コロニー落としの思想

 U.C.0079年1月3日、ジオン公国は地球連邦政府に宣戦を布告。と同時に(時間差は三秒と言われている)各サイドの地球連邦軍を奇襲攻撃、殲滅した後、コロニーにGGガスを注入するという方法で計40億人を虐殺した。そしてこの作戦の最終段階として実行されたのがコロニー落としである。
 人類史上初めてのコロニー落としは、しかし軍事行動としては完全には成功しなかった。おそらくは(空気抵抗を減らすため地球の自転方向に合わせて)西から東に向けて降下軌道上に乗せられたコロニーは、インド洋上空にあたる地点で、大気との摩擦により爆発・四散、その破片は環太平洋全域に降り注いで甚大な被害を与えた。最も大きな残骸はオーストラリアに落下し、大陸に穴を開け地形をも変えてしまったのである。
 だが、植民地(colony)を失った旧世紀の英国が衰亡した故事に倣って「ブリティッシュ作戦」と命名された事からも明らかなように、この作戦の主眼はあくまで、各サイドの殲滅にあった。南極会議の席上、ギレン・ザビは「ルナツーをジャブローにぶっつけてお目にかけようか?」とうそぶいたという。ギレンの思惑ではこの時点で講和、終戦であるから、ジャブローの地上戦力は事実上問題ではない。コロニー落としは、極論すれば恫喝にすぎないのである。ジャブロー壊滅は実現しなくても、その効果は同じはずだった。ところが、レビルの帰還により世論の風向きが変わった際に、地球連邦軍本部が健在であったことが政府に抗戦を選ばせ、長期戦に備えて降下作戦を行う際にはその地上戦力が障害となるなど、その後の経過の中でギレンにとって二重三重の誤算となって表れた。が、これは本論の主旨からは外れる。
 史上最初の例となったジオン軍のコロニー落としだが、無論、「空が落ちてくる」と表現される、地球市民にとって恐怖の象徴ともいうべき、実際の被害以上に強烈な印象による政治的効果こそ、その意図したところである。しかし、この前例はその他にも歴史に数々の大きな教訓を残した。
 コロニー落としは、その落着の衝撃で地球の自転周期にも僅かな影響を与えたといわれるほどの、史上類を見ぬ、まさに地球規模の大戦術である。必ずしも全て計算通りには行かず、いわば「実際にやってみなければわからない」点も多々あった。実行上の問題として、まず予想以上に大きい大気の摩擦抵抗がある。ブリティッシュ作戦ではその加熱により(連邦軍の攻撃にもよるという説もあるが)コロニーが分解し、予定した地点に落着しなかった(結果としてより広い範囲に被害が生じたともいえる)。そのため、これ以後は落下の際の摩擦熱で燃え尽きぬよう、より減速に気を遣うようになった。
 さらに、地表への衝突による直接的な破壊の他、全世界に長期的な異常気象を引き起こしたという事実。衝突で巻き上げられた粉塵が成層圏にまで達し太陽光線を遮る。恐竜絶滅の原因という説もある、隕石衝突による「核の冬」と同じ効果である。実行したジオン側も意図しなかった、この環境への影響の大きさこそが、コロニー落としという戦術のその後の歴史における意味、性格を決定づけた。
 U.C.0083年の、デラーズ・フリートによるコロニー落としはどうか。その指揮官エギーユ・デラーズ大佐は、ギレン・ザビ総帥の理想に殉じる生粋のジオン軍人である。では、その戦略もギレンと軌を一にするものであっただろうか?
 コロニー降下軌道の最終調整を止めようとするニナ(その行動はやはり不可解だが)に対し、ガトーは言う。「ジャブローではない!君には、わからんのだ…」
 コロニーは、地球連邦軍本部・ジャブローではなく、あるいは政治・経済中枢のある大都市でもなく、アメリカ大陸の中央部、世界最大の穀物耕作地域に落着し、一帯の農業に壊滅的な被害を与えた。ギレンの狙ったような単純な恫喝ではない。「北米大陸の穀倉地帯に大打撃を与えた」のは、環境への影響を最小限に抑えながら、食糧難によって人類を地球から追い出すためである。つまり、「星の屑」作戦の最終目的は決して軍事的なものではなく、政治的ですらなく、殆ど思想上のそれであるといえる。食料供給を絶つ、という迂遠ともいえる方法によって、地上に住む人々を宇宙へ引きずり出す。奪取した核弾頭を宇宙空間で使ったことにも象徴的で、この作戦は“優しい”と称してもよいほどの地球環境への配慮に基づいて立案されている。その真意を理解していた人間は、ガトー他ごく少数だったろう。地球に住み続ける人々を元凶とする思想はジオン・ズム・ダイクン以来のものだが、政治的理由の他に地球環境の保全のため地上に人を住めなくするという発想は、歴史上このデラーズを嚆矢とするのではないか。
 『逆襲のシャア』におけるシャアも同じである。連邦政府は隕石の落下で政府中枢が壊滅することのみを恐れるが、シャアは最初から彼らとは立つ土俵が違う。フィフス・ルナ、アクシズ、と小惑星を続けて落とそうとするシャアは、地球を完全に人間の住めない環境にするつもりである。もはや「地球が保たん時がきている」のであり、大気圏内で核爆発を起こして汚染してでも、「核の冬」による寒冷化で、自浄作用が限界に達した地球環境を長期的に休養させる。誰にとっても政治的利益になるはずがないそれが、まさに「今までどんな独裁者もやったことのない悪業」であるのは、その拠って立つ発想が政治家のものではないからだ。地球を浄化しようとする思想はその後も幾多の戦いを生むが、シャアほどの覚悟を持ってそれを実行した者はいない。むしろ大量虐殺を行った独裁者の方が多く現れたのは皮肉というべきだろうか。シャアが「純粋すぎる人」と評される所以である。


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