シゲさ
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8/21
バタン。新聞を読んでいる振りをしていてもぼんやり瞑想をしている振りをしていても何をやっていても
そうだけれど、突然こんな音がすると心臓が止まるかと思うほど喫驚してしまう。
バタンとは風で部屋のドアが卒然と閉められる音であったり、ときには誰かさんが
玄関ドアを開ける音であったりするが、勿論私を驚かせようとしての故意の行為ではない。
故意過失がなければ不法行為は成立しないからドアのバタンという閉まる音等により私がどうかなろうとも
一切責任の無い風であり誰かさんである。それをヒントにして完全犯罪を意図するのはちょっと短絡過ぎるが風は恐ろしい、
いや風じゃなく音とは恐ろしいものだ。
どうしてこれほど驚くのか、それは医者でなければ解らないだろう。
医者と言っても歯医者ではわからないだろうし整形外科医とか内科医とかでもわからないだろうし、
あまりにも細分化されたスペシャリスト達を前にただウロウロするばかりの自分が最後に辿り着いたのは、
「やっぱり聞くのは止めよう」だった。
脳神経外科、耳鼻科に行けばいいのだが行くだけ無駄なような気がする、何となく。
「ドアがバタンと閉まるとドキッとしてしまうんです、死ぬほど。先生何とかして下さい」
「大きな音には健康な人でも喫驚しますよ、ま注意して下さいね」
などと言われた日には、「唖然」。アカウンタビリティはどうなっておるのだ、キミ。と相手に聞こえないように言う。
もっとも懇切丁寧にレクチャアしてくれる蓋然性は非常に高いのだが、
それよりも件の足について質問した方が自分にとってはメリットがありそうだ。
そんなわけで音に敏感になりそれの原因と対策を知り得たという人がいらっしゃいましたらいつか教えて下さい。
ガシャ、ガシャン、今食器の重なる音がしたが自分には食器の割れる音にしか聞こえないし、実際の音より大きく耳に直截に響くようだ。
ガシャン。また神経に酷く障るのである。
8/13
夏の夕暮れ時、気持ちのいい涼風が吹き抜け、濡れ縁に立て掛けた葦簀を通し蜩の声が冴えわたる。
カナカナカナと行く夏を悲しむかのように鳴くが7月の初めから鳴いてはいる。カナカナは何時も8月終わりの頃ではなかったかな。気分的にはその方が風情がある。まだ盆だというのに実に寂しいような悲しいような嬉しいような、ちっとも嬉しくはないが、名残惜しそうに鳴く。
健常者だった頃四季の移りゆく姿は美しく感じ日本的美的感覚ある良識人としてはそれは至極当然で、障害者になった今でもやはり同じだ。しかし四季の中で一番嫌いな季節というものは誰にもあるものであり、自分のそれは冬だ。
健常者であった2年程前に同じ質問をされても冬は嫌いだなあ、とたぶん応えたろうが、その時よりは数段嫌いになった。寒いからが理由で反面相対的に夏が一層好きになった。一寸暑いが着物も少なくて済むのは有難いしなによりも筋肉が和らぐ。右腕は冬のきついL字型から夏のくの字型へと多少とも緩くなる。足の膝も冬のカチカチの棒足に比べたらどんなにか良いだろう。手足の感覚は無いのだが多少とも麻痺部位は気持ち良く感じる気がする。
美しく麗しい四季だが夏の始めと終わりで構成された一年を希求してやまない。此処だけの話、冬は要らない。少なくとも今は要らないのだ。
8/2
人間の体は60兆の細胞からできている。そして遺伝子が約10万個ある。普段、体の細胞中で働いている遺伝子は1,2万個くらい。遺伝子をまとめてゲノムという。遺伝子のひとつの暗号を1塩基という。ゲノムの暗号の数は32億といわれている。その解析もほぼ終わっている。
以上はある雑誌に書かれていたものだがもう当たり前の知識である(と知ったか振りをしてすまぬ)。
何故この病気やあの病気になるのかと言ったメカニズムや発病の予防、早期発見と攻撃防御退治法などについて今まで考えも及ばなかった方法での取り組みもなされるはずだ。
21世紀の黎明期に相応しい人類の叡智が開花するときだ。識者諸賢諸兄諸姉には頑張って貰いたい。果報は寝て待てと我が家では決めつけられている私だけの家訓だから私は寝て待っているつもりだが。
