ユリウス・カエサル ルビコン以後―ローマ人の物語V

刊 行1996年3月30日 新潮社
2004年10月1日 新潮社刊(新潮文庫)
『ローマ人の物語11 ユリウス・カエサル ルビコン以後〔上〕』
『ローマ人の物語12 ユリウス・カエサル ルビコン以後〔中〕』
『ローマ人の物語13 ユリウス・カエサル ルビコン以後〔下〕』
〈わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。何ものにも増してわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうあって当然と思っている〉
 これは、人権宣言にも等しい。個人の人権を尊重する考えは、後代の啓蒙主義の専売特許ではないのである。
 しかし、他者の人権を認めながらも自分自身に忠実に生きることを貫くのは、実に難事であることも確かだ。右のカエサルの言をスッラが耳にしたとしたら、一笑に付したにちがいない。だが、一笑に付すスッラであったからこそ、タタミの上で死ぬこともできたのである。

―「第六章 壮年後期」 より
 この巻では、カエサルとポンペイウスの戦いとカエサルの勝利、カエサルの行った様々な改革、ブルータスらによるカエサル暗殺などが描かれます。最後はカエサルの跡を継いだオクタヴィアヌス(後のアウグストゥス)がアントニウスに勝利し、一世紀にわたって続いた内乱が終結します。

 カエサルの暗殺――これほど劇的な歴史的事件は少ないでしょう。なぜ、カエサルは殺されたのでしょうか。塩野さんは、以下のように書いています。

個々の真意はどうあれ、この十四人がカエサルに剣を向けた動機は、王政への移行を阻止し、元老院主導の共和政に戻すことにあった。
 カエサル暗殺は、「革命」に対する「反革命」の動きと言えます。カエサルは、元老院主導の共和政を倒し、一人の人間が統治するという新しい政体を打ち立てようと考えていました。これが「革命」です。しかし、カエサルのこの企てをやや急ぎすぎました。急進的すぎる動きに対して抵抗する人々が出てくるというのは、歴史上しばしば見受けられることです。

 カエサルを殺した後、主導権を握ったのはブルータスたちではなく、カエサル派のアントニウスやオクタヴィアヌスでした。そしてオクタヴィアヌスによって「帝政」という新政体が誕生しました。一人の人間を殺しても、歴史の流れは変えられない――そんな歴史の本質を教えてくれるところに、ローマ史を学ぶことの面白さがあるのではないでしょうか。

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