h3_2 腐食する神々の幸――文学座『グリークス』公演  大変な力わざである。  まず台本がすごい。エウリピデス作『アウリスのイピゲネイア』に始ま り、同じエウリピデスの『タウリケのイピゲネイア』まで、十本のギリシ ャ悲劇をひとつの流れにまとめ、第一部「戦争」、第二部「殺人」、第三 部「神々」という三部作に仕立てた『グリークス(ギリシャ人)』である。 編・英訳はション・バートンとケネス・カヴァンダー、邦訳は吉田美枝 (劇書房刊)。  数々のシェイクスピア作品の演出で知られるバートンは、一九八〇年に この大作をロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)で演出した。 本来は一日一本ずつ三日に分けて上演する構想のようだが、今回の文学座 アトリエ公演では十九日の公演期間のうち、「全三部通し上演」の日を六 日もうけ、私も十一月二八日の初日に、午後一時に始まり、夜の十一時近 くに終る九時間の通しを見た。二部と三部の間の休憩中に食事をする。親 切にも略図入りの《文学座近辺で食事のできる店》をリストアップしたチ ラシまで用意されている。  このところ私は恒常的な寝不足状態なのだけれど、それにもかかわらず、 九時間のあいだ一瞬たりとも眠気をもよおしたり退屈したりすることはな かった。  学生時代に日比谷の野外音楽堂で見た東大ギリシャ悲劇研究会(通称ギ リ研)の公演、確か七〇年代の末に来日したギリシャ国立劇場の『オイデ ィプス王』などは、敬して(実はあまり敬する気にもならなかったのだが) 遠ざけたくなる体のもので、本当にギリシャ悲劇を面白いと思って見るに は、早稲田小劇場(現在のSCOT)の『トロイアの女たち』や蜷川幸雄 演出の『メディア』を待たねばならなかった。  だが、今回の『グリークス』の面白さは、早稲小や蜷川の舞台の面白さ とも多分に趣きを異にしている。軽やかで、喜劇的でさえある面白さなの だ。これはまさにジョン・バートンが目指したことで、彼は「ギリシャ劇 を軽く演じることはできないものだろうか。簡潔明瞭できびきびした翻訳 を使い、軽やかで、大芝居をせず、悲劇的でもない上演スタイルをとって みたら、どうだろう」と考えたと解説に書いている。  文学座アトリエ公演の演出家たち、吉川徹(第一部)、鵜山仁(第二部)、 高瀬久男(第三部)は、バートンのその意図を見事に生かした。  トロイ戦争の発端から終結までが、砂を敷き詰めた舞台で一気に繰り広 げられる。愛娘を犠牲にせざるをえないアガメムノン、その恨みから夫を 裏切り彼を殺すクリュタイメストラ、その復讐のために母を殺すオレステ ス、一族を皆殺しにされたトロイの女たち。いずれも紛れもない悲劇なの だが、そこに登場するメネラオスやアキレウスといった「有名人」「英雄」 たちは、誰もが随所でダメ男ぶりを発揮する。アガメムノンにいたっては、 時としてほとんど植木等のスーダラ節的ないい加減さを見せる。  そして、時代とともに腐食してゆく神々と人間との関係が浮び上がる。 また、第三部の冒頭に、トロイ戦争の発端であるヘレネが実はエジプトに いたという『ヘレネ』(エウリピデス作)を配したために、無数の死と悲 劇を生んだ戦争が幻をもとに闘われたという虚しさも――。実に見事な構 成だ。  最後の『タウリケのイピゲネイア』におけるオレステスとイピゲネイア の再会の瞬間では、シェイクスピア劇のそれのような喜ばしさを感じた。 まさにカタルシス。  俳優たちの健闘も讃えねばならない。特にクリュタイメストラを演じた 寺田路恵はうっとりとするほど色っぽくて、感情の揺れと表現が素晴らし くて……。 『グリークス』は、今年の大きな収穫の一本である。