」の木が植えてあるのをみた。その横には「さわら」が、そして「ひのき」があった。
「あすなろ」はヒノキ科アスナロ属ではあるが決してヒノキにはなれない、どんなに努力しても。
でもそれがわかっていても「明日はヒノキになろう」として今日も元気に生きている。

僕はこの「あすなろ」の生き方に負けまい、と思うのだ。


 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/08/10(Sat) 10:23 No.42  
髪の毛にも白いモノが混ざりロマンスグレーになるかと期待したこともあったけど、その前にほぼ100パーセントの確率で毛が無くなるだろう。その抜け落ちた数本か数十本の一本を拾い上げてじっと見つめる。想像以上に細い物体だ。
これと同じように細い血管が脳の奥深くを走っている。
その中枢部の内包というところの血管が高血圧等によって出血すると、そこには運動神経繊維が集中しているため片麻痺の障害が生じてしまうらしい。

こんなか細い毛ほどの血管が瞬間的に「プチッ」と切れただけで長年培ってきた人生や生命を奈落の底に突き落とす。非情だ。
しかも出血の部位が、例えば脳幹とかになれば最悪脳死、死ということになるという。
今こうして居られるだけでも、とりあえずは感謝したい。


 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/08/07(Wed) 14:37 No.41  
薄暗い静けさが立ちこめ、小さなプラネタリウム館にいるような錯覚に襲われます。正面の一点を凝視して視界外から降ってくる流星(光指標)を片目で感じて視えたら、手元のボタンを押します。それを何十個、何十分も続けたら反対の目と交替して同じ事を繰り返します。こうして深い疲労とともにこの検査を終了します。

この検査は視野検査です。右目の視野がちょっとおかしいかな、とおもい入院中に検査をしてもらったのです。

正常な人の視野は、片目で前方を視ているときに上方60度、下方75度、同側100度くらいらしいのですが、検査の結果はそんなにはありませんでした。

脳卒中の後遺症に同名半盲というのがあるようです。この名のように半盲といえば半分は見えないのか、と思ってしまいますが、どうも例え右または左の1/5の視野が欠損していても半盲というらしいです。これは右半球の半側空間無視という症状とは全然別物です。



シツゴ 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/08/03(Sat) 12:50 No.40  
仕事の帰り道、公園で散歩という名のリハビリをしながら、日の暮れるのを待ってから帰宅しています。
先日の「二〜」の歩き方は今はやっておりません。今度は患側膝を前に出す意識より後ろ側に蹴る、というのか引く意識でやっています。またすぐに変わるでしょうが。

ところで失語症関連語に「喚語困難」というのがあります。「言葉を想い出しにくい」という症状です。例えば「さ」で始まる花の名前を3分間にできるだけ多く言え、というSTの指示の下やらされた昔懐かしいやつです。ST(言語聴覚士)が付いてリハビリをやった人なら経験があるはずでしょう。
時間制限付きでいざ「言ってみなさい」となるとなかなか発語しずらくて、「あれあれ、あれなんて言ったっけ、あれなんだけどなあ」と心の中で想う症状です。2,3の答えはすぐ言えたとしても、次の答えは頭の中ではイメージとしてはあるのですが言葉にならなく、後が続かなくてもどかしい症状とでも言ったらいいでしょうか。
答えを聞けば「そうそう、それっ、それっ」と反射的になるのが常ですが。

この喚語困難という症状は、健忘性(失名詞)失語、ブローカ失語、ウェルニッケ失語、全失語の全部に共通した症状らしいです。

それから自分の意図した言葉と違う言葉とか発音をしてしまう症状は「錯語」と言います。「錯誤」ではありません。これもそんなことはないだろうと思っていても、相手に指摘されることがあります。滅多にはなくても大切な事は話す前に一度復誦してから話すことにしています。

