2012/05/17 (Thu)

 ところで、デュマがおこなった加筆修正は、かならずしも作品を浮揚させるためのものばかりとは限らなかった。たとえば、デュマは従者のグリモーのような脇役をしばしば登場させたが、無口で「はい」「いいえ」としか答えないこの従者は、実は原稿料を高くするための道具だった。というのも、当時の新聞小説は、一行につきいくらで支払われていたので、グリモーが「はい」と答えるたびにデュマには三フランころがりこんでくる計算になっていたのである。しかし、ジラルダンもさるもので、行の半分を越えない会話は一行としてカウントしないと決めてしまった。その決定が行われた日にデュマの家を訪れたヴィルメサンはデュマが原稿を何ページも抹消しているところに出くわした。グリモーは改行のためにだけ作った人物だったので、不要になったから消してしまったというわけである。
――鹿島茂『パリの王様たち ――ユゴー・デュマ・バルザック 三大文豪大物くらべ』(文藝春秋)

2011/10/20 (Thu)

 デザイン変えてみた。

2011/06/16 (Thu)

 函館行ってきたよ。

2011/06/04 (Sat)

 台湾行ってきたよ。

2011/05/08 (Sun)

  拓郎  いや確かに最初は酒を飲んでの酔狂談だったんだけど、俺のほうはプロになってからずっとソロでやってきたじゃない。だから昔とったキネヅカじゃないけど、そろそろ眠っていた虫がうずきはじめていたんだよ。急にグループに魅力を感じはじめ、すごくグループを組んでやってみたくなってきたわけ。
  小室  ほら、やっぱり思いつきじゃないか(笑)。だいたいおまえは一度思いついたらもうとまらない。すぐ行動に移しちゃう。それは長所でもあるけど、そのかわり気が変わるのも早い……朝令暮改というやつだ(笑)。それはともかく、まあやるんなら実力派の一流ミュージシャン、つまり大物連中とやりたいなってことになった。それで、断られるだろうと思ったけど交渉してみたら、意外や意外、みなOKということになっちまった(笑)。
  拓郎  反対したのは俺の事務所だけ……金がかかりすぎるってんでね。あと、最初ベースマンとして交渉した江藤勲さんはダメだったけど……。
  小室  俺もおまえも、まさかヒロ(柳田)なんかやらないだろうと思っていたんだよな。つまりプレーヤーとしては彼らのほうが実力的にずっと上だし、俺たちにはそれに対してコンプレックスがあったから、一緒にやってくれるはずがないって思ってた(笑)。
  拓郎  俺たちの武器というか強みは、ただ彼らよりは歌が作れるってことだけでね。実際練習しはじめてすぐわかったけど、テクニックをはじめプレーヤーとしての実力は、はるかに3人のほうが優れているわけよ。彼らは譜面をバッチリ読めるけど、こっちはバッチリだめ。それから音楽のテクニカル・タームにしても、その間彼らに教えてもらったことがいっぱいあった。
  小室  いや実際、六文銭をやってから覚えた音楽的知識ってのはすごいよ。
  拓郎  それにしてもあのグループほど、ひとりひとりが音楽的に目ざしているものというか、音楽的志向の違うグループってなかったんじゃない?
  小室  そう。だからステージではものすごく馬鹿ノリするにもかかわらず、練習は拷問ないしは地獄だった(笑)。その落差がありすぎたことだね、あのグループの最大の特徴というのは……。
  拓郎  でもリハーサルの時に、地獄のように落ち込んじゃっていたのは、俺と小室さんだけだったかもしれないよ。ミーティングをしても、ヒロなんかが冗談を一発言ってすぐ終わっちゃう。でも相手は子供じゃないんだし、頭ごなしに怒鳴りつけるなんてことはもちろんできない。まして音楽的には向こうのほうが上ときていたから、どうしても発言に遠慮がでてきた……それがよくなかったのかもしれないね。
――山本コウタロー『誰も知らなかった吉田拓郎』(文庫ぎんが堂)
 幻のスーパーグループと言われた「新六文銭」についてのコメント。新六文銭の活動と消滅は1973年、原著の刊行が1974年だからほぼリアルタイムで語っていることになる(これは本書全体に言えることだが)。それに著者自身が両者と親交のあるミュージシャンということでかなり気安い談話が取れたということもあると思う。それにしても吉田拓郎と小室等ともあろう者が、グループの他のメンバーに対して音楽的なコンプレックスを感じて遠慮をしていたとは驚きである。リハが地獄だったとか、まるでそこらへんのバンドの話を聞いているようだ(笑。 「歌が作れるだけ」というアーティストとしての実力は全く別というのも興味深い。教わって得るものが多かった、というのも非常に率直なコメントだ。
 ちなみに新六文銭のメンバーは吉田拓郎、小室等、柳田ヒロ、チト河内、後藤次利。

