暫しのショックがあったけれど医師は続けた。「でも今は殆ど綺麗になっていますよ、ホラッ」と言ってもう一枚の写真を僕の目の前に差し出して見せた。白が殆ど無くなっていた。あの白は何処に行ってしまったのだろう、あの血の塊は。
兎に角それらの写真を脳裡に焼き付かせた。その後その白い影は脳の左側(左脳)だと自分で得心できたのはもっと後になってからだった。頭が重く感じられるのは右側だから、まさか左脳が障害をうけているというのは信じ難かった。ともあれ麻痺は右半分だけれど脳血管障害は左という、何ともややこしい事になっている。脳ダメイジは麻痺している半身と逆側になるということは脳出血で倒れる前には知識として常識だった筈なのに、実際自分が当事者になってみると全てが「当たり前、常識」と簡単には割り切れない、と言うことが遅ればせながら実感として分かった。
因みに麻痺部分は半身全てに及ぶから、例えば右麻痺だったら頭もボディも全て右が麻痺になり、脳は見えないけれども左が障害を受けていると言うことだ。この辺は体験者でないとなかなか理解しがたい部分だと思うが、そんなこと体験すべきじゃあない。
ところで右脳と左脳のそれぞれの得意分野は何か(逆にいえば不得意な分野は何か)一応脳血管障害者としては気になるので簡単に調べてみた。
我々は赤ちゃんの時には主に右脳が働いて大きくなるにつれ左脳が働いてくるという。「三つ子の魂百まで」と言う諺通り、最初は視覚と右脳の働きによって人間としての基礎的な分野にして大切な育成時期(言葉にならない言葉の世界)が支配し(すなわち3歳頃まで)以降左脳の活発化により言葉をはじめ、知性とか論理性とか要するに表面意識面で利発になってくるという。
また同じく音楽的(右脳)なことは言葉を覚える以前から体得しリズムや旋律を取ったりするが、その後知性や理性を伴う言語活動が始まり又年老いてくると言葉の方が一歩早く衰え、音楽的なことの方が後々まで脳活動するという。所謂ボケても歌が唄える等だ。そんなわけで最近では音楽療法士の癒しも世間から注目され始めてきている。
音楽は音楽でも脳にとって良いのはクラシックだそうで、脳波がアルファウ波となり(瞑想状態)特に天才モオツァルトの曲が脳には優しいと一般的には有名、だけど自分はクラシックを解さず専ら演歌フォウクを好む。まさに迷走状態には違いない。
仄聞なのだけど右脳の記憶容量は左脳の100万倍だという。飽くまで仄聞で例によって科学的根拠なんか無い。100ギガの記憶容量なんてものじゃあないし、ましてや鉄腕アトムの10万馬力とも違うし、100万倍はすごい。何がスゴイか詳しくは全く解らないし簡単にしたって分からないが、兎に角大変なことになっており脳血管障害を知る者としては何となく頼もしくも心強くも感ずる数字だ。
そこでもし理性や知性、数学や論理が苦手ならば、得意だろう筈の右脳の想像力や直感力で左脳の力不足をカバゥアしたいものだ。
昔中学の担任の本多先生は主に美術を受け持っていたが、事も有ろうに数学まで受け持っており、そして全然畑違いの教科を楽しそうに教えていた。ある時先生が言った。
「皆さんもやってごらんなさい。数学で解らないところがあったらくよくよ考えずに寝ちゃうの。ただし眠るときには必ずメモ用紙を枕元に置いておく。すると夜中にフッと目が覚めたときに解らなかった数学の問題がスラスラと解けることが多いの。それを忘れない内にメモる。これが案外と正解なんだ。先生なんかこのやり方で何回も助かったよ」
何が助かったのかは記憶にないけれど、これは想像力とかインスピレイションが何の束縛もないとき深く発揮され、従って左脳の得意分野とされる数学でさえも右脳のインスピレイション力に依って解決されるという一例ではないかと思う。本来なら左脳で解決すべき問題を右脳にすり替えて解くということで応用が利くかも知れない。
で今ふっと疑問に思ったのだが、それは「利き腕交代」と同じじゃないか、と。麻痺した本来の効き腕復活を諦めもう一方の腕を利き腕に変えてしまうことだが、まあいいか。
インスピレイションをバックボゥオンにした緻密な論理構成が変幻自在、融通無碍に駆使できれば良いけれど、そうなると「もう昨日には戻れない」脳血管障害者じゃあなくなるから今暫くこの夢世界に留まろうかとおもふ。
ついでに言語障害も右麻痺には圧倒的に多い。それは「右利きの97%、左利きの50-60%において言語機能は左半球優位(左脳)といわれている」からだろう。「大脳の前頭葉にある運動言語中枢周辺での障害が運動性失語(ブローカ失語)を引き起こし、側頭葉の上側頭回後部(感覚言語中枢)でウェルニッケ失語が、弓状線維束障害で伝導失語が生ずる」という。 失語症と言ってもこのように障害部位によりそれぞれ違い、障害状態もさまざま。詳しくはこちらで→http://www.nmt.co.jp/~shichijo/aphasia.html