遠い将来にはサイボーグ誕生でやはり最初はロボコップが活躍するのであろうし又同時に不老長寿の薬というか科学技術というか医療技術にも繋がるのだが、そうなると哲学的問題も生じてくるだろう。つまり現在問題になっているところの意味とは違った意味での生きる権利の反対の権利。ドラゴンボールZで悪者が入手した7個のボールに願いを託したのは不老長寿だったが、あにはからんや永劫の生き地獄が待っていた。そして教訓は、悪行をしてはいけないことと不老長寿には幸せはないと云うことで、つまり半永久的な不老長寿には期待をするなと言うことでありまたはそんな阿呆みたいな杞憂はするなということだ。
話が飛躍しすぎてしまったが遠い将来も大変だけれどアメリカンスタンダードのIT革命の現実の方が信じられないくらいで、日常の電子メールのやり取りまで海の向こうに居ながらにして総てを把握(盗聴と言うほど隠密裏ではないし傍受か)してしまうというか出来るらしい。余り知られていないけれど知っている人は知っている常識だそうでサンデープロジェクトでも取り上げられていた。軍需用に発展してきたインターネット等ということを考えれば首肯できるが、科学とは諸刃の剣でもあるからして呉々も取り扱いには注意されたい。
それにしても科学技術の時代にあって手くらい真っ直ぐに伸ばせる技術はないものかな、まったく。
7/20
ついに購入してしまった。その名も「ダマリンL」という。だまらっしゃい、とか、お黙りと言う強烈な印象をぶちかまし最後に「L」で締めくくっている。ロングの略かも知れぬがL特急の如くに効果覿面に効くということかも知れない。その正体は1日1回水虫たむし治療薬「ダマリンL」。
水虫になってしまったのだ。水澄ましを小さくした虫であろうはずもなく、白癬菌というカビが皮膚表面の角質層等に寄生して起こる疾患、激しいかゆみが起こります、と使用上の注意書きは説明しているのだ。さらに1日1回の塗布で治療効果を発揮しますとある。塗布である。とーふと伸ばさずに塗布である。たぶん一面に塗りつけてから「ふー、ふー」と乾かしながらテレビを見るのが通のやり方だろう。
脳出血の後に何でこんな病気に感染するのだ。院内感染なのか、トホホッ。記憶を辿ればたぶんアレだアレに違いない、アレは入院中の風呂。あの風呂に入りだしてから患側の足指がおかしくなった。小指と薬指、それと中指、ついでに人差し指に親指。それぞれの指の裏には目(00)と口 (0)があり痒いカユイと目と目を離らかしたり円い口をヘの字にしたり、所謂シッチャカメッチャカの体を見せている。
たぶんあのときのお風呂に違いない。別に違っていても構わないのであるが。
それにしても長いつき合いになりそうな予感だな「ダマリンL」。患部をよく洗って清潔にするし衣類も清潔にしなくちゃいけないのは理解できるが、根気よく継続治療を続け再発を防ぎましょうとは、ちょっとなんだ、なんと言おうか複雑な心境にさせるよ、まったく。効能は水虫、いんきんたむし、ぜにたむしに間違いはない「ダマリンL」。再発を防ぎましょうか、効いたな。
7/8
なに〜狸じゃと。狸じゃないよ、タンキだと。有無むむむむ無、それは一理あるな。ショウトツリィか。
あの人もそうだしこの人も激情タイプだ。振り返ってみれば俺が居る。俺もタイプなのかい、そういうあれかいね。
直ぐカッカッするかな、俺って。
細君に言わせれば「そんなこと当たり前よ」と一蹴されるわな。
しかしショウトツリィと脳出血の遠因など存在しないはずだしましてや医学界で立証されたなんて聞いてないぞ、科学的根拠など無いではないか。
有るというなら教えてくれ、示してくれ。今の俺が証左だって言うのか、ムカムカ無か。
早速大きく深呼吸して、観自在菩薩行深般若ハラミタジショウケンゴウンカイクドイッサイクヤク、、、血圧をしづめて。はい、はい。
ところでそんな人の言う事なんかどうでも良いことだ。気長に片意地張らず闊歩する事を標榜して、まあ一献(水)。
7/6
何年振りかでその親父様に邂逅した。病院待合室の椅子に腰をおろす瞬間お互いを認識し会い声を掛け合ったのだ。
そこで私は聞きました、如何なさったのかと。曰く、1ヶ月前くも膜下出血に襲われ入退院したのだ。今日はCT撮影だ。と言う。それから暫く話し、その場を後にした。こんな私の事をよくぞ覚えていて下さった、感謝と感激と雨と霰。
