h6_4 無限反復の快楽――遊園地再生事業団『砂の国の遠い声』  戯曲がまるで音楽のように書かれている。宮沢章夫作・演出による遊園地再 生事業団の『砂の国の遠い声』を見終わって、そんなふうに思った。  音楽といっても、シンフォニーやコンチェルトなどの構築的な西洋音楽では ない。特に「劇的」なことは何も起こらず、いや、起こるのだが省略され(作 者自身が公演パンフレットで、「劇的」なるものを意識的に「省略」すること について語っている)、普通の日常がむしろだらだらと続くさまが描かれるか ら、無限反復のアジアの音楽に近いだろうか。西洋音楽だとしても、ミニマル 音楽か。  だが、私が「音楽のようだ」と思ったのは、そういう劇の「質」や状況の流 れのせいではない。  音楽には、そして、その演奏には「パート」がある。弦のパート、打楽器の パート、という具合に。宮沢章夫のこの戯曲では――私にとっては『砂の国の 遠い声』が彼の芝居の初見参なので、ほかの作品もそうだと断言はできない。 だからとりあえず「この」戯曲では――登場する七人の男が各自そんな「パー ト」を持っていて、たとえば七人全員がそろった場面では全パートの合奏とな り、そのうち二人なり三人なりしか出てこない場面では、二つないし三つの楽 器の演奏になる。だから音楽のよう。作曲のよう。言いたいのはそういうこと だ。これは作劇法として結構新しい。多種多様な状況や人間関係の描出に応用 できるだろう。この一作を見ただけで、早くも次の作品が見たいと大きな期待 が湧いてくる所以である。  どことも知れない場所。地下室のような部屋は黒い壁に囲まれ、いくつもの 灰色の鉛管がそこにへばりついている。男たちが次々に現れて、どうでもいい ようなことを喋りあう。床の空きが気になるので何か置いたほうがいいのでは ないか。猫のトイレの砂は替えすぎではないか。かと思えば、ある男は何かと いうとクイズを出す。  こういうとりとめのない会話から、みんなよほど退屈しているのだな、とい うことが真っ先に感じられる。場所がどこで、彼らが何をしているのか、など よりもまず彼らの気分が浮び上がってくる。  退屈しているのも無理はない。ここは遠い砂漠のド真ん中、男たちは砂漠監 視隊と呼ばれる組織の面々だ、どうやら相当な長期間ただ砂漠を監視するとい う仕事をしているらしい。この不条理な設定がナンセンスな会話の下地になっ ている。  ここで起こる「劇的な事件」は、隊員がひとり、またひとりと「遠い声」を 聞き、やがて姿を消すことだ。だが今、いったんは消えたコバヤシという名の 男が帰ってくる。これを演じる温水洋一が不気味でとぼけた味でなかなかいい。 この役者は、大人計画や悪人会議などの舞台でも見たことがあるが、面白い演 劇的体質を持っている。  ひとりが帰ってきて、また消え、さらに別の男が消える――とりとめのない 日常にそういう事件が挟み込まれるのだが、それはぶっきらぼうなくらい唐突 な暗転で示される。つまり、暗転によって「劇的事件」を省略しているわけだ。 ジム・ジャームッシュ監督が映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で多 用したブラックアウトを想起させる。効果的な手法である。  なるべく「劇的」でない時間をなんでもない日常会話によって描くというと、 岩松了や平田オリザの芝居が思い浮かぶが、宮沢章夫も広い意味でその系譜に 入るだろう。また、とりとめのない会話と言えば別役実。『砂の国の遠い声』 には別役ふうの会話が随所に見られる。些細な目先の論理にこだわるうちに大 筋からどんどんズレてゆくナンセンスさなどもそうだ。  別役の新作『ピンクの象と五人の紳士』では、幕切れに死そのものを担いそ れ以上のものを象徴するピンクの象が出てくる。また、平田や岩松の劇でも、 さりげない日常会話とは対照的に、何かしら日常を超えたものが背後にあるこ とが暗示されるが、この『砂の国の遠い声』でも、隊員たちのある者に聴こえ るという「遠い声」が一種超越的なものを表している。  それらの共通項を巧みに生かしつつ、宮沢章夫は戯曲を作曲する。すぐにク イズを出したがる登場人物のことはすでに言ったが、これもその人物の「パー ト」独特の音色のひとつとみなせる。ボスにはボスの音色がある。「パート」 とは、ここで奏でられる怖くてナンセンスな劇世界の中のポジションでもある。 小集団であれ大きな組織であれ、人が何人か集まれば、おのずとその成員のパ ートは決まってくるものだ。たとえば何かの会議でも、ヒートした議論に水を 差す人というのは大体決まっている。パートを決定するのはその人が置かれた ポジションであり、その人の性格でもあるだろう。宮沢はそんな世界の中の人 々のポジション(位置と在り方)を、そしてポジション同士の関係をも描き出 した。  抑制のきいたいい演技をする俳優たちが揃い、可能性を感じさせる面白い芝 居が生まれた。