2011/03/03 (Thu)

教授  ところがそうではないのだ。実はコンピュータ将棋は「パス」という技法を取り入れているのだよ。読みの過程でパスという手も候補に入れるのだ。たとえば▲7六歩△パス▲2六歩△3二金みたいにね。これをヌルムーブ枝刈り(null move pruning)という。ヌルとは「存在しない」「零」、プル-ニングは「枝を刈る」という意味だ。
――はあ、なにがおっしゃりたいので?
教授  「将棋の手はほとんどが悪手である。指さないほうがいい手のほうが多い」という有名な羽生語録があるだろう。本誌に載っているどの局面でもいいから、合法な手を数えてごらん。ほとんど読む気もしないようなひどい手ばかりだから。プログラマーはそのことを身にしみて理解しているのだよ。
 コンピュータは深く読めば読むほど読みの精度は落ちる。これは人間と同じだね。
 たとえば10手先まで読み、そこで形勢判断すると決めたとして、いま8手先まで読んだとしよう。そして仮にその局面が+500で優勢だと判断している。ここでパスをして、相手に指させてみるのだ。その結果が+300だとしたら、さすがにパスよりもいい手はあるだろうから、この局面は少なくとも+300より上だろうと判断できる。
――う~ん、なんだかよくわかりません。
教授  実は人間のプロもこんな読み方することがある。ある手を読んでいくうちに、相手の手で有効手が見つからなかったとしよう。そのとき相手の手をパスとして、2手連続で自分が指してみるのだ。それでも局面が不利だとしたら、「自分の手番でも悪いのだからこの手は捨てよう」と決断できる。ほら、感想戦や検討で「こっちの手番でも悪い」なんて言ったりするときがあるだろう。だからなにか悪手以外の手を指す、というほどの意味でとってもらえばいい。コンピュータ将棋において、パスは実に便利なのだ。読みを減らせるからな。
 面白いのは、「ボナンザ」のように全探索(すべての手を読む)を使う場合と「激指」のように実現確率探索(エキスパートが指す可能性が高い手を優先的に読む)を使う場合で、パスの意味合いが異なることだ。
 全探索の場合は、パスを先に読む事で探索を速く終わらせる効果がある。
 実現確率の場合は、普通の手が読めないとき(実現確率が足りない=エキスパートが指しそうな手がない)、あるいは穏やかな手を生成できないとき、パスを取り入れる。パスがとんでもない悪手である可能性は低いので(将棋の手はほとんどが悪手であることに注意)、評価値を安定させる効果がある。
  (中略)
――人間の感覚とはずいぶん違いますね。ところで、パスという考え方はなぜコンピュータ囲碁にはないのですか?
教授  プログラマーに聞いてみると、ないわけではないが、ほとんどがプラスの手になる囲碁ではうまくいかないそうだ。それに囲碁では「モンテカルロ法」がいまの主流だからね。(後略)
――勝又清和『突き抜ける!現代将棋』第19回(『将棋世界』2011年4月号)

2011/02/25 (Fri)

