h2_12 連鎖する冴え――『夜明けの花火』  勢いのある歯切れのいい台詞が速射報のように飛び交う。  芝居を見る楽しみにはいろいろある(いい戯曲、冴えた演出)けれど、や はり役者に惚れ惚れできるのが一番だとつくづく思う。  風間杜夫、平田満、石丸謙二郎というかつてのつかこうへい芝居の三羽が らす、そして第三舞台から客演した京晋佑と長野里美、若手の岡本麻弥。そ の誰もが「いま、ここで生きてるよ!」と言わんばかりに精気溢れる演技を 見せる。  長谷川康夫の作・演出によるCカンパニーの『夜明けの花火』は、役者の 魅力が連鎖反応を起こし、まさに仕掛花火のように大きく広がる舞台である。 芝居好きにはこたえられない。  人生のスタート地点は一緒、目指すところも一緒、だったはずなのに、時 が経つうちに仲間のある者は方向転換をし、またある者は歩く速度が速くな ったりして、誰かが置いてけぼりを食らう。取り残されるのは、いつまでも 「みんな一緒」と思い込んでいる者と相場が決まっている。  超三流大学の弁論部で共に青春を過ごした早川(風間)、町田(平田)、 赤羽(石丸)だが、まず一歩先んじるのは元部長の早川だ。議員秘書となり (実はそれも親のコネだったことが分かるのだが)、やがて市会議員に立候 補。町田と赤羽は学生アルバイトがそのまま本業となり、相変わらずデパー トのセールスをしている。だが早川は、ふたりの親友の協力も虚しく無残に も落選し、また古巣に舞い戻ってくる。そして、弁論部出身という強みを生 かし(?)三人で「一緒に」説得屋をやろうなどとワケの分からないことを 言い出す。  町田と赤羽は、この大きなガキ大将にさんざん振り回されるのだが、「今 のままじゃきっとだめだと思う」町田は密かに司法試験の勉強をして合格し、 赤羽も千葉のショッピング・センターの店長にならないかという話を受ける。  遊び時間は終わりだ。 「あのころ」の楽しさから抜け出せずにいる早川、「おまえは、買ってもら った花火が嬉しくて、火をつけるのがもったいなくて、にぎりしめたまま立 ってるだけなんだよ。気がついたら朝になってんだよ」と町田に言われた早 川が、遠い目をしてひとり暗い舞台に立つ。薄明の空。ドーンという音とと もにばあああっと客席全体が隅々まで明るく照らされる。花火だ。胸がきり っと甘く痛む幕切れである。 『夜明けの花火』は、やはり長谷川康夫の作・演出、風間、平田、石丸の主 演で上演された『少年日記をカバンにつめて』(88年)、『とりあえずロマ ンス』(89年)に続く青春三部作の完結編だ。長谷川もつかこうへい事務所 の一員だったので、早川や赤羽がなつかしむ「あのころ」が、つか芝居の風 間や平田たちの「あのころ」の舞台とダブってくる。何かというと親分風を 吹かせ、そのくせ仲間のうちでは一番の坊やで、口ばかり達者でいざとなる とへなへなしてしまう早川、不器用なまでに実直な町田、自主性のないお祭 り男の赤羽は、つか芝居で作り上げられたそれぞれが得意とする人物像(役 者像)を継承している。だが、ここに見られる心優しさが、つかこうへいの 世界と長谷川康夫の世界とをはっきりと分けている。学生時代の仲間で、赤 羽と結婚したトミ子(長野)や、早川の妹テル子(岡本)といった女性たち もつかには見られなかったタイプだ。「仲良し三人組」とは距離を置いたこ のふたりとテル子のボーイフレンド京田(京)の視点が、男の友情をベタつ かせないのに一役買っている。  ひとつだけ気になったのは、特に後半の音のつけ過ぎである。役者の演技 がいいだけに、言わば白紙の背景で彼らの言葉を聞きたいと思うのだ。 (10月10日―30日 紀伊國屋ホール)