それにしても1ヶ月前か。人の運命は予測がつかない。病気見舞いに顔を見せた人がもうこの世には居ない現実、諸行無常の響きありと嘆息する。
脳出血発病から15年、斯界のベテラン?留蔵様のHPをご紹介します。まず呼んで下さい。トメゾウどん、なんとなく人柄が偲ばれ親近感が沸きますが次に読んでみましょう。
期待通りの留蔵様が登場して、七転八倒を繰り広げます。結婚有り、裁判有り、ゼネコンも意地悪爺さんも登場していますが読んだ後にはカラッとした爽快感に包まれることでしょう。
ただ面白いだけでなく脳出血の後遺症にも触れ、わかり易い解説も挿入されています。僕も不明な症状をメールにて問い合わせをしましたら留蔵様から早速返答が来ました。ひとつ利口になりました。こういう時に気軽に尋ねられるっていいことです。
悲喜こもごものエピソードの中にも留蔵様の生きることへの真摯な態度が貫かれている長編体験記。 そんなわけでリンクのページをご覧下さい。
6/25
アットランダム記のアットランダムとは或る人を頭に思い浮かべながら為るべく渋い声で且つバリトン以下の低さで発音する。ウ〜ン、マンダム。チャールズ君全然なってないな。ブロンソン君は。マァンダァム。ダメだこりゃ。
装具と言えば手放せない(本当は足から外せない)ものになっているが辞書を紐解くと装具の意味が書いてある。
装具 1.化粧の道具。2.装身具。3.武装用に身につける用具。4.室内の飾りつけに用いる道具。
装具って装身具の略なのか武装用に身に着ける用具なのかどちらにしてもそんな意味合いだろう。ウ〜ン、マンダム。
今でこそ「装具」、と殆ど意識せずに口に出てくるが入院中は「装具」という言葉が出てこなく、代わりに「具足」という単語が出来の悪い我が頭脳を支配していた。
何だ具足って。
具足ってのは足に履くヤツだよ、何でわからないんだろう。
具足と言いながら頭の中では「具」は「愚」と真剣に取り違えていた。類は友を呼んだか。ジェスチャア交えながらグソクの説明をするのであった。何故グソク好きになったのか。またまた辞書を紐解くと、あるわあるわ意味の羅列が。
具足 1.十分に備わっていること。2.携帯品。所持品。道具。調度。3.甲胄(カツチユウ)等々。あまり有りすぎて何だか分からぬ。更に先を見る。
具足煮 1.イセエビを殻のついたまま輪切りにして煮たもの。2.具足奉行 江戸時代、甲胄の製造・保管をつかさどった奉行。よろいぶぎょう。3.具足震い 具足を着用することにより、緊張して身震いすること。4.具足武者 甲胄を着けた武者。鎧武者。等々。
何やら武将の身に纏った鎧兜にまつわる意味がキイになっとるとみた。ウ〜ン、マンダム。難しいことは抜きにして御主は何故故に装具を具足と言っておったのか。確かに武装用に身に着けるものとしての意味では共通しておるが、と言うことは具足でも良いのか。はたまた「具」が共通語だ。「足」とくれば当然足のこと。具か、グ、くに点々を書いて具だ。足に至っては考える葦だ、パスカラないのだ。わからぬ。恐ろしき哉「具」の正体。装具、具足、愚足。ウ〜ン、マンダムめ。
具足のついでに辞書の続きを見たが余りお上品な言葉ではないが2〜3語彙のみ紹介して終わりの挨拶としたい。
糞溜め。糞垂れ。糞力。又読者が減った、トホホッ。
6/16
今日6月16日は2年前敵陣にて倒れた日というか運転中に倒れ、惰眠を貪っていたわけではないけど数日後気が付けば頭も体もガンガン、手足はダラダラ、運動麻痺マヒ、知覚麻痺マヒ、辛うじて生き長らえたという数々のロマンに満ちた日の初日でありました。勿論その時点での記憶はありません。今でも当時のことを片時も忘れないようにと様々な後遺症とやらのお見舞いを戴き有り難迷惑というか非常に迷惑をしておりますのでどうぞお引き取り願います、本当にます、ます。熨斗を付けてお返し致しますから遠慮なさらずにドシドシお持ち帰り下さい、さいさいますです。
車の運転暦は何年になりますか。といっても大病を患ってから後の戦歴です。カアレイスじゃあないから戦歴なんて可笑しいですが久し振りに運転する心境はまさに出陣する武将のようです。鉄砲玉のようでもありますが・・アナ恐ろし。私は1年と4ヶ月です。
