| 悪名高き皇帝たち―ローマ人の物語VII |
| 刊 行 | 1998年9月30日 新潮社刊 |
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| 2005年9月1日 新潮社刊(新潮文庫) 『ローマ人の物語17 悪名高き皇帝たち〔一〕』 『ローマ人の物語18 悪名高き皇帝たち〔二〕』 『ローマ人の物語19 悪名高き皇帝たち〔三〕』 『ローマ人の物語20 悪名高き皇帝たち〔四〕』 |
しかし、カリグラの墓とちがってネロの墓には、季節の花や果実の供物が絶えなかった。(中略)ローマの庶民たちも、死んだネロには優しかったのだ。皇帝であったことさえ忘れるなら、ネロは、奇抜なことをやってくれる愉快な若者だった。それに、善政にだって無縁であったのではない。善政はしたのだが、それが持続しなかっただけである。とはいっても、持続する意志とは、リーダーには不可欠の要素ではあるのだが。第VII巻は、アウグストゥスに続くユリウス・クラウディウス朝の4人の皇帝、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロの治世を描いています。
―「第四部 皇帝ネロ」 より
タイトルの通り、本書には悪名を被った皇帝ばかりが登場します。しかし、本当にそのような評価は正しいのか。正しくないとしたら、どうしてそのような悪い評価が定着してしまったのか。これを解明するのが、本書の主題の一つだと言えます。史料と史実の関係を改めて考えさせられる、面白い視点だと思います。
そのような4人の皇帝の中でも、もっとも興味深いのはネロです。「暴君」として有名なネロですが、彼の被った悪名のほとんどは、元老院階級に属する歴史家によってつくり出されたものでした。彼が元老院の権威をあまり尊重せず、むしろ議員たちの不興を買うようなことばかりをやったからです。元老院議員にも庶民にも好かれていなかったティベリウスとは異なり、ネロは庶民にはかなり人気がありました。
さらに決定的だったのが、かの有名なキリスト教徒の迫害です。これによって彼は、はるか後世にまで悪名をとどろかせました。キリスト教とはあまり縁のない日本人でさえ、「暴君」と聞けばネロを連想するほどです。キリスト教とは縁がなくとも、キリスト教圏が生み出した文化の影響は強いからです。
ネロが悪徳と全く無縁だったとは言えません。例えば、彼は異母兄弟と実の母親、そして妻を殺しています。しかし、これと似たような話は世界史上、枚挙にいとまがありません。一人に権力が集中する君主制をとる以上、このような骨肉の争いは避けがたいのでしょう。
本書を読むと、ネロはよく言われるような「暴君」ではなく、むしろ市民に支持される皇帝であろうと健気にがんばっていたのだという気がしてきます。彼がもしも皇帝ではなくて平凡な一市民だったら、みんなに愛されて幸せな人生をまっとうできたのではないでしょうか。上にも掲げた、ネロの治世を総括した一文は印象的です。
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