史疑、ランバ・ラルとハモン
まずはハモン。謎多き女性だ。名前にしてからが謎である。さて、ハモンのフルネームは?と問えば、ハモン・ラル、ハモン・クラウレ、あるいはクラウレ・ハモンという答えが返ってくるはずだ。「ランバ・ラルの内縁の妻、あるいは愛人だからラルではなくハモン・クラウレ」「いや、それは小説版の設定で、アニメではハモン・ラルが正しい。なぜなら劇場版『哀戦士編』の予告テロップでは『ハモン・ラル』となっている」など諸説紛々である。TV版、劇場版のエンディングテロップでは単に「ハモン」、小説では一貫して「クラウレ・ハモン」となっている。
結論として、確定するのはかなり難しい。ランバ・ラルとハモンが正式な夫婦でないのはほぼ確かだが、あれだけ公然の仲ならば、社会的にラルの姓を名乗っても、あるいは呼ばれてもおかしくないのではないだろうか。筆者個人の感触では「ハモン・ラル」説を採っている資料は昔は多かった気がしたが、減ってきている気がする。論争の過程で、かつて主流だった「ラル」説より、現在では「クラウレ」説が有力になってきたようだ。今更、この問題を論じること自体、時代遅れなのだが。以上、あくまで私見。
現在「ハモン・ラル」説の根拠となる資料には、「MOBILE SUIT GUNDAM THE MOVIES I」(旭屋出版、1996年)がある。ガンダムの劇場版・OVAのフィルムコミックシリーズの1冊だが、巻頭のキャラクター紹介で、ハモンは「ハモン・ラル」の名でランバ・ラルの内縁の妻と紹介されている。正式に「ラル」姓でなくともそう呼称する、という説の根拠にもなる。なお、このフィルムコミックには「著者」としてサンライズがクレジットされているため、資料的正統性は高い。少なくとも劇場版においては、ハモンのキャラクター名は「ハモン・ラル」として間違いないようだ。つまり正式の姓「クラウレ」は裏設定であるということになる。「哀戦士編の予告テロップ」については確認できなかったが、この説の信憑性も高まったといえる。
ところで、ここまで論じておいてなんだが、富野監督の言葉に「結婚したから姓を変えるのは極端に言うと日本くらいのもんです。間違いです」、「特に今アメリカとか中国でも変えませんね。両方使い分けてるようですよ」というものがある(これは「Z」のフラウに関する発言だが)。したがって、結婚していようがしていまいがハモンには自分の姓があるはずだが、ランバ・ラルの奥さんだからハモン・ラルと呼んでも間違いとはいえない、旧姓はというと「クラウレ」ということで、どちらも正しいといえば正しいのだろう。
次にハモン・クラウレとクラウレ・ハモンだが、アニメック系の資料では「クラウレ・ハモン」を採用している。小説版でも「クラウレ・ハモン」となればこれはどういうことなのか?ハンガリー系の名前だから姓、名の順で表記するのかとも考えたが、明らかに日系人でも姓が後にくるのがガンダムでは普通である。となると、「ハモン」がファーストネームかどうかすら怪しいことになってしまう。『Zガンダム』においては「ジャミトフ・ハイマン」もしばしば「ハイマン・ジャミトフ」と称される。これも同様の例と言えるだろう。……結局、結論は出ずじまいである。筆者としては、キャラクター名はあくまで「ハモン」であり、ラルと呼ばれることもある、が、設定上は姓がクラウレ、名がハモンで、ハンガリー人だからクラウレ・ハモン、という説を提出しておく。
名前は措くとしても、ハモンにはまだ問題がある。ラポート社の「機動戦士ガンダム大事典」の人名辞典におけるクラウレ・ハモンの項にこんな一節があるのだ。「ラルはハモンにとって三人目の男であり、彼女にとって最初の男はジオン・ズムであった。」さらりと書き流してあるが、これはただごとではない。典拠は確認できなかったが、こんな設定を編集者が作るはずはないから、何らかの形で富野監督から語られたものと見るべきだろう。とすれば、この設定にはいったいどのような意味があるのだろうか。
TV版17話「アムロ脱走」に、気になる会話があったのを思い出す。
ハモンがランバ・ラルに問う。
「あなた…今度の作戦、どういうおつもりで受けたのです?」
「不服なのか?」
「いえ」とハモンは答えるが、ラルは、やはり不服なのだろう、といったニュアンスでなだめにかかる。
「おまえの言うとおり、今度の作戦はザビ家の個人的な恨みから出てはいる。しかしだな、この戦いで木馬を沈め、ガルマ様の仇を討ってみろ。ワシは二階級特進だ。」
ここまではごく自然だ。しかしその直後の台詞はいささか奇妙ではないか?
「ワシの出世は部下たちの生活の安定につながる。」
ランバ・ラル隊が戦功をあげれば、当然部下たちも昇進する、というのとは違う、妙なニュアンスが込められていないか。軍人が「部下たちの生活の安定」という考え方をするものだろうか。むしろ「家族」と置き換えるとしっくりとくる。
同じ17話の、ランバ・ラル隊の食事シーンは、アットホームな雰囲気でまさに「家族」のようであった。人望厚い隊長を中心とした、深い信頼関係をそこに見るのが普通だろうが、別の解釈はできないか。彼らが実際に「運命共同体」だったとしたら?