担当医師つまり脳外でもリハビリでもロカビリでもいいですけれど意外と運転には積極的姿勢では内科医?それに比し眼科にお勤めの人は消極的意見が多いのでは。下手なこと言って何か勃発すると責任問題だからな、でしょう。確かに怖いけどね。運転より事故を惹起したときの恐ろしさ、引責問題。自分より相手方に対する賠償責任といった金銭的精神的肉体的障害者的苦痛。加害者被害者双方共に降り掛かる最大にして重大問題です。だからといって運転を諦めるのは惜しい気がする。大きな声では言えないが視野狭窄でも道路状況、運転時間帯、なるべく明るいとき等選択肢によっては活動の道は開けるのではないかイ。
6/12
よく見かける顔だ。話し掛けてみようか。「ゆっくりなら何とか喋れるけど上手くは喋れない云々」流暢なしゃべり方だと思う。4年目だって。
この病院とは別のリハビリセンターに泊まり込みで2年通ったが随分効果があったそうな。腕も僕よりは上がる。右片麻痺。右目は正常か否か尋ねてみたが同じく視野狭しとのことで運転はしていない。でも若いんだから無理してでも運転しなよと話した。ちょっと無責任かな。
足の件についても尋ねてみたが尖足である、足の裏が地面と平行にならないとか、お互い幾つか疑問に思っていることも話しに出て意義深かった。そして今度からは笑顔で声を掛けられるのが何よりの収穫だ。
6/10
遂にやって来た入梅。どんよりと曇った日が続き肌寒さで鳥肌が立ってしまい、もう暫くストーブの灯油を入れておけば良かったとも思う。今日灯油を入れようか迷っている。毎年入れすぎる嫌いがあるのだ。
寒いのは遺憾である。暖かくなると思わせておきながら急転直下冷たい雨の連日、そんなことをしてくれとは誰も頼んではいないのに困ったものだ。
都会では傘がないと井上ヨウスイが嘆いていたが今でも傘が少ないのだろうか。都会は大変だ。ここ田舎市では傘は充分にある。しかしここ2年程傘を差した事は殆ど無い。傘を差す可能性があるのは今のところ病院の駐車場から入り口までの間くらいだ。車のおかげだ。今は傘は要らない、と言っていいほどだ。
6/2
若葉といえば天地真理、ワカバという懐かしい煙草とかヨシムラマリではありませぬ。ましてや眉間の皺がトレードマークのアマチシゲルでもございませぬ。歌詞はすべからず忘れるべしを忠実に守っておりまするから若葉=天地真理しか思い浮かばないのです。当時絵本から甦ったような天地真理の姿はコビト達に引き連れられた妖精のようでした。願わくばあなたのその可憐なイメージを、丁度今頃の若葉の季節のイメージを大切にしたい。どうかTVなんかに出演などといううつつを抜かさないでください。夢は大切にとっておきたいのです、心の扉にそっと閉まっておきたいのです。傷付きやすい中年男の想い出の青春の一頁をビリッと破かないようにそっとして置いて下さい。まあ、TVに出演するのは人の勝手ですがね。
ところでやはり芝桜は桜でした。すっかり見栄えせず5月半ばが花でした。
5/26
今日は暑いとのこと、何でも凍らせてしまう悪の世界の支配者フリーズマンの出てくるバットマンの映画を見て快適な一日を過ごしましょう。ということはどうでも良いのですが、フリーズとのお付き合いもぜーんぜん平気です。スイッチを押すのは朝飯前、良いコンブータであります。なげやり、なげやり。
「シゲささんへ、毎日のリハビリ頑張って下さい。一日も早く復帰できますよう祈ってます。思い出になれば 内田」
ちっちゃなタンスケースをひっくり返してアイスクリーム代を探索していたところそのようなモノを見つけてしまいました。半分に切った茶封筒にそのように黒万年筆でしたためられ、2枚の写真が添えられていました。入院時代の蔦の絡まるチャペルの思い出がよみがえり、私はペギー葉山と化してしまいましたが、皆さんはいかがでしょうか、などとふざけないでください、はい。
内田さんとは1月くらいのお付き合いで、一言二言交わしただけの間柄でしたが、70歳前後の白髪の朗らかなお人で軽い血圧の病だったと記憶しております。東京在住で、趣味(だと思いますが)に絵を描くとのことでしたが、その後いかがお過ごしかと「ふっ」と思った次第です。
