h5_4 上等な大人の伽話――ラッパ屋『サクラパパオー』  ナイト・レースが行われる競馬場が舞台である。下手には馬券売場の窓口、 上手の大きな窓の下はパドックになっているらしく、そこへ降りる階段が中央 にある。だがその階段は、舞台前面のスタンドバーに隠れて客席からは見えな い。正面奥はバルコニー風で、その向こうがレース・コース。パンパカパ・パ パパパーとおなじみのファンファーレが響くと同時に、色とりどりの電飾がぱ っとともる仕掛だ。色彩感覚もいい洒落た舞台装置である。  鈴木聡作・演出、「サラリーマン新劇喇叭屋」改め「ラッパ屋」の新作『サ クラパパオー』。  様々な人間が行き来する。  結婚を間近にひかえた若い男女(男のほうが競馬好きで、婚約者は彼の趣味 を「理解」するために初めて競馬場にきた)、気の弱そうなサラリーマン、会 社の中間管理職風の男、予想屋など。  この他生の縁で結ばれた人々を、いっとき更に強く絡み合わせるのは、ヘレ ンと呼ばれる水商売らしき女と、彼女にありったけの金を注ぎ込み、あろうこ とか公金にも手をつけてしまった外務省の役人、的場である。彼は何としても 今夜のレースで大穴を当て、八百万円という金を作らなくてはならないのだ。  ヘレンさんはいろいろとわけありの女性で、婚約中の男、トシくんともかっ てつき合いがあったらしい。また、サチコさんと呼ばれるもう一人の登場人物 の亡夫とは愛人関係にあったことが分かってくる。  競馬には人馬一体の妙があるとはよく言われることだが、ここではそれがシ ュールに実体化する。サチコさんにとっては亡夫、ヘレンさんにとっては忘れ 難い亡き恋人は、生前大の競馬狂で、どうやら現在はサクラパパオーという名 の馬に転生しているらしいのだ。ところが「彼」は、パドックに様子を見にい ったサチコとヘレンを見て興奮の余り暴走し、怪我をし、薬殺されてしまう( もちろんこれらのことは観客からは見えないところで起こる)。  ケッサクなのは、サクラパパオーの霊が的場のあとから付いてくるくだり。 階段の降り口から目映い光が放射する。照明が変わり光と影の斑が舞台全体を 被う。馬の鼻息やひづめの音が空を走る。  サクラパパオーはもはや走れなくなったが、その霊の伴走で走るスプリング メモリーにみんなが賭ける。トシくんは、結婚披露宴の二次会用の資金三十万 円を的場に貸す。  第五レース、スタート! 登場人物全員が固唾を飲んでモニター画面を見守 り、スプリングメモリーの勝利を祈る。  いや、登場人物だけではない。ここまでくると、シアタートップスの客席を 埋めた観客のひとり残らずが、的場たちと祈りを分かち合うのだ。この期に及 んでスプリングメモリーを勝たせなかったら劇作家を殺してやる、という気持 ちになっている(に違いない。少なくとも私はそう思った)のだ。  場内アナウンスの声が高まる。「勝て、勝ってくれ」という祈りも高まる。  一着、スプリングメモリー!  アナウンスの「スプリング・ハズ・カム」という決め言葉が爆笑を呼ぶ。  鈴木聡は、現実の世の中では滅多に起こらない、と言うより起こりっこない 荒唐無稽を、ドンとかたまりで入れるのではなく、上手に微塵切りにして全体 に混ぜ込んだ。だから、いささか生臭いこの夢物語が、上等の大人の伽話にな っているのだ。  賭け馬の選び方、馬券の買い方、レース結果の受け止め方などに、それぞれ の人間の人となり、愛憐すべきいぢましさや愚かしさが見え隠れするのもいい。  的場役の木村靖司、サチコ役の大草理乙子、気弱なサラリーマンの与儀省司 などが光る。  競馬馬のあのカタカナ名前は、ナニ語なのかと思うくらい面白いのがある。 ここでは、ズッコンマドンナ、ゴウシュウハネムーン、メグロノマサコなど昨 今巷を賑わした出来事や人物を詠み込んだもの、ボンレスハムレット、イカセ ルオセロー、スーパージュリエットといったシェイクスピアづくしなどのお遊 びもある。  うたかたのごとき夢とは言え、途方もない夢のかなう至福感のあるハッピー ・エンドだ。だが、婚約者キョウコがトシくんに向って言う幕切れの台詞、「 でも大穴かもしれない」からもうかがえるように、結婚というめでたしめでた しには賭けのリスクもあることがほのめかされ、それがまたちょうど加減のい い薬味になっている。  ウェルメイド、ウェルダン。