h5_1 配役の快挙、企みの勝利――メジャーリーグ制作『トップガールズ』  これほどの女優たちを一堂に集め、ひとつの舞台に乗せただけでも快挙だ、 とある若手の演出家が言ったそうだ。同感である。 「これほどの女優たち」とは、范文雀、緑魔子、銀粉蝶、白石加代子、田根楽 子、塩田朋子、松金よね子の七人。ひとつの舞台とは、イギリスの女性劇作家 キャリル・チャーチル作、レズ・ウォーターズ演出の『トップガールズ』であ る。  奇妙なディナー・パーティの場で幕が開く。シンプルなデザインの白木のテ ーブルと椅子、ワインカラーのドレスを着た女性がウェイトレスに指示をあた えている。ロンドンの人材派遣会社で働くマーリーン(范文雀)である。  これは、彼女が専務取締役に昇進したのを祝うパーティなのだが、出席者は 東西両洋の歴史上・芸術上の女性たちである。ヴィクトリア朝の旅行家イザベ ラ・バード(緑魔子)、『とはずがたり』で知られる中世日本の女房二条(銀 粉蝶)、ブリューゲルの絵に登場し、甲冑にエプロンという出立ちで大勢の女 の先頭に立って地獄に攻め入ったフリート(白石加代子)、男性を装って法王 の座に就いたと言われるジョーン(田根楽子)、そして、チョーサーの『カン タベリー物語』の登場人物、忍耐強きグリゼルダ(塩田朋子)。  古今東西のトップガールたちが、それぞれの生い立ちや成し遂げたことをこ もごも語る。賑やかなおしゃべり、飲んだり食べたり。二条の銀粉蝶が、喜劇 的な役回りでこの場を盛り上げる。  場面は一転、人材派遣会社のオフィスになる。マーリーンが、仕事を求めて やってきたジーニーンに面接している。ジーニーン役は、つい今までグリゼル ダを演じていた塩田朋子である。  という訳で、ここから先の場面は、マーリーンのオフィスと彼女の生家を行 き来する。各場の終わり方の歯切れよさ、女優たち自身がデスクや椅子を半明 りの中でてきぱきと移動させる転換の鮮やかさ、流れの美しさ――自分でやっ たことは自分で始末をつける、とでも言いたげで小気味がいい。  キャリル・チャーチルは、日本でも何度か上演された『クラウド9』と同様 に、ここでも多重配役の妙を示す。マーリーン役の范文雀以外は、全員が二役 か三役を演じるのだが、それがいずれも対照的な役なのだ。  たとえば、妹を故郷に残し、世界を股にかけて旅をしたイザベラに扮した緑 魔子は、後半では、マーリーンの姉のジョイスと、マーリーンとの出世競争に 破れた男の妻キッド夫人を演じる。  猛女フリートだった白石は、ジョイスの娘(実は、マーリーンが十七歳の時 に生んだ子)で、少しおつむの弱い落ちこぼれの少女アンジーに扮する。女法 王の田根は、会社に半生を捧げた中年女性に生まれ変わる。同じ女優が演って いるとは思えないほどの変身ぶりだ。苛酷な試練にじっと耐えた中世の女性か ら、やり手OLに変貌する塩田と銀粉蝶。  こうした企みのある多重配役によって、女性の生き方の多様性と、女性の社 会的成功の蔭で誰が、何が、犠牲になっているかをくっきりと浮かび上がらせ る。  七人の女優たちは、これらの役(全部で十六!)を見事に演じ分けた。これ だけでも一見の価値がある。  マーリーンもジョイスも労働者階級の出である。飲んだくれの父、彼の暴力 に泣き「屑みたいに扱われていた」母、そんな生活に嫌気がさし、マーリーン は家を出たのだった。ジョイスは結婚し、妹の子供を自分の娘として引き取っ て家に残った。だがジョイスの夫は浮気をしてやはり家を出、今ジョイスはア ンジーと二人暮らし。アンジーの憧れは「マーリーンおばさん」だ。  アンジーに扮した白石は、これまでにない役どころで、見る者の目をみはら せる。アンジーと年下の友達キット(松金)のコンビは、息が合って実に面白 い。  最終場面のマーリーンとジョイスの「対決」は圧巻だ。相手の言葉を食い合 うような激しいやりとり。緑魔子は確実に新境地を開いた。  サッチャリズムへの批判から生まれた『トップガールズ』によって、チャー チルが私たちに投げかける問いはずっしりと重い。だが、その軽やかな演劇的 表出は、希有な舞台に立ち会う歓びを与えてくれる。  繊細にして鮮烈な演出、七人の女優たちの挑戦とその見事な成果に拍手を送 る。  翻訳・安達紫帆、美術・倉本政典、衣装・伊藤佐智子。