孤独と依存、そして自立



 

孤独のはじまり

 
 深い孤独感が、人の心を支配することがあります。そして、その孤独感が人間関係に、様々なトラブルをもたらすことがあるのです。
 特に若い人の孤独は、深刻だと言えます。歳を重ねると、孤独でなくなるわけではありませんが、孤独が当たり前のこととなり、それが特に重要な問題ではなくなるのです。ところが、若い人は、そうも行きません。突然、心のなかに住みつくようになった孤独を、当たり前のこととして、すぐには受け入れることができないのです。
 孤独が本格的に心の中を支配するようになるのは、二次性徴以降だと言われています。それまでは、自分の意識がおもに自分の外側に向いており、自分は外側の他者と同一化しがちです。ところが、二次性徴が始まる頃から、意識が自分自身に向かうようになります。そして、「一人で存在している自分」「他者とは異なる自分」に気づくとともに、深い孤独感に襲われるのです。

孤独を打ち消すための依存


 「他者とは異なる自分」への気づきは、若い人にとって貴重な体験です。それは自立へと向かう、きっかけになるのです。ところが、残念なことに多くの人は、自立へと向かわずに、自立とは逆の依存へと向かってしまいます。身近な誰かと一体化することで、孤独を打ち消そうとするのです。
 依存の対象は、恋人であったり、親友であったり、家族であったりします。それらは、自分の孤独を癒すための手段に過ぎないことから、相手の人格を無視して徹底的に独占しようとする、自己中心的な行動がたびたび見られます。あるいは、自分自身を完全になくしてしまい、相手の言いなりになったりするのです。
 毎日会いたい、いつでも一緒にいたい、自分だけの「もの」にしたい、という気持ちは、まさに依存の表れだと言えます。その願望は一時的に満たされたとしても、けっして長続きしません。なぜならば、相手は自分と異なる存在であり、自分とは別の人格だからです。
 

依存から自立へ
図:孤独から依存へ、依存から自立へ


 依存状態にある時、自分の人生の主役は自分ではありません。依存対象の相手が自分の人生の主役になっており、自分の人生を支配しているのです。
 自立とは、自分の人生の主役に自分がなることであり、そのための道筋には次の二つがあります。
 その一つは、依存対象の喪失であり、依存対象が恋人の場合には、失恋が自立へと向かうチャンスになるのです。ところが、失恋をきっかけに別の依存対象を見つけてしまい、同じことを繰り返す人もめずらしくありません。この道筋は、確実に自立に到達するとは言えないのです。
 自立へと向かうもう一つの道筋は、依存状態の自分に疑問を抱くことです。自分を犠牲にして相手に合わせるのではなく、自分の夢を実現したいと思うことであり、この道筋の方が確実に、自立へと向かうことができるでしょう。
 いずれにしても、孤独に弱いままでは、夢を実現することができません。それぞれが孤独を引き受け、夢の実現に向けて努力することが、互いの人格を尊重し合える、よりよい人間関係を可能にするのです。

※詳しくは次の本で

・諏訪茂樹『援助者のためのコミュニケーションと人間関係 第2版』建帛社






























孤独を癒すには、夢中になれる仕事や趣味を見つけることです。
「うざい!」と思った人も、まあ、読み進んで下さい。


























孤独と依存は、2003年(下)芥川賞受賞の『蹴りたい背中』(綿矢りさ著、河出書房新社)を読み解くキーワードかも。













←図の文字上にポインタをおいてみて下さい。


経済的な自立、生活上の自立、精神的な自立などがあり、ここでは精神的な自立を取り上げています。もちろん、精神的自立は他の自立と多かれ少なかれ、関連しあっていると言えるでしょう。











「私が孤独でいるとき、私は最も孤独ではない」Cicero


Link free. Copyright © Shigeki Suwa. All rights reserved.
COMMUNICARE HOME / NEXT