人生は一つの物語。語り方を変えれば、新しい人生が始まる。

ナラティブ
narrative

言葉が現実を創り出す

 言葉と現実は、どのような関係にあるのでしょうか。おそらく現実から言葉が生まれると、多くの人は考えることでしょう。
 確かに、新しい星が発見されて、その発見者の名前にちなんで星の名前が決まるというように、現実から言葉が生まれることもあります。しかし、それとは逆に、言葉から現実が生まれることも、実際にはあるのです。
 例えば、誰からも「キレイだ」と言われたことのない人が、自分のことをキレイだと思うでしょうか。周りから何度も「あなたはキレイだ」と言われた人が、自分のことをキレイだと思うのでしょう。
 また、たとえ身体のガンが進行していたとしても、病名を告知させていない人に、ガン患者としての現実はありません。「あなたの病気はガンです」と宣告されて初めて、ガン患者としての生活が始まるのです。
 このように、言葉が現実を創り出すという側面に、ナラティブ・アプローチは注目します。言葉や語り方を変えることで、新たな現実を創り出そうとするのです。

人生は一つの物語

 ところで、私たちは一生のうちに、様々な出来事(就職、結婚、病気など)を体験します。そして、ひとつの出来事は他の出来事と結びつき、一連の物語(ナラティブ)として語ることができるのです。
 例えば、「休みもなく働き続けていたら、空港で慌てて荷物を持ち上げた瞬間に、腰から背中にかけて激痛が走り、それでも休めないので鎮痛剤を飲みながら働き続けたら、誕生日の朝、とうとう起き上がれなくなった」という具合です。つまり、激務と激痛と誕生日という複数の出来事が結びつき、ひとつの物語になっているのです。
 ひとつの出来事を他の出来事と結びつけて、物語として語ると、その出来事を意味づけることができます。そして、その出来事を了解できるようになり、受け入れることにつながるのです。
 人生もまた、いくつもの物語からなる一つの大きな物語です。そして、自分の人生の物語を語れば、やはり、自分の人生や自分自身を意味づけることができるのです。

新しい人生の物語 (守護霊プレイ)

 同じ言葉を繰り返しても、物語は変化しません。言葉や語り方を変えれば、新しい物語の可能性がみえてきます。
 例えば、「ある出来事で台無しになった人生」という、ひとつの物語があるとします。そうすると、「にもかかわらず、これまで努力してきた自分」や「にもかかわらず、これからできること」について、語ってみるのです。
 自分自身から離れて、自分のことを対象化すると、いつもとは違う言葉や語り方が容易になります。漱石が「吾輩ハ猫デアル」と書き出し、自分の生活を描いたように、自分以外の別の視点から、自分のことを三人称(彼/彼女)で語ってみるのです。
 サイコドラマのウォーミングアップに取り入れられる守護霊プレイは、自分を見守っている守護霊の視点から、自分の人生を語ります。「私は○○(自分の名前)の守護霊です。彼を××年間(自分の年齢)、見守ってきました。彼は...」という具合です。このように、自分の人生を対象化しながら、保護的・受容的に見つめ直せば、より前向きな物語を創り出すこともできるのです。

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(C) Shigeki Suwa