スナップ写真という何気ない心遣いが多大な思い出となって今具現化しました。この広い空の下、何処にどうしておられるかは存知ませぬが、その節はありがとうございました。
5/24
へー知らなかったな、俳優の千秋実氏も75年頃脳出血に倒れたんですね。どちらかというと名脇役ですか。関口宏氏も言ってた様に飄々とした感じがその風貌と共に妙に人の心を捉えていて、印象に残る俳優でした。
外科的治療をしながらも殆ど人目には脳出血をしたことすら感じさせない程に快復したんですね。手足の後遺症も然程なかったようです。もっとも本当のところは知る由もありませんが表面的にはですが。
退院した当時は「時計」の意味も「時計」の見方も皆目分からなかったとのこと、それもたぶん快復したのでしょう。
でも幾ら運が良くてもその後の活躍振りを見ると「本当に脳出血だったのか」と思わざるを得ません。正に“奇跡”。そして悔いのない人生を送られたことでしょうね。僕は“奇跡”は期待できませんが(期待したいのですが)悔いの無い様に生きたいと思います。出来るだけ、ですが。毎日を頑張っている人にも何らかの奇跡が何時か訪れればいいですね。
5/20
遅ればせながら、小渕前首相のご冥福をお祈り申し上げます。
何というか、まあそのう、この世の最後に意識する事と言ったらいいのか、思う事と言ったらいいのか、それは一体どんなことだろうか、と。消えていく意識の中で目を閉じるときというのは何とも言えない気がします。
僕は救急隊員の顔を見ながら「この人の顔を見ながら死んで行くんだなあ」とこの世とお別れするだろう時、最後にハッキリと意識しましたが、人生って何となくあっけなく幕を引くものだ、と感じました。
もっと劇的なもののように考えていたんですがね、人生の最後って。最後といっても僕はこうして生きているから最後には為らなかったんですが、従って人生最後の感想は本当のところは誰にも分からないと言うことになるでしょう。
ジャンボ鶴田さん三浦洋一さんも同じ40歳代で、僕もTVで彼らを見て(プロレス、イケナカゲンタ80キロとか)結構面白くて釘付けの日々を送りましたが、残念です。
5/15
今日久し振りに病院へ行きましたがお金が足りなくてしばし困惑してしまいましたが、今度の会計で払えばいいよ、と教えられホッとしました。ごく当たり前のことだとは言え、お金を忘れるという失敗もしておくことが必要だと改めて思いました。
同じ様な状況にも慌てず落ち着いて対処が出来ます。
ところで保険証はどうでしょうか。会計の時に保険証の提示が求められることがありますが、忘れた場合でも担当者によっては次回提示すればよい場合といけない場合があったのです。「済みませんが家が近くでしたら取りに行ってくださいますか」と言われ家まで保険証を取りに行きました。
でも別の日、担当者が違うときには何も言われませんでした。今度持ってきてくださいね、とか、忘れました、で済みました。どっちでも良いけど、まあできたら今度でよい旨の取り扱いの方が良いけれど、取り扱いは統一して欲しいものですね。
装具を注文しました。まだ1年半なんですが装具の片方のネジがバカになっていて歩行の再爪先が下に突っかかり、歩きづらいし、ぎこちない。修理に出してもその間の身に着ける装具が必要になるので、この際もう一つ作ることにした。修理については保険が効かないが、新しく作るのは効くらしいので、ま、いいか、装具無くちゃ困るものね。
アルミでネジができているからどうしても痛むらしい。もっとも歩き方とかもあるし。聞けば尖足の人も多いとか。却って歩くうちに尖足になる人の方が多いかも知れない。
5/12
オギノテツヤ様のリハビリについてのお話、役立っています。特に柔軟
体操は
「まず第一体操はあぐらで座ります。左右の足裏を合わせます。その上で
胸を前の床に着けるようにする体操です。注意点は背筋は伸ばしておくこ
と、やりすぎないこと(股関節を痛めやすい)。
第二体操は足をまっすぐ前に伸ばしてひざに胸が着くように曲げてやるこ
とです。」
これを実践しています。尖足の方には尖足治療があります。
「現在は立位のしせいで膝を前に突き出してやる運動療法が効果的」だそ