言語障害と言った場合、失語症と構音障害を含んだ概念らしいけれど、自分には甘く「ろれつが回らない構音障害」ではないかと思ったりしたが冷静に考えるとほぼ違うと思う。簡単なテストでは「構音障害」って言うのに該当するけれど。→http://www.nmt.co.jp/~jiyuukai/gengoryouhou.html
しかし「はじめに言葉ありき」とはよく言ったものだとおもう。まあ日本人には「以心伝心」という伝家の宝刀が伝統的にあるのだから言葉なんか要らないよ、と言う人も中にはいらっしゃると思うけれど、大抵はそのテレパシーは特定の間柄にしか通用しないし、やはり言葉の持つ意味は重いものがある。そうは言っても言葉にならない言葉、つまり、言葉という表面意識の産物より深い意識層に埋もれた思い(想い)の方がなお一層重いものが有ると思うのだ。
(自分が右麻痺なので左麻痺の人には偏見だと思われる事柄があったかも知れないけれど、意図的なことではないので勘弁して欲しいと思う)
それに付けても色々と言いたいこともあろうかと思うが、私に一言だけいわせてもらいたい。
「ねぇドラえもん、倒れたら無言通信ボを出してよぅ」
ボ、はボタンの略だがいざ倒れたときにはボタン一つでOK、周りに人がいなくても無言「・・・」で確実にしかも迅速に119が来ると言う優れ物。
無言というところがポイントで、実際倒れたときには一時的にせよ口など効ける物ではない。無言なんだけれどヘルプの信号が119へ勝手に飛び、且つそれを受けた119へは場所、時間、電話番号等の情報が自動的に送られてくるので無言通信ボに対する絶対の信頼感がある。ただし取り扱いには呉々も留意したい。全ての対応時間は秒刻みで記録に残るため隊員はちょっと一服してから、なんて訳にはいかない。そんな悠長なことをしていれば即刻馘首だ。また一般人の悪戯は非常に高額な罰金を科せられることになっている。詳細は分からないが「5年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金」が相当刑かも知れない。人命に関わること故「無言通信ボ」はそう言う意味では恐ろしい代物なのだ。
似たような発明品というか品物はあるかと思われるが確実性迅速性正確性実在性網羅性明瞭性継続性単一性の原則が具備していないように思われリコォルの対象に数えられるのではないか。いやしくも真実信頼性が欠如しているとの風説も聞く。似たような品が有ればの仮定の話しだが。
兎にも角にも脳細胞組織が壊死してしまう前に手当をしなければならないから最低でも現場へは2,3分で到着しなければいけないのである。速ければ速いほど助かる確率は高くなり後遺症レベルもかなり抑えられ、結果重篤に陥らずにすむ可能性がある。可能性に一縷の望みを託さざるを得ない。
とすると「無言通信ボ」では無理かな。自ら病院へ直行するには「タケコプタァ」が有れば便利だろうけど「タケコプタァ」だと表面意識と無意識と平衡感覚が淀みなく作動していないと却って危険だ。119を呼ぶときは「無言通信ボ」で無言連絡し、それを受け119の担当者は通信場所まで「タケコプタァ」で上空より飛来し患者を病院まで空輸するという手方もある。ウルトラC級で目が回りそう。
本当は「どこでもドア」が有れば一番良いのだが満更漫画出品空想作品でもいけないしな。
だいたいどこでもドアが造られる時代には脳卒中なんて病気は今の水疱瘡とか盲腸とかこじらせた風邪みたいに考えられる世の中になっているはずだが(であればいいが)、ここは飽く迄リアリテェイを追求して「倒れたら無言通信ボ」で何とか対処できないだろうか。
こうしているあいだにも世界中の人々の嘆き声が聞こえてくるのだ。「もうムチャクチャデゴザイマスルうでございまするうウ、もっと真面目にヤレェイ」
「麻痺ののびのびたの真面目な提言」より抜粋。
血圧が高いことを自覚したなら降圧のための運動をするとか食事摂生とか塩分摂取に注意するとか大嫌いな病院へ診察に行くとか脳卒中とはどんな病気なのか概略を知るとか、そのくらいの努力はすべきだった。まあ何とかなるさと云った安閑とした態度では運命に与して貰えない。
こんな凡庸な中年男の自分が愛おしくはなかったのか。愛おしかったはずだ。妻子と共に些細な食卓を取り囲むことに大いなる至福を感じてはいなかったのか。いたはずである。
あ、いやあそのチョッピリ夕焼けが人の心を自虐的ロマンに誘ったもので、心にもないことを口走ってしまった。偶には何でも自分の所為にしてみたい気がするものだ、気が。
「知らなかったの愛したら〜男の人って強いのね〜」などと口ずさみながら、今考えると奥村チヨはいい女(ひと)だなあとおもう。知らなかったのか、そうかそうかそれじゃあ仕方がないななどと考えながら薄暗くなった小道を夕焼け空に向かって散歩するのであ〜る。あ〜許そう。
(注:自分に関してだけの戯言)