h4_5 暗転と暗転の睦みあい――大人計画『冬の皮』  ヒューヒューと寒そうな風の音とともに客電が消える。と同時に舞台のスク リーンに「雇ってしまった男」という文字が映し出される。舞台に明りが入る と、街角の占い師が使うような台が上手にぽつんとひとつ。それ以外には何も ない。背後に黒い幕を張っただけの舞台は、ピーター・ブルックの「何もない 空間」を引き合いに出すのもはばかられるほどの粗末さで、むしろひと昔前の 中学校の学芸会を思わせる。  さて、くだんの台の上には数本のヴィデオが置かれ、その横につっ立ててあ る黄色い幟旗には「ビデオフレンズ丘」の文字。  なんかヘン……。  ヘンではあっても、どうやらここはレンタル・ヴィデオ屋らしい。頭のてっ ぺんから発するような素っ頓狂な声でしゃべるアルバイトの女性店員と店長の 会話。どうやって客にヴィデオを勧めるか、アダルト・ヴィデオを借りにきた 客と名作映画のヴィデオを借りにきた客との応対はどうあるべきか、などにつ いてのやり取りもいちいちヘンである。「アダルト・ヴィデオを借りるのはよ っぽどのことなんだヨ」という店長の言葉も、こうして文字に書いてしまえば どうということもないけれど、考えればやっぱりヘンだしおかしいし、その言 い方やタイミングやアルバイト店員の間の抜けたフォローも絶妙で、シアター トップスにぎゅう詰めの若い観客は、笑いの大波を舞台に浴びせかける。で、 レンタル屋の装置はちゃんとした店の一部であり、それが店全体を象徴的に表 しているのかと思いきや、ほんとうに丘の上に台を置いただけの店だというこ とがやがて分かってきて、おやおや!  銭湯帰りの父子や、牛肉運搬トラックの運転手などが通りかかる。その会話 も、ピントがずれていると言おうか、ずれつつ噛み合っていると言おうか……。 なぜかトラックの運転手もアルバイトとして雇われ、ただでさえ借りるばかり で誰もヴィデオを返しにこないレンタル屋はつぶれる。  ここまでのなりゆきも、ここから幕切れまでのあれこれも、まるでジム・ジ ャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』よろしく暗転でぽ つぽつ切れながら進む。一見コントの羅列のようなのだが(実は、始めのうち は私もそう思った。暗転と暗転にはさまれたひとつひとつの短いシークエンス が、爆笑を誘うおかしさなのでなおさらそんな印象を与えるのだ)、主筋が見 えてきてそれに次々と副筋が絡み合うにつれて、「一見コント」の群れは観客 の頭の中でじわじわと立体的に組み上がり、このどことも知れない奇妙な街 (一年中季節は冬)とその住人(はっきり言ってみんなバカ)の置かれたSF的 状況が浮かび上がる。  数年前にテレビの放送衛星(だったと思う)がこの街に落下して大災害を引 き起こしたこと。東京のテレビ局から謝罪にやってきた男は、これまでおよそ 人に謝るということはせずに出世してきたが、それには秘密があったこと。即 ちこの男には精神薄弱の双子の弟がおり(唯一の取柄は謝り方のうまさ)、兄 が何かしでかして謝らねばならない事態に陥るたびに弟が身代りで謝ってきた こと。兄がこの街に戻ってきたことを知った弟が復讐を企てること、等々。  ほら話めいたプロットや、到底ありえないバカぶりを発揮する反面、妙にフ ツウの人としてのリアリティをそなえた登場人物を笑っているうちに、何も起 こらない退屈よりは大災害のほうがまだましという、人間の不気味な一面がぬ っと顔を出して怖い。  作・演出に加えて舞台にも立つ松尾スズキの芝居は、昨年の悪人会議プロデ ュース『ふくすけ』を観た。大人計画としての舞台はこの『冬の皮』が初見参。 奇怪な道具立てから生まれるブラック・ユーモアと、明るく笑えるコミカルさ が特徴と見た。吉田戦車の不条理漫画の演劇版という趣もある。うまいんだか ヘタなんだかよく分からないくせに、パワーと軽み、そしてヘンな魅力を持っ た役者たちも含め、未知数の要素の多い劇団だが、ふと気づけば、早くも私は 次の公演を心待ちにしているのだった。