程度の差はあるにしても以上のような失語症の症状が僕にあると客観視できるのです。そこで上に掲げた失語症の内いずれに該当するのか考えましたが、大脳のブローカ領域に関わるブローカ失語=運動性失語であると自己判断しました。
もっと自分の症状にピッタリくるように(納得できる)ように解釈すれば口腔内右側麻痺による構音障害を伴った喚語困難とでも言ったらいいでしょうか。これにプラスして若干の音声障害(小さな声はかすれたり)が重複しているようです。




最近の一考察 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/07/21(Sun) 13:50 No.39  
歩行の際、オイチ、ニッ、のタイミングになっていないことに気がついたのは今に始まったことではなく、リハビリ当初の歩きからです。

オイチ、ニ〜(ニッにならない)のニ〜で無理に患側の足を前進させようとしているのか、または患側の足をそれだけ長く持ち上げているので結果的に歩くには楽な姿勢になっているせいなのか。

そこで散歩しながら考えました。当たり前のことですが患側の足を速く下ろせばいい。患側の足を上げたらそのまま同じ場所に踏み下ろすような気持ちでやってみる。
以外に「ニッ」のタイミングに近くなった。
当分この感覚で練習してみたい。

その二

階段を下りるときに患側の足首が曲がらないので、健側の足を先ず下ろし、同じ踏み面に患側の足を下ろす。この繰り返しで階段を下ります。
これは患側の足首が曲がらない限り仕方のないことですが、最近の公園の中には障害者にとっては練習台になるような手頃な階段がでてきています。
これは高齢者、障害者の住宅アプローチには望ましいとされる勾配の緩やかな階段ですが、これなら左右交互になんとか杖を使って下ることが可能となる人がいるかもしれません。

昨日の散歩でおっかなびっくり練習してみましたが、非常に不安定でしたが何とか交互に下ることができました。ただし格好を別にすればですが。

多分に危険を伴いますから失敗しても下側で受け止めることができる力のある介助者が必要でしょう。よって無理をしないでください。


インフォームドコンセント 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/07/15(Mon) 11:03 No.38  
これは「説明に基づく同意」と訳されています。
医師は病気の内容、これから行う治療法、治る確率やその治療の問題点、危険性などを患者に十分説明し、同意を得ることが求められています。

インフォームドコンセントを巡る病院側と患者側との争いが頻繁に報道されるようになった昨今です。

4年前に脳神経外科病院で脳の手術を受けた女性が最近「手術の危険性について十分な説明を受けておらず、また手術そのものにミスがあった」として、その医療法人と同理事長を相手に1億円余りの損害賠償を求めて訴訟を起こしたと新聞にありました。

裁判では、施術までの経過、代替措置の可能性、相当注意義務遵守の有無、オペミスの有無、後遺症の可能性を包含したインフォームドコンセントの事実の有無が問われるはずです。

「手術の危険性については十分説明した。手術にミスはなく後遺症との因果関係は認められない」と病院側は反論しているそうです。

裁判官がどういう証拠、事実関係でどういう事実認定、判決を下すのか裁判の行方が気にかかります。

4年前彼女は手術を受けた病院を出て訴外病院に移りましたが、たまたま私もその訴外病院へ転院した時期でした。だから彼女ともよく顔を合わせましたので何か他人事とは思えません。
長い道のりになると思いますが頑張って欲しいものです。


悪夢の日から6年 投稿者:いのちびろい子 投稿日:2002/06/28(Fri) 23:43 No.35  
私は6年前の5月26日にひどい頭痛に襲われ救急センターや救急病院にたらい回しにあい、主人と姑の知っている脳神経外科でやっとクモ膜下出血とわかりすぐに大きな大学病院に救急車で運ばれて、27日の夜遅くに、手術となりました。その日から2人の子供とは会えず辛い治療生活となりました。早く治る為に必死でした。食事も吐いては食べ吐いては食べ、痛い脊髄注射、これは半端な痛さではありませんでした。おかげですばらしい主治医にもめぐまれて後遺症もなく今現在なにもなかったかのように過ごさせてもらってます。助かる率は50%でした。再び命をもらったと思って今から大切に生きて行こうと思ってます。




