h2_1 翻訳を感じさせない上質な喜劇 − 「おかしな二人」  はまり役というのがある。  演じる俳優の地や演技の質と、演じられる役柄がぴたりと決って、それ以外 の配役はちょっと考えられないという幸福な組み合わせ。映画「おかしな二人」 のウォルター・マッソーとシャック・レモンがそうだった。  ところがここにもう一組のはまり役〈おかしな二人〉が出現した。  加藤健一と平田満である。  この二人はつかこうへいの作・演出によって数々の名舞台を生んできたが、 つかが81年に演劇活動の休止を宣言して以来それぞれの道を進み、舞台で顔を 合わせることはなかった。その加藤、平田の八年ぷりの共演、期待するなと言 うほうがどうかしている。  結果は……期待にたがわず、とぴきり楽しくて、上質な喜劇に仕上がった。  はまり役ということで言えば、ニール・サイモンが彼らのためにこの芝屈を 書き下ろしたと言われても納得してしまうくらいの、加藤オスカーと平田フイ リックス。  幕が上がると、そこはオスカーの高級アパートである。正面の窓からは夜の マンハッタンのスカイラインが見える。下手寄りのテーブルでは四人の男がポ ーカーをしているが、何よりもまず目を引かれるのは、その部屋のすさまじい ばかりの散らかりぶりだ。  主役が現れる前のこの場の雰囲気、いかにも長年つき合ってきたことをうか がわせる中年仲良し組の喧嘩まじりのやりとりがいい。役者たち(ちねんまさ ふみ、星充、深貝大輔、横山利彦) の息が合っていて、台詞のタイミングや 間の取り方も決っていて、そこに我々観客の笑いがはさまり、滑り出し好調。 主役たちも波に乗って登場できるというものだ。  キッチンから盆に載せたビールやつまみを持って入ってきたオスカーは、売 れっ子のスポーツ記者だが、三カ月前に離婚、散らかり放題の部屋、壊れっぱ なしの冷蔵庫はそのせいだ。  遅れてやってきたフィリックスは、十二年連れ添った妻から三下り半を突き 付けられたばかりで、死ぬの生きるのと大騒ぎして仲間をはらはらさせる。  同病相哀むこの二人が一緒に暮らすことになり、アパートの様子は一変し、 男の友情も異変をきたす。オスカーが極め付の不精者なのにひきかえ、フィリ ックスは料理上手でほとんど神経症に近いくらい潔癖だからだ。  二幕が開いた途端に目に飛び込んでくる整理整頓されたアパートに、観客は 息を呑む。ポーカー仲間もお行儀よくしていなくてはならない。  それぞれ別の生活の場を持った友人同士であるあいだは、性格の違いがむし ろ二人を繋ぐ接着剤だったのだろうが、ひとたびひとつ屋根の下で暮らしだす と、これが亀裂のもとになる −男同士ならずとも、男女のあいだでも言える この永遠の真理が、加藤、平田の絶妙な演技でおかしく切なく痛快に描かれる。 仕事は出来るが家庭人としてはからっきしダメな夫と、きれい好きで口やかま しい女房というパターンが、この妙なカップルのあいだにあっという間に組上 がってしまうさまは笑わずにいられない。  一見気弱そうだが、何があっても自分の生き方を曲げようとしないフィリッ クスと、強気でアグレッシヴでありながら先に音を上げるオスカーという役が、 平田のウェットさ、加藤のドライさにとてもよく合っている。  アパートの上の階に住む姉妹(高畑淳子、西山水木)とのせっかくのデイト も、フィリックスが未練たらたらで妻や子供の話をして台無し、頭にきたオス カーはとうとう彼に「離婚」を迫る。「おれの前から姿をかくしてくれ!」と 言いざま自分のべッドルームに駆けこんたはいいが、すぐさまもうもうたる白 煙とともに飛び出してくる。それにかぶせてフィリックスの「あ、持て、今バ ルサンたいてるんだ」。ここは原作に変更を加えた箇所だが、オスカーヘのと どめの一挙として効果抜軒だった。  加藤健一は、このところニール・サイモンをはじめとして英米の喜劇を続け て取り上げてきたが、その成果は確実にあがっている。劇に描かれている状況 そのものが彼我の違いを感じさせないくらい似通ってきたといぅこともあるだ ろうが、彼とそのグループの手にかかると、「翻訳劇」が今の私たちの劇にな る。 (10月25日−11月6日、東京、下北沢・本多劇場。演出・綾田俊樹)