上記の会話に戻る。
「兵たちのため?」と聞き返したハモンにラルは答える。
「おまえのためでもある。ザビ家により近い生活ができる」
この言葉は何を意味するのだろう。単に「裕福な生活」という意味で、ジオン上流社会の象徴たるザビ家を挙げたのか?そうではあるまい。
むしろ、「ザビ家に近」い、という言葉から、我々はある人物を連想する。シャア・アズナブル。軍で出世してザビ家に近づく――復讐の方法論がそれである。
ハモンも同じ方法で、同じ目的を目指しているとしたら?そう、ここで人名辞典の記述が生きてくる。かつての愛人、ジオン・ズム・ダイクンの復讐のためザビ家に近づこうとする女、という、全く別の横顔が見えてくるではないか。
飛躍しすぎだと思われるだろうか。確かに、筆者とて、直接この結論にたどり着いたわけではない。その間を結ぶのが小説版なのである。小説版でのランバ・ラル、ハモンの役どころは、アニメとは全く異なる。小説ではストーリーの流れが異なり、地球での戦いがないため、ランバ・ラルはホワイトベースと戦うことなく、ギレン直属のSS(秘密警察)の幹部として登場する。亡命者ジンバ・ラルの息子という設定は同じで、その負い目からいっそう忠勤に励み、ギレンもそれを計算して、却って懐刀として使う、という関係である。
ハモンはと言うと、やはりラルの内縁の妻だが、ギレンから与えられた女、という設定になっている。つまり小説版のハモンは、ギレンの元愛人なのである。ラルは、ギレンから回された女、という屈辱感を拭えず、ハモンの思いも同じであった。しかし、ともに弱者であるという意識から愛し合えた、とラルは考えている。
ラルはソーラ・レイの計画をそれとなくハモンに漏らす。ハモンは、デギン公王・ダルシア首相に接触してギレンに恨みがあることをほのめかし、ア・バオア・クーに密使として飛んでキシリアをソーラ・レイから救う役割を果たすのである。これがギレンの誤算となり、結果、キシリアに殺されることになる。
小説版のランバ・ラルは魅力あふれる人物とは言い難い。最終的にはギレンに従うつもりでありながら、ハモンが恨みから行動するもよしとして秘密をほのめかす。それが結果的にギレンの死につながるとまでは考えていないのである。武人としての戦いの場を与えられなかったためか、小説版では不遇なキャラクターになっていると言えよう。
ともあれ、ここで重要なのは、ハモンがギレンの元愛人で、かつギレンに恨みを持つ女性として登場しているという事実である。やや掘り下げが不足している部分があるにせよ、ハモンというキャラクターのモチーフが、別の形で現れたのだと見ることができないだろうか。すなわち、ザビ家に恨みを持つ女である。
ハモンにとってラルは「三人目の男」であるという。最初の男がジオン・ズム・ダイクンなら、「二人目」は誰なのだろう。ただ者ではあるまいと思えるではないか。「ギレン・ザビの元愛人」という設定が富野監督の頭の隅にあったために、「三人目」となった、というのは考えすぎだろうか。
そして、ランバ・ラルである。ハモンに対して「ザビ家の恨みから出た作戦」を「不服だろう」と言い、「おまえのため」に「ザビ家に近づく」と言う。その言葉にハモンは意味ありげに微笑んで見せるのである。二人の間には何らかの諒解があるのではないか。
ランバ・ラルは、旧ダイクン派の中心人物で地球へ亡命したジンバ・ラルの息子であり、それ故にザビ家の疑いを逸らすため、あえて戦争屋に徹して見せているのだ、という解釈が一般的である。しかし、その解釈は容易に逆転しうる脆いものではなかろうか。ジンバ・ラルは亡命する際になぜ息子を置いて行ったのか?ランバ・ラルが自分の意志で残ったからこそ、却ってザビ家の信用を得られた、という見方の裏に、そこまで計算してあえてジオン本国に残った、という解釈も成立するのでは?父ジンバ・ラルとの諒解のもと、本国のダイクン派をまとめる役目を引き受けたのではないか。
「部下たちの生活の安定」云々、という台詞も、社会的に不遇な位置にいる旧ダイクン派の人々を糾合するための力と資金が必要だ、と遠回しに言っていたのではないか。
「旧ダイクン派」の隠然たる勢力、というのも以前から筆者が関心を持つファクターである。15歳のキャスバル・レム・ダイクンを入国させ、シャア・アズナブルの戸籍を与える、などという芸当には、かなりの「力」が必要だろう。シャアがセイラに贈った金塊、あの資金源は果たしてどこだったのだろうか?(この問題は別稿で扱う。)
脱線したが、ランバ・ラルの戦死後、ハモンの指揮下、タチ中尉がかき集めた戦力でラルの仇討ち部隊が結成される。
「兵は16名、全てランバ・ラル様の息のかかった者です」
ソドンの町で食事した時のランバ・ラル隊は13名。総数はもっと多いにしても大部分は戦死したはずが、タチが短時間でこれだけの人数を揃えられたのは、ラルが個人的にも面倒を見てやっていた兵が、軍のあちこちにいた、ということではないか。そして彼らは、潜在的なダイクン派の勢力だったのではなかろうか。だとしたら、仇討ちに命を落とすのはラルの本意ではなかっただろうが…。
「ランバ・ラルは私に勿体ないくらい実直な男性だった。あんな心を寄せてくれた人のために、よしんば、砂漠で散るのも後悔はない…」
仇討ち作戦を前にしたハモンの傍白だが、この期に及んでと思えなくもない。人生の目的であったザビ家への復讐をあきらめることを、自分に言い聞かせていたのではないか。ランバ・ラル亡くしてその実現はない、と悟ったためかもしれない。
無論、全て考えすぎかもしれないが、ランバ・ラルとハモンは、悲願・ザビ家打倒を果たさぬまま戦場に散った、とも考えられるのである。
真相は、永遠に闇の中にある。――それが、歴史というものであろう。
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