Re: 悪夢の日から6年 シゲさ - 2002/06/29(Sat) 17:57 No.37  

いのちびろい子様
急病なのに救急センターや救急病院をたらい回しにされるというのは、患者としてはとうてい納得がいかない処置ですね。そして助かる人も助からないとなったら、助かる率以前の問題ですよね。
今朝もある有名大学病院での手術ミス(業務上過失致死)と証拠隠滅の疑いで医師2人が逮捕されたと新聞報道していました。こういう事件も腹立たしいですが、患者さんのたらい回しも何とか無くして欲しいものですね。
脳障害は時間との戦いでもあるでしょうから。




初めまして 投稿者:仏法僧 投稿日:2002/06/28(Fri) 10:55 No.34   HomePage
シゲささん、初めまして。仏法僧といいます。
ある人からこのサイトを紹介してもらい訪問させていただきました。
現在65歳、昨年6月に脳梗塞になり、治療のための入院と、リハビリのための転院で6ヶ月あまりの入院生活を送りました。
左脳の脳幹近くのラクナ梗塞ということで、右半身に麻痺が残りました。下肢の方は杖を突いては歩けるようにはなりましたが、急な坂道はかなり支障があります。
右上肢の機能はほとんど回復しておりません。
私の場合は右片麻痺ですが幸いのことに意識障害や、言語障害はほとんどありません。
私もホームページを持っていますが、初めはボケ防止のつもりではじめましたが、今では後遺症との闘病記録のようなものです。
過去に拘るつもりはありませんが、発症以前の自分を少しでも取り戻すことを目標にしています。
車も今年の2月から片手で乗るようになり、今月初めには家内と1泊の旅行にも行ってきました。
片麻痺で結構やれるものです。また訪問させていただきます。


Re: 初めまして シゲさ - 2002/06/29(Sat) 16:53 No.36  

仏法僧様、奥様とのご旅行は如何でしたか?
去年の今頃はきっと今のようなご自分が想像できなかったことでしょう。車の運転も然り。
>片麻痺で結構やれるものです。
そうですね、お互い頑張りましょう。

ところで今日は一日中PCに引っかき回されています。またまたリカバリーし直している最中なのですが、これもボケ防止には良いのでしょうが、血圧にはちょっと(だいぶ?)悪いみたいですね。


まだ宵の口 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/06/20(Thu) 10:45 No.33  
昨夜、カタルシスの涙で製氷しておいたロックを今夜は一人で飲もうか。
四苦八苦で36&72、そうさつまみは108の煩悩でいい。
酔いはまだまだ悟りへの道は遠い。
知る、分かる、理解する、サトルの道程だと誰かが言ったっけ。