うです。
継続は力なり、です。どう考えてもショートカットは存在しません。お互
いに柔軟体操をやってみよう、じゃないですか。
何もしないで居ると筋肉も固くなりますしね。
5/12
朝、道端を見ると芝桜のコントラストが目に染みる。イタタタ、目が痛
い。紅色と白色が眩しいので紫なんかもあったりして眩しさ加減を調整し
ている。
芝桜は僕のように花のことなんか知らない者にも「此奴は綺麗だぞい」と
唸らせてくれる。綺麗なモノは良いな。一体いつ頃迄かな。6月いっぱい
咲くのだろうか。梅雨のあける頃か。しばらくは楽しめそうです、芝桜。
芝桜のお花見って聞かないけど桜と呼ぶし、芝桜の上に車座になって一杯
やればいいのに。僕は一応お茶ね。それともコーラにするか、どうしよう
か。
小6の子が修学旅行に出掛けました。出掛けたと思ったら帰ってきまし
た。
「どうしたんだい」とつい言いそうにもなります。もう修学旅行から帰っ
てきたのですから。
昔から一泊だけど一泊二日は何となく超短い。一泊二日のアメリカ出張も
何れ現実になるでしょうが、子供の時くらいのんびりさせてやればいいの
に、と思うのは僕だけでしょうか。僕だけだって。
5/7
人と話をしているときに「なんだって、それはどういう意味なのである
かな。不可解なり」という事がよくありますよね。無いですか、お前だけ
だろうそんなの、まあそうかも知れません。
「ウソ言えっ」っていう言い方はしますか。「ウソを言っちゃあいかん」
というような意味ですよね。よく日常使います。そんなのしらねぇ、です
か。
でも「ふざけろ」と怒ったような口調で言われたときにはどう対応したも
のか迷ってしまいました。
何かふざけた事をして見せなければいけないのか、果て困ったな。純真な
僕は当惑しオヨヨとよろけました。何回か「ふざけろ」を経験してくると
その意味が理解できました。「ふざけろ」は「ふざけるなっ」と言う事だ
ったのです。
ウソ言え=ウソを言うな、と同じ使い方でした。ふざけろ=ふざけるな。
日々使っている言葉なら直ぐ反射的に理解できても少し聞き慣れない言い
方だと理解できません。簡単なようでいて難しい。
因みに「バカ言えっ」は分かりますよね。ここら辺でしか言わないかも。
5/2
さっき雷が鳴って停電になりました。一時間程してから元に戻ったので
再度PCの電源を入れました。15分程してまたもや停電。あたしゃあ
やる気を無くしてしまいました。
漸く桜も満開になってきましたが、花曇りを通り過ぎ一挙に雷雨となっ
て夏近しかな。かと思えば雹も降り花冷えとなり慌ただしい一日でした。
4/22
今日はポカポカ陽気で一日中穏やかでした。ここは桜の花が満開になる
にはもう数日かかるでしょうか。満開になったその後は、あちらこちらで
田植えが始まり何とものどかな風景が醸し出されます。
あ〜あ、花見酒でグイッ、田植えが始まったらグイッ、田植えが終わっ
たらグイッ、いいですね、飲んだつもりでグイッ、酔っぱらいたいなあ。
グイッエ〜、テヤンデーバ〜ロ〜メ〜〜ウィック、ア〜ックションメ〜
4/15
いろんな人がいて、いろんな病気をして、いろんな生活をして、いろんな
事を思い、いろんな苦労をして、いろんな苦労を掛け、いろんな不平不満
を言い、いろんな喜びを得、いろんな感謝をし、いろんな失望をし、いろ
んな夢を見、いろんな今日を迎え、いろんな明日を迎えます。
人生いろいろ。
最近、栗本慎一郎氏も梗塞になりましたが頑張っています。
http://www.homopants.com/philosophy/index.html
4/15 10:55
しげさんおはよう今日はこっちは雨が降ってます私土曜日とか日曜日は
何だかキライ
だってさー世間が浮かれてる感じするし。私は人ごみに出て行くことは
苦になるし
だから雨降ってやれやれ!なんていじわる言います私病気してから心も
随分重症です。
心のリハビリも忘れずにやらなくってはなんて言うだけ
ごん太
4/14 10:15
脳梗塞で入院退院してみれば。世の中不自由ばかりの左半身マヒ言葉も
思うように出てこない
周りの人達は本人の気持ちはわからず「わかるわかる何言ってるか。」
だってわかるのか!
