| イタリアからの手紙 |
| 初 出 | 「花椿」1970年〜1971年 「海」1969年9月号 「文藝春秋」1971年2月号 「東京新聞」1971年6月5日 一部書き下ろし |
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| 刊 行 | 1972年6月5日 新潮社刊 |
| 1997年1月1日 新潮社刊(新潮文庫) |
だが、日本人は技術革新に熱心な国民だが、それならそれで、古代ローマ文明を、技術面から研究したり書いたりしてくれる人は出ないものかなあと思う。哲学や芸術だけが文化でもあるまい。(中略)六千キロ足らずの万里の長城は、敵を防ぐという受身的な用途しかなかったが、三十万キロのローマ街道は、最初の目的が軍事面にあったにせよ、二千年後の今日にいたるまで人々の生活に役立つという、積極的な働きを持ち続けているからだ。イタリアに遊学し、その後もフィレンツェに住んでいる著者が、各地で見聞したことなどを書いたエッセイ集。
―「皇帝いぬまにネズミはびこる」 より
同じエッセイ集でも『イタリア遺聞』とは違って歴史の話は少なく、現代のイタリアに関する話が中心です。とは言っても、そこはやはり塩野さんだけあって、歴史のこともまた重ね合わされて語られています。例えばマカロニの話では、マカロニが登場する最古の文献に書かれているエピソードを紹介しています。また、ナポリっ子気質に関する話では、歴史的に見てもナポリの庶民が雑草のようにたくましく、およそイデオロギーなどというものは持ち合わせていなかった、などといったことが語られています。こんな話がそこかしこに見受けられるところが、塩野さんならではのおもしろさと言えるでしょう。
もっとも私の印象に残った一編は、古代ローマ人の技術の優秀さについて書かれた「皇帝いぬまにネズミはびこる」でしょうか。現在のローマ市の水道はローマ時代のものがそのまま使われており、初代皇帝アウグストゥスの時代以来、大掃除をしていないそうです。またローマに集まる街道も、ローマ時代の街道の上にアスファルトを敷いただけであり、それらは「執政官街道」と呼ばれているそうです。
本当に、人類は進歩していると言えるのでしょうか? 古代ローマという存在は、私にそのような疑いを起こさせずにはおきません。