ローマ人への20の質問

刊 行2000年1月20日 文藝春秋刊(文春新書)

「(前略)結局、ローマ帝国の権力のチェックは、皇帝の暗殺に頼るしかなくなった」
「しかし、暗殺が多すぎます」
「チェック機能を暗殺に頼らないでもすむようにと、後代は選挙制を採用したのですが、それで権力者暗殺が消え失せたでしょうか。次の選挙まで待てないと思うのか、それとも選挙によるチェック機能を信じていないのか、現代でも政治暗殺は絶えないではありませんか。
 私は、ローマ時代がすべて良くて後代がすべて悪い、と言っているのではありません。後代がすべて良くてローマ時代はすべて悪い、とする考え方には同調できないだけなのです」

―「質問8 ローマの皇帝たちについて」 より
 20の質問への回答という形を通して、ローマ人とはどのような人たちであったかを解き明かす、古代ローマ史の入門書。

 私は、本書は「ローマ人の物語」の内容をコンパクトにまとめたものだろう、くらいにしか思っていなくて、読む前はさほど大きな期待はしていませんでした。しかし、実際に読んでみるとなかなかどうして、とても面白く、一気に読めてしまいました。

 世間一般の人々が抱いている、ローマ人に関する誤解・偏見を取り除く、というのが本書の大きな目的となっているようです。「質問1 ローマは軍事的にはギリシアを征服したが、文化的には征服されたとは真実か?」や「質問14 〈パンとサーカス〉とは何であったのか」などを読むと、特にそれを強く感じます。しかし、ローマ史が一般常識となっている欧米人とは違い、このような偏見を抱いている日本人は多くはないように思われます。例えば、〈パンとサーカス〉という言葉について知っている日本人が、果たしてどれだけいるでしょうか。その意味では、本書のねらいはやや外れてしまっているかも知れません。

 といっても、日本人が誤解や偏見と全く無縁だとは言えません。「皇帝」という言葉から専制君主を連想し、「ローマ皇帝は、絶対的な権力をほしいままにして好き勝手なことをしていたのだ」と思っていたり、「ローマ帝国は、勝者の驕りと退廃・堕落によって滅んだのだ」といったイメージを漠然と抱いている人は、少なくないと思います。これらが真実とは言えないということは、本書を読めばわかります。

 結局、このような誤解は、「人類は常に少しずつ進歩しているのであり、現代こそが最高である」という現代人の勝手な思い込みに端を発しているのではないでしょうか。例えば政治体制にしても、「現代の民主政治は古代ローマの帝政などより格段に優れている。古代ローマ人といえども、しょせん現代人に比べれば愚かな存在にすぎなかったのだ」というような思い込みが、現代人の中にあるのではないかと思うのです。塩野さんはこのような思い込みを否定し、先人の知恵から謙虚に学ぶべきこともある、と訴えているように思われます。私はこの訴えに強く共感します。

 ローマ史とは直接関係のないことを書いている、「質問17 〈イフ〉の復権は是か非か」も非常に興味深いものがあります。「歴史の面白さは、読む側が想像力を働かせてこそ味わえるものである」という言葉には、大いにうなずかされます。とはいえ、この章に書かれていることについては、批判もあるでしょう。私といえども、100パーセント同意しているわけではありません。以前から、塩野さんは史料を信用しすぎなのではないか、という疑念を抱いているからです。しかし、「イフ厳禁式の考え方」が歴史に接する楽しみを減少させている、という主張には、そんな疑念をも吹き飛ばすほどの説得力を感じます。

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