なんて心の中で一人事言うでも「過去は変わらないが未来は変わる」
そうなんだ 少しでも気持ち変えてみよう
よかったらメール友になりましよう。メールアドレス
少しづつ私のこと話しますおたのしみにね
10:41
私今少し元気でました。だって私だけがこんな病気になって半身マヒで
外に出ることもイヤで
出れば世間のみんなが車椅子の私を見ているような気がしてさらし者に
なったなんて思いこみ
でもみんなのメールでわたしだけじゃないんだ私の気持ちわかってくれ
る人いるんだ。メール下さい
ごん太
4/13 10:21
私は39歳で脳梗塞になりました。もともと病気がありまさかこの若さで
こんな病気になるなんて夢にも思っていなかったのでもショクはそのあ
とでした.左半身マヒで今はリハビリ中です
また何かいいリハビリのやり方教えてください
私のもメール下さいアドレスは
ごん太
4/5 18:33
”小渕さんあなたもですか?”と言いたいですな。まあ、これで脳梗塞
も世の中から見直して欲しいものですな。
威張ったところで誰も誉めてもくれないが、いくら偉くてもりっぱでも
金持ちでも出世しても同じ脳内出血の仲間じゃないか。
なんて皆さん思っているんじゃないでしょうか?
私も予備軍ですからね。
人間の生きる価値?
誰か愛する人を守り(働き)、その人(達)の為に生きる。
いや、何もしなくてもいい、ただ生きていてくれればそれだけでいい。
そう思われていると信じている私は(我々は)”生存の価値”がある
と確信して止まない。
雀 十三の独り言でした。悪しからず。
雀 十三
4/5 17:44
はじめまして。
HP拝見させて頂きました。
シゲささんの明るい人柄と、悲しみを乗り越える強さを感じました。
これからも参考にさせて頂きます。
私の父も、昨年の4/6に、会社で脳出血で倒れ、重度の右麻痺
と失語症との診断をうけました。今日でちょうど発症365日目です
が、現在も入院中です。
始めの頃は、父もやる気満々で、完治して職場復帰を目指してい
ましたが、最近は入院期間が長いせいか、すっかり弱気になって、
よく涙を流しています。
父も、1日も早く、心おだやかな日々を送れるように頑張ります。
小渕首相とご家族の方も、私たちと同じ悲しみを味わっていると
思うと、とても人ごとではないですね。
ノブコ
4/5
アインシュタインほどの天才でも脳味噌は10lも使ってはいないよ、
と忘れていた話をMさんがしてくれました。そうなんだ。
多少脳味噌が減ったって気になんかしなくて良いんです。
深く考えずにやりましょうよ。まだ気になる?
4/4
「昨日まで、本当に昨日まで一緒に笑っていたのに、今日はもう違って
いたんだよ。」
「そしてそれから」に書いた言葉です。何の病気もそうか分かりません
が、特に脳出血、脳梗塞のような脳血管障害はその感が強いと思います。
病気の因果関係は別にあると思いますが首相としての激務がそのトリガ
ーにはなったのでしょう。皆さん方もそうか分かりませんが、4月2日
夜11時の首相入院のニュースを聞いて直ぐ脳梗塞ではないだろうか、
と言う疑念が脳裡をよぎりました。嘗て田中元首相もそうでしたが、あ
のころは他人事でした。
脳血管障害を体験したものとして、小渕さんの意識が戻ることを祈って
います。
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