 嫌なこと、悔しかったことを執念深く思い返し、人生のバネにできるのは若い時分まで。ある程度の歳になると、心の平安を得ようとする欲求が勝ち、過去を美化してでも楽しかったことだけを記憶に留めようとする。記憶の編纂、もしくは改竄。これは本作において、作品世界の根幹をなす重要なモチーフだ。
 いつもの富野節を期待するファンには、どこか偽善的にさえ見えたキャラクターたちの造形も、そうして個人の体験に還元すれば腑に落ちてくる。本作に登場する人々、特に地球に住まう人々は、これから文明開化の道を進まんとする新進気鋭の人たちとして描かれている。が、事実は、彼らはかつてのガンダム世界の末裔たちであり、一度は滅びを経験した記憶に奥底では支配されている。つまり、種としては実は結構な年寄りなのだ。
 そんな彼らは、ムーンレィスとの邂逅に右往左往しながらも、どこかで自分たちが繰り返しを演じているのだと自覚している。後半、グエンやギンガナムが暴走しても、それほどひどいことにはなるまいと思って見ていられるのは、安田朗氏のふっくらしたキャラクターデザインのせいだけではあるまい。自分たちの行為が繰り返し――それもカリカチュアライズされた繰り返しであることを自覚しているから、彼らの行為はどこまでも偽悪的になる。長大な螺旋を歩む人類が、次の円環に移行するための祭儀。終局、不死を捨てて大いなる繰り返しに身を委ねるディアナに至るまで、誰もが年寄りならではの達観で己の役割を自覚し、『∀』という祭りに参加しているようにも見えるのだ。
――福井晴敏『∀ガンダム』G-SELECTION発売記念特別書き下ろしエッセイ(『∀ガンダム』DVD-BOX封入特典ライナーノート)

2011/02/21 (Mon)

 将棋界には、感想戦という習慣がある。反省会や検討会と似たようなもので、対局が終わったあと、その一局を最初から並べ返して、どこが良かったか悪かったか、どこが問題であったかなどを振り返るのだ。
 ほんの少し前まで対戦していた相手と、直後にそんな話をするのは奇異な感じを受けるかもしれないが、それが将棋の世界では長年にわたる伝統になっている。
 こういうことは、スポーツの世界ではほとんど考えられないことだろう。
 プロ野球で巨人と阪神の監督が試合終了後にミーティングをして、「七回にピッチャーを交代するとは思わなかった」とか、「あの場面では必ず代打を出すと思っていた」とか、「まさか二点差でスクイズをしてくるとは思わなかった」などと意見交換するようなものなのだから。
 「感想戦では、本当にすべてを話すのですか?」と訊かれることがあるが、実は、今後の対戦で再び現れる可能性がある局面については、検討しないこともある。
 それはお互い阿吽の呼吸でわかるので、そうでない別の局面を深く分析する。
 ともあれ、感想戦を行うことによって、自分の直感が正しかったのか、そうでなかったのかが見えてくるわけだ。
――羽生善治『大局観 ――自分と闘って負けない心』(角川oneテーマ21)

2011/01/02 (Sun)

 相違点の一つをここに挙げてみることにする。重要な違いではあるのだが、翻訳でこれを示すことが不可能だからである。西方語では、二人称の代名詞に於て、(そしてしばしば三人称に於ても)単数、複数とかかわりなく、「親しさ」を表わす形と、「尊敬」を表わす形との区別を設けた。しかしホビット庄の口語表現からは、この尊敬を表わす形がすっかり失われてしまって、これがホビット庄ことばの特徴の一つとなっていた。この敬語的人称は、ただ田舎のホビットたち、特に西四が一の庄の村民の間で、かろうじて生きのびていたのだが、かれらはこれを親愛の情を表わすのに用いたのである。ゴンドールの人間がホビットたちのことば遣いの風変わりなことを話す時に、ふれたことの一つがこれである。例を挙げると、ペレグリン・トゥックは、ミナス・ティリスに滞在するようになって最初の数日は、デネソール大候をも含め、あらゆる階級の人に、「親しさ」を表す代名詞を用いた。これは老執政を興がらせたかもしれないが、従者たちの目をむかせたにちがいない。「親しさ」を表わすこの二人称を、だれかれかまわず使ったために、ペレグリンは、故国では非常に身分の高い者であるという噂が広く流布されることになったにちがいない。
――J.R.R.トールキン『新版 指輪物語 10 追補編』(評論社文庫)