ピタゴラスの定理は?ターレスの定理は?ヘロンの公式は?
この命題を証明せよ、か。キツイなあ。

何、オールジャパンが負けたって?インド人もびっくりゼロの発明。
負けるが勝ち。

今何時かな。まだ酔える時間有りか。

小人閑居して不善を為す。これを証明せよってか?
でも、デモでデモンストレイション

こうしていると五体満足なのになあ。


鶴本直 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/03/15(Fri) 11:29 No.30  
 第3者が片麻痺の人の姿を見ると「何で手足が自由に動かないんだろう?腕なんかちょっと伸ばせば真っ直ぐになるだろうし、足首とか膝も意識して動かせばすぐ屈伸とかもできるのに」なんて思っているだろうけど、その「ちょっと意識して動かす」ことが楽に出来れば障害者にはなりません。自分の指をジッと見つめながらおもいきり意識して動かそうとしてもピクリともしません。そのうち指先がグッと縮むだけ。足首を上下に動かそうと椅子に腰掛けたまま足首を見つめても全く反応なし。いやはやこれが脳出血の後遺症というもの。それというのも脳からの指令がうまく伝達されないからでしょう。
 ところで昨晩、「3年B組金八先生」で鶴本直(女子中3)のことをクローズアップしてやっていました。毎回彼女の事(姿というか問題点というのか)を少しづつ小出しに映し出してはいましたが、昨日は一気に真正面から取り組んでいました。つまり彼女は「性同一性障害」という障害を抱えていたのです。体は女性だが脳は男性という障害です。脳は男性だから、自分の胸が膨らんでいたりペニスが生えてこない事に強い不快感がある。脳が体をリードしているから当然でしょう。自分の意志通りになっていないことえへの強い苛立ち、焦燥感。
 翻って我が身に照らし合わせてみると、障害に違いはあっても「脳と体」という点でおおいに共通がある事が解りました。
 鶴本直(上戸彩)のような障害を理解できる社会に早くなれ。
拘束ない 投稿者:シゲさ 投稿日:2002/02/26(Tue) 16:37 No.29  
ベットで寝たきり状態のまま生活をさせるのが本人にとってはベストなのだ、という思いこみ或いは患者らにそう思いこませることが長い事その病院の医師、看護婦、療法士等の歴史的伝統になっているのか、または患者が積極的に動き回って骨折などしてもらっては経営上のデメリットというのかありがた迷惑なのか、はたまたそうした患者に対する接し方の知識不足、経験不足、療法士不足なのか、ただの面倒くさがりなのかは分かりませんが、かように自ら信じているような病院に一人のリハビリ医師(女性)が乗り込んでゆき、これまでの思いこみ?を打破するかのごとく改革を始めた様子をTVでやっておりました。
その結果短期間の内に歩いて退院することができる患者が増えたそうです。TV画面を見る限りみなさんご高齢で決して歩きも楽そうだとはいえませんが退院するときの笑顔が印象的でした。
拘束しない事が梗塞等には良いみたいです。






即停車 投稿者:管理人 投稿日:2001/11/29(Thu) 11:55 No.26  
昨日の地元新聞に、68歳の男性が交差点近くの中央分離帯に運転していた車両を乗り上げ死亡していた、と書いてありましたが、僕と同様に運転中の脳出血だったらしいです。
大変残念な事です。
でも人に衝突しなかった事は幸いでした。もしも人身事故でも惹起していたなら・・と思うとこっちも辛くなります。
運転中「変だな」と感じたらウィンカーをだして即停車。もちろん安全を確認しながら。
他によい方法があれば良いですが、人身事故を起こしてからでは取り返しがつかないことにもなりますから呉々も運転には注意しましょう。


Re: 取り返しの・・ シゲさ - 2002/01/14(Mon) 10:21 No.27  

親の遺言で「保証人にはなるな」というのがよくありますよね。この保証人とは連帯保証人のことだと思いますが、言わんとすることはよく分かります。主たる債務者が債務を弁済できなければ借金をしたわけでもない連帯保証人が、債権者の請求に応じて全額弁済しなければならないというものです。そしてその連帯保証人の地位も相続されるのです。自分が死ねばそんな地位なんか消えちゃえば良いのですがその連帯保証人の地位は相続人、例えば妻子に受け継がれることになっています。その後ある日突然連帯保証人になっていることを知らされ、借金を返してくれとなったらどうしますか。当然金額の多寡にはよるのですが。

一方、自分が事故を引き起こした場合、当然被害者に対して損害賠償をしなくてはなりませんが、運悪く自分も死亡してしまった場合には、連帯保証人のケースと同様遺族がその賠償義務を相続することになると思われます。そうです、妻子には本来全く責任はないはずなのに、自分が亡くなったとたん賠償責任だけは受け継ぎます。そうなったらやっぱり死んでも死にきれないのではないでしょうか。
「取り返しの付かないこと」とはそういう意味です。